お仕事 の日記群

眉の中の傷

未だ、カウンタが稼働しない。
夏休みも折り返し地点を迎え、「夏も終わりか・・・」と思う今日、1週間前に縫った右眉内の傷の抜糸も終え、布団も干し、ワイシャツのアイロンがけも終わり、「ホームページの更新でもするか」という具合であります。結局サードマシンを買わずに、GAとCPUを交換し、ウィンドウズ98に乗り換えただけで満足している状態です。
ちなみに、右眉内の傷は以下のような状況で作成しました。

風邪を引いた生徒に代わり、サードを守っていました。相手はランナー3塁、サードランナーとバッターが目配せしたのを見て、「何かする気だな」と思いました。「たぶん、バント&ラン(スクイズ)だろう」と思い、味方の投球と共に、前へダッシュしたところ、目の前にボールが飛んできました。(その距離、約10m。ソフトボールの塁間は18.29m(野球のバッテリー間と同じ)で、通常ソフトボールのサードとファーストは、1,3塁ベースよりもホームベース寄りで守備をする。塁間が近いため、素早くバント処理をするため、やむを得ないのである。)
メガネがはじけ飛び、「いってー」と思っていると、ショートにいた生徒が「血が出てますよ」と。ボールが当たった右目の上に手を当てると、確かに血が付いてきます。結局のところ、2cmほど、眉毛の中が切れてました。外れたレンズがぶち当たり、皮膚が裂けたのです。6針ほど縫いました。骨折は体験済みですし、後は、救急車に乗るくらいでしょう。

「晴れ男」は実在するのか?

明日から、修学旅行の引率である。私は「晴れ男」であると自分で思っている。高校時代合唱部の部長に君臨(?)して以来、企画するイベントは天気予報の網をすり抜け、何とか天気を保っていたように記憶している。

「晴れ男・晴れ女」というものが本当に存在するならば、現在の科学で解釈すると「やたら下降気流を生じさせるヒト」ということになろうか?体温が限りなく低く、周囲の大気から熱を奪い、決して上昇気流などを起こさせない。あるいは「やたら周囲の大気から粉塵を除去するヒト」とも考えられる。恐ろしいまでの静電気か何かで、周囲十数kmの微粒子をことごとく吸着もしくは排斥し、決して雨滴・氷晶をつくらせない。

まあ、「晴れ男・晴れ女」の存在する理由として、最も考えられるのは「単なる思いこみ」でしょうけど。

新年度に思う

今日は始業式だった。担任を持つようになって3年目。やはり緊張した。明日は入学式。前方よーし。

酒屋のネコ

日本酒の一部を冷蔵庫に入れて売っている(ただし、仕入れ直後から冷蔵しているのかどうかは分からぬ)割とよく行く酒屋に行った。レジの横に二毛猫(白黒)が載っていた、置物のように。この猫が床を徘徊しているところは今までも目撃していた。
無駄な(あたかも注意されたがっているかのような)自己主張をする生徒を思い出した。

蚊に思ったら

しかし、結局5mmほど窓を開け、右腕1カ所を蚊に刺されたのでした。
明日も保護者会なのでした。

カレーに水酸化ナトリウム

「水酸化ナトリウム12g」は「かなりまずい」と思われる(かなりの量でしょう、NaOH12gは。多少化学を勉強した、というかあの水溶液に触れたことのあるヒトならば、そんな危険なことはするまい。)今日は、1つめの試験の採点も終わったし、2つめの試験はまだだし、喪中の通知も出したし、明日着ていくワイシャツもあるし、日記の更新でもするかという気分なのだ。
水酸化ナトリウムをもらった児童の気持ちになれば、「余ったから混ぜちゃえ。(どうなるだろう?)」というのも分からないでもない。ましてや「カレー」というメニューは「おあつらえ向き」と言えるだろう。「素うどん」のつゆにあの「半透明の粒」を混ぜても面白く無さそうだものねぇ。
そして気になるのは、その4名がどのように選抜されたのかということだ。いじめなのか、その逆襲なのか?
ところで、私が今日知ったことの一つは、「劇物は14歳以下には交付(?)してはいけない」という決まりがあるらしいことだ。

オゾンを浴び、湯を浴びた日

この日記は学校で書いている。
今日は祝日で休業日なのだが、コンピューターの置かれた部屋の中で、高校1年の指導要録の印刷(パソコンによる打ち出し)の監視をしつつ、化学実験のレポートを添削していたのだった。かなり部屋の中はオゾン臭いはずなのだが、分からなくなっている。
とりあえず、調査書の原稿書きも終わったし、レポートの添削も終わったし、婆さんの喪中のハガキも出してあるし、年を越せそうな気がしてきた。
現在、打ち出しは1年8組の途中である。
こういった書類の作成は、異様にプリンタを占拠してしまうし、人がいない時間に行うことが多い、今日みたいな。かれこれ5時間弱印刷機が動いている。かなり電力を消費しているのであろう。新しい校舎になり、生徒用のパソコン40台と、最新型のレーザープリンタ(4台:ゲロッ速)があるので、そちらの部屋で指導要録を印刷するという手もあったのだが、プリンタが変わると、Accessの設定を微妙に変える必要があるかも知れず、混んでいるこの部屋(現在プリンタは1つだけ)を見た昨日、「明日(つまりは今日)、印刷しよー」となったのだ。
あと、2人くらいで8組の分も終了しそうである。9組の分は印刷の司令だけ出して、帰宅してしまおうかとも思ったが、とりあえず、クリーニングに出しっぱなしのスーツを取ってくることにしよう。

そして印刷は終わり、涼しい?アパートへ執筆場所は移動した。
先ほど、久々に風呂に入った。さすがに体が普段よりポカポカする。学年の忘年クリスマス会のプレゼント交換でゲットした入浴剤を使ったのだ。普段はシャワーしか使わないのだが、せっかく頂いた入浴剤なので使用してみた。
湯に入ってしばらくすると、浮遊物が現れはじめた。「さすが外国製の入浴剤だ」と思った。が、よく考えるとそれは風呂にこびりついた水垢がはがれて浮いてきただけなのだった。

高校卒業を控えて

約2週間後に卒業する(予定の)ヒトビトの卒業文集が出来上がり(といっても勝手に出来上がったわけで無い、もちろん)、半分ほど読破した。友達礼賛の文章が多い。チナミに、「礼賛」は「れいさん」だと思っていた、さっきまで。「らいさん」だと生まれて初めて知った、「ATOK」と「ドクターマウス」のおかげで。
高校3年間てのは、私にとってはかなり重要な友人達を得られた時期であると思う。まあ、誰でもそうなのでありましょうが。
多分、卒業文集ができて一番真面目に読んでいるのは、書いた本人ではなくそのヒトビトに関わった教員達なのであろうと、センセエになり初めて卒業生を送り出す立場になって思った(気づいた?)。
自分が小・中学生のときは卒業文集の原稿を書いたような気もするが、しばらく読んでいない。

涙についての告白

無事卒業式も終わり、私の身体の細胞の2割方が「真っ白な灰」となっているような気がしますが、日記を書けるくらいに恢復しました。
「男は人前では泣いてはいけない」と何となく思っているので、人前でモロに泣いた記憶があるのは数回です。

その1:小6のときの爺さんの葬儀(このときになんだか「泣くこと」の恥ずかしさを感じた気がする)
その2:1992年大学3年春休みの「伸歩会(歩いて旅するサークル)」の合宿最終日前日(その前数ヶ月壊れかけていて、そのとき何故か「真っ白な灰」となってしまい、その後数ヶ月壊れていた。恢復中に錯乱気味で迎えた中学校教育実習では評価「C」を頂いた。)
その3:昨年の夏、ソフトボール部の3年生の引退時(不覚にも久々に泣いてしまった)

そして今回の卒業式なのです。
素晴らしい「送辞」「答辞」を聞くうちにこの3年間の様々なことが思い出され泣けてきたのですが、涙も収まりかけ「蛍の光」を歌っている途中に、昨年の春死んでしまった高校の同級生を不意に思いだし、「(自分たちが高校を卒業した)11年前にいた、あいつはもう居ないのだ。」と再確認し、ついでに泣いてしまったのであります。私の涙自体は外から見れば、どの滴も変わらなく見えるでありましょうが、卒業生のみなさんや保護者の方々や、死んだセリザワにも悪い気がしたので告白しておきます、なんとなく。

君が代の「君」って誰

私のお勤め先は私学なので、そして私が知る限りは「入学式」「卒業式」で「君が代」が「式次第」に入っていたので、特に今年も変わり無く、卒業式でも君が代を歌った私なのであります。
一応、私は「君」は「卒業生タチ」のつもりで歌った。特に「アキヒトの世がいつまでも」なんて思わない。
公立学校の教員が「法律になったって、「君が代」なんか、歌いたくない。起立はするけど。」(意訳)なんて投書が新聞にあったりします、というか、私はどうしても目に留まってしまうのです。
教員をやっていく上での一番ムズカシイ点は、「ヒトの価値は試験の成績で決まるものではない。」「自分の考えを持ちなさい。」とか言うコトもありながら、自分自身が大学入試・教員採用試験を通り抜け、日本国憲法・教育基本法・学校教育法達に守られた存在であるということでしょう。
そこへ来て、「君が代だけは・・・」と言っても、説得力はないような気がする、ましてや公務員でない人から見れば。だから、そこそこ常識派の教員は諦めてしまうのでしょう。別に投書もしない。
無理に波風を立てるよりは、生徒のためになる(であろう)ことを、自分自身が納得できることをすればよいでしょうし。
「君が代なんか歌うか!」と言っているセンセイが居るというのが、不思議というか、面白いというか、尊敬するというか、無邪気というか、複雑な問題だなあと。
そして私は卑怯なことに、「私学で良かった」なんて、思ってしまうのです。

花子ってメジャー?

そして、40倍速のCD-ROMドライブを買ってきた、pioneer製のやつ。フロッピーやカセットテープはTDKのやつを買っている。クスリはあまり買わないが、買うなら中外製薬だろうか?
色々な製品が並んでいると、何となく、友人のお勤め先の製品を買ってしまうのだった。

本年度、初めて「地学」を教えているのですが、先日読みそこなったCDはその地学のCDだったのです。教科書の本文と図が入っているのですが、図の方が「GIF」と「花子(!)」形式で納められているのです。チナミに本文は「Word」形式。謎に思うのは、教科書の図は何で作っているのだろうか?ということです。もしかすると、「花子」で作っているのでしょうか?そうしたらスゲーなーと思うのでした。私は都合が良いけど。逆に、元の「ラスタグラフィックス(最近聞かない表現?)」を「花子」に移植したのだとしたら、凄まじい気合いだと言えましょう。まあ、おそらくは「一太郎(日本の「デファクトスタンダード」?)」に貼り付けやすいということで、昔からコツコツ移植してきたのであろうとは思いますが。
以上、本年度、初めて地学界?に入ってビックリしたことでした。

何故か筋肉痛

ソフトボール部の試合も雨天順延となり、昨日までの高1移動教室の疲れを癒せた日曜日でした。
移動教室最終日である昨日から、肩の筋肉痛を覚えていたのです。「何故かなー、運動といえばチャリンコに乗っただけだし・・・。」と考えていたのですが、思い出しました。大縄跳びをしたのです。
考えれば、「一昨日、縄跳びの縄を回して筋肉痛になった」なんてヒトは、世の中に数人いれば多い方でしょう。もしかすると、私だけかも知れない。
大縄跳びは楽しい。それほど難しくなく、何となく連帯感が生じるし。

高比重の糞

今年も硫酸バリウム入りうんこが流れない。あんなに金属を飲んで良いのだろうか?と思う。明日は終業式らしい。

物欲番長阿佐ヶ谷支店

学校で「地学」を教えており、天体望遠鏡を是非ともゲットしなければッ、何故なら現有の望遠鏡は「チョー古い」且つ「昨年の引っ越しに伴って、架台行方不明(というか、捨ててしまった気が・・・)」だからだ!
拙者は「アキバ」の「望遠鏡ショップ」で参考書籍を購入後、いつの間にやら出現した万世橋横の「Laox」に侵入!。そこで見たのが「ネットワークウォークマンNW-E3」!!!。疲れたので、文体を元に戻す。
メディア(フラッシュメモリー)内蔵型の「MP3」ではなく、「ATRAC3」プレーヤーを見たのだった。ちょうど、MDも持ってないし「買うならコレかな」と。ただ問題なのは、私が普段から音楽漬けでなくても構わないヒトであることなのですな。酒浸りだけど。

「奉仕活動」って何?

「教育改革国民会議(誰それ?)」言うところの「奉仕活動」が強制されたら、その活動は「奉仕」とは言えないだろう。

と、ここまで書いたものの『岩波国語辞典』で調べたら、「奉仕:(1) 国家・社会や目上の者などのために、私心を捨てて力を尽くすこと。「勤労―」」ということらしい。今までは「奉仕=ボランティア」と漠然と思っていたが、辞書が正し(?)ければ、「奉仕」は「volunteer」ではなく、「走狗」となることであるらしい。

てなことで、「なんとか会議」の言いたいことはさらにハッキリした。
私に言わせれば、単なる戦中世代のノスタルジアに過ぎない。

チナミに、私は10年近く前に教員免許を取得したが、「ボランティア活動」が必須となる前で良かったと心底思っている。今思えば、教育実習の担当教諭にも存分に迷惑をかけたし。

混沌から虚脱へ

祭りが終わり、寂しい感じがするので、このページは「虚脱編」と名付けてみました。
特に意味があるかどうかは分からないのですが、32KBを目安に本文を作成しているのであります。あなたのパソコンにクラスタギャップを作らないように。ホントかいな?
と、ここまで書いて前回の「混沌編」を見てみれば32KBを越えていることに気づきました。まあ、いいか。
ソフトボール日本チーム、すごいですなぁ。来年、たくさん部員が入ったらいいなぁと思うのでした。

(「虚脱」とか「混沌」とかは、旧サイト時のページ名です:2006年4月記す)

卒論編集完了

大学の卒業論文を「ハイパーテキスト」にする作業が先日終わった。改めて文章やグラフを作っていると、色々なコトを思いだしてきた。結構おかしな出来事(塩化水素吸引皮膚癌発病疑惑パソコン破壊未遂など)を思いだした。
今日はのんびりと学校へ行き、最近教材として購入した天体望遠鏡の包みを開いてみた。太陽をじかに観察するには、フィルター等を買う必要があるようだった。

望遠鏡の

フィルター買ってきた。

「奉仕活動」=「曾野綾子の私見」

「女子高生コンクリート詰め殺人事件」についての映像が、ニュースステーションで流されていた。あの番組を作っているヒトの誰かは今日改正される「少年法」にぶつけたつもりなのだろうが、映像が作られすぎている。まあ、「やらせ」とマスコミ、特にテレビ業界は切っても切れない縁なのであろう。ニュースステーションも大人数で作っているだろうから、切れ味鋭い番組にすることは、これから先さらに難しくなるだろう。

最近気になっているのは、曾野綾子というヒトです。マイブーム(死語?)です。「教育改革国民会議第一分科会への提議」(誰が誰へ提議しているのかよく分からん)ってPDFファイルを首相官邸付近からゲットしたのだが、それを眼にする前は「奉仕活動」=『第一分科会』の意見という認識があった。取りあえず、複数存在するはずの「分科会」(何それ?)それぞれの『提議』は存在しておらず、その謎の御意見帳にその謎のPDFのみ放置されていたのだ。
で、結局それを見る限りは、「奉仕活動」=「曾野綾子の私見」である気がするのである。曾野綾子ってヒトは日本財団(私の認識では、限りなく戦犯に近いヒトが作った、「日本船舶振興会」の名前が変わっただけ)のトップに祭り上げられてしまったらしいし、よほどスケープゴートに使われやすい、馬鹿なヒトなのだろうなと。フジモリ大統領の件で更に感じたッス。どんな本書いているのか、買ってまで読みたいとは思わないので、図書館で借りてみようかと思うが、それも時間の無駄になりそうな気もしてまだだったりする。て、そんな感じで非常に気になるヒトなのです。ソノアヤコ。

本日の出来事

今日は妙にいろいろあったッスよ。

  • 今日の午前中、フトこのページを見てみれば、カウンタは「1001」を示していた。祝1000カウント。と、言ってもその種は自分が蒔いていたとも言えるのですけどもね。学校で教えている「情報」の一部で「ほめぱげ」づくりをしているので、その「見本」の一部にこのページへのリンクがひっそりと佇んでいるのも一因でしょう。
  • 昨年卒業したオシエゴ(浪人生)がやってきた。まぁ、頑張ってくれ。
  • 車に轢かれかけた。チャリンコに乗っていたこっちは、信号を守っていたし、ライトもつけていたのであるが、丁字路(南阿佐ヶ谷駅前)で車にはねられそうになった。その一瞬のうちに「怪我して学校休む自分」が思い浮かんだ。幸い、自分も向こうもブレーキを踏み、轢かれ損なった。「事故り」懐かしいねぇ。
  • 昨年卒業したオシエゴ(この氷河期に就職できたヒト)とすれ違った。向こうは歩き、こっちはチャリンコ。私も向こうもすれ違った後に気づき、それぞれ振り向きざまに10m以上離れて「ちわっ」と挨拶、夜だってのに。付近にいたヒトは何事かと思ったことだろう。

これらのデキゴトの途中にもう一つ何かあった気がしたが、忘れた。

ISDNの罠と税金

DSL、その存在は2年くらい前から知っていたので、ISDNに入ろうかというヒト、主に職場の同僚のセンセイ達には「やめといた方がいいですよ。今は安売りしてるけど、それはじきにISDNが使いものにならなくなるからなのです。内蔵の56kモデムを使った方が結果的に良いですよ。」と言っておいたハズなのだが、何人かはNTTの術中にはまってしまったようだ。
ISDNからDSLにする(戻す?)際に、手数料を再徴収するってのが更にいやらしい。

私は通信世界に入ったときから、バリバリの「銅線ユーザー」であり、ケーブルTV会社のケーブルモデム導入の勧誘もバッチリ断ってきた。大体、NTTってのは税金でできた会社なのに、いつの間にか民営化?され、えばっているのが許せん。私は断固戦う、ただし消極的に。
NHKも嫌いだ、消極的に。まあ、他のテレビ局よりはましかも知れないが、TV局として「ベター」であっても「ベスト」ではない。もちろん私も「ベスト」な人間であるなどとは思っていない。ただ、言いたいことは言う人間でありたいと思っている。

ということで本題なのですが、何故に本気でNTTその他に怒れないかというと、私も税金の一部を頂いている人間なのですよね。
まあ、広い意味で言えば税金のお世話にならないヒトはいないと言えます。また、私立学校の教員は公立校の教員(公務員)とは違うので、生徒(の親)からのお金も貰っているはずではありますので、公立校の教員よりは心意気を持っているつもりであります。
が、「私学助成金」という名目の「税金のなれの果て」を貰っているのは確かなのであります。知らなかったらゴメンナサイ(?)。石原都知事あたりが言っている、「(税金の徴収には)聖域を設けない」ってのも、ある意味正しいと思っています。
それを知っているから、私はゼネコンや電力会社などの「私企業」に勤めるヒトなどよりは、真面目に働かなければいけないと思っています(反語的な隠喩であるツモリ)。まあ、どこの世界にも一生懸命シゴトしているヒトもいるだろうし、いい加減なヒトもいるでしょうから、そういった意味でジョンレノンの言う「世界は1つ」は真理なのかも知れない。意味不明。

繰り返しますが、NTTとかNHKの営業方法は嫌いですね。
チナミに私のお世話になっている「リムネット」は好きだよ、割と。

ソフトボール、いかがッスか?

買って来ちゃいました、まずはケース・マザーボード・CPU・OS(windows2000)を。
どうも私の場合、この時期(年末)はシゴトが無くなり、ヒマになってきて散財する傾向があるようであります。一昨年はオーディオシステム・昨年はテレビを購入しましたし。チナミに「シゴトが無い」ってのは「部活動(私の場合はソフトボール部)の指導すら無い」という意味であります。さらにチナミに私のお勤め先のセンセイと生徒達は、その所属している部活動によっては年中無休であることもあるようです。凄い。
ソフトボールは野球から派生したスポーツであり、野球はシーズンオフだから、ソフトボールも完全に休むのです。・・・・・・と、私は解釈している。寒いとボールが硬くて痛いんですよね。硬式のソフトボールならそれほど変わらないのかも知れませんが、ゴムボールは捕球感が違います。硬式のソフトボールってのは、大学や実業団やオリンピックとかで使う革張りの硬い球であり、高校以下や「草ソフト」はゴム製の(軟式?)ソフトボールを使うのですね。ソフトボールは複雑な生い立ちを持っているスポーツでありますが、やってみると結構面白いスポーツだと思います。少なくとも、軟式野球よりはボールの動きからキビキビしていて面白いでしょう。

知識と現実

ということで、共通一次ならぬセンター試験から一週間。生物と化学(ともにIB)を解いてみた。生物はケアレスミスで1つ間違ったが、気持ち的?には満点であった。
化学はケアレスミスを1つし、1つを完璧に間違ったのは自分でも分かるのである。
@yozemi.jpg
が、この問題に引っかかった。最初は「記述c」は「正」だと思った。が、「分子」というのは「眼に見えないもの」であり、「薄片」ってのは雲母のように「眼に見えるもの」を指しているような気がしはじめ、これは「よくある『ヒッカケ』か?」と思ったりしたのである。
実際のところ、私自身は純物質の黒鉛てのに触れたことはないので、本当に軟らかいのかどうかは知らないし、前に見たことがあるダイアモンドはガラス玉だったのかもしれない。ましてや、ダイアモンドが共有結合から成っているという、私の中の常識は教科書から得たものであることを承知でいうのだが、鉛筆に含まれている(らしい)黒鉛が「薄片」であるなんて、とうてい認識できない、日本語として。
ミルフィーユやパイが「薄片」から成っているというなら異を唱えることは無いのだが。

まあ、以前国語のセンセイに「『・・・・は(化学的に)安定である。』という表現は正しいのか?『・・・・は安定している。』が(日本語としては)正しいと思うのだが?」と訊かれたとき、「理科の世界では『・・・・は安定である。』という言い方はふつうの表現ですね。」と答えた。
だから、眼に見えなくても、「(理科の世界では)黒鉛は薄片にはがれるものだ!(ましてや構造式が教科書に載っていれば!!)」と言われればそれまでだ。
こんな感覚を大事にしていきたいと思う今日この頃なのであった。

英語を聞くと

一昨日のハナシなのだが、思い出したので記す。

私は普段(日本語を用いて)ヒトと会話するときは、言葉を聞きながらも、相手の仕草や表情も見ている気がする。まあそれは心理学者なら「あったりまえ」のことなのであろう。
視線を向けずに話を聞くってのは真面目に聞いていないことを表しているのだろう、意識的あるいは無意識的に。また、時には自分や相手がそうしていることに気づくこともあるでしょう。

で、本題である。勤務先で行われた「(英語による)スピーチ・レシテーションコンテスト」の入賞者のお披露目会@全校集会では、生徒の発表(暗記した文の暗唱)を真面目に聞こうとする私がいた。が、その際、何とかその発表を理解しようとした私は、喋っている壇上の生徒から視線を外し、脳の何らかの部分にアクセスしようとしていたのである。
これは本来のコミュニケーションではないのであろう。生徒の英語がスラッと頭に入ってくる生徒や先生もいることであろうが、私の頭には入ってこなかった。メッセージを認識しようとすると、頭のある場所を使おうとしてしまうようだ。「三つ子の魂百まで」って感じ。

ってことで、私は小学校での英語教育に賛成するかと言えば、そんなことはない。まずは母国語の習得であろう。

アンチ抗菌主義

最近はだいぶ下火になったが、「抗菌グッズ」ってのがありますなぁ。しかし、「細菌」ってのはひたすらに居なきゃいい、ってものではないってことを、大抵のヒトが知らないってわけでもないような気もしないでもない。
くどいので改めて書くと「"細菌はある程度必要な存在だ"というコトは常識となりつつある」ってこった。例えばそれは「MRSA」などという存在からも推測できよう。

例えば、歯周病というのはある種の細菌の存在が関与しているのかもしれない。しかし、その原因となる口の中に存在する菌を抹殺すればいいと考えるのはいかにも短絡的にすぎる。「腹が減るのがイヤだったら死んでしまえ」あるいは「そんなに太りたくないのなら、この世から消えたまへ」というようなハナシに近い気がする。
歯周病菌がはびこるのは結果であって、その原因を究明しない限り(例えば免疫系に何らかの異常を抱えているのかもしれないし、もっと単純な理由かも知れない)、根本的には解決しないはずなのである。大体、歯磨きが必要な生物ってのは人間以外にはいないような気がするので、食べ物に気をつけれ(究極的には食品の調理に火を用いない)ば、歯磨きなんて作業は必要ないのかも知れない。

こんなコトを考えるのは私くらいかも知れない。もしかすると、歯磨き粉メーカーは「さふいったおもひ(無常感)」にとらわれているのかも知れませんが。

それはさておき、製品を一人でも喜んで買ってくれるヒトがいれば、喜ばしいことなのかも知れない。そして、企業としてはかなり大勢の人に喜んでもらえる製品を作らないと、生きてはいけないのであろう。だから、本当に必要かどうか分からない品物にも「抗菌作用」を謳ったりする。自然科学を教える身である自分は、そんなCMに踊らされる人がいるってコトは悲しいことだと思う。

で、「アニメ」と「広告」のハナシは別の機会に。

巴里と言えば

勤務先(高校)の修学旅行が行われている。「花の巴里」でございまする。私は九州の修学旅行がいいと思ったし、学校の会議でも主張し続けたつもりだったが、決まったものはしょうがない。「アタックチャンス」「その狙い目は?」「パリ挑戦権獲得!」「その人物の名は!?」で私の頭の中では「エールフランスで行くパリの旅」ってことで、パリといえば「アタック25」だったのだが、アタック25の商品はいつの間にかパリからアメリカになったのね。

個人的相対化理論

ヒトゲノムの解読に関わっているセンセイのハナシ@私学教育研究所主催を聞いてきた。

世の中ってのはどんどん細分化されているけれども、そのセンセイの話を聞いているうちに、「病気(疾病)」と「健康」の境目や体質ってのも「相対的」なモノであるのだと改めて知った。そして、究極的には2ビットの情報(DNA)に行き着いてしまうというのが面白い。神経における情報の伝達は1ビットだし、この文章も1ビットの変形であるし。結構世の中は単純だ。

なんて思ってはいけない。
私は日頃から「見たモノしか信じない(噂は無視する)」ようにしようと思っている。昔から信じられない(実感できない)のは、「世の中のすべてのモノは原子からなっている」ということだ。まあ、私が本気で感じているのは「フキはゆがいてからのほうが爪が染まらない」ってことくらいしかないけどね。

卒業式に

高校の卒業式。とりあえず涙をこらえた。泣き癖がついてもまずいし。

風車の訓練

「暑さ寒さも彼岸まで」と言うが、何となく春ってのは良いですね。中学卒業式代休の春風の中、運動(部活の指導)をし、帰宅後にビールを飲んでも寒さを感じないこともあるし。
今年になって、やっとソフトボールの下投げ(ウインドミル投法)のコントロールがついてきた気がします。苦節6年(長げー)。
結局のところ、投げる先を見続けるということが重要であるようです。まあ、このことはごく初歩の入門書にも書いてあるんですけどね。ただ、体が「ド真っ正面」を向きっぱなしではあんまりいいタマは投げられないことも確かなような気がします。結局、ソフトボールのピッチングも、他のスポーツや勉強や教員業務と同様、「気合いと訓練」なのでしょう。

葉っぱのフレディ

憲法記念日ということだが、ソフト部の練習試合も雨で流れてしまい、学校のなかで細々と練習した。その後、お勤め先の図書室に忍び込んでみた。チョット昔にかなり売れたらしい、しかし私は読んだこと無かった「葉っぱのフレディ」ってのを発見したので眺めてみた。内容はともかくも、1500円はボリすぎの気がするが、どうなんだろう。どこかで読んだ感覚(既読感?)を伴う「ありきたり」の内容である気がしたし。

散漫に作成された散文群

昨晩、据わりの悪いいすに座りながら飲酒していたら、うたた寝すると共に転倒し、右手中指の爪が微妙に剥がれて流血すると共に、肘の下を擦りむいてしまった。また現在、首の後ろ側にもすこし違和感があったりする。まあ、キーボードを打つ分にはそれほど支障はないので、ダラダラと試験問題を作っている。

J-PHONEの無料メールは面白い。自分宛のメールをJ-PHONEに転送すれば、メールチェックするためにパソコンの前に座る必要が無くなるのである。それはそれで良いような気もするが、なんつーかメールに追われて生きているような感じになってしまう気もする。ま、家でダイアルアップを無駄に繰り返すよりは良いのだろう。

私の持っているプリンタはPICTY180というhp(ヒューレットパッカード)が作ってNECに卸しているものなのだが、今日までWindows2000には対応していないのだと何となく思っていた。が、ドライバがあることを今日知った。Windows2000は安定していて良い。一太郎・エクセルを使用しながらメディアプレーヤー7.0でCDを流している状態でこの文章を書いているのだが、固まる素振りすら見せない。安定しているというのは良いことだ。

ってコトで、試験問題の作成も終わった。まあ5時間も(酒を飲まずに)パソコンの前に座ってれば、それくらいはできるのでありましょう。SETI@Homeの36ユニットめの作業が終了したようでもあり、リムネットに繋ぎますかね。

雨の動物園に思う

最近思ったコトがある。世の中で一番虚しい職業は「佐渡トキ保護センター職員」かも知れない、と。

本日は高校2年の校外学習の引率で上野動物園などの上野公園周辺を散策してきた。上野動物園には様々な籠があったが、大型の鳥類の籠ではしみじみとした悲しさを感じた。特に雨に打たれる「モモイロペリカン」なんかは。
そんな籠・壁、幼かりし頃は気づきもしなかった。ランラン・カンカンを見るために並んだ記憶くらいしかない。コドモには子供の、オトナには大人の動物園鑑賞法(動物園の存在意義)があると思った。少なくとも私自身については。

超伝導

「超伝導」の最も胡散臭いトコロは、「(超)低温」を生成するコストが無視されている点だ。だから科学は生きていけるのかも知れない。
「教師」という職業も胡散臭いッスね。社会科学(政治学・経済学・社会学その他)の教授よりは「まし」かも知れないが。

画家になる方法

「『現在の私』が嫌いなNHK」の3チャンネルを見ている。題名からクサい。『にんげん広場21いのち「働く喜びって何ですか」世代を越えた対話3時間生放送』だってさ。まあ、新聞のテレビ欄にあった「そのクサい題名」に興味を覚えてチャンネルを合わせたので、けなしていること自体が自己矛盾なのですけどね。
よく小学校時代に見たNHK教育(15分番組)の記憶「3チャンネルは何となく偉い」ってのが効いているのかも知れない。道徳とか理科ではよく見たッス。多分、担任の先生がその科目が苦手だったのだろうと気がついたのは大学の頃だ。
総合的な学習についても、NHK教育で「対応番組」をつくるらしい。そんな状況だったら止めましょうよ、「総合学習」。

テレビ東京の「美の巨人たち」とかいう番組で聞いたフレーズは、異様に私のココロに突き刺さった。確か1・2年前だ。
インタビューで「どうしたら、(有名な)画家になれるのですか?」と聞かれた画家(誰だか忘れた)は「画家になる方法はない。ただ『描き続けた』ものが画家になるのだ」というヤツだ。カッコ良すぎるけど、真実であると思う。多分どんな職業においても。

何故プリクラは無くならないのか

一日86.4k秒(十進法)も生きていると、結構楽しいこともあったりする。今日も、結構愉快な出来事があった気がする、「今日の(この)ページの更新のネタに使えるな」というコトが。そして、悉く忘れ去っている。「ことごとく」は「悉く」と表記されるのですね。

で、結局普遍的な話題を。

今の高校生徒って、やたらとプリクラを撮りますよね。このブームは既に5年以上経過しているのです、恐らく。もう「ブーム」ではなく、女子高校生活の一部のようです。気がつけば、教室の床や廊下にプリクラ殻(がら)が落ちている。チナミに「プリクラ殻」とは私が命名した(そして私の心の中でだけしか用いていない)、プリクラの台紙(台プラスチック)のことです。
なんで、あんなに自分たちの姿を記録に残したがるのだろう?と疑問に思いました、1996年当初。しかし、私自身も中学頃に始まるのです、プリント癖。高校・大学時代の7年間に私が撮影した写真の量は、他の23年間の撮影した、撮影された写真の量を遙かに超えています。
これは私の仮説なのですが、「自分の存在があやふやに思えるとき、つまり人生に悩んでいるとき、ヒトは自分や友人の姿をカタチに残したがる」のではないかと。

これは「私的(わたしてき)に」かなり深い話題ですので、気が向いたら関連ネタを書くこととし、本日はこれにて終了。

プリクラ論 続き

写真を意図的に撮らなくなったのは、大学4年頃からです。記憶は写真などによって意図的に残すものではなく、無意識的に形成されるものであると気づいたからです。
本当に重要なことは本人が望まずとも、勝手に心に凍みていくものである気がします。ま、昔の写真を見るってのも、面白いことは確かですが。

「学級通信」否定派

で、私は「学級通信」ってのを作らないことを信条にしているのです。

茨城から東京へ転校した、小学4年生の時に担任をしてくれたK先生(男:多分20代だったハズ)は若くて熱心なセンセイでした。やたらと学級通信を発行し、休みの日には生徒や親を連れて郊外の公園へ行ったり、クラスのお楽しみ会などではアコースティックギターを弾いて、みんなで歌を歌ったり。
小学校を卒業した後に知ったのですが、結局その先生は家業(教会だというウワサを聞きました)を継ぐために教師を辞めたということでした。私たちが小学校を卒業して数年後のことらしいです。
今にして思えば、カタチに残るものを作らざるを得ない心的状況だったのカナ?と。

ヒトは設計図であるDNAがあれば、生物としてこの世に生まれられるのでしょうが、ヒトが「ヒトらしいヒト」であるためには愛(教育)というものが必要なのだと思います。最も重要なものは親の愛でしょう。その補助として学校という存在、教師という職業がある。愛の一部であるはずの教育は、モノを残す必要は無く記憶にさえ残れば良いのだ。
なんて思うので、「学級通信」は書かないのです。

ノリスケさんの声が変わっていたコトに気づいた。

イチロー対理科教師

海の向こう(古風な表現だ)ではイチローが凄まじく活躍している。彼は1塁にたどりつくまでに4秒かからないと聞いた。
で、日本の阿佐ヶ谷。生徒の計測によると、私はソフトボールの塁間(60feets=18.29m)を3.01秒で走ったそうな。正確にはバッターボックスでバットにボールを当てた(バントした)瞬間から、1塁を踏むまで。とりあえず少なくともソフトボール部員である女子高校生徒達には勝った(当たり前?)。
で、比較してみた。私とイチローの足の速さを。野球の塁間は90feets(=27.43m)だそうな、今日知ったッス。ということは、私がバントをしてダッシュし、そのトップスピードを持続すれば、メジャーリーガーの平均(4秒台半ば)には達するのであろう。
しかし、メジャーリーグで毎度毎度バントだけをするわけにもいかないでしょうから、右のバッターボックスでフルスイングするならば余計に時間がかかりますな。てコトで、足の速さについてもまだまだ精進が必要であることを認識した、って当たり前?

21世紀最初の夏

暑いッスね。現在私のいる部屋は摂氏30度を超えており、私は私自身を強制空冷しながらこの文章を書いているのであります。部屋の中の空気自体を冷却しているわけではありません。わかりやすく言うと、クーラーは使っていません。扇風機の風を浴びながら、ビールを浴びつつあり、打鍵しながら、ソフトボール大会の要項をパソコンFAX経由で送信しているのでありました。
この暑さは完全に梅雨明けの暑さですね。梅雨前線も東京の北に移動しているし。東京付近は「モンスーン気候区」から「亜熱帯気候区」に移行しつつあるのかしら?でも、とりあえずは「23区?」なんてね(寒む!)。梅雨前線は今後南下するのでしょうか?
こんなに梅雨の中休み(そしてこのクソ暑い日々)が続いた年は記憶にありません。それは以前の梅雨時に「飲んだくれ」すぎていたためなのかも知れませんし、今現在「飲んだくれ」ているからそう感じているだけなのかも知れませんケドね。
そんな感じで、21世紀最初の夏は始まるようでありました。

athlete's foot

PC-9821Xa10/C12のハードディスク1.2GBはやはり駄目らしい。

1学期も終わり、一息つけたトコロであります。ま、部活動の指導はあるものの、授業やほかのオシゴトがある平常時よりは、お気楽な日々が待っているのです。練習後の昼ビールもおいしいですしね。
でも、うちのガッコの一部のヒトビトにとっては、これからが正念場なのかもしれない。「インターハイ」ってやつが控えてますから。
と、そんなわけで、学校で日々使用していた履き物(サンダル)を持ち帰って洗った。サンダルのくせに「臭う」ってのが気にくわないので。裸足でプラスチック製のサンダルを履き続けると、てきめんに香ってきますね、私の場合は。かといって、学校内で草鞋(わらじ)を履くのも不気味だし、結局靴下を履いた状態でナイキのサンダルを愛用しているのであった。
今後は athlete's foot ユーザーとでも自称すれば、多少はかっこいいかも知れない。

調子に乗ると

左足首を捻挫した。
ピッチングマシンの球をポコポコ打てたので、いい気になって校庭の壁に向かってピッチング練習をしていた。そして、投げ損なって逸れた球を追ったとき、ゴム製の(ダブル)ベースを変なカタチで踏んづけた。そしてとりあえず前回り受け身。
左くるぶし外側の前方が見事に腫れている。

♪まだかなまだかなぁ~

ADSLモデムとスプリッタが本日午前中に届く予定なのだったのだが、12時23分現在届いていない。
台風が夜に来るらしいので、午後の部活動をお休みにしてしまった。雨の中登校して、外で行う競技であるソフトボールの練習をするというのがピンと来なかったし、練習終了時には風雨も強まっているであろうと考えられたし。
昨日買った「ノルウェイの森」を昨晩から改めて読んでいたのだが、それも読み終わってしまい、読書にも飽きたので気分転換に日記を書くのであった。腹も減ってきたのだが、買い物にも出かけられない。
家で「届くのが分かっているもの」を待つというと、小学校の頃の学研の『学習』と『科学』を思い出す。

税金ちゃんと使ってね

何で外務省のヒトビト(ま、一部であるのでしょう、と祈ります)はあれだけ税金を無駄に使えるのだろうか、と考えてみた。あいつらは、ヒトにペコペコされることはあるものの、ヒトに感謝され、その微笑みに触れる機会が少ない人生を送ってしまったのではないかと思ったりした。だから、どんどん荒んでいった。落ちるところまで落ちていったのであろう。「罪を罪と認識できて良かったんじゃない?」と祝辞を送る。
ヒトは「『人の役に立った』と自己満足したい」が為に生きているのではないかと思っている。そんな私は、リアルタイムにその感覚が味わえそうな職業として「教師」を選んだわけだ。

さようなら麻混のスーツ

いつかその日が来るであろうコトは予想していた。そしてその日は来た。それは昨日のこと・・・

お勤め先の学園祭の2日目の朝、オガワマサキ(30)は前日から考えていたとおり、麻の交じった生地でできたスーツを手に取った。スーツを着る回数が年々減り、入学式や卒業式、保護者会や学校説明会など、学外の人に接するときくらいしか袖を通さない昨今であった。完全に秋の気配であるここ数日、買ってからほとんど袖を通していない3ボタンスーツ。今シーズンは今日以降着る機会が無いであろうと、埃よけにかけてあったクリーニング屋のポリ袋を破ろうとしたとき、厭なものを眼にした。
カブトムシの幼虫の20分の1模型のような小さな虫と、その抜け殻らしきものがスーツの左胸のあたりに存在していたのだ。

簡単に言うと、「虫に食われた」のであります。今までは運良く、大した害を被ったことは無かったのですが、見事に侵蝕されていました。麻混のウールってのはおいしいのでしょうかね?同じ虫は紺のダッフルコートにも居たのですが、そいつは非常に厚手だったせいもあるでしょうが、被害を受けた形跡はありません。その薄手のスーツのパンツは面白いくらいに穴があいていました。ジーンズも、裾がすり切れているのは許せるのですが、ひざの抜けたジーンズは一生涯履くつもりはない私ですので、その直径数ミリの穴がポツポツ空いたパンツ、速攻処分しました。
救いだったのは、その日は感動するくらいに空が青かったことです。その前日も風が強かったから、空気中の塵が一掃されていたのでしょう。まあ、スーツを失った悲しみが私に空の青さを再認識させただけなのかも知れませんが、文化祭の天候としては申し分のない空でした。明日は体育祭であります。空の下で行う方が健康的というか、馴染みが深い気がするのですが、校庭が狭い関係上、東京体育館で行われるのですな。「暑さ寒さも彼岸まで」ってのは「病は気から」くらいに印象深いことわざ?であります。そんな秋。

山本リンダは正しい

とりあえず書いておくのだが、先週の12日金曜日午後1時頃、杉並において以下の特徴を持ったヒトが徘徊しているという情報がお勤め先(私立の中・高等学校)に入った。情報の出どころは「区役所」と聞いた記憶があるが、定かではない。


目出し帽
色白
身長172~3cm
刃物を持っている  (以下略)

この情報は午後1時半頃、お勤め先近くの区立小学校にも流れたそうだ。そこの校長先生は「その情報が届いたときには1年生を帰宅させてたし、『注意しろ』ったって注意しようがないよ・・・」とぼやいていた、その日の午後4時過ぎに。
ってコトで、かなり集中してマスコミの情報を確認し続けている私だが、そういった報道は未だに無い。その日12日金曜日、確かにヘリコプターが飛びまわっていたが、積極的に住民に注意を呼びかける放送とかは無かったようだ。
で、考えられるのは「デマ」あるいは「意図的な情報の隠蔽」である。前者の方がありがちな気がするが、後者の方も捨てがたい。マスコミは「110番通報(あるいは警察無線?)」を傍受しているという話も聞くし、前者の方が可能性が高いかとは思うけれど、世の中には意図・政治的な「秘密」も多いだろうし。
そんなこんなで、ヒトからの伝聞よりは新聞・テレビを信頼している自分を再確認した。山本リンダの云うトコロの「噂を信じちゃいけないョ」ってコトか?「新聞だから正確だろう」と思っているわけではないし、テレビなんか「やらせ」の巣窟であろうと思ってはいる自分だが、出どころのはっきりしない噂話にも気をつけようと思うのだった。

アレに比べれば…

「スペランカー」の完クリ(ただし1周目?だったらしいと先ほど知る)に比べれば、化学の試験問題作成の方が凄まじく楽なはずなのだが、あんまり進まなかったりして。
ネットサーフィン(死語)してしまい、問題は数点分しか増量できなかった。

ヘドジェクトX 最終回

「♪反吐かい?ゲロかい? わしは、まだ、飲み足ーりなーぃ」

大分連載に飽きてきたので、一気にカタをつけます。
信じられないかも知れませんが、その謎の円柱は自動洗濯機用合成洗剤の一部だったようです。具体的な商品名を挙げても良いのですが、新聞屋さんからの貰い物でもある手前、それだけは私の胸に納めておきましょう。
何なんでしょうか?数年前に貰った洗剤でもありますので、空気中の酸素とか二酸化炭素と反応して、予想外の物質が生じたのかも知れません。実は、最初から研磨剤?として混ぜられていたのかしら?笑っちゃうのは、綿ゴミ収集ネットの中にバッチリ集まっていたことです。当然のコトながら、水には溶けない。部屋に落ちていた「元糞」を濡れた手で潰そうと試みるも、相手は動じるところを見せず、指先に堂々と存在し続けました。

ふと思ったのですが、今日の日記は怪しい趣味を持った方が間違って訪れてしまいそうな単語が並びましたね。俗に「スカト○」って呼ばれる世界ですな。試験の採点も終わり(ほぼ予想通りのできぐあい)、調子に乗りすぎました。以後気をつけます。

CUSL2 IDEの転送モード

冬休みに入ってから今日まで、覚醒中(俗にいう昼間)に空腹を感じたことが無かったことに気づいた。ま、それなりに肥えるわなぁ、という気がする。

本日も暇だったので、昨日に引き続きキョーザイ(サンガッキ最初のジュギョウ用のpuzzle)を作ろうとしたのだが、その前にCD-RWドライブのファームウェアの更新を行ってみることにした。ああいった機器(CDドライブの類)にファームウェアがついてるってのは今日初めて知ったのである。セブンイレブンで昼飯と共に購入した愛読書『週刊アスキー』を読んでて。
で、そのアップデートにうまい具合に時間がかかったのである。いい暇つぶしだった。何時から始めたのかは記憶にないが、2時間は軽く費やしたような気がする。
ま、今のスキルがあるからその程度で終わるのであり、6年前の私だったら皆目検討つかない状況だった気がする。今回の作業(win2kが走っているCUSL2上のIDEデバイスの転送モードを変更したい場合は、デバイスマネージャやCUSL2のBIOSをいじるのではなく、マザーボード付属のCDROMでインストールした「Intel Ultra ATA Storage Driver」を操作する必要があるというコト)も苦労しただけに忘れないだろう。

私のパソコン能力は着実に向上しているのであろうが、客観視してみると「下り螺旋エスカレーター(ウィンテル社謹製)を中途半端に上り続けているヒト」とも言えるだろう。
パソコンは便利ではあるがテレビよりも使いづらい、テレビにファームウェアは無いし。ファームウェアを含めたドライバ類を更新(アップデート)しなければいけないというパソマニア(この語は私だけが使っているのかと思い、商標?に登録しようかと思ったが、googleで81件も引っかかってきたので止める)心理がこの不便を生んだのだろう。

心の足袋

♪あー、明日の今頃はー、僕は宿の中ぁー

ってことで、高校2年の修学旅行の引率前日。
明日は早起きせねばならない。部活動の引率でも4時台に起きる必要って、まず生じない。「起きなきゃ」って思うと、目覚ましが鳴る前に何度も起きたりしちゃうんですよね。明晰夢ってヤツにも遭遇しやすい。

思うこと

定期試験の問題作成は面倒くさい。
私が問題作成にアタマを悩ます、その瞬間にも愛国心?のため命を捨てるヒト、そしてそのとばっちりを受けるヒトがイスラエル近辺ではいるようである。
また、この瞬間にも「発展途上国」ならずとも餓死するヒトもいるはずである。世界は広い。日本のマスコミの報道を見てその全てを把握している気になってはいけない。とりあえず、身の回りのヒトビトと仲良く暮らしたいと思う私なのであった。

お先にどうぞ

教員に「自ら学び、自ら考える」児童・生徒を育たせようとする前に、バリバリの公僕である政治家全てが「自ら学び・自ら考える」ようになって欲しいと思う。先達(先輩議員)の痴衣(自分らが作ったハズの法を犯しているような下らない知恵)の数々を借りなくて済むように。

「占い」なんて

明日は始業式である。今日は入学式であった。

朝7時少し前、フジテレビ「めざましテレビ」の占いで「山羊座」は「日記を書く」と「ラッキー」ということだった。そんなわけで日記を更新している。
「星座占い(12・13星座とも)」にしても、「血液型占い」にしても、「バイオリズム」にしても、「動物占い」にしても、基本的に信じないスね、現在の私は。てコトは、小学校・中学校・高校時代くらいまでのワタシは、結構それらの占いを気にしていた?
そうかも知れませぬ。私の「個性的 --生徒に言わせれば『変』とか、他の(私が思うに怪しい)センセ曰く『怪しい』とも表現される-- ?」な性格・言動は「(血液型の)AB型は『二重人格』である。」という雑誌(例えば小学館の『小学云年生』)の付録における表記を素直に信じたためであるような気もする。
「風水」ってのは何なのでしょうかねぇ?あるいは「仏滅」とか「大安」とか。「丙午<ひのえうま>」の出典?は知らないけど、その年に生まれるヒトが少ないことは知ってる。

そんなわけで、無理矢理日記を書いたら、妙に括弧<かっこ>が多くなった気がするのでした。熱い4月であります。扇風機を出そうかと思った。

時給

最近自分がオッサンになったのだか何だか、あんまり働きすぎは良く無いなぁと思っている。何で学校ってシステムは「出勤簿(働いた日に印鑑を押す帳簿)」ってものを重要視するのであろうか?
学生時代は意図的に教育絡みのアルバイトをしなかった自分である、教員になるつもりであったので。
大学1年の時には新宿はヒルトンホテル裏の妙なビアガーデン、大学2年次は「つぼ八 新宿中央口店」、大学3年次は「ゲームファンタジア サンシャイン店」あたりでバイトしたのでありますが、必ずタイムカードってのがありましたね。まあ、時給というコトで給料が計算されている職場だったからそうなるのでありましょうが。
私の出勤簿、この4月に入ってからは「はんこ」の途切れることがないのでありますな。毎日労働。今日はブカツの引率で6時起きだった。結局この今も降り続く雨のため、試合は順延となったのでした。10時過ぎには帰宅し、久々にダラダラ昼寝しました。ここ数週間の労働を時給に換算してみると、恐らく給料の手取りは1000円/時を下るのであります、私の場合は。大学のアルバイト時代と大差ないか、あるいは少し安く働いているようであります。ま、私の学生時代は「バブル期」だったこともあるかも知れませぬケド。(でも、かなり真面目にバイトでは働いた。つぼ八では、他のヒトがくっちゃべってる間にもフロアを回った記憶がある。ゲームファンタジアは一番面白かった。いろんな同僚?(大学生)やゲーセンに通う変なヒトビト(お客さん)にも出会えたし。)
まあ、今の世の中でシゴトがあるだけでも幸せだっつーことも自覚しているのでありますがね。でも、結構搾取されていると感じないことも無い。

佳き日

今日は凄まじく良い日だった。昨年末からの目標としてきた「文大杉並高校ソフトボール部都大会出場」が達成されたので。ソフト部顧問となってから、今日が一番嬉しかった。自分の高校時代における合唱部の活動に匹敵するくらいの喜びが得られた。
試合後はもう一人の顧問のセンセと祝杯をあげた。帰路のバスに乗っても喜びを反芻していた。電車に乗ったトキ、ふと思った。私は何を思ったのか?
非常に教員臭いというか、胡散臭い話?になるのであるが、「私や部員達がソフトボールという競技をしている間に、世の中ではどれくらいのヒトが餓死したのだろうなぁ?」なんて思ったのであります、嘘じゃないすよ。スポーツをできるということ自体、非常に幸福なのでしょう。それを忘れてはならないのだなぁ、とか思ったりした。そんな喜ばしい今日のこの日。

補筆

昨日に続き、ソフトボール部絡みのネタ?を記す。
過去の卒業生のカタガタの名誉のために補足しておきますと、勤め先のソフトボール部の都大会出場ってのは大して珍しいことでは無いのです。過去数度、都でベスト16くらいまでは上ったことがあるのです、ただしそれは監督が私ではなかった頃のハナシ。
私が日野在住の50過ぎのヨッパライ(名誉毀損?いいえ、単なる事実)から監督業を引き継いで以来、この2年くらいは都大会へすら進出できなかったのですな。
昨年秋、多摩地区のとある学校のソフトボール部顧問である、やはり50過ぎの(知る人ぞ知る?)ヨッパライのTセンセなるヒトから、「オガワちゃん、しっかりやれよ。最近弱えーぞ。目標持ってやってんのか?」と言われたのです、練習試合後の飲酒時。確かにそれまでは明確な目標を持ってブカツの指導に臨んでいなかった気がします、「(それぞれの生徒がそれなりの)全力を尽くせれば良いだろう」くらいな感じで。
「都大会に出るのだ」と生徒に言い放ち、目標にしてきたこの数ヶ月でありました。
そんなワケなのです。うーん、モロに日記だ。

カラス埋葬

久々にドーブツを葬った。カラス(の死体)に初めて触った。
午後1時過ぎ、校庭で行われているソフト部の練習に参加すべく、中央線高架横である学校の敷地を歩いていた。「上空に妙にカラスが多いなぁ」と気になった。(全国的に有名な「文大杉並の」)ソフトテニス部室前を通り過ぎようとしたとき、その部員が「カラスが死んでます」と。彼女ら曰く、「自分たちが見たわけではないけど、カラスが(校舎の)壁に激突して死んだらしいです」とのことだった。
確かに校舎脇に仰向けになったカラスが寝ていた。
カラスって、変に「おっかけっこ」している場合がありますよね。あれはカラス界の「(弱いもの)いじめ」なんじゃねーかなぁと思っていた。追っかけ方と逃げ方が尋常じゃないもの。でも、もしかすると、カラス界にも「ジョナサン・リビングストン」が居るのかもしれないなぁ、荻窪には。とか思ってた私だったりする。
何で彼(彼女かもしれないけど)は壁にぶつからにゃならなかったのだろうか?

散文

流れた練習試合・上がる雨・遅々として進まぬ試験問題作成・そしてこのような逃避。

プチマッドサイエンティスト

今日、とうとう舐めてしまった。辛酸でもなく勝利の美酒でもなく・・・・。それは、ケータイの充電用アダプタ(クレードル?)である。あれは舐めると味がするのであろうコトは予想していた。直流電流によって生ずる電気分解の味ね。
本日の高校3年生対象の化学IBの授業で、私の進めている話とは直接的に関係ない質問が出た。ま、良くあることだけど(苦笑い)。
生徒曰く「センセー、あたしケータイのアダプタを手で触ってみたんだけど、何ともないよ。何で(感電しないんですか)?」と。私もそれは試したことあるのであった。人の皮膚は電気抵抗が大きいため、そう簡単には電流が流れないし、流れても神経が知覚できる程の電流はそうそう流れないのである。で、答えた。「私もやったことあるけど、皮膚じゃほとんど電流流れないね、抵抗がデカいんで。舌で舐めれば分かると思うよ。舐めてみたら?」と。
その場で「気が向いたらやってみる」と約束したのを思いだし、帰宅直後にアダプタ舐めてみた。やはり電気の味がした。噂によると、修行を積めばプラス極とマイナス極が判別できるらしいです。そこまで私もマニアックではないので、その辺で止めておいた。

三々五々

現在の私のこのページのトップのカウンタは三々五々<さんさんごご>を表示しているらしい、わらえる。ホント、三々五々といった感じで、しみじみ増えているのですよね、このカウンタ。現在では1日平均で4カウントくらい増えていってるのです。結構なペースだと思います。
で、「誰が見に来ているんだろう?」と6月末からアクセスログをとっているのですね。それをボーっと眺めるのも面白いものです。
で、まだ全然答案の採点を始めていない、気合い不足の私なのでした。三々五々?、答案をかたづけていきましょうかね。

高等学校「情報科」免許の謎

昨日、久々にパソコンを増築?したのである。ATAPI(「アタピ」って読むらしい、やっぱり)接続の内蔵型MOドライブをひっつけたのだ。USB接続って方がメジャーであるのですけど、住処がクソ狭いため、余計な筺はなるべく置きたくないのですな。電源ユニットに強力なブツが入っていることもあるしさ。
この夏休み(夏季休業)に高等学校の新教科「情報」ってヤツの研修(講習)全16日に行かされる参加させて頂くのですが、課題提出用メディアとしてMOが推奨されているのですよ。

で、その「情報科」の免許を取得するための講習に参加するには、以下のような条件があるのだ。知ってました?

「数学」「理科」「家庭」「看護」「農業」「工業」「商業」「水産」「情報技術」又は「情報処理」の高等学校の普通免許状を有し,情報に関する内容やコンピュータを活用した指導の実績があるなど「情報」についての一定の知識と技術をもっていること。

バッカじゃない?
何故?どうして既取得免許の教科が関係するのだ?国語だって、社会(地理・歴史、公民)だって、英語だって、私のオツトメサキで云えば、相当パソコンに達者なヒトはいるよ、ええ。
まあ、私が相当パソコンマニアであることも確かではあります。学校で2番目にパソコンに詳しいと思う。1番詳しいセンセは昨年その講習を受けたわけでもあるのだケドさ。ただ、学校によっちゃ、理科とか数学以外の先生の方がパソコンに詳しいことも多々あろうて、なあ。
日陰科目の差別化かしら?とか思ったりする理科免許取得済みの私なのであった。よく分からんわ。

ま、私というヒトが教員という職を得て生きているという奇跡に比べれば、そんなに大した不思議ではないかも知れないけどサ。

今日も昨日記

高等学校新教科「情報」の免許を取得すべく、この夏は全16日、延べ90時間の講習・演習を受けねばならないのでありました。その初日が昨日だった。
寝ちゃうんですよね、人の話を聞いていると。昼飯後は特にダメ。ま、高校・大学時代に比べれば、私としても真面目にヒトのハナシを聞いているのですけど、やっぱだめだ。ねみーのだ。寝ちゃうナリ。気持ちイー。授業中の居眠り。なつかしー。
「起きてください」とか言われれば多少起きる心づもりもあるけど、私自身も枯れた教員である?ので、自分自身の授業の際、眠れる生徒は起こさない。お喋りされるよりゃマシだし。この講習における講師のセンセイも枯れた方が多いのだろう。「起きてください」とは言わないね。
ただ、気合いが入ったセンセイの場合は、こちらもキチンと聞きますよ、ええ。こちらがそれなりに睡眠欲を解消できているという前提がありますけど。
って、ダメダメじゃんワタシゃ。

微かなる反抗

服装とかって、フシギですよね。
ワタシも結構オッサンになった(長いものには巻かれるようになった)らしく、改まった場所ではスーツ着るなり、ネクタイ締めるなりしてしまうのでありました。ま、夏休み中の部活動とかのための出勤では無精髭に半袖・短パンでチャリ通勤するんだけど。

その、「情報科」の講習、今日で3日目だった。
1日目は煉瓦色のコットンのパンツにカフェオレ色のシャツ、適当なネクタイを締めてった、靴はプレーントゥの茶色い革靴、ベルトも同系色。2日目は黄色いオックスフォード地のボタンダウンシャツ、ノーネクタイ、グレーのグレンチェックのスラックスだった。黒のローファーと革ベルト。本日3日目は、紺色のコットンパンツに緑がかった辛子色のポロシャツ、モカシン風の薄茶の靴と同色のベルト。
明日は綿のパンツに裾を出したポロシャツの予定。
Gパンとか、短パンを経て、最終日には「全裸」を予定してるんですけど、どうですかねぇ?

ワケ分からん。

開拓

「情報科」=「パソコンオペレーション技術習得」ではないらしいコトは分かってきた。物事を知るほど、謎も多くなっていく。そして僕は進む、未開の地を。少しばかりの不安と多大なる期待を持ち。

新紙幣発行?

「日本経済の、自身へのカニバリズム」という感覚を覚えた。めざましテレビを見て思い、新聞を見て更にその感覚が強くなった。日本経済は、それ(新紙幣発行)によって生きていけるのか?必要なことなのだろうか?緩やかな自殺ではないのか?
たまには朝っぱらに日記を作成してみた。今日も講習である。短パン・半袖・サンダルでゴー。

その1:蟻

9時に始まり、16時半に終わる講習、昼食場所の確保が多少面倒くさかった。
うちの学校から今回の研修に来ているのは私1人である。同僚のセンセがいれば、その人と食事に行ったでしょう。研修に参加している他の学校の先生には、多少顔見知りもいたことはいた。自分が高校時代に教わった先生とか、他校のソフトボール部顧問の先生とか。食事時間の微妙な駆け引きって結構面倒くさい。数名でつるんでいったとき、誘われないと悲しむヒトがいたり。
基本的に1人でいることを全然厭わない私である。水道橋駅近辺の食べ物屋を巡った、数日間。
その日、講義の開始が10時45分開始だった事もあり、朝食が多少遅めだった。JR阿佐ヶ谷駅に付随しているJR系のコンビニでおにぎりを2つ買っておいた。水道橋駅近辺を散策した際、発見した公園でそのおにぎりを食べようと思っていた。
そして、その日の午後の講義も終わったとき。「蟻さん、どこへ行ったのでしょうねぇ?」「そうだねぇ」私の席の後ろからその会話が聞こえてきた。

私の脛、アリンコが引っ付いていた。気づいたのは午後の講義の1コマめだった。公園での昼食の際、同僚の食事を調達すべく、探索活動に勤しむ蟻たちがいた。私の毛脛をガンガン登坂してくる。「なにもないっつーの!」と、足を振り回したり、アリンコを潰さぬよう、軽く手で叩き落としたりしつつおにぎりを食べたっけ。間違って?おにぎりの具「うなぎ」を落としてしまった。そこにやってきたクロヤマアリの行動を観察するも、私はファーブルほどの暇も無く、観察も適度に切り上げ講習会場の地下ホールに戻ったのだった。

そうか、彼はこの地、餌もなく我が家からも遠く離れたこのカーペットの上で殉死するのだなぁ。

その2:スニーカー

スラックスに運動靴はどうかねぇ?先生。

その3:サイクル

四・五十代のオッサンは、周波数の単位を「ヘルツ Hz」と云わず、「サイクル cycle」と云うことを確認。

『蟻』で文学的才能を使い果たしたので、『スニーカー』『サイクル』は手を抜きました。スミマセン。講習全16日中の9日が終了した。お疲れ様、私も他のセンセイ方(401名)も、講師のセンセイも、会場管理の公務員さん達も。

休み無しに

16日の日記の下線部分は後から改変・捏造した部分です。
今日はオツトメサキの「学校見学会」だった。「予想を上回る参加者数で、嬉しいねぇ」って日でした。まさか10万人も来てくれるとはねぇ。

逃避

現在、14時22分。お勤め先でノートパソコンに向かって「情報」研修のレポートを作成している。めちゃくちゃ煮詰まり中、辛い。さっきはこの間退職された先生から譲り受けた重たいバットを素振りしたけど、気は晴れない。
逃避として日記を記し始めた。つまんないレポート(内容は結構しっかりしているはず、少なくとも結構おもしろいと思う、自分では)書いているので、反動として日記が書きたくなった。
情報科の研修、21日に終了したのである。のべ90時間の授業だった。激烈に辛かったので、その場合は睡眠した。話がおもしろい先生は引き込まれるんですけど、そうじゃないときはバリバリ寝てやった。一番講義がおもしろかったのは画像処理についての講義をしてくれた鉄道マニアの先生。二番目は著作権について講義をした、どこか田中康夫風の先生だった、私的には。

何が有意義だったかって言うと、免許が取れそうなこと、ではない。まだ取れるかどうかは分からないのだ。4つの作品と4通のレポート、学習指導案を提出しなければいけない、怠い。大学時代に比べると、相当真面目にレポート作成してる。ってか、文章作成能力が増強されている気がするのと、キーボードをすさまじい勢いで打てるようになったことがありますけど。大学の時のレポートは手書きだったからなぁ、基本的に。キーボードに本気で触れたのは大学4年からだったりするのである。私のパソスキルを知るヒトには驚かれますけど、ホントなのです。ま、中学時代なんかも親にパソコン(FM-NEW7)を買ってもらったのもデカいことはデカいですけど。タッチタイプの習得は「気合い」以外のナニモノでもありませんね、私に言わせれば。手元を見ない「気合い」だけだ。
で、その「情報科」の免許、別にそれほど欲しくないんですけど。とか言ったら講習洩れたヒト(居るのか?)に殺される? ま、何らかのキャリア?にはなるでしょうけど。

一番有意義だったのは、知り合いの先生がドカッと増えたことでしょう。
外部の先生というと、理科絡みかソフトボール絡みが多かったけど、ここへきて全然違う人々とも接する機会を得られた。知り合いの知り合いとか、昔教わった先生とか。
結局、私は酔っぱらいなので、酔っぱらいの先生と仲良くなってしまうのでした。ってか、気になった先生が打ち上げ宴会にいらっしゃっている場合が多かった。類は友を呼ぶのだと実感した。
この夏は東京都で400名強の先生が受講し、そのうちの35名と共に1つの教室で最後の7日間を過ごしたのでした。そのうちの16名の先生で飲みに行ったのでした。飲み会を仕切ってくれた先生に会えたのが一番の収穫であった。ここまで記すと、そのヒトが特定されてしまうかしら。まあ良いでしょう、悪口書くわけじゃないからね。
とんでもなくすさまじい繋がりがあるその先生、たまたま宴会では隣に座らさせていただいたのでした。具体的に書いても相当おもしろい繋がりなのですが、あの場に居たセンセ達と共に「心の共有フォルダ」にしまっておきましょう。


学習指導案、作成再開できそうな気がしてきた。
現在14時47分。約25分間の逃避でした。
約1300文字だった、数えてみたら。1分間に50文字以上打ち込んだのですね、文章を考えながら。すげぇ。

逃避は続く

今日行った逃避として、ポータブルCDプレーヤーの購入ってのがあった。職場で時々使うんですよね、パソコンに向かっているときとか、要録・調査書の類を作成しているときとか。さすがにヒト(生徒やセンセイ)がたくさんいる平日とかには使いません。長期の休みとか日曜なんかは音楽聞きつつシゴトする。私は結構音楽聞きながら作業する事って苦にならないヒトらしいス。ま、聞き慣れている音楽に限りますけど、歌詞が入っていても問題なく聞き流せる。
で、今まで持ってたプレーヤー、右のヘッドホンの音が割れ気味になっちゃったので、新たなのを買うことにしたのでした。性能が全然違った。前のも今のもパナソニック製を買ったのであるけど、雲泥の差。音質が違うし、イヤホン自体も耳への収まり具合がよろしい。ま、古いヤツは壊れかけてたのでしょうけどね。プレーヤーはめちゃくちゃ軽く、小さくなってる。
ケンイシイなるヒトのアルバム等を聴いたりしつつオシゴトしたのでした。渋い音楽知ってますね、私って。何で「ケンイシイ」知ったかというと、ラジオで聴いて気に入ったからだったりする。何年前だろ。「メタルブルーアメリカ」って曲だった。

もうひとつ行った逃避はバドミントンの公式戦の観戦。んー大変暑うござんした。うちの学校の大体育館に面が6つ出来てた。ハードな世界だ。勝ち上がってくと1日最大6試合行うらしい。タイヘンだ。

なんか、ケンイシイとか聞きつつパソコン打ってると、サイバー?な感じがしてきますね。今暇つぶしに読みつつある本、かの有名な「1984年」ってヤツなのです。以前から書名は知ったんですけど、読んだこと無かったんですよね。
サイバーパンク。私の頭もパンク。それは「情報科」レポート作成のため。今までも相当文章作成したのだけど、更に6400文字紡ぎ出さなきゃならない。この脳味噌から。つれぇ。
そのCDプレイヤー、私の愛するノートパソコンLet's note は CF-L1EA と色がお揃いなのだ。紫がかった青色がカッチョイー。で、私の顔色ともお揃い!

「ぇ、マジすか?」(Kセンセ風)
またビミョーに内輪受け?

原発事故隠蔽発覚直後につき

今日、明日とオツトメサキの学園祭。
現在『目がテン!』放映中。この番組は相当面白い。スポンサーから金が潤沢に供給されるからだろう。そのスポンサーは「電気事業連合会」だ。私の納めた税金が回されているってコトですな。あるいは電気料金。
現在7:18。今までにCMが1回(少ない!)流れたが、見事に「AC(公共広告機構)」のものだった。全部「AC」だったら面白いですね。原発の事故隠しの発覚直後だものねぇ。
電力会社のCMに出るヒトビトってどうかと思うね。私だったら出ないな、ま、出れないけどサ。
ガッコ行く準備しよう。

スナイパー

学園祭に引き続いて行われた体育祭が終わり、本日は2連休の1日目である。ブカツのシドウも終わり、帰宅してブロッコリーを電子レンジで茹でていた。その最中、久々にゴキブリを見た。最初はビーサンでひっぱたいたのだが、不発に終わった。その後、物陰に隠れているので、輪ゴムを用いて狙撃した。1度目もヒットしたはずだし、2度目には羽を1枚もぎ取ったのである。それでも彼は力を振り絞り、物陰へと戻ったのだった。
「ゴルゴ13」的、「甲殻機動隊」的、「ホワイトアウト」あるいは「猛き箱船」的と言おうか?何にせよ、狙撃者の気分を味わった。死体を確認したい。
洒落を最後に挿入したッス。不健全な日記と思ったので。

都民の日に

私の住処、日当たりは悪いけど、建物の建て込んでいる場所にあるから、風はあんまり強くなくてラッキーかも知れない。台風が来てますよね、21号らしい。
高校3年の担任をしているので、調査書を作成する必要があったりします。と、言っても30数名分なので楽なのかも知れない。私は第2次ベビーブームの走りの世代らしいのですが、私のオツトメサキでも平成元年前後は1クラスが50名を超えていた時期もあったそうです。すんげー。そんなわけ?で、調査書の所見欄や推薦書の下書きをする前に日記を更新したりしてます。「色覚異常について」ってページも更新しましたから、その存在を知らなかった方、お暇な方はご覧あれ。

NHKのアナウンサーが「赤い羽根」つけてる、ヤダヤダ。私は「偽善者」よりは「偽悪者」でありたいね。基本的には「本音のヒト」であるつもりだけど。でも、調査書・推薦書作成の際は相当嘘付いてる気がします。「この生徒、そんなに良いヤツだったっけ?」って内なる声が聞こえるノダ。教員業務も板に付いてきた感じ。そんじゃ、専門学校への推薦書の原稿を作成しましょかね。そんな都民の日(オツトメサキは私学なのに本日は休業なのだ、謎だ)。

ブチッ!

温厚な私も切れた、無駄に存在する禿に。ちゃんと働きやがれ。(覚え書きとして)

雨の日に

雨天のため、教員ソフトボールチームの試合は流れた。「リーグ戦」ってヤツなのでした。東京都の実業団とクラブチームによるリーグ戦なのですな。もらっているプリントを元に、その参加チーム記してみよ。
IHI(石川島播磨重工業)瑞穂 筑波クラブ(筑波大の卒業生なのかしら?) オリンパス 東京アスリートクラブ(多分今年からリーグ戦に参加したチーム) 航空自衛隊 早稲田クラブ(早稲田の卒業生チームらしい) 東京教員(私のいるトコ) 高風<こうふう>クラブ 印刷局王子(別に王子様ってワケじゃなく、北区のオウジ) 睦<むつみ>クラブ 以上。
全部で10チームのリーグ戦であること、今知ったのでした。ちょっと賢くなった。
試合が無くなったので、思う存分寝たつもりが、6時半には目が覚めてしまった。ま、8時間くらい寝たわけですけど。睡眠時間が減少している気がする。老人化しているのだろう。
『目がテン!』見て、風呂入って、賞味期限を約一ヶ月過ぎた「サッポロ一番味噌ラーメン」キャベツワカメ混入物を喰らい、1週間前に借りたけど結局見る暇がなかったビデオを返してきた。
そろそろ試験問題を作成しましょうかね。中学2年理科(化学反応のトコロ)の問題、あと80点と少し作らにゃならないのでした。そう、今は逃避中。朝は9時13分。

現在11:17。90分ほど問題作成し、40点分と少し完成した。残りは41点分である。逃避として洗濯物を畳んだのだった。更に逃避として下らない文章記そ。
近年、具体的には2年前にその現象に気づいたのですな。オツトメサキの合唱祭の引率の帰り、魚屋の2階の飲み屋の宴会場だった。ちゃんと店を予約しておいた(そう、私は「宴会」のためにも生きている、相当に。宴命!)のに、どたきゃんしたセンセが多く、食べ物が余りまくったのだな。ホントはドタキャンのヒトからも料金を徴収すれば良かったのだけど、性格的に駄目なのだ。万を超える額の自腹を切った記憶がある。2年くらい経ったので白状しておきましょう。宴会のドタキャンは駄目ですよ、皆さん。とか言いながら、やはりオツトメサキのセンセの結婚式の2次会、練習試合後に駆けつけるつもりだったのを、すっかり忘れたことがあるのも私だったりする。5年くらい前のコトだったような?さっき思い出した。悪いコトしてますね、私だって。
で、「その現象」とは何か。具体的には「限界スレスレまで飲酒をした状態で、牡蠣を食うと吐瀉してしまう」という私のカラダについての出来事である。その魚屋の2階では、厭になるほど生ガキを食いましたね。5・6個くらい食ったのかしら。夜中にモドしましたね。翌日他のセンセに聞いてみたけど、「牡蠣にアタった」ってヒトは居なかった様子。その後、たしか2度ほどありましたね、牡蠣食って吐いた経験。1回はグラタンの中に入ってた牡蠣でした。1個しか食わなかったのだけど、酒は大量に飲んでました。牡蠣食っても、飲み過ぎていなければ大丈夫なのです。モドしたりしない。
2日前、高校時代の友人中最強の酒飲みと阿佐ヶ谷で飲んだのでした。2人でジョッキを1杯ずつにピッチャーを3つ。後に焼酎をロックで飲んだ。飲み屋では彼が「牡蠣とニンニク芽の炒め物」を頼んだのでした。私も不安があったのですが、牡蠣食いました、美味かった。夜中突如として吐き気で目が覚めましたね。昨日は二日酔いとトイレ掃除のために職場に遅刻しかけた。
今朝、2度めの掃除もしたのですけど、まだトイレが生臭かったりして。
オゲレツな話題でスミマセン。問題作成再開しよう。11:34ナリ。

本日3度目の日記執筆。試験問題の作成は終了した。あとは校正と手直しだけだ。結構早く終わった。教員チームの試合が流れたのは、それはそれで良かった気もするのだった。今日、高体連の新人戦、東京都2支部予選が行われているはずでもあるのだ。勤め先のソフトボール部、公式戦に参加できないのでした。部員が9人に全然満たないのです。悲しいけど事実である。私が顧問になってから、公式戦に不参加になったのは初めてである。試合の申し込みを忘れたことを除いて。なんて顧問だ!
私の2台のパソコン(もう1台は職場のノート)で動く SETI@home が199ユニットめに突入した。

文部科学省周辺の腐れ公務員様へ

文部科学省周辺の腐れ公務員様へ
まずは自分らの評価をすべきじゃないの?児童・生徒・学生に全国的なテスト(=税金消費するわなぁ)を行う以前にサ。指導要領って何だっけ?上限?最低基準?大体、あなた達は日本国憲法とか教育基本法遵守してる?朝令暮改も甚だしくて、涙すら出ないね。私自身があなた方(の先輩?)のお世話になったのは確かだろうが、君たちを尊敬はしないね。食わしてやってるんだから、働け、上から下まで。ってか上のヤツらね、特に。

「お色直し」

今日、初めて「お色直し」をした。
今朝着ていったシャツ、かなり強烈な色だったんですよね。「臙脂<えんじ>」でしたね。
着用するのは2度目だったのです。前回は茶色の毛のパンツ(スラックス)を履いていったのでした。今回は濃いめのチャコールグレイの綿パンツと臙脂の地にプリントが乗っかったネクタイを合わせたのでした。自分でも「怪しー」とか思ってたのですね、実のところは。
職場に行って思いだし&ビビりました。「本日は学校説明会だったのだ」って。来年の4月に入学するかも知れない方々にお会いするのですよ。私自身、今朝の私のような格好をするヒトって信用しないなぁ(なんじゃ、そりゃ?)。朝のホームルーム(と言っても私は「一般的な」クラス担任らしきハナシをしないような気もする)のとき、生徒も言っていた「怪しー、ホストみたいー」って。別に「ホスト」という職業?を否定するわけではありません、念のため。かといって、肯定もしないけど。
一度帰宅し、ワイシャツ(ホワイトシャツ)・グレーのスーツに着替えた私だった。だんだんオッサン?になってますな。スーツ・ワイシャツを肯定したいとも思わないけど、全裸を肯定することもできない。

最低最悪の日 -プロローグ-

そう、一昨日はこれから記すネタを書くつもりだったのでした。私の人生における、最低最悪の日について。

(おとといの)学校説明会、夜の7時から始まるのでした。私の勤め先、そんなにわかりにくい場所じゃない、ってか、相当分かりやすい場所にあるのですね。しかしながら、何だかんだ言って、初めて来ていただく方には案内も必要でしょう。私はJR阿佐ヶ谷駅近くの交差点(って程広い道じゃないけど)に道案内役として立っていたのです、18時から19時頃まで。
ただ道端に「突っ立って」いても、意味が無いですわな。同じ場所に朝方立っていて、道行く生徒が私の顔を知ってりゃ「登校指導の教師」と認識するでしょうけれど。
「サンドイッチマン」、雇用機会均等法的には「サンドイッチパーソン(googleでも3件しか引っかからなかった、なんか嬉しい)」?として、中央線の高架下に佇んでいたのですよ、小一時間程。

ヒトって、興味があるものはとりあえず見ますよね。聴覚・嗅覚・味覚・触覚よりも、まずは視覚でしょう。
私もそうです。気になるものがあると、知らないうちに凝視してたりする。
阿佐ヶ谷駅近くの「サンドイッチマン」、確かに私も見たこと無いわ、よく考えてみれば。そんなわけで突如現れた「オープンサンドイッチマン(背中側には看板をかけていないオガワマサキ)」、かーなり視線を感じましたね。私も暇だったんで、道行く人を観察してたし。チナミに、説明会自体は40組弱の方々が訪れてくださったようでした。間違えました、4万組でした。
私自身は十数組が私の前を通過したと認識していました。オツトメサキに来てくれそうなヒトは、何となく分かりましたね。で、面白かったのは道行く通行人とのデキゴトであります。
私と眼が合うと、ほぼ全てのヒトは目を逸らしましたね。ま、そうかもね。思えば「サンドイッチパーソン」ってうつむき加減の人が多いですわな。新宿でも、上野でも、池袋でも。晴れがましいのはボクシング等のリング上の「ラウンドパーソン(googleで0件!)」?くらいでしょうな。

目を逸らされながら思いました。「この感覚、懐かしいなぁ」って。
「最低の日」は一昨日ではありません。それは1990年の冬のコト、変に(いや、その場に於いては「当然のこと」として)目を逸らされてる私が存在したのです。

最低最悪の日 -休憩-

中学2年生用の理科試験問題、残り30点分ほど作成する必要があるのだけれど、家に帰ってしまうと飲酒の道を突き進んでしまい、恐らくろくに試験問題が作成されないだろうから、職場に残って試験問題の作成を続けているのだった。緑茶をがぶ飲みしながら。
とか言いながら、こんな風に「日記作成」という逃避に走っている私なのだった。

およそ12年前のバイク破損。親に修理代を立て替えてもらったのでした。十数万かかったっけなぁ。伊藤(本名)がそのバイクに乗っている間、私は気が気では無かった、「あのバイクで彼が事故ったら、私に相当責任があるなぁ」って。幸いなことに、彼は事故る前にそのバイクを売っぱらった。ヤマハのserowに乗り換えたような記憶があります。

事故車って、圧倒的に扱いづらくなりますよね。私の実家には以前180SXなる日産の車があったのです。シルビアのクーペ版ね、知らないヒトはとことん知らないでしょうし、知ってるヒトは「ワンエイティ」については解説要りませんな、恐らく。ちなみに排気量1800cc版の古いタイプでした。古いタイプの方がフロントがかっこいいと思いますね、私的には。で、その180SXはもう既に実家には無いのですが、アクセルを床まで踏み込めば平気で180km/hに達しましたね。そしてリミッターがかかるのでした、ただし妹がその車で事故るまでは。

ある時(妹の事故後)に乗ってビビリましたね、140km/hくらいのスピードを出すのが怖いのです。ハンドル近辺が変な振動を起こすのでした。事故以前は高速道路上なら普通に140km/hで巡航できたはずだったのに。ってこれも法律違反ネタですね。ま、現在の私はあまりにも車に乗らないから「ゴールド免許」になってますし、時効ですね、時効。

目を逸らされた話はいつ頃出てくるのでしょうか?
試験問題の作成を再開しましょうかね。そんな19時17分。

オシゴト絡み

4日ほど前に勤め先の高校卒業式があったのだった。自身としては持ち上がりで3年間担任した生徒を送り出すのは2度目なのだった。

ビビりますね、来年度は勤め始めて10年目に相当するのですね。大学卒1年目は別の学校で非常勤講師、2年目は今の勤め先で非常勤講師。3年目から今の勤め先に専任教諭として勤務している。
今回生徒たちが卒業し、大変に嬉しく思うのは確かだ。
で、次に心に浮かんでくるのが退学者たちなのだった。幸い?なことに前回の卒業生たちのときは、自分が担任した生徒で退学しちゃった生徒はいなかったのだ。今回は自分がクラス担任したことがある生徒は4人退学したんですよね。何らかの運命によって出会った以上、3年間お付き合いしたかったのだけど叶わないこともあるわけだ。

で、突然話は変わるが、「財団法人」とか「社団法人」とかって胡散臭い。「学校法人」より数段胡散臭い。
基本的に彼らの給料は税金な訳でしょ、あるいは寄付。よく知らないけどさ。
ま、私の給与の一部分も税金だけど。
私は真面目に仕事しないと生徒が来なくなって仕事を失う可能性があるケド、「補助金」が舞い降りてくる彼ら(見たこと無いけど)は大してそんな心配しないんじゃないかな?
私が在籍する「学校法人」にはそういった団体からの「講演会のお知らせ」みたいなメールが結構やってくるのですね。職務として学校宛のメールをチェックする係になっているので。そういったメールを目にすることが多いのですよ。

じゃ、採点に戻りましょう。そう、逃避していたのですね。

2002年度を振り返って

平成14年度も終了! と。
本年度前半は今まで生きてきたうちで一番多忙だった。後半はそれに比較すれば楽だった気がするのであります。チナミに残業とかいった概念は無いッス。教員は楽なのか?私はハードながらも楽しいと思う。おもしろい仕事だけど、休みが多いとは思えましぇん。

人の振り見て…

現在19:15、職場にいたりする。この文章がweb上に存在するってコトは、文章をメールで自宅に送信し、そこからhtmlに起こし(大した技使っちゃいないですけど)た上で、リムネットのサーバーにFTPで送ったってコトになるのです。

これから記すのは先ほど脱力したコト、「職場における旧世代の方々の努力」について。

とあるヒトが文章をワープロで執筆、印刷→その印刷結果をFAXで送信→受信した別のヒトはそれを見ながらパソコンのワープロソフトで清書、印刷
以上の一連の作業が行われた様子である、私の観察によると。

原稿をメールで送受信してレイアウトをワープロソフトで行うか、あるいは元原稿作成者が直接添付ファイルの形にして送れば済むシゴト?であろう。時間が無駄に使われている気がしてならない。
「人の振り見て我が振り直せ」という諺もあるし、なるべく時間を有意義に使おうと思い直した次第であった。そんなわけで、自分の机の整理を放置して無駄に日記を記す私でした。帰宅しよう。

長年の修行により

気がつけば教員業も11年目に突入したらしいです。
社会人?初年度はボロボロでしたね、登校拒否(出社拒否)に陥ったものなぁ。今でいう「パニック症候群」だったのでしょうね。2回ほど原因不明の動悸・発汗・めまいに襲われましたっけなぁ、山手線内で。
今でも生徒に対して「押しの弱い」教員だと自覚しているのですが、これでも強くなっているわけですよ、それなりに。教員業1年目、授業中は生徒に喋られ放題でしたからねぇ。当時最も世話になった(私が制御できなかった)中学1年生、今は大学を卒業した頃なのでありましょう。
ま、現在の勤務校でも初年度はボロクソだったわけですけど。ってか、今もボロクソなのかも?でも、自分としてはかなり楽しくオシゴトしてますね。
こんな文章記す暇があるなら、試験問題作成すれば良いのにねぇ。

パソコンに感謝

はい、現在16:40。職場にいるのでした。試験問題の元ネタ(元画像)の作成までは完了した。
最近は教科書の指導書にCD-ROMが付いてきて、その中に教科書の絵が入っている場合が多いのですね。そのgif画像に手を加え、試験問題に貼り付ける場合が多いのです。もちろん貼り付けるのは「はさみと糊」を用いるのではなく、パソコンの画面上でコピー&ペーストを行うわけであります。
私はパソコンがないと試験問題が作れないと思いますね。マイ手書き文字は美しいとは言えず、しかも巨大なのだ。
ただし、黒板に板書する場合はそれなりに見やすい字を心がけていますし、あんまり生徒から「文字が読みづらい」との苦情が出た事もないッス。
私が小学生のトキ、センセ方は蝋紙に鉄筆で印刷原稿を作っていたっけなぁ。私はこの「教員業務電算機化時代」に教員になって良かったように思う。ま、教員の基本は「喋りの面白さ」だと思いますけれど。
試験問題作成に飽きたので、逃避してみました。帰宅して続きをやろっと。
16:50になった。

確かな学力?

そうだよね、書いとかないとね。
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「趣旨」の1行目から誤解釈も甚だしいのですけど…。
直接「高等学校教育指導課」にもの申したワケじゃないけど、どうせメール送ったって反応無かろうから、こぢんまりと告発?してみました。一応解説しますと、「学習指導要領」ってヤツには「確かな学力」なんて文言は無いハズなのですよ。「確かな学力」ってのは最近雲霞<うんか>省、じゃなくて文科<ばっか>省が言い出した謎のフレーズに過ぎないハズなのだ、私が知る限り。

意見反論送りやがれ、バーカ。おまえの父ちゃん日本銀行!ついでにおまえはどら息子。そう、僕たちもリーチ孫ドラドラで二千ザンク。親流れだぁ、ざまあ見やがれ。(あぁどんどん意味不明)

そう、僕は純真さを失っている。どうしようもないギャグ風の文章でホントに言いたいコトを紛らわしているのです。

いや厳密に考えてみると本当に言いたいコトなんて特に無いのです、スイマセン。僕は僕として真面目に生きていきます、これからも。そう、高等学校教育指導課の馬鹿どもを反面労働者として。

営業日報

現在11:02。阿佐ヶ谷北口から中村橋への関東バスの中。

本日は授業を1コマだけこなし、豊島区(地元!)の中学校4校を回る予定。今日で延べ4日間に渡る営業活動はひとまず終了する。昨今は少子化の影響著しく、生徒もなかなか集まらないのである。ポスターやパンフを渡しに中学校や塾を巡るわけなのですな。
11:09、ケータイメールは疲れるのでひとまず終了。

12:50、豊島区内の公園にて。さっきバスに乗ったとき、始発の駅から2つ目の停留所で下車する老人がいた。高齢者用無料パスの乱発が老人の足腰を退化させ、それが医療費の国庫負担増に繋がっているような気もした。老人になった時に困らないよう、職場(学校)内ではエレベーターを使わない私が思ったコトでした。雲行きが怪しい。雨にならなきゃ良いのだが。

16:50阿佐ヶ谷に向かう中央線の中。豊島区内の残りの4校を回り終え、帰宅の途に着いている。帰宅したら正式な報告書作成せねば。今回、私が理科教師の道を志す直接のきっかけとなったキムラ先生と同僚だったという先生にも逢え、それなりに面白い数日間だった。毎日この日々(営業活動)の繰り返しだったら嫌になるだろうケド。

北竜湖にて

高校1年生の移動教室引率終了。
怖いね、だんだん慣れている。
例によって虚脱感が私を襲うのだが、だんだん虚脱量?が減少している。良いのか悪いのか判らない。
彼女らにとっては1回きりの移動教室なのだけど、私はなんだかんだ言って5回目だったりするし。
しかし、今回が一番楽しかったのも確かであります。

愚痴

愚痴るとする。あるいは「自己弁護」とも言えましょう。
私はこの職業(教員業)に入ってコノカタ、シゴトには以下のような優先順位をつけているつもりである。

1.授業
2.担任したホームルーム生徒の面倒を見る
3.校務分掌(教育業務上の事務的処理)の遂行
4.部活動指導

大体、オシゴト初年度・2年度は非常勤講師だったし、シゴトとしては「教科指導」しかあり得ませんわな。

で、部活(ソフト部)の生徒が今日も言う、「練習に出てください」と。私は答える「出られるだけは出るよ。出てるよ。」と。

初心

現在19:36。家に帰ってしまうと飲んだくれてしまうので、学校に残って試験問題を作成している。あと35点分ほど作成したいのでありました。ま、22時前には帰宅したいですねぇ。
20:33。あと17点分。
21:25。とりあえず完成、解答用紙まで。今日は結構意志が強かった私である。先週末に中学校時代に大変影響を受けた先生にお会いでき、真面目に生きようとの思いを新たにした私だったから、多分。

権力志向

文化祭担当として何年間になったのかしら?毎年面白く観察しているのは、施政者(生徒側の委員)と市井の人々(一般ピーポー:生徒)の関係である。ヒトってのは根本的にヒトを支配したがるものなのかしら?ま、教員なんて最たる「権力志向の持ち主」だってか?そーですね、否定しない。
モチロン、個人の資質に関わる部分が多いのでしょうけれど、ある程度の権力、というか判断を任せられた生徒(文化祭の委員)は、その権力を笠に着る、とまでは言わないけれど、市井の生徒?と反目しがちになるように見受けられるのですね。委員の生徒曰く「(奴ら、)締め切りを守らない(でやがんの、ったく!)」ってのは毎年聞かれる愚痴ですね。私はそういう生徒に聞きたくなるけれど、聞いたこと無いことがある。「あなたは今まで、学校その他のすべての提出物を、その期限までに提出してきたの?」って。
人の振り見て我が振り直してくれれば良いと思う、毎年の私なのでした。

全然ハナシ変わるんだけれど、AdobeのReader(AcrobatReaderでは無いらしいヨ)6は重すぎる。ま、使っている以上あんまり文句を言える立場じゃ無いのだけれど、バージョン5よりも格段に起動時間が増加した。

差別?

で、この間はちゃんと調べなかったのだけど、「バカチョン」というコトバは「馬鹿」と「チョン」に分解されるコトは確からしいが、「チョン」の語源には諸説あるらしい。今回調べてみて、初めて判りました。
ま、何にせよ私は「バカチョンカメラ」ってコトバは使わないな。「だったら記すな!」ってか?

差別?ってことで私の中に出てくるのは、「色覚異常」ってヤツですね。
ついこの間、7月22日から25日まで、校長の命令で「企業等派遣研修」とやらに行ってきたのですね。「株式会社日立ハイテクノロジーズ」には東京の私学から6名、東京の公立校から5名が参加したのでした。いろいろ貴重な体験をさせて頂きました、かなり面白かったです。
で、この日記に書きたいのは、公立小学校から参加された先生に、最終日の懇親会で以下の質問をしたってコト。「私は都の小学校の教員採用試験を3回落ちたのですけれど、『シキカクイジョー』って関係してるんですかねぇ?」と。彼女(管理職候補だそうで)曰く、「関係ないと思いますよ。」と。もっと具体的な質問をしましたし、それに対して答えを頂きました。が、当事者(「石原式:ラハシイ式では無い」に引っかかるヒトか、教員を採用するか否かの最終的な判断を下すヒト)じゃなけりゃ判りませんよね、確かに。
チナミに、私が質問をしたセンセ、公立のセンセ方の中では私(痛風候補?)が1、2番目に好感を抱いたおヒトです。ブッチャケ言うと、他のお三方はあんまり良い印象持たなかった。ま、私学のセンセも私を含めて怪しいヒトが多かったけどね。(一応お決まりのギャグで締めてみた。)

緊張の夏、日本の夏

女子校に来る男子は緊張している、特に入場口となる校門付近では。
見ているこっちが緊張するわい。そして、僕は相当に「悪人面」に見えちゃうのだろうな。
そんな祭りの日。そう、学園祭は1日目だったのでした。

清くない一票

本日、お勤め先で「生徒会役員選挙」の演説会があった。
その最中でふと気づいた。生徒が結構(全員の2~3割くらいかな?)宣うのだな、「清き一票を」っていうフレーズ。
「んー、これは“過去の残滓”だな」と思った私が居るワケね。

だいたい、「清き一票」ってコトバが存在するのは「清くない一票」が実在する、あるいは実在したからですわな。普通の大人の頭で考えると、「清くない一票」ってのは「公職選挙法(突然大人の世界のハナシに移ります)に抵触する一票」ってコトなのだろうね。それは「金や物で買収された票」ってコトでしょう。

果たして、現在の生徒会の皆さんがどれくらいの選挙活動を行っているのか、生徒会に属していない(そう、生徒会は生徒の組織だ)私は知る由もないが、自分の高校時代を振り返ってみると、「ヤツはいくらで票を売った」なんてハナシは聞かなかったな、小学校から高校まで。ま、もしかすると「票ブローカー」が暗躍し、その結果として私の生徒会長達?が存在したのかも知れない。で、真面目な私?にはブローカーも声を掛けなかった。

公共の建物や横断歩道橋に存在する選挙の啓発ポスターや啓発横断幕を思い返してみると、「あなたの一票」ってフレーズは記憶にあるものの、「清き一票」ってヤツは見た記憶がないなあ。幼い頃?に街頭や街宣車で見た立候補者の「清き一票をお願いしますっっっ!」って大声は聞き覚えがあるけれど。

最近は選挙終了直後に「公職選挙法違反」で逮捕されるヒトも少ないですよね。中元や歳暮も選挙がらみの規制対象であると聞いた気がするし、当然の流れなのでしょう。「票田」に対する金の流通量も相対的に減少しているのは確かなんじゃないかしら。そう、徐々に一票の純度は高くなっていっているはず。
だからこそ、私は違和感を覚えるわけだ。「清き一票」って言葉に。
もともと中学や高校の生徒会選挙なんて「清い」ハズじゃないですか。

この謎な国家日本が存在するのは、清くない一票の集積でもあろう。
かと言って、自分の清き?一票に何の意味があるのか、あんまり分からないような投票を繰り返しているワケでもあるけれど。
そんな投票も、もう10年以上ですかぁ。年も取ったわなぁ。

レース鳩

1か月前の文章ってどうよ?名文じゃない?
ってコトを自分で思っちゃったもんだから、どうもその後の日記を記しづらかったのです。

本日、かなり貴重な体験をしたので、一応記しておきます。
伝書鳩(レース鳩)、教室に飛び込んできました。
以上!

追伸:カラスよりは軽かったかも。

いつものコトながら

どうも楽しいコトに走ってしまう私。試験問題は全然作成できなかったものの、年賀状の原稿はそこそこ納得するモノができた。

謹賀新年

謹賀新年。
と言っても、のんびりとした年明けではなく、宿題に追われる2004年の私なのだった。

年賀状っていうのもよく分からない存在ですわな。年末年始はその作成や返事書きに追われてしまったりして。本当は簡単には会えないけれど挨拶しておきたいヒトに送るものなのだろうけれども、職場のドーリョーの方々にも送ったりするものねぇ。
そして、「どうせ送るからにはそれなりの作品を送ろう」という気持ちでここ8年くらい過ごしてきた私である。

沈丁花

1年間で一番好きな香りって「沈丁花」の香りだな。何でなのだろうか?
婆さんか爺さんあたりに教えて貰った可能性は高い。生家の庭には二羽ニワトリがいる。じゃなくて、私の生家の庭には沈丁花があるし、「じんちょうげ」っていう名はその木の「姿カタチ」とセットで私のアタマに登録されていると思っているから。

ところで!現在イラクに出張なさっている「自衛隊」の方々に「職業選択の自由」ってヤツは在ったのでしょうか? 私はかなり厳密な消去法によって現在の職を選択したつもりなのですね。

約20年前に答案を無くした教員

時々ニュースになりますよね、「教員が答案を無くした」って話題が。この文章はある意味「告発」となるのだろうが、私が高校生のとき少なくとも答案を2度無くした(と生徒に説明した)らしい教員がいた。英語のI山センセってヒトね。その生Yセンセが当時在籍していたのは東京都立小石川高等学校。

私はその先生に教わった記憶は無いのだが、その先生に担任して貰っていた、そして現在この世の中にはいない芹澤隆一郎ってヤツから聞いたのだね、そのハナシ。まさに「死人に口なし」なので、彼から改めて聞くことはできないけれど、他の人に聞けば解るのでしょうね。その高校は担任もクラスメートも3年間持ち上がりだったから、同じ合唱部(音楽研究会)にいた「おがひ」君とかに聞けば解るのだろう。

私は答案を無くしたこと無いし、割と採点は好き、というか授業の効果?を知りたいから紛失は無いなぁ、多分。

君は何故

ここ数年思っているのですね、自分には何ができるのかを。
ま、ぶっちゃけトーク、何もできないのだろうという結論に落ち着きつつある。ってか「終わりがない」だろうから、この職業に就こうと考えたのだけれどもね。
そうです。相当に計算した結果、私は今の職に就いたのだ。そして計算するに、今の職を続けるのが吉だろう。

イラクで拘束された人達(日本国籍のヒトに限らず)、何でそこに居た、行こうと思ったのだろう?
この瞬間にも、このホシ(地球)の上では兵器によって死んじゃったヒトがいるのだろうなぁ。
そして日本でも、空腹や絶望で絶命するヒトがいるんだろう、今夜も。
ま、宇宙ってヤツは懐が広いよねぇ。

超過勤務

26日深夜にこの日記を記しているのだ。本日は職場で11時間、自宅でも3時間弱はシゴトした。実労で14時間ですか。疲れたのねん。

ボツ原稿

虹は雨が上がった後、ひょっこり現れて皆を元気にしてくれます。 良く日本では虹は「七色」であると言われますが、あなたは七つの色を数えられますか? 冷静な目で観察するならば、実際の虹には色の境目は存在しません。人間側で勝手に色を区分けしているに過ぎないのです。そういった意味で、私たちヒトは虹と同じなのではないでしょうか。 あまり深く考え無いヒトならば、自分たち人間の間に線を引くことはできるのかも知れません。例えば「正義の味方」と「テロリスト」という風に。 しかし、それは本当なのでしょうか?どうやって線を引くのでしょう?単なる主観ではありませんか?他人との間に線を引き、その内側で群れて安心するのも楽でしょう。しかし、それは空しいことではありませんか?

ヒト一人ひとりの個性を認め合い、無限に存在するそれらの色を集めて、未来へと続く美しい虹を作ろうではありませんか。そう、この私たちの薔薇祭から。

勤め先の文化祭のために考えた文章である。ま、ボツになるかも知れないから、ここに載せておこう。

息抜きとして

現在18時を回ったところ。

問題作成にスパートがかかってきた。だったらそのまま仕事を続ければよい気もするのだが、ま、息抜きである。
私はホームページの原稿書き(日記作成)こそ職場で行うことがあるものの、html化とftpは自宅のパソコンから行うのだった。原理的にはこの職場からリムネットのftpサーバーに繋ぐことはできるのだろうが、ユーザー名とかパスワードを流すことに不安を感じるのだ。ってか、職場から個人的なwebページの更新をすることは倫理的?に×なのじゃないかと考えてるってコトもあるのですけれどね。

そして、ちょっと校内を散歩したら生徒に捕まり、現在は18時35分。確かに化学の初っ端は一番難しいところですわな、molね。pHを「ぴーえいち」と読まずに「ぺーはー」と読むと、場所によって馬鹿にされるのと同様、molも「モル数」よりは「物質量」と呼ぶべきであるらしい。そして、μmは「みくろん」よりも「まいくろめーたー」と呼びましょう。

しかし、ドイツの車メーカーであるBMWは「べーえむう゛ぇー」と読んだ方が良いような気がするのだが、日本法人は「びー・えむ・だぶりゅー」なんだってさ。

「華氏911」って興味ありますね。「ボウリング・フォー・コロンバイン」は高校時代からの友人である日本共産党員からのメールでその存在を知り、数ヶ月前にレンタルを借りて見た私なのであった。ここ数ヶ月、「天誅紋次郎」なる人物からのメールが職場に届くのだが、時々「なるほどねぇ」と思わされる記述を見ることがある。ま、自分ではそのSPAM紛いのメールマガジンを講読しようとは思わないが、職場に届いたメールは時々眺めたりするのだった。
そして、19時近くなったから、仕事を再開するとしましょう。

で、現在19時40分。生物1の問題はほぼ完成した。解答用紙の作成に入りましょう。

20時7分。テストプリント完了。帰宅してから実際に解答してみるのでした。明日の午後には職場でソフトボール大会が行われるのだ。だから、今日のうちにできるシゴトは可能な限り片づけておかなければならない。

ほんじゃ、帰宅しましょ。

SETIを知る小学生

たまには理科ネタでも書きますかね。

私が約15時間前に頼もしく思ったのは、「setiを知っている小学6年生の女の子が居る」ってコトでした。

職場で「オープンスクール」ってイベントがあったのですね。私立学校ですから、生徒が来なければ倒産しちゃう。営業活動の一環として全職員で行ったわけです、夏休みの1日を使って。
ま、参加者も大変だったみたいです。午前中は小学生、午後は中学生対象だったのですが、参加した中学生の中には「午前中に会場模試を受けてきた」ってお子さんが結構居たみたいです。選ばれる学校も、選ぶ側の生徒や親も大変ですなぁ。彼女たち、宿題は終わっているのかしら?私はとりあえず自分の宿題は終えたけれど、2学期に着ていく半袖シャツは洗いっぱなしであり、アイロンがけが終わっていないのだ。明日かけなきゃなぁ...。

で、ホントは私、「太陽の望遠鏡観察」を行う予定だったのです。前回の7月18日はバッチリ晴天だったため、ファンキーな小学4年生の女の子達を中心のお客さんとしながら、カンカン照りの太陽を観察して楽しく過ごせたのですが、今回は天気が悪そうなことは数日前から判ってました。
で、やはり天候は回復せず、「どうしたものかなぁー」と悩みながら数日過ごし、「太陽についての講義と天文学関係のビデオを見せてお茶を濁そう」との結論に達したのです。
チナミに皆さんにもお伝えしますと、太陽をソフトボール(3号)の大きさに縮小すると、同じ縮尺で地球は直径0.9mmとなり、太陽~地球間は10m強になるのです。ま、ここで書いてもあんまりピンと来ませんよね。気が向いたら?実物を作成してみてください。地球や自分の小ささが実感できることでしょう(そして、このちっぽけな星の上でちっぽけな自分がいろいろ悩んでいることってのは、なんと小さなコトなのでしょうか!って思いたい私も居たりする。生きるコトは大変であります)。

アテネ五輪の男子マラソンでトップの走者(誰か知らない)がスカート(ってかブルマー?)兄ちゃんに捕まりかけた。生中継って面白いですわな。イングランド系?の服装だったなや。彼は何を言いたかったのだろう?
で、雨天のために私が選んだビデオってのは、NHKが3年くらい前に作成した『世紀を超えて』の地球外生命体に関わるハナシ、マイビデオライブラリーの一つなのだった。
1234番のランナーは後続に抜かれた。
私は5年前、1999年の5月からseti@homeをやっているのだが、最近はだいぶ市民権を得てきたのだと思いましたわ。
一見夢に満ちていて勇気づけられるような、しかし実際は儚く悲しいものであるseti@homeプロジェクトを小学6年生の女の子が知っていることが頼もしかった。何が頼もしいのかと分析してみるに、「自分が惚れた思想を継いでくれそうなヒトがいる」っていう、ヒトがヒトらしくあるための条件の一つを私が感じたからなのでしょう。

チナミに本日「太陽の望遠鏡観察」を希望していた小学生は5人居たのでした。ま、ヒトの希望は地球の都合(東京には雨降らせるぞ!)には負けるってコトが判ったとも言えましょうか。それはそれで良いと思います。私はその星に住んでいるし、その星以外には住み場所が無いことも確かだろうし。

1234番のランナーは銅メダルらしい。メダル取れて良かった気がする。

おすすめサイト

環境問題を考えるってサイトは凄いです。その存在を知ったのはいつだったか忘れましたが、凄まじいまでのエネルギーを感じましたね。
理科教師だったりするアナタ!是非とも上記サイトに行け!

小学生の時、地球は寒冷化傾向にあるっていう情報に怯えていた私も居たような気がします。が、南極の氷が溶けて70m水面が上昇するって情報に世の無常を感じた私も居たような…。
そんな私でありながら、いつの間にやら二酸化炭素増→地球温暖化っていう情報を生徒に流していたコトもあるし(自戒)。

ま、ご覧あれ。

何故未成年の喫煙は勧められないのか

未成年の喫煙はどんどん増えている気がしますね。ま、法を犯して煙草を吸う若者は昔も今もいるのだろうし、私自身も20歳になる前に煙草を遊びでフカしてみたこともあるのは確かなのだがな。
何でそんなコト言い出したかって云うと、職場の学園祭での警備係(校門での人物・チケットチェック)をやっていて思ったことがあるからだ。校門を出た直後に、煙草に火を点ける「どう見ても未成年」が多くなった気がするのだ、ここ数年。
「健康増進法第二十五条」に基づき、うちの職場でも喫煙者は肩身が狭い思いをさせられているのですね、私は煙草を吸わない人間だから、あんまり関係ないのだけれど。で、学園祭の際は毎年全面的に校舎内は屋外の一部を除いて禁煙になっている。ま、学校の中でプカプカ歩き煙草なんかをする輩はさすがに居ないけれど、校門を出た直後に煙草に火を点ける人物に、「いい年した大人」は居なかったな。みんな私よりも若かった、間違いなく。

煙草って、体に良くないのは確かだろうし、お金もかかるよね。制服を着ながら校門前で煙草を吸っていた輩に声をかけたことがある「金がかかるからやめた方がいいんじゃない?」って。向こうも私が教員だとは知っている様子であった。「法律で決まっているから」なんて、彼らに言っても意味無いし、法を作成する立場やそれを遂行する立場の人たちなんか、バンバン法律を破っては捕まって・捕まらずに居るわけだしね。私が彼らに言える煙草を勧めない理由は「金がかかるから」以外には無いな。
で、昨日さらに考えてみたのだけれど、煙草を吸うヒトに「体に悪いから止めたら?」とか言ってみたところで、「別に長生きしたくないもんね」と言われればそれまでであろうな、と。現代社会で生きていくことは大変だからなぁ。でも、煙草を吸い続けていると煙草を吸わないヒトよりも確実に癌になりやすいらしいじゃないスか。癌は痛いらしいし、その治療には金もかかるよなぁ。痛いコトってやだよね、誰でもさ。

朝日新聞を読んで

東京都教育委員会から出たらしい「男女平等教育について」の写しは何時だったか学校で見ましたわな、確かに。
「ぱっと見」意味が分からなかったが、良く読んでみたら多少意味が分かった。
で、結果的には何を求めているのだ?東京都教育委員会ってヤツらは。

私の疑問は以下の通り。
小学校や中学校のクラス内の出席番号が男女混合であった場合、そいつが「男女共同参画社会」由来の男女混合名簿なのか、行き過ぎた(東京都教育委員会の見解とは異なる)「ジェンダー・フリー」由来の男女混合名簿なのか、どうやったら解るんですか?
そういったリトマス紙?を開発した後で通知を出して欲しいね。ま、私のお勤め先は一応女子しか居ないから、あんまり関係ない通知ではありますけれどね。
(これは生徒に対する侮辱という形をとったギャグである。一応補足しておくが、私は彼女らに対して「女の子なんだから…」とか「高校生(中学生)なんだから…」とかいう風な、「私自身の中にしか存在しないような型」を押しつけようとしたコト、意図的には無いと思いまする。さらに補足しますが「私が好き(嫌い)」だから「何らかの行動・態度」を要請することはありますけれど。何言ってるか判らないって?スイマセン。)

ま、私も他人が思うほど暇ではないので、プレス発表資料以下のページをすべて見たわけではないのだが、その謎の写しは印象深かったな。

それでふと思い出したのだけれど、私の卒業した高校、東京都立小石川高等学校は女子の方が出席番号が先だったのですわ。5~6年前も状況は同じだったらしい、googleのキャッシュを漁ってみると。私が在学していたとき(昭和61年入学・平成元年卒業)は、学年が9~10クラスあり、50人弱のクラスメイトがいましたわな。女子が出席番号1番から16~7番くらいまでを占めていて、男子が出席番号21番以降だった。私は26番だったなぁ。そんな先進的な学校も、そのうち都立の中高一貫校になってしまうようだ。この「女子が先にいる名簿」続けて欲しいな、何となく。

チナミに、朝日新聞で採り上げていた「自衛隊とか米軍とかに関する記事」、私は基礎知識がないのであんまりコメントできません。勉強する気になったらします。

新年に

賀正。
今年の正月は、過去数年間の正月とは異なる点が多いのである。

1.年賀状が来ない
ま、理由は簡単である。転居を行ったからなのだ。郵便局には転居届を提出してあり、確かにその後は郵便物は転送されてきていた。しかし、1月1日、年賀状は1通もやってこなかったのである。ま、正確に言うと私の友人(やオシエゴ)のうち、「昔気質でマメで律儀な人」の賀状は届いたのだ。正確に表現するならば、「昔ながらの紙の年賀状を作成するヒトであり、私の転居通知メールや職場に於いての転居通知を確認して住所録を訂正した上で、旧年内に賀状を作成・投函してくれたヒト」の賀状は届いた。旧住所・阿佐ヶ谷のクソ寒いアパート宛の賀状が数十通もゴッソリ行方不明になってしまうことは無いだろうコトは予想されていたので、後ほどまとめて転送されるのだと考えた。本日ネット上で調べてみたところ、予想通り転居先への年賀状の転送は数日後にまとめて新住所に行われそうな様子である。郵便局の正式なコメントではなく、過去の掲示板のログなどから分かったことでありますけれどね。なにしろ、新年のちょっとした暇つぶしが消えてしまい、少々つまらない元日なのだった。

2.三が日のうちに出勤してしまった
現在の職場に勤め始めてから10年くらい経過しているのだが、今年度のこの冬休み、始めて講習なるものを担当することになった。高校2年生対象の化学であります。2004年度から教科主任ってヤツになってしまい、私も講習の講師を引き受けた方が良いかなぁって考えたからなのである。また、高校2年生は担任してるクラスもありますしね。ま、教科主任って職もクビになる可能性があるから、そんなに気張らなくて良いのかも知れないが、あんまり適当にシゴトしてると(念のため言っておきますが、私は真面目に仕事してますよ、ええ)、職場自体をクビになる可能性も無いとは言えないので、ポーズとして講習の担当を買って出たとも言える。ま、部活によっては年中無休で活動しているところもありますし、冬休みも4日しか取らずに年末も年始も講習に燃えている修行僧のようなセンセ(某ガンちゃん先生:内輪しか知らないッスね)もいるから、特に珍しい存在では無いのでしょうけれど、私の勤務校の場合はね。で、ついでだからソフトボール部の部活動の仕事始めも4日からにしてしまったのでした。昨年度までは1月の始業式以降に活動をしていたのですけれど。

3.ちゃんと初夢を見た
何故かは知らぬが、今朝の夢で石原慎太郎の授業を聞いたなぁ…。初夢に該当するのでしょう。扇形の大教室の黒板の前でシンタロウ氏が何か楽しげな授業をしていた。「彼の授業も面白いじゃん、マスコミの報道では色んなコトを言われているケド」なんて感想を抱きながら私はノートを取っていたなぁ。何の授業だったか忘れたが、不思議な夢だった。

太陽が地球を回ってる

ちょっと前から、ってかこのニュース見た瞬間から思っていたことがあるので披露します。

小学生の4割「太陽が地球を回ってる」 国立天文台調査

小学生の4割が「太陽は地球の周りを回っている」と思い、3割は太陽の沈む方角を答えられないことが、国立天文台の縣(あがた)秀彦・助教授らのアンケートで分かった。回答者はそれほど多くないが、身の回りの天文現象への関心や知識が薄れている傾向が見て取れる。21日から盛岡市で始まる日本天文学会で発表される。01~04年に、北海道や広島など8都道府県の14小・中学校約1700人にアンケート。このうち、太陽と地球の関係については、授業で天文を学習した公立小4校の4年~6年生までの348人が回答し、「地球は太陽の周りを回っている」と正解したのは56%。42%は「太陽は地球の周りを回っている」を選んだ。 また、太陽が沈む方角を公立小9校720人に尋ねたところ、「西」と答えた子どもは73%で、あとの3割近くが正確に答えられなかった。都市部ほど正解率が低い傾向があり、縣・助教授は「夕日が沈むのを見るような自然体験が子も親も失われている。情報があふれる一方、テレビやゲームなどに時間を奪われ、身近な現象を学ぶ機会が減っている」と指摘している。 誤答の多い結果について、調査した教師や研究者らは、今の小学校の学習指導要領では教える内容が厳選されていることを理由に挙げている。「地球の自転・公転はもちろん、月の満ち欠けの仕組みなども教えるようには明記されてはいない。小学校では、天体や宇宙を大きくとらえられるような授業が必要だ」と話している。 (09/21)  あさひこむhttp://www.asahi.com/edu/news/TKY200409200233.html

ま、結構このネタはblogなんかで取り上げられているのですね。ある意味衝撃的なニュースなように見えますが、私もそのblogerさんたちの一部(たとえばhttp://www.cs.kyoto-wu.ac.jp/~hirakawa/diary/archives/200409/222326.php)が述べていらっしゃるように、アンケート結果自体は大した問題ではなく、その記事としての取り上げ方が問題じゃないかと思ったりしたわけさ。

大体、地球が太陽の周りを回っているとか、地球がコマみたいに(もちろん1日で1周というゆっくり?とした回転らしいのだけれど)回っている何てコト、まっとうな感覚器官や脳みそを持ったヒトなら気付くわけ無いのだ。
アサヒコムの記者は「地動説が正解、天動説は不正解」なのだ!って決めちゃってる。多分その記者の(教わった、あるいは自分で学んだ、数十年間進歩していない)宇宙観では、太陽が中心なんじゃないかな?
太陽系も銀河系という巨大な渦のなかに存在しており、他の恒星から見ればで相対的に移動している(らしい)なんてコトは知らないのじゃないかしら。ま、新聞記事ってのはblogみたいに字数無制限で幾らでも書きたいことを書けるわけではなく、どうしても推敲という作業が入るでしょうから、そんな馬鹿っぽい文章になってしまうのは仕方ないのかも知れないが。
で、私が最近心がけている「元ネタの参照」をしてみた。

Y01a 小学生の天文・宇宙に関する理解とその改善策の提案 -天動説支持者は4割-

○縣秀彦(国立天文台),成田直(東能勢小),西田昭徳(春江西小),本田輝政(同志社香里中・高),飯田毅(ミュージアムパーク茨城県自然博物館),加藤忠(NTTファシリティーズ),川井和彦(理研),高幣俊之(理研),山縣朋彦(文教大)

 現行の学習指導要領小学校理科では,「地球は丸い」ことも,「地球は自転している」ことも,「地球は太陽の周りを公転している」ことも扱っていない.児童の天文学習への興味・関心や知識・理解の実態を調査し,児童の学びの現状を把握することで,小学校の天文学習カリキュラムについて検討した.7都道府県,14の学校で計1500名を超える児童・生徒がアンケートに回答した.その結果,「太陽が地球のまわりを回っている」と回答した児童が4割にのぼるなど,幾つかの学習指導上の問題点が明確になった. 現行学習指導要領の小学校天文分野は,以前小5,小6で扱われていた月や星の観察等が,小4にまとめられたため,学習内容が極めて不十分なものとなっている.さらに,太陽,月,星の学習で,観察した事実のみにこだわっているため,結果として運動のみを重視する内容にとどまっている.次期学習指導要領作成においては,太陽,月,地球が球体であることを前提として示し,太陽系を鳥瞰する図を用いることで,地上から見た天体の動きが宇宙での各天体の位置関係等と関連づけて理解できるよう配慮すべきである. http://www.asj.or.jp/nenkai/2004b/html/0122.html

太陽系を俯瞰する図とか、惑星の動きとかを小学生の段階で扱っちゃった日には、一般的な日本人における宇宙観は「理解不能」っていう括りで終わっちゃうんじゃないかしら?いい大人、具体的には私の職場におけるお隣の席の巨大な地理・歴史科の女性教諭なんかは言っている「私って宇宙のこととか全然わかんないのよねー」ってコト。ああいった「立体的なモノを頭の中で組み立てる作業」ってのはヒトによっては向き不向きもあるみたいですし、三球儀とかを見たコトあるヒトの方が、三球儀を見たこと無いヒトよりも「太陽系の構造」と「地球からの他の星の見え方」は理解できるのでしょうね。
何しろ、日本天文学会のページってヤツを初めて訪問してみた私ですし、研究発表の全文が引っかかってこなかったから…

ってここまで書いてもう一度調べてみたら引っかかってきました。
 http://centaurs.mtk.nao.ac.jp/~agata/research1/index.html
で、(恐らく)パワーポイントから作成されたpdfをざっと眺めてみた。 

♪いーじゃなーい(ギター侍風)

おいおい、尻すぼみですな、私よ。
でも、やっぱり何事もおおもとのネタを見てみるべきだね。(見知らぬ)アガタせんせ達の仰ることはもっともであると思いますよ、私は。

あー、はやく『新しい歴史教科書』読みたいなー

話を戻し、ひとつ「へー」を 

地球の自転によって東京は毎秒400mの速度で移動している。

これは地球の公転による移動速度に比べれば圧倒的に小さいのです。自転の速度は地球の中心を基準として考えた場合であり、公転の速度は太陽を基準として考えた場合の話しです、モチロン。相対性理論は気になりながら真面目に読んでいない私である。しかしなにしろ、実生活上は地動説より天動説の方が都合が良いやな。

それから念のため言っておきますと、指導要領を一番気にしているのは恐らく教科書会社でありまして、現場の教員である私は教えたいように、生徒がわかりやすいと思われるカタチで授業を行っておりますなぁ(生徒が判っているかどうかは別問題)。
トキに教科書に書いてない話をしてしまうのは、自分を博識に見せたがるという教師の性もあろう、恐らく。

私の出会った狂人達

本日は高校入試であった。普段の通勤より早い時刻、授業が無いから生徒も通らない阿佐谷南3丁目を歩いていた。

ここ数日、その通学路では露出狂が出没するそうである。この寒い中ご苦労である。その苦労が偲ばれる。で、ふと思った。「女子校に勤務しなければ、そういった露出狂の方々に遭うことなんて殆ど無いだろうなぁ」って。
男である私は、男であろう露出狂を普通の町中で見たことは無いし。

私が直接見たことあるのは以下に述べるお三方。

その1
下校途中の生徒から「学校南側の路地に露出狂出現」との連絡を受け、もう1人のセンセイ(ハンドボール部顧問のSセンセ)と出陣。出現したという情報のあった路地を流して?いると、生徒達の背後へ自転車に乗った細身の兄ちゃん(20代後半?)が近づいていくトコロに遭遇。生徒達を先頭に兄ちゃんが続き、後ろに私ともう1人のセンセという隊列で数秒間歩く。おもむろに兄ちゃんが生徒達に声をかける。振り返り固まる生徒。兄ちゃんを捕まえにかかるSセンセ。
結局、彼は短いジョギングパンツの下から「わいせつ物」を露出していたようなのだな。そんなに暑い日では無かった記憶があるのだ、わざわざご苦労様。彼はSセンセにヘッドロックを掛けられて校舎内に引きずられて行きました。私は彼のチャリンコを押して運んであげました。その後、彼は無事警察の方々に遭遇することができましたとさ。
ところで、この日記を書いていて「公然わいせつ」とか「わいせつ物」の定義が気になったのでチョロッと調べてみたのだが、掠りはするものの「これがわいせつ物だ!」って定義は見事に見あたらなかった。「わいせつ物」ってのも定義が難しいモノのようである。

その2
下校途中の生徒から「学校東側の路地に停まっている車の中に変な人がいる」との連絡を受け、数名のセンセイと確認に出向いた。スーツを着た立派そうな、やはり20代(前半?)の兄ちゃんが運転席に座り、腿の上に書類を広げていた。営業途中であったらしく、白のライトバンに乗っていた。通りかかる生徒に道を尋ねる振りをして、書類の下に隠した「わいせつ物」を披露してくださっていたようだ。テクニシャンだねぇ… ○| ̄|_
常々私は胸ポケットにメモ用の紙とペンを常備しているので、車のナンバーはバッチリ控えたのでありました。その情報は警察に伝えておきましたとさ。何らかの連絡が行ったのかなぁ、彼の勤務先に。あるいは彼は今も都内のどこか、あのテクニックを駆使しているのだろうか…(何となく涙)

その3
例によって下校途中の生徒から「学校南側の路地に露出狂出現」との連絡。教頭と共に自転車で出撃。路地に餌食となる生徒はいなかったが、ベージュの麻のスーツを着た人物が居た。眼があった瞬間、彼は猛然とダッシュしていた。
何しろ恐るべきダッシュ力であった。私自身は並の30代男性よりは足が速いつもりなのであるが、その人物(やはり20代後半かなぁ?)は滅茶苦茶に足が速かった。とりあえず、私たちはチャリンコで追走した。そして数秒後、近くの都道4号線(青梅街道)へ差し掛かった我々は恐るべき光景を眼にしたのであった…
何と、彼は車が普通に往来する青梅街道(片側2~3車線の道路)を走って横断したのだ。我々は言葉を失った。車がびゅんびゅん通っている青梅街道を渡るなんてコト、私たちにはできなかった。結局そこから30m程離れたところにある横断歩道まで移動し、青信号を待った。足の速い彼が路地を曲がったところまでは見えていたので、そこに行ってみたところ、道は行き止まりとなっていた。近くにいた婦人や大工さんに尋ねると、「ものすごい勢いで走ってきた人が、住宅群の隙間を抜け、彼方へ走り去っていった」とのコトであった。
それ以来、私は「露出狂出現」の報を聞くと、徒歩で探索に向かうことにしている。チャリンコは小回りがきかないんだよね。ま、私自身は車道を走って横断しようとは思わないけれど。
でも、たとえ足の速さにある程度自信がある私でも、自分の行為(ブツ露出)でアドレナリン分泌(ある意味ドーピング?)中の彼らには敵わないのかも知れませんねぇ。

旅立ちの日に

本日から4泊6日で修学旅行引率なのでした。行き先はフランスのパリであります。
3年前にやはり高校2年の担任をしていたときも、修学旅行では同じ行き先を予定していたのですが、9/11の同時多発テロの直後だったため国内旅行に変更になったのです。
では、そろそろ家を出発しますかね。

パリ旅行記-1-

2月17日から22日まで、修学旅行の引率でフランスはパリへ行ってきた。その間の出来事を。

17日
成田空港からシャルル・ド・ゴール空港へ12時間超のフライト。直行便ではあるのだが、何しろ長かった。使用したのは全日空NH205便。日本を正午前に出発し、時差で日本から8時間遅れのフランスに着くのは現地時刻の16時半頃だった。以前から私の中で懸案事項であった10年前に発行された未読書籍『ソフィーの世界』を機内へ持ち込んでみたのだった。あの本の作者はノルウェーの生まれだそうだが、その上空を飛んだわけですな。結局たいした量を読むことができなかったのでした。また、私が座ることになったのは窓際の席だったので、窓からの眺めを楽しみにしていた。チナミに私の隣の席はなぜか一般客2名(修学旅行生と一緒なんて可哀想)。太陽を追いかけて飛ぶ便なので、照明?的には問題無かったのだが、シベリアからヨーロッパ上空は雲が多めであり、ほとんど地上を望むことができなかった。飛行機がフランス上空へ入った頃、久しぶりに地上が目に入ってきた。まず思ったことは「畑がきれいな国だなぁ」ってコトでした。さすが農業と原子力の国である。広くて平らな緑の絨毯(おそらく麦が主だったのでしょう)が広がっていたのが印象的であった。飛行機は無事着陸して誘導路を走っているとき、白いものがチラチラ動いているのが目についた。さすがヨーロッパである。ムーミンに出てくる「ニョロニョロ」がたくさん生えて...いるワケがない。白いものはウサギのおしりであった。背中側は灰色に近いのだが、おしりやお腹、しっぽの裏側は白いのですねぇ。空港内でヒト以外の動物をあれほど大量に目撃したのは初めてでしたなぁ。そして、飛行機を出て最初に思ったのは「香水臭せぇー」ってコトであった。さすが「おフランス」である。空港からホテル(メルキュール・パリ・ポルト・ド・ベルサイユ・エクスポ)へ向けてクラス毎にバスで移動する途中、エッフェル塔が見えたときはちょっと感動した「写真と同じだ」って(アタリマエ)。その日は時差の影響もあまり感じず、軽い夕食を食した後に教員のミーティングを行い、眠りに就いたのでした。

18日
最初の見学地はモノプリ(MONOPRIX)というトコロでした。日本で近いキャラ?っていうとイトーヨーカドーかしら。なにしろ見学の都合上、最初の訪問地がスーパーマーケットなのでした。ま、あれはあれで面白かったですね。私自身も日本で買い物する場合はスーパーマーケット(最近はほとんど「いなげや」)が多いですし、庶民?の暮らしを見ることができますわな。とりあえずワインを買ってみようとしたのだが、どのワインが良いのやら?棚の前で悩んでいるところへフランス男性がツカツカと寄ってきて、棚から同じ白ワインを3本カートへ突っ込んだのでした。その男性が関わっている飲食店用の買い出しだったにしろ、彼の自家消費用だったにしろ、とりあえず同じワインを3本も買うということは、味とコストパフォーマンスのバランスが良い商品だろうと思ったのですね。私も同じワインを買ったのでした。モノプリは開店直後だったため、客が選んで棚から持っていった商品がすぐ分かる状況だったのは良かったですね。ポテトチップやその他のスナックについても、棚から若干目減りしている商品を選んで私のカゴに入れましたとさ。ポテトチップスは先日食べましたが、おいしかったデス。じゃ、その時のワインは何処で飲んだのかって?不思議ですねぇ。で、集合時刻になったのですが、生徒は集まりきれません。なにせ大半の生徒はレジで行列してたから。朝早くだったのでレジのねぇちゃんたちも頭数が揃っていなかったのでしょうね。とりあえず買い物は終了し、ベルサイユ宮殿へ移動しました。

パリ旅行記-2-

18日(続き)
そしてベルサイユ宮殿へ。有名である(らしい)「鏡の間」は補修中で一部分しか見れませんでした。私が何よりもビビったのはその庭園の馬鹿デカさでしたね。日本式の庭園って、池とか石とか木の配置によって何か?が表現されているような感じがあり、十把一絡げに扱われる存在ってのは「砂利や苔」みたいな小物って感じがあるのですが、ベルサイユでは「高さ数mもある立派な樹木」が「十把一絡げ」に扱われていました。別の言い方をするならば、木々は「その他大勢の仲間の木々と共に、遠景として存在させられている高さ数mの生け垣の一部」となっていました。何しろ、池もデカかった。で、昼食後はオルセー美術館へ向かいました。ミレーとかモネとかマネとかゴッホとか、美術の教科書で見たような有名どころの絵が並んでいて、お買い得感?が感じられる見学場所でした。その美術館で一番印象的だったのは男子用小便器の位置の高さでした。日本の由緒正しき(短足)老人なんかだったりすると、便器の下端に尿排出部が届かないんじゃないかしら?日本でも時々、高い位置にある男子用小便器(もちろん、女子用便器を見る機会は基本的に無いのだけれど)を見ることがあるが、それはある程度意図的にデザインされている気がする。それに対して、オルセーの小便器は「素」で高い位置にあったような気がするのだな。ま、日本人に限らず、短足なヒトは大便用の便器を使用すれば良いのでしょうけれどね。でもそれじゃあ悔しい気もしますわなぁ...
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パリ旅行記-3-

今回一緒に引率に行ったKセンセ、夜中の乾燥を避けようとしてバスタブにお湯を張り、トイレ兼バスルームのドアを開け放って眠りについたそうだ。私もその技をどこかで聞いたことがありましたので、同じく最初の晩は洗面台にお湯を張っておいたのです。使わない大量の水をバスタブに張ったりするのは申し訳ない気がするとともに「どうせ水は漏れてしまうだろう」とも予想していたから。その翌朝、予想通り私が使用した部屋の洗面台の水は流れ去っていましたが、予想以上にフランスのホテルは乾燥していましたね。洗面台とかバスタブってヤツは使用後にどうしても水滴がついてしまうのでありますが、前夜にシャワーを使用したにも関わらず、翌朝にはバスルーム内のすべての壁や床がきれいさっぱり乾いていました。日本ではあまり見ない光景ですわなぁ。で、当然の事ながらバスタブにお湯を張ったKセンセの場合も、バスタブはきれいさっぱり乾いていたそうです。おかしいのはそのセンセのハナシなのです。彼女は空になったバスタブを見て「まぁ!こんなに乾燥しているのかしら!?」って思ったそうなのだな。うーん、さすが。ま、その後には考え直して「水が漏れたのねぇ」と気づいたということも、彼女の名誉のために申し添えておきます。

パリ旅行記-4-

19日
ケチくさい日本の旅館とは違って、泊まったホテルのテレビは無料だった。しかし、1つのチャンネルを除き、使用されている言語がことごとくフランス語だった。それはそれで異国情緒を感じられるというものかも知れないが、何しろ日本の様子が分からなかったのでありました。パリの朝は2日目だったのですが、自分にも英語教育が施されていたことを確認しましたね。前述の「1つのチャンネル」ってのはCNNでありました。フランス語はほぼ100%聞き取ることはできないのだけれど、CNN は若干聞き取れましたから。ま、大学を含めて8年間の英語教育は無駄ではなかったということですね、私においては。
私の担任している6組と行程が同じもう一つのクラスである4組、その日最初はルーブル美術館に向かいました。有名な地下1階の「逆ピラミッド」では、アヒルの腹を見ることができました。水鳥の腹を見る機会、普通の人にはありませんよねぇ。私もアヒルに関しては普通の人?なので、ガラス張りの天井を歩くアヒルさんがいてくれた今回、初めて水鳥の腹を見ることができました。アヒルとか鴨とかの歩く姿って笑えますよね。下から見た彼らの歩く姿は、なかなか面白いものでした。

パリ旅行記-5-

世の中は4月にもなろうかというトコロなのであるが、私の日記は2月半ばなのだった。でも、まだ続く。

19日(続き)
ルーブル美術館は何しろ広かった。絵よりは彫刻の方が面白かったかしら。「モナ・リザ」を初めとした名作だらけで、ある意味疲れましたね。また、あまりにも有名なヤツが多すぎて、有難みに欠けるような気がしたッス。絵画よりは彫刻の方が面白かったですね。数百年~数千年昔のモノ達がちゃんと残っているってのは凄いことでございますな。で、ルーブル美術館ってところ、年令を証明できるもの(ま、普通はパスポートですな)を見せれば、18歳未満は入場無料だったりするらしい。で、現地のガイドさんに連れられてルーブル美術館を見学し「皆さん、解散しますから各自好きな場所に行くなり、買い物をするなりしてくださーい」って解き放たれたのは、ルーブル美術館出口改札?を出てからだったのだ。一応入り口改札?のヒトに「私は教員なのだが...」と(英語で)伝えたつもりであるものの、「ダメよ」と断られてしまったのだった。あれが今回の修学旅行で一番悲しい出来事だった。入場料払って再入場するのも癪だしねぇ。
昼食後、バスにてフォンテーヌブロー城へ移動した。今回の旅行で一番印象的だったのがこの「バスでの移動」である。前にも述べたが、フランスは畑のきれいなクニである。それを堪能できたのが高速道路でのバス移動だった。東京ってか首都圏ってのは人が住んでいない場所が無い位に家だらけじゃないですか。畑もあるにはあるが、税金対策風の小規模農園が多い気がする。また、そんな町中を走る日本の高速道路ですから、防音壁が道路の両側に屹立しており、当然景色はあんまり良いわけがない(そして馬鹿高い料金だ)。それに対して、パリってのはフランス最大の都市なのだそうだが、それでも人口は200万を超える程度なのだそうで。だから、高速を数十分も走れば周りには畑の広がる風景が出現するのだ。もちろん防音壁も存在しない。さらに「フランスだなぁ」と思ったのは、高速道路脇の道をロードレーサー集団が走っていたことだ。恐らく自転車チームのトレーニングだったのじゃないかしら?日本では集団チャリダーはほとんど見ませんわなぁ、趣味のサークルみたいなヤツですら。
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パリ旅行記-6-

19日(続き)
フォンテーヌブローはこぢんまりとした城だった。といっても住居としては十分にデカいのですけれどね。クソ寒い中での見学だったが、綺麗な芝生が印象的でした。面白かったのは館内の壁でしたね。部分的には大理石が使ってあるのだが、その一部、というか大部分だったのだろうか?漆喰だかなんだかで作られた壁の上に、近くの大理石(マーブル)と同じに見えるようにペイントが施されていたのですな。一般人ではそのことに気付かずにフォンテーヌブロー城を去ってしまう可能性が高いだろう。たまたま?私は大学で岩石学を専攻したこともあって、石の模様が気になるのだ。そしてその「偽大理石」に気付いたのだ。チナミに大理石という名称は中国での産地、雲南省大理に由来するのだそうだよ。これを知ったのは数年前でありますが。
館内の見学後は庭園を見学しました。城の屋根の上かどこかでは、聞き慣れない声の鳥が鳴いていました。スパナで油の切れたナットを締め込んでいるような鳴き声でした。また、その庭園に生えている植物も日本のものとは明らかに違うものが多かったですね。しかしながら、私は理科教員ながら生物名にやたらと暗いため、どういった鳥や植物が生息していたのかはあんまり分かりませんでした。ホテルへ帰る途上の車窓では、雲間から差し込む日差しと緑色の畑、そして曇り空を背景にした葉を落とした木々が印象的でした。
ここ数回の日記群は修学旅行のしおりに書かれたメモ書きを元に文章を起こしているのです。例えば「蛍光灯パリは少ない」ってメモがあります。フランスに於いて、照明に使われているのは基本的に電球でした。更にメモ書きに「王制とチップ?」というのも残っているのです。が、私は何を考えていたのか忘れてしまいました。チップという風習について、旅行を一緒に引率した先生方とチップの由来について何かを考察したことまでは覚えているのですがねぇ。

パリ旅行記-7-

ご無沙汰しております。このページ群の更新が滞っていたのは、個人情報保護法の施行も中国の反日デモも関係有りません、多分ね。年度の切り替えってのは毎年一番忙しい時期なのですけれど、ここ数日やっと仕事に追われなくなってきたのです。では、2か月前のコトを記しましょ。

2月20日
ホテルを出発し、その日最初は朝市へ行ってきました。パリ市内で市が立つ場所(変な日本語?)とその曜日は固定されているそうです。私たちのクラスが覗いたのはメトロが高架になっている部分の下でした。小雨が降っていたのけれど、高架下だから快適でありました。売り物で面白かったのは「ブタの耳・謎の生物のタン(舌)・羽を抜かれた丸ごとの鳩・血のソーセージ」などでしょうか。また「文化?が違うなぁ」と感じたのは、青菜が株ではなくて葉っぱ1枚1枚にちょん切られて売られていたことですね。ホウレンソウだと思うのだけど、ザルの中に葉っぱがパラパラ盛ってありました。私の感覚からすると葉っぱが萎びてしまいそうなのだが、少なくとも朝市ではあの売り方が基本の様子でした。
その後はエッフェル塔登頂です。各自ザイルとピッケルが与えられ、優勝者には名物「エッフェル饅頭」が与えられると聞き、私も結構真面目に登りました。そうです、嘘です。塔に登る前に近くの庭園でバスを降り、記念撮影タイムがありました。当然の事ながら、塔に寄りすぎるとカメラのフレームに収まりきらないのですね。だからある程度離れた場所でバスを降り、記念撮影をしたわけです。気温はさらに下がり、雨が雪混じりになっていました。撮影タイムの後はバスにて塔のふもとへ移動。エレベーターに乗って展望台へ。凱旋門やモンマルトル、ルーブルその他の美術館の位置関係が分かりました。高いトコロってのは単純にそれだけで楽しいですよね。クソ寒かったのが難点でしたけれど。塔は徒歩で降りてみました。エレベーターに乗っても良いのだけれど、普段からエレベーターをなるべく使わないコトを心がけて生活している私なので、当然の選択?として歩いて下ったわけです。可能ならば歩いて登りたかったのですけれど、生徒と一緒の行動である以上、それは叶いませんでした。
バスへ戻ってパリの市内観光です。オペラ座の周囲を徘徊し、ヴァンドーム広場はバスから車窓見学。川沿いのレストランでは昼食にエスカルゴを食しました。味はニンニク入りの普通の貝でした。ま、カタツムリは貝類と同じく軟体動物ですから当たり前です。しかし、貝殻の模様は見慣れた「デンデンムシさん」だったとです。なぜか少し心が痛みました。マサキです(ヒロシ風で)。1時間程度の食事の合間にも、雪が強くなるかと思えば日が差してきたり、何しろ目まぐるしく天気が変わる街でした。
昼食後はコンコルド広場へ。オベリスクとやらは滅茶苦茶に巨大な石でした。そしてやはり滅茶苦茶に寒かった。そこからシャンゼリゼ通りの散策です。コンコルド広場から見た凱旋門と片側5車線くらいあるシャンゼリゼ通りは、テレビや写真で見慣れたものでした。

ヒトは何故に記憶と一致するものを見たり聞いたり読んだりすると、ある種の感動を覚えるのでしょうかねぇ。何の予備知識が無いヒトに対しても、「初対面で感動させてくれるモノ達」こそ本当に素晴らしいものなのではないかとも考えたコトがある私です。しかし、絵画・音楽などに限らず、山とか海などの風景でも、まずは「フツー」のレベルのものを見たり聞いたり(普通の定義も難しいですけれど)するという経験があるからこそ、とんでもないレベルのものを見たときに、記憶の中の「フツー」と比較し、感動が生じるのでしょう。結局のところ経験と感動は不可分なのかも知れませんねぇ。だから「わー、写真と同じだぁ」という喜び方は観光慣れした俗物っぽいものでありながら、純粋な感動であるとも言えるのかも。
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パリ旅行記-8-

20日(続き)
シャンゼリゼ通りは凱旋門へ向けてなだらかな上り坂になっていました。ルイヴィトンを初めとした有名ブランドのショップが並んでいました。日本でいうならどこに当たるのかしら?やっぱり銀座なのですかねぇ?凱旋門の周りはロータリーになっています。日本では「ロータリー」というと駅前くらいにしか存在せず、街道が交わるトコロの車の流れは基本的に信号で制御されていますわなぁ。それに対して、ヨーロッパの大きな交差点はロータリーになっている場合が多く、その周囲は常に車が周回しています。そんなわけで凱旋門の真下へは地下トンネルを使用しました。一度地上へ出た後、凱旋門の片側から内部に入りました。その内部には地味な螺旋階段がありました。エレベーターも存在しているのですが、基本的に使用できないような感じがします、net上での日本語による凱旋門情報を検索してみても。ま、グルグル階段を登る方が楽しいからエレベーターが故障?していて良かったと思います。凱旋門の天井真下に当たるフロアには、昔の戦争写真が展示されていました。100年以上昔の写真を見て「ネガやプリントという形で保存されていたから、この現代まで残っているのだろうなぁ」と思いました。私もパリにはデジカメを持って行きましたが、その際に撮影した画像が何枚かあります。それらのデータは人に渡すもの以外はプリントせず、半分以上はハードディスクの中にデジタルデータとして保存しているわけです。保存性というコトを考えると、プリントとデジタルデータはどちらが有利なのかと考えるのですが、プリントの方に軍配が上がるのではないかと思うのですねぇ。そして今(5月14日)ふと思い出したのが、伊豆の天城は浄蓮の滝。その横の石碑に彫られた石川さゆり。あれは保存性良さそうですなぁ。

パリ旅行記-9-

20日(続き)
凱旋門を後にした我々は「シャイヨー宮」なる場所へ行きました。今ネットで検索して改めて思い出したのですが、あの場所は博物館が入っていたのでした。それらの博物館には全然入らず、パリで一番のルックスとなるそうなエッフェル塔を眺め、写真を撮影してバスへ戻りました。その日はパリ最後の夜でしたので、7クラス全部が中華料理店へ集合して夕食を摂りました。それまでは朝食も昼食も夕食も、場所が時刻やバラバラだったのですね。中華料理自体は良くある感じ?のメニュー構成でした。スープ・麻婆豆腐・酢豚・青菜の炒め・炒飯等々...。最後近くに出た焼きそばは中国風でしたね。日本の焼きそばっていうのは大概麺が太めでモチモチしてますが、中国本土や香港で私が食べた焼きそばってのは細い麺ばかりだった記憶があります。私はその細麺焼きそばの方が好きなのですな。ヒトによってはあの細麺が好みでは無いそうでありました。食事を終えた我々は、各クラスごとにバスに分乗し、ピカピカ光るエッフェル塔その他を車窓見学しながらホテルへと向かいました。エッフェル塔の光りっぷりはなかなか美しかったです。塔の全体にちりばめられたフラッシュがやたらと点灯するのですが、普通に長時間露光で写真に撮ってしまうとフラッシュが全部記録されてしまい、電球を全部点灯した紅白歌合戦の小林幸子みたいな状態になってしまうのですね。一応デジカメで録画してみたのですが、あんまり画質は良くなく、それでいて10MBくらいの容量なのでした。何しろ肉眼で見た方が美しかったですね。

パリ旅行記-10-

21日
パリ最終日、荷物をスーツケースに詰めホテルを後にした私たち、最初の見学地はノートルダム大聖堂でした。大聖堂の内部には、ステンドグラス・壁画・彫刻がありますし、外壁も彫刻で装飾されていました。現地ガイドの方に教わって知ったのですが、あれらの装飾は教会を威厳づけるために存在しているわけでも、来たヒトを感動させようとしているわけでもないそうで、第一の目的は「文盲(もんもう)のヒトがキリストにまつわる物語を理解できるように」というコトなのだそうでした。ま、巨大な建築物ってのはそれだけで威圧されますし、見たときに感動を覚えるのは確かですが、寺院の基本は布教活動なのだなぁということを改めて認識しました。チナミに「ノートルダム(Notre-Dame)」ってのはフランス語で「私達の貴婦人」という意味で、英語なら「Our Lady」ってコトになるそうです。この「私たちの貴婦人」ってのは聖母マリアに与えられた称号なのだそうで。そんな感動的なノートルダムの周辺で、一番面白かったのは「怪しい日本語」でした。周囲の売店とかも含めて、看板とか庇とかには様々な言語で歓迎のコトバが書いてあるわけですよ。「Welcome」とか「Willkommen」とかね。で、日本語はどうなっていたかというと「よこそう」なのですね。「ようこそ」って書きたかったと思うのですが、「よこそう」。で、その後よくよく考えたのでありますが、ヨーロッパ系言語を扱う人々にとっては「ヨーコソ」よりは「ヨコソー」のほうが言いやすいのでしょうねぇ。「ヨーコソ」でも「ヨコソー」でも日本のヒトなら意味は通じますから、ある程度日本語が喋れるヒトが自分の喋っている挨拶を「ひらがな化」すると「よこそう」になっちゃうのでしょうね。本日(5月25日)、「よこそう」をググってみたら、結構なヒット数がありました。そんなページの中には、ネイティブの日本語使いでないヒトが、完全に「ようこそ」と書き損なっていると見受けられるヤツもありました。結構奥が深いですねぇ。と、いうことで日本語ネイティブの私、「ようこそ」の語源を調べてみたところ、やはり予想は当たっておりました。「よく来そ」の音便形なのだそうで。なにしろメッセージは伝わればよいわけだから、「目くじら」立てる程でもねぇやな、ノートルダムの「よこそう」。シテ島周辺はバスを停められないそうでして、ラ・セーヌの周辺を散策し、パリ市街の小道を抜け、リュクサンブール公園まで市内見学の散歩を行いました。そんなのんびりとした時間のなか、朝食の際に水を飲みすぎた私は、散歩途中から尿意を催し、既に公園内では気もそぞろでありました。現地ガイドさんに有料トイレの場所を聞き、生徒を置き去りにして小走りで有料トイレに駆け込んだ私、チップを支払う余裕さえありませんでした。背後からは「ムシュー、ムシュー!」という管理人のおじいさんの声も聞こえたのですが、とりあえず便器へ。後から一応チップを払ったのですが、おじいさんの非常に冷たい視線が辛かったとデス。チップのお釣りもくれませんでした。チップ制トイレ(男性の定価は15ユーロセント)のお釣りはあるのかどうか判りません。それ一度しか使わなかったから。楽しく有意義な修学旅行引率だったのですが、その出来事さえ無ければ完璧だったのにねぇ。スイマセンでした、おじさん。リュクサンブール公園横でバスに拾われた私たちは、昼食場所のレストランまで移動しました。それまでは生徒が寝ようとも私自身はバス内では寝ないように心がけ、それを実践していたのですが、その日は気が付いたら生徒と一緒に眠っていました。そんなわけで、ガイドさんの声に起こされたトキ、バスは停まっていました。昼食後はモンマルトルへ。ムーランルージュ横を過ぎ、モンマルトルを登り始めました。振り返ってパリ中心部を眺めると、曇り空ではあったものの、その隙間から日差しがこぼれており、大変美しい光景でした。また、サクレクール寺院の中はとても綺麗で厳かな雰囲気でありました。私はそこで「キリスト教に感心する前に、自分と関わりが深い仏教をちゃんと勉強しなきゃなぁ」と思ったのでした。とか言って、今日『修学旅行のしおり』を見直すまでそういった決意をしていたことをすっかり忘れていました。あれから3ヶ月。中国近現代史の勉強はしたものの、仏教の勉強はしていませんですなぁ。モンマルトルには鳩や雀がそこそこ生息していました。私の見る限り、ドバトは日本もフランスも見栄えに差がないのですが、スズメのルックスは違ったように感じましたね。具体的に「どこがどう違う!」とは指摘できないのですけれど。で、例によってネット上の複数のページで調べてみたところ、都会に住むハトはヨーロッパでも日本でもほぼ同じ種だが、都会に住むスズメについてはヨーロッパと日本では種が違うというような記述をみることができました。(Wikipediaその他によると、ヨーロッパは「イエスズメ」で日本は「スズメ」だとか?)。自分の観察力をちょっと見直した、晴れた5月の午後なのです。話は戻ってパリへ。美しい風景と美しい寺院を見て何となく敬虔な気持ちを取り戻した私でしたが、もうパリともお別れなのでした。現地のガイドさんにはモンマルトルの麓にて、この旅で新しく覚えた別れの挨拶「オールボアー(正確には「オー ルヴォワール」みたいです)」で別れを告げました。そしてバスはシャルル・ド・ゴール空港へ。空港に着いたときは曇り空だった気がするのですが、出国手続きや買い物その他を終え、搭乗口近くへ行ったときには驚きましたね。何せガンガン雪が降っていましたから。と思ったらその直後に日差しが出現し、と思ったらまた雪が...。私は朝の天気予報(聞き取れないフランス語のテレビ)を思い出しました。太陽と雪のマークがほとんどフランス全土を覆っていたことを。「こんな天気予報、日本ではあまり見ないなぁ」と、記憶に残っていたのですねぇ。きちんと天気予報は当たっていました。あまりに雪が降ったため、飛行機の羽根にも雪が積もってしまったそうで、それを取り除く作業が入ったために飛行機の離陸が遅れました(確か30分間)。日本からパリまでインフルエンザウイルスを運んでしまった生徒がいた様子で、旅行中はクラス内で体調を崩す生徒が数名出たものの、とりあえず死ぬことも怪我することもありませんでした。で、参加者全員、無事に日本に帰ってきたとさ。おしまい。
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苦節云年

先週末、私の勤め先に於いて、専任教諭には1人1台のパソコンが行き渡った。私は情報処理部とやらに属しており、部長(Tセンセ)は数年前から「1人1台のパソコンを!」と主張していたのでありますが、パソコンも結構値が張るものでもあり、なかなか「1人1台」の実現が果たされなかった様子であります。
私自身は5年前に自腹で購入したノートパソコンであるLet's note(型番CF-L1EA)を職場でコツコツと使い続けてきたのですが、この度やっと仕事用のツールが正式に支給されたわけですね。そんなわけで、5年前のモデルからCeleronM搭載の富士通はFMV-LIFEBOOKとやらへ、作成したファイルや環境を移行する作業を行い、それは本日ほぼ完了しました。その際に知ったことが2点ほど。1つは「Googleツールバー」の新バージョンが出ていること。もう1つは「SETI@home」の新バージョンが出ていたこと。どちらもなかなかに面白いものでありました。setiのほうは敷居が高くなった気がしますね。公式ページには日本語も記してありましたが、プログラムの導入自体が複雑になっており、少し英語と格闘した私でした。「Googleツールバー3」はベータ版ではあるらしいですが辞書機能が追加され、便利になっていますね。辞書ってのは基本的にWebページを閲覧しているときに多用しますしねぇ。
富士通というと、この間買って読んだ『内側から見た富士通「成果主義」の崩壊』が印象深かったのであります。なかなか面白い内容でありました。Amazonで思い出しましたが、『新しい歴史教科書』の新版ってヤツ、今回は市販されないそうでありますねぇ。

ILLUME

学校というトコロはかなりの量の印刷物が届くところであるなぁと思う。昨年度から職場では教科「理科」の「まとめ役」を仰せつかっているので、理科関係だけでも毎日毎日いろいろな郵送物がやってくるのである(メール便もね)。そんな中、私がもっとも楽しみにしているのは東京電力の発行する雑誌『ILLUME』である。年に2回しか発行しないそうであるが、装丁も美しく、記事にも読み応えのあるものが多いのである。そいつが本日やってきた。
私の住んでいる場所に給電してくれているのは東京電力であり、毎月電気代の請求等はバッチリ投函されてくる。しかしながら、この冊子は普通の東京電力ユーザーに送られているわけではないようで、私の家のポストに入っていたコトは無い。つまり、東京電力の一般ユーザーは、使いもしない「TEPCOひかり」のテレビCM広告料やこの冊子『ILLUME』の代金を電気代として余分に支払っているのであろう。まだ1年経っていないと思うのだけど、上記サイトではバックナンバーをくれたり(あるいは購読を申し込めたのだったかしら?)した気がするのだ。そのサービス?も終了してしまったらしい。
こういった啓蒙書?の類は原子力関係や大学なんかからも送られてくるのだが、面白さでは『ILLUME』には敵わないのである。カネのあるところは強い。
関係が無いような話だが、私はここ数ヶ月「核燃料サイクルの研究も続けたほうがよいのかなぁ?」との思いを強めつつあるのだ。かといって、敦賀湾の横に棲みたいとも思わないのであります。卑怯な私であります。ちょこっと関連するのだが『地球と人間の環境を考える』っていう日本評論社という会社が出しているシリーズは面白いです。1巻から6巻まであるのですが、一通り読みましたし、巻によっては複数回読みました。間違って図書館で何度も借りてしまったノデ。と、ここまで書いて調べてみたら、このシリーズは12巻まで発売されている様子であります。とりあえず7巻目を杉並区立図書館に予約してみた。

教職志望とノストラダムス

私の記憶が正しければ、この2週間ほどの間に別々の生徒から合計3・4回質問されたのである。「何で先生になったのですか?」と。
今は丁度教育実習生もやってきているし、実習生の思いを聞いたり、そういったことを実習生に尋ねたりしたついでなのかも知れません。生徒からは「こいつ、教員っぽくねぇヤツだなぁ」と思われているのかも知れませんねぇ。
上記の質問に対して、時間が無い(というか、授業を進めたい)ときは「この学校にたまたま拾われたのです」とか、「消去法だね」とか答える私であります。これらの回答は決して嘘ではありません。少し時間があるときは「理科が好きだったから」とか、「色々悩んだが大学4年の時に決心した」とか「東京都の教員採用試験を3回落ちた」という事実を付け加えることもあります。これも真実であります。
で、私が教職を志した理由を正確に記すと、結構おかしな理由になってしまうのであるが、そいつを記してみよう。
私は1971年の生まれなのだが、私くらいの世代のヒトってのは幼い頃に少なからず「ノストラダムスの大予言」ってヤツを意識したことがあると思うのだ。「ノストラダムス世代」とでも言えばよいのかなぁ?と思い、例によってググってみたら、40件ほどヒットした。その筆頭は『ほぼ日刊イトイ新聞』ってヤツだった。そのページ群、名前は知っていたけど閲覧したのは初めてだったりした私である。
幼い頃ってのは「怖いもの」が怖いじゃないですか。私が小さい頃には「口避け女」とかが日本中に存在したらしいし、結構本気で信じたりしちゃう。そのひとつとして『ノストラダムスの大予言』ってヤツがあったのですな。日本における「ノストラダムスブーム」のおおもとは何らかの単行本か何かだと後から知ったのだけれど、小学生である私のナイーブなココロにグサッと突き刺さったのは、一番有名な「1999年の云々…」なワケですよ。(以下続く)

そして恩師木村清志先生

「そうかぁ、僕は28歳で死んじゃうのかぁ」と、小学生の私は思ったわけですよ。ま、ココロの4分の1くらいは「死なないだろう」とも思っていたのかもしれないけれどね。で、28歳で死んでしまうという前提で人生設計を考えたわけであります。
28歳というと仕事に就いているだろうと考えたわけです。何かの職人になるとしても、28歳までの数年間ではたいした職人になれないまま地球の終末を迎えてしまうと考えました。また、仕事というのは究極的に他人を喜ばせ、笑い顔を見ることによって自分の満足が得られるものであろうとも考えたわけです。
小学生の私にとって、楽しいのは理科の勉強であるし、その楽しさを伝道できるなら素晴らしいだろうということで、「センセイという職業がいいかなぁ…」という結論に至ったのです。ま、教え子であるコドモも数年後には死んでしまうのだから、かなり虚しさがあるとも言えましょうが。
また、中学校のときの先生(木村清志センセイ)に高度な実験をやらせてもらえたというのも、理科がさらに好きになった理由に挙げられるでしょう。

杉並区と歴史教科書

杉並区では『新しい歴史教科書』が採択されようとしているらしい、「つくる会」の教科書採択に反対する杉並親の会とやらの宣うところに拠れば。結局のところ、私は未だに『新しい歴史教科書』とやらを読んでいないのです。恐らく職場にはその新版見本があるのでしょうが。で、仕方なく?新しい歴史教科書をつくる会のページでも見てみた。
面白い(なかなかやるなぁ)と思ったのが、トップページに「英語訳・中国語訳・韓国語訳公開!」とある点である。教科書の内容に自信があるというコトを知らせたいのかも知れないが、私は日本語版を読んだこともなければ、外国語も達者ではない。従って、英語訳・中国語訳・韓国語訳が誠実に日本語版を訳しているのかどうかは検証できないのだ。
で、その杉並区では「とめよう!『つくる会』教科書」っていうコトで署名活動が行われているのです。私が通勤で使用する阿佐ヶ谷駅前には、ここ数日ビラ配りのヒトや署名を乞うヒトが立っているのです。また、私は職場ではクミアイってヤツに所属していることもあり、左寄りの回覧物も回ってくるわけですよ。
『新しい歴史教科書』は読んでいないから内容や主張については未消化のままなのでありますが、私は朝日新聞が割と好みだったり、高校時代の友人に洗脳されたコトもあったりするワケでして、署名した方が良いかなぁ?ってな気分だったのです。だから本日帰宅途中に署名してきたのですわ、阿佐ヶ谷駅前で。
で、本心というか私の中のわだかまりを暴露すると、「何で歴史教科書ばっかり問題になるの?」ってなトコロもあります。理科の教科書はどうした?って疑問がありますなぁ。で、理科の教科書、私が良いと思ったのは「東京書籍」のヤツであります。ま、私自身が中学校で使用した教科書の会社なんて覚えていませんが、学年が変わるトキに教科書会社が変わって勉強しづらかったような記憶(たしか数学)が今フト蘇ってきたッス。

「たしかな野党」?

日本共産党のスローガン?「たしかな野党」ってヤツを目にしたとき、「野党で良いのかい?与党になる気は無いのかい?」って思った私である。選挙とか政治ってのは野党とか与党とか関係なく、理念とか主張とか政策がキチンとしていれば良いだけの話じゃ無いですか。やはり、ネット上でも同様の意見が散見されるのでありました。
で、このスローガンがどうも気にくわない私である。それは文部科学省だか何だかがここ数年宣っている「確かな学力」ってのにカブる感じがするからなのだ。「確かな学力」とか言い出す前に、コネとかが関係ない「確かな教員」の採用を推進したり、文部科学省が各学校へ送り出してくる「やたらと枚数や前書きばかり多い、A4版でコピーが繰り返されて印刷が見づらく、その段階で中身を見る気になれない文書」の製造を止めて、「(公務員としての)確かなシゴト」とかをやって欲しいと思うのでありますねぇ。ま、どういうシゴトが「確かなシゴト」となるのかは分かりませんけれど。

アングラ好み

今住んでいるトコロの最寄り駅から電車に乗れば、秋葉原へは10分もかからない。そのせいか、明日開業となる「ヨドバシカメラ マルチメディアAkiba」なる店舗の折り込み広告が朝刊に挟まっていた。で、かなりビビッタ事があるのでお知らせしたいのだ。
実はニュースでも報道されていたのであるが、私は気が付かなかった。その建物は地下6階までが駐車場になっているコト。「地下6階の駐車場」なんて聞いたコト無いや、私は。
ちょっとググってみたけど、そんなに深そうな駐車場、やはり見あたらない。「地下6階」で引っかかったのは「国際ビル(東京都千代田区丸の内三丁目1番1号)」であります。帝国劇場が入っているビルらしいです。もちろん、地下は駐車場では無いらしいです。
最近私はアングラに興味があるのですね。アングラはundergroundの略ね。この場合のアングラは「演劇」でもなければ「政治活動」でもありません。その字面のまま「地下(構造物)」に興味があるのね。丁度1年くらい前、杉並中央図書館から1冊の本を借りたのですね。その本は秋庭俊というヒトが書いた『帝都東京・隠された地下網の秘密』ってヤツ。詳しくはAmazonの書評をご覧あれ。この本は続編もあって、それも借りて読みました。私は割と地図好きであり、山や川といった地形、道路・地下鉄の走り方なんかにも昔から興味があるのだな。チナミに鉄道車両マニアではないです。また、以前から「何で東京の地下鉄は不自然に曲がっているのだろう」というのも疑問として感じていました。2つばかし、私が以前から疑問に思っていた例を挙げましょう。 1:池袋駅周辺の地下鉄路線の走り方。新しいはずの路線である有楽町線、郊外からやってきて要町駅を出た後、昔からある丸ノ内線のホームへ向かってませんか?(チナミに、新線はもっと露骨に丸ノ内線ホームに向かってますよね。以前、丸ノ内線のホームの端から線路の行く末を眺めた事がありますが、暗くてよく見えなかったデス…) 2:新橋駅東側で発生する、銀座線と都営浅草線のニアミス。銀座線は「最初の地下鉄」というコトになっていますが、何で新橋駅の東側ではバキッと折れ曲がっているのだろうか。地下に元々十字路が有ったんじゃないの?
で、秋庭ってヒトに言わせると、東京にはかなりの地下道網が第2次世界大戦前から存在したってコトらしいッス。それらの本を読んだ後、職場の近くの南阿佐ヶ谷駅でフト気付いた事があります。丸ノ内線ってヤツは車両の上に「架線」も「パンタグラフ」も無いのですね。低い位置にある電流専用のレールからエネルギーを得ているらしいです。しかし、丸ノ内線南阿佐ヶ谷駅の天井には、どう見ても「昔、何かが取り付けられていた形跡」があるのですよ。コンクリが剥がれ落ちているというか、等間隔にボコボコ穴が空いているのです。昔々、トロリー系の乗り物か、あるいは地下鉄があったのでしょうか?秋庭というヒトに言わせると「都営大江戸線が広軌(鉄ちゃん的には標準軌らしい)なのは、昔(戦前?)からあった線路を使ったためであり、車両が妙に小さいのは、昔からあったトンネルの内側をきれいにデコレーションしたため」ってなそうだ。確かにそれもありそうだ。
そんなわけで、地下を使えるビルの持ち主ってのは、かなり胡散臭いというか、クニ(利権)に近い存在であるのだろう…と彼は宣う。私は折り込み広告を見て思ったさ、「ヨドバシよ、おまえもクニ側か…」というコトでありますよ、結論はね。前述の「帝国劇場」ってのが入っている「国際ビル」。名前も地下6階まであるってコトも胡散臭いなぁ。

あ、チナミに前回の物語のオチを。私の胸が赤く染まっていたのは、シャツの胸ポケットに入れていたボールペンのインクが漏れたってコトです。ノック式のペンは気付かぬうちにペン先が露出する恐れがあるし、そうするとシャツへのインク付着が起こりますよね。そんなわけで、私は胸ポケットに収めるボールペンは必ず「キャップ式」にしているのです。しかし、夏休み終わり近くのある日、何がどう忙しかったのかよく判りませんが、ボールペンを使い終わった状態のまま胸ポケットに収めてしまったようなのですね。水性インクだったため、どんどんインクはシャツに染みこんだ様子でした。ただし、水性だったから手洗い+洗濯機でほとんどインクは落ちました、めでたしめでたし。

文化祭とホワイトバンド

職場での学園祭「薔薇祭」とりあえず終了。会計の締めとか、後かたづけが若干残ってはいるものの。

その学園祭では毎年テーマを設けている、一応。今年のテーマは「No Border No Line」であった。
学園祭のテーマってのは、存在意義があんまり無いと思ってる私である。基本的には「祭り」は「祭り」で良いと思っている。大学時代は学園祭の実行委員に名を連ねた私であるが、テーマってあんまり記憶にないのですなぁ。(ま、真面目に決めた記憶はあります。)
時々、他の中高校学園祭のパンフレットなんかを見たりするが、大仰なテーマが記されているワリに、中身をよく見ると食べ物を売ったり肝試しみたいなイロモノばかり目についたりするコトがある。

で、今年の薔薇祭ね。
何が一番良かったかって言うと、その文化祭を仕切る生徒たちが作成したパワーポイントのスライド。
自分の中学・高校生時代、「世の中には歴然とした貧富の差があるのだなぁ」というコトに気付き、愕然としたような記憶がある。それから20年くらい経過している今、「金持ちは何故に金(と扱われるシリコンやガラスなどの上の電磁気的情報?)を集めたがるのだろう?」という疑問に駆られる私である。それはさておき、スライドは良かった、ナレーションも。ここに採録できるわけでは無いのですけれど。
「ホワイトバンド」ってヤツがあるじゃないですか。ま、私はいつもココロにホワイトバンドを所有しているつもりなので、ホワイトバンドなんか買いません、付けません。絶対に募金はしない。ああ、しません。
しかし、「ホワイトバンド」っていう「かなり商業的な臭いが漂う物品」の存在がなければ、あのすばらしいスライドが完成しなかったのも事実であろう。その1点だけでも、ホワイトバンドの存在意義はあったと思います。少なくとも、本校生徒数百名には何らかの印象(恐ろしいまでの地球上の貧富の差が厳然と存在するという事実)が残ったんじゃ無いかな?
あの「ホワイトバンド」という名称のプラスチックで、誰がどれだけ儲けているかは知らない、知ろうとする気力もない老人の私である。

そして、
腰パンしている男子高校生の白いシャツから透けて見えるパンツの柄はあんまり見たくない。

過労死はイヤだ

久々に14時間労働をした。
こういう日が続くことはそれほど無いが、休みが無いまま勤務&出張が続くことはそこそこあり「ました」。部活動の試合引率があり、それを頑張っていると、休めないコトになる。つまり、私はあんまり試合の引率が無いのである、ここのところ。
で、思い出すのは裁判所に「過労死認定」されるようなヒトの働かされぶりね。「一ヶ月の残業が百数十時間」とかって、尋常じゃないですよね。だからニュースになるわけだが。
近年はblogというものがあり、時々凄まじい情熱を感じるブツを見る場合がある。「blog過労死」とか、そのうち出てくるんじゃなかろうか。商標登録しておこうかな?

授業のコマ数と種類

日記を書きすぎな私である。この数日間の時間を試験問題作成に費やせば、もっと睡眠時間も確保できるのだろうにねぇ。

試験問題は2種類、150点分作成しなければならない。ま、「多くもなく、少なくもなく」というトコロか。どちらも私だけが担当している授業であるため、勝手に問題作れるって点は楽である。しかし、原稿締切が無いため、だらだらと試験直前まで問題を作成しがちでもある。

授業のコマ数としては、2005年度後期の現在は、週あたり16コマである。これも普通なのかな?前期は18コマでした。しかし、そのうちの4~6コマは教科情報のTT(ティーム・ティーチング)の補助側なので、かなり楽であります。で、メインで授業を担当しているのは、「中2理科(地学分野) ×3クラス」「高1情報A ×2クラス」「高3生物I ×1クラス」ってコトになり、「総合的な学習の時間×1クラス(担任しているクラス)」も含めると4種類と云うことになる。これは多い方なんじゃないかなあ?

私が中学時代に色々な意味で大変インスパイアされたモナー、じゃなくて木村清志先生は、中学校教育の最盛期(第一次ベビーブーム)には、週に20数時間授業を担当していたそうで、空き時間は1コマか2コマしか無かったそうだ。その話を数年前に初めて聞いたときはビックリしたやね。でも、多分授業の種類は少なかったはずですね。どちらが楽か(種類が少ない・コマ数が少ない)と問われれば、「なるべくどちらも少ない方が楽だし、どちらも多いと大変だ」というコトになろう。当たり前だ。
また、木村先生は年度当初に時間割を組む際、生徒にその基本を教え込み、時間割を作らせちまったそうである。生徒も先生もすごいもんだ。

大学全入時代に寄せて

明らかに大学入試は推薦枠が大きくなってきている。ま、4年制大学の推薦入試に対する制限も緩和されているのは確かだし、短大は入学者全員を推薦入試で確保しても良いわけだし。

現在、高校3年のクラスを担任しているのだが、3年前も6年前もやはり高3を担任していた。
3年前は大学への「内部進学」が主体のクラスだったので比較できないのだが、6年前は現在と同じようなカラーのクラス(外部への進学希望者が多いクラス)を担当していた。そのときは39名クラスであり、今年は33名のクラスである。そして、「内部進学」を選ばなかった生徒は6年前も今年も30名弱であった。
6年前は推薦書の原稿を10枚も作成しなかったようなのだが、今年はその2倍の20枚近くにはなるであろう。推薦入試というのは、恐らく大学の教官にとっても面倒な手続きのハズである。私が大学へ入った頃、約15年前ってのは、基本的に一般入試しかなかった記憶がある。稀に推薦入試もあったようだが、評定の基準が高くて全然手が届かなかった。入試といえば一般入試であり、大学へ入学する生徒はほとんどがその試験を通過してくるから、ある程度学生の質は揃っていたはずである。
それに対して、昨今の推薦入試の多さね。AO入試なんてヤツもあるから、受験機会はどんどん増えている。教官や大学事務職員の手間も増えていることでしょう。高校教員の推薦書作成の手間は増えています、確実に。

大学にとっては、推薦入試枠を増やすと、経営上は利点が多くなってくる。
 ・入学者数の見通しが立ちやすい。
 ・受験料収入が多くなる。
 ・一般受験の枠が小さくなり、必然的に合格に必要な偏差値が上昇する。つまり、大学の見かけ上のランクが上がる。ただし見かけ上。

しかし、教育上の利点はほとんど無いのではないだろうか。
入学してくる学生のレベルはバラツキが大きくなるため、場合によっては高校レベルの補習を行うそうである。これは数年前から話題になっていますよね。

大学の入試直前、「勉強するか寝てるかメシ食うか」という生活を1ヶ月以上続けた経験は、私にとって決して悪いものでは無かった。ま、大学に合格したから言えることであるけれど。あのトキに頭に叩き込んだことは、大学入学後も、その後の教員生活でも役に立っていると思う。不毛な修行僧のような生活だったが、「おれはあれだけやれたのだ」という自己評価に繋がっている気がする。また、受験を目の前にしたオシエゴ達への説得力にも繋がっていると思う。
ま、そこまでしなきゃ大学へ入れなかったから努力したわけだけど。

と、云うコトは、今の高校生は勉強しなくても良いわけだね、大学に入る為だけなら。
しかし、その2~数年後、大学生などが名のあるカイシャに入ろうとすると、SPIとか云う高校の勉強から毛が生え替わったようなテストがあるらしいし、やっぱ勉強はやっといて損はないだろう、阿久津真矢先生の言うように。

グローバル? 文京区の中学校

昨今は子供の数が減っており、私立学校どころか、公立の焼酎学校じゃなくて小中学校も、生徒募集の営業活動をする時代である。
で、私立中高に務めるワタシは、公立中学に営業に行くわけさ。ま、最大最良の営業は「授業をキチンとやる」コトではありますけれど、学校の知名度を上げるコトも重要なワケで。

文京区の中学巡りをしてると「すげぇなぁ」と思うコトがある。それは「緯度経度を表示した杭(?)がほぼ必ず埋まっている」というコトだ。あれは小中学生が「地球」というモノを理解する手がかりになるだろう、確実に。
太陽電池パネルとかの「変に誰かが儲けてそうな設備」より、数段有意義で金のかからない教材ですよね。あれは良い。
(しかし昔、文京区教育委員会と杭業者?間で、何らかの政治的決断がなされた可能性は否定できない...カナ?)

日頃のオコナイ

本日の東京は、ほとんど日差しがなかった。というよりも、基本的に雨の一日だった。そんな中、お勤め先の「オープンスクール」が挙行され、私は「太陽の望遠鏡観察」を担当したのだった。
私は今日は太陽を見れないと思ったね。天気予報でも曇り~雨だったし、朝起きた時も暗かった。で、開始20分前までは望遠鏡を仕舞ったままだったのだが、一緒に観察を担当してくれる先生が「陽が出てきたよ」って。
よほど、日頃の行いが良かったのでしょう。雲の向こう側だったけれど、太陽を望遠鏡で観察する事ができました。
チナミに、行いが良いのは私じゃなくて、オープンスクール参加してくれた生徒のほうね。

元「明治節」

明日は文化の日である。
「文化の日」は元々「明治天皇の誕生日」つまり「明治節」だったと云うコト、ご存じですか?

私は、数年前まで知りませんでした。日本国憲法が公布された日だというコトは知っていましたが。この学校に勤務してから、社会科兼飲酒科教諭のK原センセに教えて貰うまで、その事実は全然知りませんでしたね。彼のポリシーは「焼酎の氷は3つまで」だそうです。

で、明日は授業も休みなのであるが、元々私の時間割では、木曜日の授業は1コマも無いのだ。そんなわけで、普段は授業案を考えたりする木曜日なのだが、今日は金曜と土曜の授業案(と言っても、NHKの番組を録画したヤツなんかも見せたりするのだけれど)を作成するので大変だった。金曜と土曜の10時間のうち、9時間は授業が入っているのですね。ま、そんなコトもあるわな。

授業が詰まった日が祝日なんかだったりすると、ちょっと嬉しい気がする私なのだが、その考えは教員としては甚だ不適切なのだろうなぁ。授業をするコトが最も重要な仕事だし、それの対価として安くはない(ま、高いわけでもないけど)給料を貰っているのだしねぇ。

Vodafone 702NK

私の使っているケータイは「Vodafone 702NK」別名「Nokia 6630」なのであります。

職場のノートパソコンにインストールされている「Microsoft Outlook」と同期させ、スケジュール管理などをやっております。メモ帳兼備忘録としてかなり有効であります。一番有効なのはシゴトとしての「朝の登校指導」等を予定表に入れておくコトですかね。
普段の勤務時間は8:15に開始なのです。ま、だいたい遅くとも8:00には出勤していますけれども。で、ほぼ2週間に1回くらい巡ってくる「登校指導」の当番となった日、8時前には「立ち番」の場所に行っておきたいわけです。ま、サボったとしても罰則や減給があるわけでは無いのですが、そこは一応教員ですのである程度努力しようかな...ってワケです。で、この当番は結構忘れがちなのですね。以前は財布にメモを入れておいた事もありましたが、財布自体を開かなければ気付かない事もあったり...

前述のケータイに変えてからは、アウトルックの「予定表」に時刻付きで予定を入れておけば、必ずケータイ内予定表と同期が取れるのですね。これは便利であります。
しかし、脳みその皺が減るというか、機械に流されて生活しているような気がするのが難点ですが。

で、このケータイには様々なアプリケーションを導入する事ができるのです。mp3ならぬ「mp4プレーヤー」としても使えます。iTunes との親和性が高い、というか、iTunes で取り込んだCDの楽曲の拡張子を変更してやれば、oggplay なる「Vodafone非公認ソフト」で再生できます。チナミにVodafone が許していないだけで、Nokia のケータイってのはそういったアプリケーションを受け入れる素地を持つものだそうです。ま、このへんのコトが本気で気になる方は、色々とググッて頂ければよろしいでしょう。Vodafone 702NKIIが発売になるらしいですし。

やっと本題に入ろうとしたのだが、疲れたのでこの辺で一度終了。

今、あなたの後ろを…

以前、授業を受け持った生徒にアンケートを取ったら、「理科の内容は特に覚えていないのだが、ドラえもんの話は鮮烈に覚えている(意訳)」という感想があった。
その話を。


私自身の学生時代、授業あるいは講義を受けているとき、ふと気が付くと「板書が進んでいるのに、自分のノートは真っ白」だったり、酷い場合は「授業している先生が替わって」いたりすることがありました。数年来、その現象に悩まされてきた私でした。
そして、私はあるコトに気付いたのです。確か大学のトキだったかな。

「ドラえもんとのび太の仕業だ」と。

彼らは22世紀からやってきて、テレビで放映されているように、ときどき時間を止めて悪戯をします。運悪く彼らの悪戯に「何故か」巻き込まれた私は、学校の授業という貴重な時間を失うことになり、上記のような現象に見舞われるのです。

それはまるで「居眠りをしていた」かのように。


実際は居眠りの言い訳を、ドラえもん達のせいにしているだけですけれど。


しかし、「ドラえもん達が現在のこの世界には居ない」とは言い切れない事にお気づきでしょうか?
何故なら「本当に時間が止まっていたら、時間が止まったことに気づくヒトも居ないハズ」だから。
ドラえもんやのび太が実在し、未来の道具を使って時間を止め、悪戯や騒動を起こしていたとしましょう。ドラえもんやのび太が動き回っている間、私達の時間は静止しています。そのため、私達はドラえもん達を見る事ができず、時間を止められたことにも気付かないのです。

この文章を読んでいる今、あなたの後ろを「のび太とのび太を追うジャイアン」が駆け抜けたかも知れませんよ。

岩石学への招待

2学期の授業案も作成し終わった。土曜から月曜にかけて授業(計7コマ)を行えば、本年の正規の授業は終了となる。冬の講習はありますけれど。
stones.jpg
上の画像は複数の岩石が写っていますが、その中に1つだけ「仲間外れ」が存在します。アナタはわかりますか?
これは数年前から中学校の理科の授業で用いている「岩石についての導入」なのですね。

生徒の間でただ岩石を回させるよりも、このクイズを含めた方が真面目に生徒は岩石を観察すると思うため、このような形式にしてあります。
実は、このクイズはかなり難解です。そして、この画像はあまり鮮明でありませんから、当てることは難しいと思います。

このクイズ?の答えはCです。これだけは人工物(コンクリート片)なのですね。

一応、その他の岩石名を記しておきます。

G:凝灰岩(ぎょうかいがん)である「大谷石(おおやいし)」
H:斑糲岩(はんれいがん)別名は黒御影(くろみかげ)
I:花崗岩(かこうがん)の一種「稲田石(いなだいし)」
K:花崗岩 ごく一般的なもので、産地は不明(教材として買ったもの)
S:砂岩(さがん) 多摩川の河原で拾ったもの

「C・K」以外の岩石は大学の卒業論文を作成するために集めた岩石が中心となっています。

また、この実験の際にはおかしな出来事(12)もありました。


このクイズのように「人工物を混ぜる」というのは、大学時代に教わったワザ?なのですね。
私は「岩石・鉱物学研究室」に所属していたのですが、教授や先輩が巡検(じゅんけん)というのに連れて行ってくれることがあるのですね。基本の巡検先は長瀞でしょうか。
岩石学ですから、先生や先輩はそこら辺に落ちている石を拾っては「この石は紅簾片岩(こうれんへんがん)だ」とか「緑泥片岩(りょくでいへんがん)だ」とか「蛇紋岩(じゃもんがん)だ」とか「このキラキラしているのはパイライト(黄鉄鉱:おうてっこう)だ」とか教えてくれるわけです。
その巡検の途中に先生方は透明な小片を拾います「これはガラサイトだ」と。素直な(というか、岩石についてはほとんど何も知らないのだから、吸収するしかない)新入生は「ふーん、ガラサイトねぇ」と学習します。ここで、先生方は心の中でニヤッとしているのです。更に巡検は進みますと、場合によっては緑色をした透明な小片が落ちていることがあります。「これはスプライトだ」とおっしゃいます。この場合、アクセントは“ス”へ置く必要があります。間違っても“プ”に置いてはいけません。そうすると飲み物になっちゃうから。

オチがお分かりになったでしょうか?「ガラサイト」=「単なるガラス片」であり、「スプライト」=「スプライトの空き瓶の破片」なのですね。スプライトのガラス瓶、PET全盛の現在は売っていないのかと思いましたが、容量が250mLに増量され、活躍しているみたいですね。
量は減少しているでしょうが、鉱物スプライト?の生産も続いているコトでしょう。

18:20 約30分前に、やっと試験問題作成開始セリ。

18:52 ミスチルの『シーソーゲーム』を聞きながら作図。名曲だなぁと思う。腹減ったので、ご飯を食べましょう。

20:27 同じく『抱きしめたい』を聞きながら、答案用紙作成中。名曲だなぁと思う。

20:40 逃避。数年前に開発した「採点が多少楽になる解答用紙を作るワザ」を披露しよう。
教員にとって、テストの採点は結構面倒な作業であります。問題によって配点にはバラツキがあるはずです、難易度や重要性が異なるから。
test.gif
この場合、上記のような解答用紙を作成し、予め配点ごとにアンダーラインを変えておくのですね。単なる実線は「1点」、二重線は「2点」、波線は「3点」、二重波線は「4点」とか。ここのところ、私はこのシステムを遵守?しています。それによって採点のスピードが上がります。これらのアンダーラインは「一太郎」でも「Word」でも存在しますし。
しかしこのワザは「○×を付けた後に配点を操作して、平均点を操作する」場合には使えませんけれど。まあ、私に云わせれば「後から配点を変更する」というような作業は「邪道」であると思います。
定期試験では、大体百数十人分の採点をするわけです。しかし、解答用紙に凝ったのは良いものの、採点の際に「繰り上がり」を忘れてしまうコトがあります。合計点を10点低く書いてしまう場合があったりするのです… orz
逃避終わり。解答用紙作成に戻ります。

21:05 50点分問題作成完了。残りは100点分である。

教員採用試験の公平性

http://www.nikkei.co.jp/news/main/20051205AT1G0502S05122005.html から

教員の6割、新規採用で縁故「有利」・内閣府調査

内閣府は5日、教員の採用方法に関するアンケート調査結果を発表した。教育委員会や学校関係者に身内がいる場合、新規採用が「有利に働く」と答えた教員は23.5%。「多少有利に働く」(35.4%)も含め、6割近くが有利との認識を示した。一方、市区の教育委員会は同じ質問に0.4%が「有利に働く」、5.5%が「多少有利に働く」と答えるにとどまっており、現状認識に大きな隔たりがあった。

調査は全国の都道府県や市区の教育委員会と学校法人の採用担当者を対象に、9月12日から10月21日に実施。回答率は60%。教員は東京都江東区の公立小中学校などから2835人を無作為抽出し、回収率は9.2%だった。

教員免許がなくても非常勤講師などで仮採用し、優秀なら本採用に移行する制度の拡大に関しては、教員は「賛成」が35.4%、「どちらかといえば賛成」も31.5%と積極的な回答が目立った。市区の教育委は「賛成」が7.6%、「どちらかといえば賛成」は28.2%となり、慎重な声が多かった。 (23:35)

帰りの電車の中で日経のこの記事が目にとまり、帰宅後に内閣府のページを調べて驚きましたね。

http://www.kisei-kaikaku.go.jp/publication/2005/1205/item051205_01.pdf の2ページ目から

参考:教員アンケート実施概要
・教員の採用に関する実態を教員の視点から把握する。
・東京都江東区の公立の小学校(43校)、中学校(22校)から、約半数にあたる小学校(22校)、中学校(11校)を無作為に抽出して調査票を送付し各校の全教員に配布した。各教員からは、郵送にて直接調査票を回収した。また、英語教材製作会社の会員リスト(英語教員が全国的に登録)をもとに、調査票を送付し、郵送にて回収した。

また、同じページを見てみますと、江東区の教員には合計652通送付し、回収されたのが129通。英語の教員へは同じく2183通中131通の回答。
滅茶苦茶回答少ないですね。都道府県47の教育委員会は100%の回答率だったそうです。ま、ヒマなのでしょう。


日経記事内の「教員」ってのは、何となく読めば「全国の教員」って勘違いすると思うのですね。しかし、このアンケート結果は「比較的公平さが保たれているであろう東京都江東区の話」であり、「縁故採用が活発に行われていそうな地方の話」ではないワケです。私は、東京とその他道府県においての教員採用の実態は知りません。教員採用が公平なのか、あるいは縁故が幅を利かせているのかということは、私の想像でしかありません。

では、身近な話をいたしましょう。
大学時代の友人には、学部卒業直後は自分を含めて教員採用浪人しているヤツも多かったのです。教員採用試験が今よりもずっと厳しい時代だったですし。
しかし、23区内の教育科学館のようなところでアルバイトをしていた知り合いの2名は、サクサクと教員採用試験に受かっていきました。私の記憶が正しければ、浪人1年目にI区の科学館でバイトしていたAくんは浪人生活が1年で終了しました。その後釜でバイトに入ったBくんも、やはり1年間のバイト生活の後に正式採用になりました。チナミにその間、私は同じ東京都の小学校教員採用試験に落ち続けたのですね。私の人物観によれば、Aくんと私の能力はどっこいどっこい、その下のほうにBくんが位置していたのです。
「あいつが採用されちまうのかよ...。元校長なんかが関係している場所でアルバイトしているのだから、優先的に採用されるかも知れないがなぁ...」とかなりクサり気味になった私でした。
教育の荒廃(存在するならば)は縁故採用からも来ているのだと思いますね。教員に様々な能力が要求されていくこの時代です。能力に欠けるのに縁故によって採用された教員の存在は無視できなくなっていくでしょう。だからこそ、内閣府とやらはそんなアンケートをやったのでしょうね。文部科学省じゃないのが面白いですね。


その内閣府のpdfはザッとしか眺めていませんが、面白かったのは13ページ目。
enquete.gif

セルロースから掌中の鼠へ

パソコンの普及によって、楽になったことと、面倒になったことがある。
しかし、インターネット(およびブロードバンド)が普及したことによって、楽になったことは多くても、面倒になったことはあんまり見あたらない。

インターネットの普及によって、教員業務で楽になったコトを一つ挙げるとするならば、「大学の入試情報が簡単に手にはいるようになった」というのがあろう。
数年前は、大学の学部名や学科名を調べる場合、いちいち電話帳のような冊子を調べる必要があった。今でも私の職場では一応『蛍雪時代臨時増刊』ってヤツを購入している。
まあ、電話帳自体が衰退の一途を辿っており、セルロース版タウンページはここ最近繰ったことがないが、インターネットタウンページは何度か使ったことがありますねぇ。

生徒ができたヒトならば、自分が出願する学部名や学科名などを間違うこともないのだろう。しかし、ヒトは間違いを犯すモノである。数パーセント程度の割合で、生徒が自己申告している学部・学科名には間違いが含まれる。大体、受験に長年付き合ってきた教員である私たちが見たとしても、現在の大学などには「間違いやすいような学部・学科名」が氾濫している。
大学は受験生を集めるために差別化を図り、学部名や学科名を特殊なモノにすることが多くなった。しかし、そこに棲んでいる教官は基本的に変化しないし、教える内容だって教官の趣味が多分に反映されていて、あまり変化することは無いのじゃないだろうか? というか、大学だからこそ、教官の専門分野を学生に叩き込むべきだとも思う。だから、心ある教官?は「また、変な学部名にしちゃって、歯がゆいったらありゃしないよ。教える内容は大して変わっていないのだから…」という場合が多いんじゃないかな?

話は戻り、以前は電話帳のごとき臨時増刊をめくり、出願締切や試験日などを知るコト自体が一苦労だった。今は自分の机に居ながらにして、出願締切や試験日などを知ることができる。楽になったものだ。

ここまでWebサイトが増加し、その情報量が増えてくると、「日本の産業は大丈夫なのか?」とか思ってしまうのですね。Webデザインみたいなシゴトって、基本的に外貨を稼げません。何で日本というクニが成り立っているのだろうって思いますね。どうやって稼いでいるの?って。まぁ、私も全然外貨を稼いだりしておらず、産業的?には何も生産していない様なモノですけれど。

まぁ、実際は日本は赤字国家なわけで、その借金が私達やその先の世代に先送りされているだけですけどね。老人は良いよねぇ。

新課程の化学ってヤツについて

本日まで3日間、冬期講習ということで高校2年生の7名を対象に化学の問題演習を行ってきた。
化学は本当に暗記すべきコトが多くて困る。私自身は高校時代、化学が一番好きな科目だったので、その暗記量の膨大さに気付かないまま無事に受験を迎えた。今回講習を受けたのは高校2年生であり、カリキュラムが大幅に変更されて2年目の世代に該当する。

現在の高3は何かと大変な学年であろう。

理科の化学を例に取ると、現在の大学1年の世代は「化学IB」+「化学II」という科目構成で高校の授業を受け、大学受験に臨んだ世代である。化学IBは4単位(週4コマ)、化学IIは2単位(週2コマ)であった。現在の高校生は「化学I」+「化学II」であり、それぞれ3単位である。
現行の「化学I」は旧課程の「化学IB」に比較すると、有機無機の「各論」の比重が高くなり、「理論」の比重が低くなった。これは受験生にとって、「暗記」の重要性が増したってコトになるのだろう。また、授業をする側から見ると、各論というのは個別の現象を並べて提示するだけになりがちであり、理科の楽しさである「へぇー、そうなんだぁ!」というコトを伝えづらい。これは困ったことである。まあ、有機や無機の実験は色々派手な実験もあるから、「楽しいといえば楽しい」ですけれど。

理系(この「理系・文系」という分類や進路指導自体がマズいという説はたくさんあるし、私もそう思う)で無い限り、「化学I」だけで化学分野の学習を終えてしまい、「化学II」を履修しない場合が多いだろう。「高校皆進学」どころか「大学皆進学」時代となった昨今である。そんなニッポンの世の中の大半をなす「文系」のヒトは、自然科学と高校時代でオサラバするコトが多かろう。そしてその「世の中の大半のヒト」は「化学というのは暗記で面白くない学問だ」という印象を持つ可能性が高い。そしてそして、化学や自然科学にクラいヒトが増え、「似非科学(似非化学)」に騙されて無駄なカネを払うヒトが増えてしまう、ハズ。
「日本の経済活動が活発になって良い」と言えるのかも知れないケレド…

そういえば「科学技術立国」とかいうフレーズを聞いた事ある気がします。小学校から高校まで、全教科の教育課程を俯瞰し、無駄な重複を省き、意図的な重複を行えるならば、このクニの教育力も上がるのだろうなぁ、って他人事のように思います。それをやるのが役人だと思うのですね。税金をばらまいて、高校生に高度な実験をさせるばかりが「科学技術立国」ってワケじゃないと思いますよ、マジで。

結構真面目に文章作ってしまいました。
で、話は戻り現高3。彼らが受ける入学試験は、先輩達が受けた試験とは内容がかなり異なるわけです。センター試験にリスニングも導入されるし、何かと大変でかわいそうな気がします。

職住遠隔?の効用

特にシゴトが遅くなった今日などは、以前の住居が懐かしく感じられる。ドアtoドアで5分もかからなかったから、お気楽な通勤であった。
職住近接は良いコトなのだが、難点があるにはある。それは「本を読む機会が減る」というコトだ。
数年ぶりの電車通勤をするまで、朝刊を開くのは、その日の夜だった。新聞記者や、配達員が「最新のニュースをいち早く」って作っているであろう「朝刊」なのに、その意味が薄れるような読み方だったワケだ。
まぁ、今の新聞には速報性を求めるヒトは少ないでしょうね、インターネットの発達があるから。

そんなワケで、歩きながら電車に乗りながら日記の文章を作成する私でした。

2006大学入試センター試験

大学入試センター試験の理科を解いてみた。
とりあえず、「化学1」と「生物1」をそれぞれ30分程で解いた。私の得点はそれぞれ85点というコトであった。今回も解答の見直しや計算のやり直しをしなかったので、「本気でやればもう少し良い点が取れるはず」と、例年のごとく言い訳をする私である。上記2科目について言えば、「それは問題として変じゃない?」という疑問を持つことは無かったッス。

私の専門である地学の問題も解かねばなぁ…って思いながら、未だ解いていないのですね。
現在、私が家で講読しているのは日本経済新聞なのだが、当然のごとく「地学1」の問題文は掲載されていない。センター試験の問題文はいろいろなサイトに存在する。これらのサイトから「紙に打ち出して、解いてみる」というコトは「反エコロジー」であるコトに間違いない。そんなわけで「画面見ながら解いてみましょうかねぇ…」っていう昨今。


ってコトで画面を見ながら「地学1」をやはりざーっと解答してみた。89点でした。3問ほど間違えたが「これはちょっと自信ないなぁ?」ってヤツばかりだったので、良しとしましょう。
しかし、クリノメーターなんて、大学時代にしか触っていないですね。マイハンマーは持っているのだけれど、マイクリノメーターは持っていないのだなぁ。
地質学の研究成果を聞くのは面白いけれど、調査自体は非常に地味で大変だろうし、あまり興味を覚えない分野なのであります。

メジロ

今朝、職場で生活指導部長のKセンセから「とある物」を貰った。
それは、生徒が拾ったメジロの遺体であった。

生徒が学校の自転車置き場で拾ったときには生きていたそうなのだが、Kセンセが預かったときには事切れていたそうである。
鳥が死ぬことを「落鳥」っていうコト、本日知りました。

なお、春から夏にかけて小鳥のヒナが地面に落ちていた場合、それには触れないほうが良いらしい。それは単なる巣立ちの練習途中であることが多いのだそうだ。下手に小鳥の雛の身柄を確保してしまったりすると、結果的にはその鳥を殺してしまうことに繋がってしまう場合がほとんどであるそうだ。
確かに私もお節介を焼いてしまい、スズメの雛を殺した事がある。小学校4年のトキだったかなぁ?

で、私が受け取ったのはメジロの成鳥だった様子である。昼過ぎに花壇の隅に埋めてきました。

鳥を埋めながら思った。「この世の中では死んでしまったまま放置され、埋葬というコトをしてもらえない、してもらえなかったヒトがたくさん居るはずだよなぁ」ってコト。

一昨年末にはインドネシアで巨大地震が起こった。未だに行方不明のヒトがいるそうである。
また、紛争や政治の不手際によって、凍死・餓死してしまい、放置されたままの亡骸も毎年増加していることだろう。

しかし、また思った。
「結局、死体はヒトでも鳥でも、埋葬されても放置されても、結局は分解されて地球上の物質循環に入っていくのだろうなぁ」と。だから、どのような死に方、どのような葬られ方をしても、結局は大差ないのかも知れないって思った。問題は生き方なのだろうってコト。


何でそんなこと思ったかというと、以前にWebで読んだ文章が記憶の端に残っていたからである。で、気になったので「水分子 コップ」でググってみたら、さくっと再発掘できた。
そして、そのサイトは数年前から私の「お気に入り」に入っていたのだった。(最近、こればっか)

その文章は私と二度めに出会う「水」ってヤツである。

こちらのサイトは面白いですよ。元々サイエンス系のライターもなさっている方らしいですから、文章が面白いし、内容も面白い。
例によって、全文章を読破したのではありませんが、少なくともオススメ文書群は以前に読破した記憶があります。


メジロよ、安らかに眠れ。

高価な電気懐炉

PentiumIII の頃はそんなに気にならなかったが、Pentium4 になってから、気付いたことがある。

なお、自宅で稼働しているマシンは PentiumIII だったり、Celeron ( Pentium II の低位バージョンだったヤツ、多分)だったり、時々 K6-2 だったりするので、これは職場のパソコン室についてのハナシになる。
なお、職場でシゴト用に与えられているノートは SeleronM であります。

私の職場のパソコン室には、40台超のパソコンが集合しているわけだ。
で、何に気付いたかというと、Pentium4 の発熱っぷりである。冬場は暖かくて良い?のだが、夏場はクーラーが効いていないのかと錯覚するときがあった。以前のPentiumIII (たしか450MHz)のトキにはそんなこと無かったハズである。
多分、それなりの発熱量になっているのでありましょう。パソコンの筐体自体はだいぶサイズが小さくなっているのですけれど、山椒の実のようなマシン?になっているようだ。


そういえば、スカートって服装は寒いらしいですよね。私は経験無いから分からないが、見た目にはとても寒そうだ。ま、夏場のスラックスやネクタイは暑いから、引き分け?かも知れませんけど。
教員ってのは授業中、大体立ちっぱなしでシゴトをするし、割と動き回る。だから、授業をしながら寒さを感じる事は少ない。
しかし、生徒は椅子に座りっぱなしだ。教室の床に近い空間は、当然空気が冷たい。ましてや、ジョシコーの制服はスカートが基本だったりする。寒いよねぇ。
ま、私の勤め先にはオプションとしてパンツ(スラックス)があるので、好みによってはそれを選択する事ができる。とても良いコトだと思う。
なお、教員である私は、「職業病」ってコトになるのだろうが、下肢静脈瘤が発達しちゃってる。遺伝的な要素もあるみたいだけれど。


で、パソコン室にて行われる「情報A」の授業に於いて、私や生徒はそのCPUの能力を活用できているのかどうかは判らん。しかしとりあえず、冬場は電気懐炉として、知らず知らずのうちに活用しているようだ。

そんなコト思った春の初日でしたとさ。

血税による血餅「理科ねっとわーく」

職場では高校2年生の修学旅行やら、中学1・2年生のスキー教室やらが挙行中である。一番多く授業で関わっているのは中学2年生であり、ホームルームを担当している高校3年生も自宅学習中なのである。つまり、授業がだいぶ少ないのだ。
そんな本日は1ヶ月以上の間「なんとかしなきゃなぁ」って思っていた「理科室でのインターネット接続」の実現を果たしたのだった。まあ、光ケーブルを公道から理科室まで引っ張ってくるわけでもなく、パソコンの設定を変更するだけだったのですけどね。しかし、日々の授業などに比較すると優先順位が低い作業であるため、延ばし延ばしになっていたのでした。
ついで?に無線LANの設定も行い、これで「理科ねっとわーく」の素材を気軽に理科室で見せる環境が出来上がったわけです。

この「理科ねっとわーく」ってヤツ、ご覧いただければ分かるのだが、結構凝った内容も多いし、相当量の血税が注ぎ込まれていそうなのだ。この血税の結晶を生徒に還元するためには血税の結晶であるパソコンが必要なのだ。そして、インターネット上に存在しているわけだから、血税によって敷設された電話回線も必要だ。しかし、それだけでも推奨環境にはならない。
基本的に必要なのは「教室等での常時接続環境」なのだ。どれだけ血税を必要とするシステムなのだい? 使用するためには相当ハードルが高いシステムなのだ。プロジェクターやスクリーンも必要でしょうし。

まあ、希望すれば、モノによってはネット上にあったヤツを郵送してくれるらしいが、それも面倒だしねぇ…

ドラえもんの道具

「ドラえもんの道具って、科学的にどうなんだ?」ってコト。私は高校くらいからずーっと考えていた。特に疑問だったのが「スモールライト」あるいは「ガリバートンネル」である。原子はどうなっちゃってるのだろうって思ったわけだ。かなり怖いのは「通り抜けフープ」の類だ。あれを間違って地面なんかに使うと、自分の体が重力に引かれ、地球の中心まで体が落ち込んでいってしまう可能性があるのでは?とか考えました。
本日超久々に『ドラえもん』を見た。噂通り、声優がだいぶ違っていた。また、他のアニメと同様、コンピューターで作られたのであろうノイズ?が見られた。タイムマシーン使用中の背景なんかも面白かった。で、その『ドラえもん』を見ていて新たに気付いた。「どこでもドア」って、ドア前後の気圧差ってどうなっちゃうのだ?って。
で、ググってみて感動しました。センター試験の理科で丁度そういったネタを扱った問題が出ていたそうです。既に4年前なのだが、知りませんでした。総合理科はチェックしてませんでした。
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問題文が知りたい方は河合塾のサイトへどうぞ。

大学の教官にも、私と同じように「真面目にドラえもんを考えている方」は居るのだなぁって、心強く思ったッスよ。この「スモールライトってどうなってると思う?」って話、何度か授業中にしたコトあるのだけど、生徒受けがあんまり良くない感じなんだよなぁ…。

ダメダメ土建国家

昨日は初訪問の土地?2箇所に行ってきた。

東京私学教育研究所あたりが関わっている「理数系教科研究会」の「見学研修会」として、「独立行政法人文化財研究所 東京文化財研究所」に行ったのである。そこの見学に行くまでは気付かなかったが、その研究所は東京国立博物館の裏手にひっそりと佇んでいた。あたかも付属品のように。その研究所筐体は強烈にカネがかかってそうな、内部には木材と岩石が目立つ建物であった。研修としてそこに勤めている方の講話を聞き、その建物内の見学をした。そこで仕事をしているヒト達は、滅茶苦茶高価そうな建物内部で仕事をしていた。それにも関わらず、彼らの会話を聞くうち、その半数以上の方々からは「シゴトするにも予算が...」というフレーズが発せられたのだった。
とても不思議な場所であった。別に土建国家ニッポンでは不思議ではないのかも知れませんけれどもねぇ。

研修が終わり、その周囲を雨の中散歩した。すると、聞いたことある菓子店の名前が目に入ってきた。パティシエ イナムラ ショウゾウである。折角だから、ケーキを買って帰宅することにした。ビビッたのは、店の前にガードマン?が立っていたことだ。そんなケーキ屋初めて見ました。正確に言えば「ドアボーイ」ですかねぇ。ケーキは美味しかったです。ま、安くはないですけれどね。私の配偶者の両親には、とても好評の様子でした。彼らが食べたのは「特製苺ロール」でした。私が食べたのは確か「ショコラフロマージュ」ってヤツ。初めての食感&味覚でありました。私は、年を取るほどに美味しいケーキに巡り会ってきた気がします。昔よりもケーキの質は全体に上がっていると思うのです。値段が高い店で購入していることもありますけれど。

で、帰宅してパソコンを眺めていたら、「Winny(とそこに生息するウイルス)でNTTの顧客情報が流出」とか聞きました。それよりも、防衛庁の方が拙いと思うのだが、不思議に報道は少ない。2ちゃんねるなんかによると、「自衛官にパソコンが公費で支給されるなんて夢の夢」みたいな書き込みもありました。

以下は「防衛庁・自衛隊:海上自衛隊の秘密情報流出事案への対応について」から引用

海上自衛隊の秘密情報流出事案への対応について 平成18年2月24日  標記事案を受けて、防衛庁として次のとおり対策を行うこととしましたのでお知らせします。

(中略)

2. 私有パソコンによる業務用データ取扱いへの対策
 私有パソコンからのデータ流出を防止するため、緊急の対策として次の事項を実施。

 職務上使用する私有パソコンについて、ファイル共有(交換)ソフトの削除を確認
 私有パソコンに保存されている業務用データについて、秘密の情報・必要のないデータを削除
 現在、許可を得れば職場において私有パソコンによる秘密の情報の取扱いが認められているところ、これを全面禁止


前述の「バカ高い建物内で"カネがない"ってヒイヒイ言ってる独立行政法人職員」や、「怪文書を発表するような自衛組織」を雇っているクニに生まれたコト、とても有り難く思えます。

二日酔いの朝、ムラサキケマン。

何だか、気付いたら3月になっていた。自宅のカレンダーの1つが先月のままだったので、それを今朝直した。そのカレンダーは2ヶ月分が1ページ?になっているタイプだった。そしてそこには、ムラサキケマンが印刷してあったのだ。

ムラサキケマン(紫華鬘)という植物名を初めて知ったのは、私の教員生活1年目のことである。恐ろしいコトに、既に13年前ではないか!!
その年は「とある私立女子中・高校」で非常勤講師をしていたのだった。中学1~3年を担当し、中学1年理科2分野の一部として野外の植物の観察を行ったのである。その当時は確か校舎が改築中だった記憶がある。そんなわけで植物の観察ができないかと思いきや、なんと「校長先生のお宅の庭を授業で使って良いよ」ってコトになったのである。それには大変感動した。「非常勤講師1年目のヤツに、自宅の使用を許可してくれるなんて、太っ腹な学校だなぁ」って。お借りするからには、それなりに予習をしなければならない。で、庭に生えている植物を図鑑片手に一通りチェックしたのであった。フキが大量に生息し、シャガなども生えていたような記憶がある。その中に、名前を知らない植物があった。それが「紫毛マン」その人(?)である。
ムラサキケマンという植物の存在は、それまで全く知りませんでした。そんなわけで、教員1年目の思い出として「ムラサキケマン」と「ダンディな校長先生」はセットになっているのです。
話は戻り、そのカレンダーは2ヶ月が1ページになっているタイプでありました。カレンダー写真の撮影者は布施正直さんという方だそうです。母の同級生だというコトなのだが、私はその方を直接知っているワケでは無い。

そして話は飛ぶ。
休日の午後に都立旧古河庭園ってトコロにバラなどを見に行った、友人たちと。あいにくの雨だった。夜には「その筋」では有名な「ざくろ」という店の予約をしてあった。しかしそれは20時からであったため、一度家で待機するコトにしたのだった。
で、私達の住居のトイレに行った友人は驚いていた。別にトイレがくみ取り式だとか、強烈に臭いとか、バラ色の小便が出たとかではない。その中にあったカレンダーに驚いたのだった。「なんで、マサナオさんのカレンダー!?」って。友人の父親は職業カメラマンであり、その友人に布施さんがいるのだそうだ。そんなわけで、布施さん撮影の植物写真カレンダーが友人宅にもあったそうだ。世界は狭い。

なお、「ざくろ」って店はかなり強烈でした。Web上には大量の文書があります。それを読むと、行ってみたくなるハズです。3000円で大量の料理に飲み放題付きでした。水煙草も面白かったです。しかし、何よりも面白いのは店長さん?の喋りです。

と、いうコトでそんな出来事を一気に思い出しました。「友達の友達は皆友達だぁ」なんて、改めて思いました。二日酔いではありましたが、多少気分が良くなった、今朝の私でありました、とさ。

感謝のココロ

昨日、3年間担当した学年の卒業式が行われた。送り出す側の私に「慣れ」が生じているのは事実である。しかし、送り出される彼女たちは1回きりの卒業式である。
もちろん、第32回の卒業式は昨日の1回しか行われないし、私がそれに出席できるのも1回きりである。突き詰めれば、昨日という日は1回しか無いし、今日も明日も1回しかない。今この瞬間も「今」しかない。
そういうことを改めて思い、日々の授業なり生活なりを真面目に過ごしていこうと思い直したのでした。
昨日は卒業式後に校内で謝恩会も行われた。卒業式での校歌斉唱もとても良かったが、謝恩会での歌が良かった。Kiroroの「Best Friend」をソロで歌った生徒がいて、私は何故だかちょっと泣きそうになった。彼女とピアニストが本気で演奏しているからこそ、私の冷え切ったココロ?にも伝わるものがあるのだろうなぁ、と思ったスよ。

リアル日記

今朝、普段とは違う通勤経路を歩いていた。春先であるためか、アスファルト上でネコが牽制しあっている場面に遭遇した。それに見とれていた私は、足の裏に違和感を感じたのだった。靴底とアスファルトの間で「何か」を転がした感覚があったのだ。直径は2~3cm程度だったのだろうか? 一般的な犬の糞を踏んだ際の「ネチョッ」では無かった。ビビッた私はその場で足の裏を確認してみた。その靴底は元々生ゴムの色をしていたが、長年の使用で汚れて黄土色~黒色になっていた。靴底が汚れていたため、特別に糞で汚れているのか、普段通りなのかが判明しなかった。以前の私なら、路上で靴底に鼻を近づけて臭いを確認するのだろう。しかし、四捨五入で40歳になってしまうらしいし、そんなジンブツが路上で自分の靴に顔をすり寄せているのは異様に見えるだろうと思ったのだ。私もオトナになったものだ。
と、云うことで靴底の問題はとりあえず放置し、数分の後に職場に到着した。靴を履き替える際に臭いを確認するという手もあった。しかし、踏んだ(阿佐ヶ谷路上フットサルのボールに使った)ものが、「糞系統」であることが確認できた場合、確実にヘコむだろう。そして、「糞系統」の香りが無かった場合、とりあえずは安心できるわけである。しかし、誰が見ているか知れない職場の下駄箱(別に下駄を履いて出勤したコト無いケド)で、出勤と同時に自分の靴の臭いをかぐジンブツなんて、ちょっとナニである。で、とりあえず暫く働き、下駄箱周辺も静まったとき、おもむろに靴を確認してみた。特異臭は感じられなかった。多分、私が靴の底で弄んだ物体は、犬の糞以外の何かだっ たノダ。

そんな本日は高校が学年末試験であった。試験監督も無かった午前中、卒業生を送り出した後の教室の片づけをした。大体きれいになったので、残されたシゴトは床掃除と荷物の移動くらいだろうか。毎回のことなのだが、卒業生を送り出した後の教室整理というのは、どうも気が進まないシゴトである。歌に例えるならば、チェッカーズの「Room」や、槇原敬之の「もう恋なんてしない」みたいな状況だろうか。どちらも10年以上前の曲だが。失恋や別離と生徒の卒業は違うものだろうが、「長くて地味な祭りが終わった後の静けさ」って感じが似ているのでは無いだろうか?

ブンブン駄文

約4年前に「私は学生時代に野球をやっていなかった。そのため、自分の野球の技術低下に落胆することはない。元々、自分は野球が上手いと思っていないから」というコトを書いた。逆に私はいつまでも「これはできる」と思っていたいことに、「受験化学の解答能力」がある。生物もやはり満点を目指すには目指すが、もともと生物を真面目に勉強したのは大学を卒業し、就職してからなのである。だから、それほどには拘らない。また、大学では地学を専攻したが、生徒で地学受験をするような生徒もほとんど居ないから、私の地学の能力?を披露する機会もあんまり無い。基本的には地学の解答でも満点を目指しますけれど。私は大学では化学を勉強したかったのだ。しかし、何の因果か地学を勉強する羽目に陥った。まあ、最終的には地学科で良かったと思っていますが、大学入学当初はだいぶヘコんでいましたっけ。
で、英語も数学もあまり得意でない私なので、「せめて化学は満点を」という思いが常に存在した。そしてそれは今でも存在する。
ここ数日、新高校3年生対象の春期講習を行っている。基本的に問題演習になるので、講習前に自分も問題を解いてみるわけだ。そして、緊張しながら自分の解答チェックをする。やはり全問正解だと嬉しい。この解答作業をしている最中は錆び付きかけた脳みそに火を入れているような感覚がある。あるいは「脳の再構築」とでも言おうか。この作業(化学の問題を解くこと)を時々やっていないと、自分の頭が自分の頭で無くなっていってしまうような、自分が自分でなくなってしまうような、そんな気がするのだ。
で、化学の問題が解けたから何になるかって云えば、何になるのでしょうかねぇ?

それはそうと、昨日今日と『女王の教室』の続編をやっている。今もやっている。あんまりドラマには没入することが無い私なのだが、このドラマは見入ってしまう。見ていて辛くなるような筋であるが、それでも見入ってしまうのだった。
阿久津真矢の臭いセリフは許せる私だ。坂本金八は生理的に受け付けないが。
今回の『女王の教室』の難点を挙げるとすれば、CMがミョーに多いコトだ。レギュラー放映当初には、その強烈な展開から悪評が相当に立ったらしい。それでも放映を続けるうちに理解者?が増え、特番にスポンサーが付きまくるほどに市民権を得たということだろうか。
何よりも脚本が良いのでしょうね。役者も良いけれども。ってか、私が気に入ったドラマだから、何もかも良く見えてしまうのかも知れないが。

平日、変な時刻の書き込み

平日の早い?時刻に日記なぞを更新すると、なんだか人非人であるような気がする昨今です。そんな今日、私は堂々と更新してしまうノダ。
何故なら、本日、私の職場は休業日だったりするからだ。一応職務規定的には週休1.5日が基本であり、週の労働時間は約40時間である。現実には41.25時間になるのです、クミアイ活動をしている私の計算によると。これって、明らかな労働基準法違反である気がするのですね。まあ、鳥肌実様みたいに「パン工場勤務」ではありませんから、「巨大なジャムパンが」1日中、8時間連続で「攻めてくる」わけではありません。しかし、そうだとしても、学校の勤務ってのは恐らく公立も私立も、休憩時間なんて無いに等しいのでしょうね、普通に働ける(働かされている)ヒトであれば。
私は公立学校勤務ではないので詳しくは知らないが、そこでは1日の実労7.5時間を基本としているらしい。それに休憩時間がプラスされる様子です。でも、1日にセンセイが7.5時間だか8時間だけ職場にいて、その後は速攻で帰れるという学校って、ほとんど無いんじゃないかしら?

世の中では基本的に「残業80時間」がひとつの目安になるらしい。何の目安かといえば「過労死」である。と、いうコトは、手に職を持っているヒトが趣味でブログなどを営業している場合、1日に大体2時間40分以上費やしてしまうと「ブログ過労死」と認定して差し支えないのだろう。

じゃなくて、どう考えても私の職場ではこの「死んだら過労死」と認定されてもおかしくない人々が「コロコロ」いる。「ゴロゴロ」とまでは言わないくらいってコト。私自身は、月~金曜日はおよそ3時間「職務規定外の労働」をしている。また、大体2週間に1回存在する土曜日の出勤では、およそ5時間「職務規定外の労働」をやっている。ってコトは、1週間あたりで平均すると18時間程度の「残業」を行っていることになり、月80時間に丁度引っかかってくるくらいの「残業っぷり」を披露?していることになるのだ。最近は部活動の試合の引率が減っているから良いが、約3年前は、休みが極端に少ない1年間を過ごした。夏休みは情報科の免許取得のための研修も「職務命令」として突っ込まれてた。

大体、職場では私よりも常に帰りが遅い方がいるので、働き過ぎ(働かされすぎ)を懸念している。また、ほとんど年中無休&微給で部活に精を出している方もいらっしゃる。部活の指導が何よりも好きならば、休日の部活動指導はそれほど問題ではないかも知れませんが、どうなんだろう?

昨今はタイムカードを置いてある学校もあるとか無いとか聞いているが、学校という職場に限らず、家に持ち帰ってシゴトをしている職業人も多いだろう。だから、タイムカードを置いたからといって、残業および過労死の抑止力になるかといえば、その効果には疑問を感じる私だ。裁判沙汰になった事例に、「タイムカードをとりあえず押してから、深夜に勤務を続けて死んだヒト」ってのもありますしねえ。また、仕事の速さには個人差があるだろうから、長時間働いたからといって、「仕事をたくさんこなした」とは言えない面があるのも難しい。さらに、その人が気合いを入れて行っているシゴトでも、職場全体から見て必要なシゴトであるかどうかを見極めるのは難しい場合もあろう。その辺のシゴトの割り振りは「管理職」と呼ばれる方がきちんと行うべきなのだろうが、さっさと帰っちゃう管理職だったりすると、更にその辺の判断は難しいのでしょうねぇ。逆に、その部下も「管理職!何やってんだぁ!おい!」って突っ込めるほど、管理職のシゴトっぷりを把握できているワケでも無かろう。
そして、学校という場に限らず、「シゴトはできるヒトに回ってくる」という面もあるのだろう。だから、更に問題は複雑だ。
なお、基本的に私は、試験問題の作成とか、その採点を除いて、自宅にシゴトを持ち帰ることはしない。

基本的に上の話は「勤め人」全般について記したつもりだが、第一次産業みたいな世界になってくると、シゴトとそれ以外の時間を区分することも難しいのかも知れない。

オチが何だったか忘れた。というか、元々オチは存在しないのだ。
何しろ、今日、私の職場が休みなのは、3月になってからこれまで、土曜日の休業が1回も無かったコトの埋め合わせであるらしい。まあ、年間予定に於いて、この3月の休日の配置は、最初から決まっていたことでありますけれどね。

小学校での英語教育に思う

日経新聞(電子版)http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20060327AT1G2600727032006.htmlを読み、「ふーん」と思った。

英語、小学校で必修に・中教審専門部会が提言
国際的なコミュニケーション能力の育成が課題となっているなか、中央教育審議会の外国語専門部会(主査・中嶋嶺雄国際教養大学長)は27日、小学校から英語を必修にすべきだとする報告をまとめた。これを受け文部科学省は2006年度中にも行う学習指導要領改訂で、小学校のカリキュラムに英語を導入する方針。全国一律に小学校から英語教育が行われることになり、戦後日本の学校英語教育は大きな転換点を迎える。
英語教育の開始学年と授業時間数について、報告は「中学との円滑な接続を図る観点から高学年において必要性が高い」などとして、5年生または6年生から平均週1回程度、必修化する方向性を示唆した。 (16:01)

恐らく、日本のそこら中で繰り返し述べられていることであるが、私も一応思うところを記しておこう。それは「外国語の前に、まずは日本語じゃないの?」ってコトである。一般的な話をしても面白くないので、個人的な体験を話そう。

これは毎年のことなのだ。業者に頼む高校生向け学力テストの結果データが帰ってきて、かなりビビる。それは「マークシート用紙に、自分の名前をローマ字でマークできない生徒の率が増えている」というコトである。
私の勤め先は偏差値的には「中堅」といえる場所に位置していると思う。受験産業に関わる業者の設定する「ランク表」を見る限り、入ってくる生徒の学力レベルは、毎年同レベルを死守?しているか、若干上昇傾向にあると言って差し支えないハズだ。
しかしながら、年々、「マークミス」あるいは「ローマ字ができない生徒」が増えているようで、業者から帰ってくる生データには、日本人としてあり得ない名前の生徒の混入率が上昇している。

具体的に言うと、学校側で把握している生徒の情報(漢字の氏名やふりがななど)に、業者から届いた生のデータを結合させる際、学校側のデータと業者からのデータに不整合が生じる割合が年々増加している気がするのだ。
例えば「山田太郎」という名前をローマ字にすると「yamada taro」となるハズだが、業者から届くデータには「yamada taro」が存在せず、「yanaga taro」さんが居たりするワケだ。子音のアルファベットを間違えているくらいならまだ可愛いのである。マークミスや勘違いの可能性もあろうから。しかし、本当にビビってしまうのは、母音のアルファベットを間違えたり、子音も母音も間違えている場合である。

そのような生徒は、中学で「わざわざ3年間も勉強したはずの英語」以前に、ローマ字が身に付いていないのでは無いかと考える。ローマ字というのは小学校4年生で学習するべきものだそうだ。これは現行の学習指導要領にも記してある。

で、私は「小学校4年生の段階で徹底的にローマ字を学習させるべきだ!」って主張をするのかと言うと、そういうわけでもない。劇的にローマ字が書けない生徒ってのは、ローマ字の前段階となるはずの「五十音表」すら書けずに小学校を卒業してしまっている可能性が高いと思われる。

「幼稚園や保育園で文字の読み書きを修行すべきか否か」という問題は難しい。しかし、義務教育である小学校1年生の段階では、「五十音表がソラで全部書けなければ、家へ帰してもらえない」くらいのスパルタ的な厳しさが必要なのではないかと思うのである。
小学校の時点で「五十音表」と「ローマ字」を完璧に覚え込ませ、その上で英語教育を展開する意志があるならば、「小学校の英語教育」を許すよ、私は。それができないなら、小学校ではひたすら「読み書き算盤」ですね。私はソロバン使えないケド。

なお、高校生に理科、特に化学を教えていて思うのは「四則演算ができない生徒が居て困る」ということである。
まあ、実際の化学実験をやれば知るのだが、「有効数字3桁」というような厳密な実験は、そうそう実際に行えるものではない。しかし、それだとしても、「受験へ向けての修行」として化学の計算問題などに取り組む際には、きちんと間違いなくかけ算や割り算をやって欲しいと思う私である。また、問題文に書かれている日本語にも慣れて欲しいとも思う。問題演習を繰り返せば、理科の試験問題における文法?も、だんだんに身に付くものなのですから。

がっきゅーうんこ

明日から新年度の授業が始まる。

もう何年になるのか忘れたが、担任するクラスには「学級文庫」が置いてある。基本的に私が読み終えた文庫本で、面白いと思ったものを置いてある。単行本は大きすぎ、高すぎるから買わないのだ。鞄に入れて通学途中に読むには単行本は大きすぎる。ただ、最近はブックオフなどでベストセラーの単行本を投げ売りしていたりするから、そちらを購入することもある。
本日、明日の始業式へ向けて「文庫」の在庫をチェックしていたところ、『世界の終りとハードボイルドワンダーランド(上)』と『コインロッカーベイビーズ(下)』が無くなっていたことに気付いた。誰か卒業生が持って行ったのだろう。もしかすると捨てられてしまっている可能性もあるが、良い方に解釈しておくのだ。
私が必ず「文庫」に置いておくのは『少年H』『リング』『TUGUMI』『ノルウェイの森』あたりだ。この文章書いていて思い出したが、『ライ麦畑でつかまえて』も無くなっていたなぁ。上下巻に分かれている文庫本だと、無くなっていることに気付くが、1冊で完結するような作品だと、無くなっていることに気付かないことも多い。『アルジャーノンに花束を』は残っていた。
「本を読むのが苦手だ」って生徒には『リング』を勧めますね。あの物語は面白い。また、それなりに厚さがあるから「本を読んだ」って実感が得られる。映画化もされてますから、馴染みがあるはずだし。

昔飛んだ窪塚

「平成14年度 新教科「情報」現職教員等講習会 Eグループ ネットワークの基礎 演習」が役に立った、かなり。
10BASE-TのケーブルにRJ-45モジュラープラグってヤツを圧着するだけなのだが、3年半前のあの講習がなければ今日の作業は行えなかったはずだ。
昨日から、職員室の一部でLANの接続が不安定になっていた。結論から言うと、ハブの使い方を間違えていたのだが、LANケーブルのプラグ部分が不安定になっていたので、ケーブルを一部切断してプラグをつけ直したのだった。できるヒト(電気屋さんとか)には至極簡単な作業なのだが、あまり普段やらないコトやったのでシゴトをした気分になった。実際、少なくとも30分以上は床の埃などと格闘したわけである。また、この作業はお勤め先に於いて、私ともう一人の先生しか出来ないだろうってコトにも優越感を覚えた。やはり、シゴトをする際には、自分で自分を褒めながらやらないとね。

真面目に plan do see

私、本年度は高校2年生のクラスを担任することになった。
今の職場に専任教諭として就職して、この4月で12年目となった。ずいぶん年を取ったものだ。最初の2年間は「副担任」というコトで、クラスの担任はしていなかった。その後は「高校1年→2年→3年のクラス担任」を3回繰り返した。割と順調な道のりだったと言えよう。今年は高校2年生の担任となり、入学式で担任として新入生を迎えることは無かった。3年間のうち、一番緊張するのが入学式である。こっちも向こうも勝手が分からないから、最初のうちは気詰まりな時間が流れることも多く、いろいろと大変なコトが多い。それに比較すると、入学してしばらく経過した生徒の相手をするほうが、いろいろと楽である面が多い。

本題に入ろう。
今年改めて感じたのは「授業の記録をパソコンに打ち込んでおくと、何かと便利であるなぁ」というコトである。
基本的に授業に向かう際には「前回どこまで授業をやった」というコトを書き込んでおくノートを持参する。「指導週案」という名称で売られているらしい「業界向け」ノートである。このノートが無いと、私は授業に行くのが不安になる。同じ内容の授業を3クラスとか4クラスとか担当している場合、どのクラスにどの授業を行ったのかが分からなくなってしまうからだ。古き佳き?先生方だとそういった「指導週案」などを持たずに、教科書1冊だけ持って授業に望む方もいらっしゃるのかも知れない。しかし、そういう方は多分絶滅寸前であるだろう。
私は高校のトキに、同じ先生から同じ内容の授業を繰り返して受けたことがあった。クラス内の誰も文句を言わず、指摘もしなかった記憶がある。この記憶は恐らく「模造記憶」ではないはずだ。今から思えば「こんな気合いの入っていない授業を、先生はやっていて良いのですか?!私たちは授業料を払っているのですよ」って刃向かっても良かったのだろう。昔の気概ある高校生ならば、そのようなこともあったのかも知れない。平成元年卒業の私たち、優等生なのか劣等生なのか分からないが、垂れ流される授業を聞いているだけだった。

今のハナシに戻ります。
一昨年の授業の記録(ワープロ「一太郎」で作成)を発掘してみたところ「そうか、そういえばこんなコトやってたカモ知れない」って思い出すことが多かったです。1時間ごとに記録を取ってあるので、それを踏襲するだけでも、それなりの授業は展開できそうな気がしてきました。新学期バタバタしていますが、だいぶ気持ちが楽になった。
数年間分の「板書のためのノート」は保存してあるのですが、1学期なり1年間なりを見通して考える場合、板書に使ったノートを見るだけでは全体像が見えません。また、実際に使用した手書きの「指導週案」は、B5版で厚さが1cm前後あり、保存性が良くない。
それに対して、パソコン内で記録を取った場合、後から閲覧するのも大変に楽です。昨年はエクセルで記録したため、そっちの方は更に使い勝手が良くなっています。まあ、実際は授業の記録を入力するのはそれなりに手間です。しかし、後からの再利用を考えた場合、手間をかけるに見合うだけの効果が得られる気がしました。昔に行った授業展開を推敲していけば、更に良い授業が展開されるハズです。

天体観測

明日は中学2年生の希望者に対して「天体観測」を予定している。パソコン上、Outlookにも「天体観測」って予定が入れてある。そして、同期しているケータイの予定表にも「天体観測」って文字列があるワケだ。
ってコトで、やるべきシゴトを確認する度、私の脳内でここ数日、BUMP OF CHICKEN の『天体観測』が流れているのでした。

この曲を最初に知ったのは、大学時代の友人のカラオケでした。彼とカラオケに行く機会がある度、この歌を聴かされました。その熱唱を聞くうちに、この曲は私の脳みそに焼き込まれたのであった。
名曲だと思いますね。

明日の夕方は晴れて欲しいなぁ。土星と火星が見えるハズなのです。

博識な中学生

天体観測、無事終了。

本日の東京は昼間に雷雨もあった。しかし、レーダー画像や気圧配置図を見る限り、雷雨は去ってしまうと思われたため、安心して過ごしていた。予想通り、午後から夕方は快晴となった。彼女たちの日頃の行いが良かったのだろう。

やはり、見て面白いのは土星である。望遠鏡でそれを見たある生徒が「ビビアンだぁ!」って言ってた。「ビビアン」とは Vivienne Westwood である。知ってますって?土星に十字架がおっ立ってるロゴ?がトレードマークのブランドだぁな。近頃の生徒は博識であります。私がそのブランドを知ったのは、2,3年前です。配偶者から教えて?もらいました。

土星に十字架が立っているのって、最初は「なんか、悪趣味だなぁ」って思ったのです。しかし、見慣れるうちに可愛いような気がしてきました。慣れというのは不思議なものです。

教育基本法

教育基本法ってヤツが改正されようとしているらしい。この10年以上、私は教職ってヤツに就業している。

ここ数ヶ月、いろんなサイトを見ていて、自分なりの思いをこの場で披露しようかと思ってた。しかし、どうもまとまらなかった。

そして、今日改めて気付いた。「教育基本法あるいは、その改正ってヤツについて、職場の同僚と話したことは無いな」って。職場のヒトと話さないような内容を、ここに書いても仕方ないし、書いても意味がないだろうって。

法律が改正されたとしても、基本的に私のシゴトが劇的に変わることは無い気がしてきた。勤め先は私学ってコトもある。なにしろ、以前から思っているように、「真面目にコツコツ、自分が楽しいと思うことを続ける」だけである。

「教育は人なり」って言葉がある。「人は、身近なかっこいい人の真似をしがちだ」ってコトだろう。私から見た「かっこいい人」はそこら中に存在する。
両親。お世話になった先生たち。影響を与えてくれた友人。日頃お世話になっている同僚。ネット上で知り合ったヒト。

彼らから得たモノを消化・昇華し、私というモノを高めていけたら良いと思う。

不揃いのデータたち

職場では、最近ひたすらパソコン上の作業をしている。生徒の選択科目登録をしているのだ。こいつをやらないと、中間考査後に行われる、全校的なパソコンでの得点入力作業に臨めない。

近年、私の職場もパソコンの使用が浸透してきている。そのため、何らかの集計を行う場合、紙に書いた情報を人様に提出するのではなく、予め書式を設定しておいた Excel・Access・桐 などのファイルにデータを入力する場面がある。私が依頼することもあるし、依頼されることもある。こういった場合、パソコンに慣れているヒトと、慣れていないヒトでは、入力するデータの質に、劇的に差が付いている気がする。しかし、画面上では分からなかったりする。
私が他人のパソコン習熟判定に用いる「リトマス試験紙」、それは「スペース」という文字の扱いである。

私が誰か(例えばクラス担任)にデータの入力を依頼する場合、基本的には「コード化したデータの入力」をお願いする。そして、間違ったコードを入力すると、画面には文字などが出ないようにしておくのだ。そうすると、入力されたデータが不揃いになることが基本的に回避される。

しかし、人様が作成された入力フォームなどでは、勝手な文字列を入力できる状態になっていることが多い。その結果、生徒の氏名などの後ろに「無意味なスペース群」が続いたり、何も入力されていないと思っている「セル」に「スペース」が入り込んでいたりする現象が起こる。

職場では「情報処理部」ってヤツに所属しているので、最初に書いた「選択科目登録」を行っているのだ。いろんなヒトが関わって作成されたデータを照合したり、並び替えを行ったりしていく。その途中、「スペース入りのセル」に結構出くわすワケです。
本当はムダな文字列を排除するように、関数等を用いてそいつらを除去してしまえば良いのかも知れない。でも結局、ひたすら検索&置換を行ったりするのですね。

結局、人力での「検索&置換」のほうが安全で早いような気がするのです。私が扱っている「データの量」と「不揃い加減」を勘案するに。

エステルと恩師

月曜日の選択化学Iの授業へ向けて、チョコチョコっと試薬を用意した。

アルコールとカルボン酸からエステルを作成する演示実験である。生徒にやらせても良いのだが、時間短縮のために、そして濃硫酸を用いるので安全のために、私がやってしまうことにした。

私はこの実験をやるたびに、都立小石川高校時代にお世話になった安楽貢先生を思い出す。私が一番好きだった先生である。
異様に舌っ足らず?な先生で「皆さん」ってコトバが「みなしゃん」になったりするのでしゅ。って、書いてましゅが、私が教わった時は定年近かったのじゃないかと勝手に思ってる。

NHK学校放送の化学講座にも出演なさったことがあったそうなのだ。なお、安楽先生の姿は現在の職場で、ビデオ映像として拝見したことがある。私の職場の理科の先生が、出張か何かだったのだ。代理で授業監督に行ったトキ、生徒に見せるビデオの中に安楽先生がいらっしゃった。例によって舌っ足らずだった。
私が高校生の時は、ひたすら実験をやらせてもらったので、NHKのテレビ番組などを見る閑は無かった。ほとんど毎時間、化学の授業は実験であったような記憶がある。その当時は「実験大変だし、レポートは一応作成するものの、意味がイマイチ分からないしなぁ…」って思っていたのだ。
しかし、高校3年となって改めて受験勉強を進めるにつれ「そうか、あの実験にはそういう意味があったのか」って思うことが多かった。やはり、実験を「やらない」よりは「やる」ほうが、圧倒的に記憶に残るのである。そして、受験勉強として化学(や物理)などを自分で勉強する際には、その「実験の記憶」が圧倒的な力に変わるのであった。
実験は重要だ。

で、あれから20年近く経過したのだが、エステルの実験をやる度、安楽しぇんしぇえに理不尽?に怒られた記憶がよみがえるのである。

エステルというのは、香料に使われる物質である。ってか、天然の香料にはエステルが含まれることが多い。大して良い香りでない「アルコール」と「カルボン酸」を脱水縮合(エステル化)させると、果物っぽい香りや花っぽい香りの「エステル」に変化するのである。
高校3年生の時だった。安楽しぇんしぇえが授業中に「これは何の香りだ?」って質問とともに、エステルを私達「昭和63年度高校3年生 安楽の化学選択者」の生徒に与えた。
与えられた物質、確かに甘いような香りがするものの、これといって「果実名」や「花の名前」が思い浮かぶような代物ではなかった。そのため、私は「んー(何と表現すればよいのだろう)」って感じの反応を続けていた。すると、安楽先生は珍しくキレかけ「これはバナナだろう!」「これはパイナップルだ!」みたいに、断言なさった。
珍しく安楽先生がキレかけたってコトで、また、ちょっと釈然としなかったデキゴトだったため、私の中では妙に印象に残っているのでしたとさ。

なお、酢酸エチルってのは化学教育界?では「パイナップルの香り」であるともいわれる。厳密には「パイナップルの香り成分に含まれている」ってコトらしい。私は毎回思うのだが、酢酸エチルの臭いに一番近いのは駄菓子屋で売っているおもちゃのポリバルーンである希ガス。私が教えている生徒達も大体そういう反応をする。なにしろ、パイナップルの香りとは思えない希ガスる。

被授業参観

本日、職場では中学校で「授業参観」が実施された。
本年度も昨年度までと同様、年に1日しか開かれないハズだ。そして、そのうちの午後の1時間だけ公開される。

今までは、時間割の関係で「参観」していただく機会がなかった。しかし、とうとう中学生の保護者の方々に、私の授業を見て頂く機会がやってきてしまったのだった。
やはり、それなりに緊張したのだった。生徒も普段よりは真面目であった気がする。

今日の授業披露では、別に「手に汗握る」とまでは行かなかった。私も成長したものである。
ただ、今日の放課後は妙に腹が減った気がした。普段の授業よりも余計に頭を回転させることにより、体内のブドウ糖が消費されたのだろうか? 昼食のカロリー量なども普段と大差無いハズなのだ。
逆に言うならば「普段から、腹が減りまくるほど、真面目に頭を回転させて授業をせよ」ってコトになるのだろうか。

なあんて、思った本日でありました。


なお、授業は太陽系の惑星などについて学習したのだが、数年来この範囲は盛り上がるのだ。何故なら、セーラームーンという人々(?)の活躍により、惑星の英語名が中学生女子には浸透しているからである。私が小さい頃はセーラームーンという人々は存在しなかった。その頃は天文オタクでない限り、マーキュリーだのヴィーナスだのといった惑星の名称は知らない輩がほとんどだったハズ。
ただ、今の中学生はベルクカッツェとかいうコトバを発することは無いだろうから、ドイツ語の習熟には若干の問題がある、…コトも無いな。

キシレンに思う

「オルト・メタ・パラ」ってコトバ、ご存じか?
知らない方は読み飛ばすか、これを機会にお勉強お願いします。

上記のコトバたちは、それぞれ o- m- p- って表記される。
xylene.gif
上の図は、左から o-キシレン m-キシレン p-キシレン であります。これを知らないことには、化学受験をしようとは考えない方が良いのでしょう。

で、o- m- p- は、それぞれ "ortho-" "meta-" "para-" って綴るのですね。

2006年6月17日現在の化学接頭辞・接尾辞一覧 - Wikipediaから引用します。

オルト(ortho)は'正規の'という意味のギリシア語に由来し、ベンゼン等の六員環の化合物において、1位と2位に置換基が結合していることを示すために用いる。

メタ(meta)はベンゼン等の六員環の化合物において、1位と3位に置換基が結合していることを示すために用いる。

パラ(para)は'反対の'という意味のギリシア語に由来し、ベンゼン等の六員環の化合物において、1位と4位に置換基が結合していることを示すために用いる。


ウィキペディアは「メタ」の説明を何故か避けている。

ネット上で他のサイトを見てみても、「オルト」と「パラ」は同じ様な説明がなされていることが多いし、多分その説明で良いのだと思う。オーソドックスorthodox とか、パラドックスparadox なんてコトバはニホンゴとしても使われていることだし。

私が気になるのは「メタ」の語源である。
こいつを「次の」とか「後の」って説明しているサイトを見かける。
「メタ(meta)」には小学館の『ランダムハウス英和大辞典第2版』を見る限り、「間の」って意味もあるようだ。化学で用いる「メタ」はこの「間の」を使っているのではないかの思うのだな。


ま、語源なんて調べ出すと切りがありませんから、とりあえずここまで。

芳香族有機化合物の meta の意味

昨日の続き。
前述の「meta」の語源は数年間謎のまま放置していたので、その語源について、もうちょっと調べてみた。

試しに、「ortho meta para meaning」でググッてみた。パソコンは便利である。
その筆頭にあげられたページ Ortho,meta,para. Text - Physics Forums Library に依れば、

meta is easy - coming from Greek meaning 'among' or in between (as in metastable), is the state in between ortho- and para-.
とのコトであった。私の類推?と同じである。

ただ、他のページには

The prefix“meta-”comes from the Greek meta,meaning“following or after”.
ってな記述もあったりして、これは旧来?の説と同じなのであった。

以上でぇす。

大体、何でこんなコトを調べだしたのかというと、高校2年の選択化学の授業で扱う範囲だったりするからなのであります。ま、長年放置してきた疑問が少なからず解決し、ちょっと賢くなった気分である。

日記以外を更新しました。

久々に日記以外のページを更新しました。

八つ子妊娠に関する生徒の意見 2006年6月版

職場では「スクールヨミダス」ってヤツに契約しているので、「八つ子」でヨミってみた。
読売新聞でも、1996年イギリスでの「八つ子妊娠」のニュースを扱っていたことを知った。

実は私、今日初めてこのシステムの恩恵にあずかった気がするのだ。安くないシステムであるし、もっと使い倒していこうと思ったのでした。なお、このシステムを使う際には、「固定グローバルIPアドレス」や「検索画面にアクセスするためのID、パスワード」が必要なのだそうだ。職場でこの「スクールヨミダス」を使用するために、パソ通の先生が自動的にログオンするページを作ってくれてある。そのため、IDやパスワードの存在は意識せずに使える。

私はハッカーではなく、ハッカーになろうという意志もないので、このシステムは普通に職場内で使っていこうと思うのだった。

私立学校における「非正規雇用」

http://www.asahi.com/business/update/0630/136.html から

仕事同じならパート賃金社員並みに 厚労省が法制化検討
2006年06月30日15時24分

 厚生労働省は30日、パート社員と正社員との賃金格差などを是正するためパート労働法を改正して処遇改善に取り組むことを決めた。正社員と同じような仕事をしているパート社員には同じだけの賃金を払うことなどを法律に明記し、企業へ指導を強める方針だ。同省の労働政策審議会雇用均等分科会で議論し、来年の通常国会への改正案提出を目指す。

 93年にできたパート労働法は、企業にパート社員の雇用管理の改善を求めたが、具体的な基準がなかった。03年の「パート労働指針」には、▽仕事の内容や責任が実質的に正社員と同じなら、同じ賃金表や査定方法を使う▽正社員と異なる場合も、一律いくらではなく、能力や経験に応じて評価する「均衡処遇」をとる▽正社員への転換制度の創設――などが盛り込まれたが、強制力がなく行政指導が出来なかった。

 同省では、これらの措置を法律に明記して、企業への指導を強めたい考え。また、処遇の改善だけでなく、能力開発など「機会の均等」についても、盛り込むことを検討している。

 週の労働時間が35時間未満のパート社員は、05年で約1266万人で、雇用者の4人に1人を占める。店長など基幹的な役割を担う「戦力化」も進み、女性だけでなく、男性もこの10年で120万人増えている。

 一方で正社員との賃金格差は、女性で正社員の71%、男性で63%(05年)と開いたままで、昨年、同省の外郭団体が実施した調査でも「正社員的パート」なのに、賃金は正社員の7割以下しか払っていないという企業が、全体の28%に上っていた。


上のニュースは良い知らせであると思う。
私自身は「正社員」というか「教諭」として私立学校に奉職している。
私の友人には私立学校に「常勤講師」とか「専任講師」という名の職に就いている・いたヒトが複数存在する。

つい先日、東京私立学校教職員組合連合(東京私教連)から「常勤(専任)講師の賃金・労働条件」って調査結果をまとめたヤツが届いた。この「常勤講師」ってヤツ、幸いにして私の職場には存在しない。なお「非常勤講師」は私の職場に存在するし、私も過去2年間、その職として勤務していたことがある。
「常勤講師」という職業、学校法人によって仕事内容や待遇に違いがあるらしい。私が聞いてビビるのは「"常勤講師"という名称で、クラス担任や部活顧問もやらされているのに、ほとんど同じシゴトをしている"教諭"より給料が安いヒトが居る」という現実だ。

こういう現象・役職(?)は、学校に限らず、企業でもあるのでしょうね。いろんな名称があるのでしょうが、俗に言う「非正規雇用者」ってヤツですね。正社員と同じシゴトをやらされているのに、給料や保障が制限されているというのは良いことではないハズです。
社員を育てるという意味では、ちょっとばかし能力が足りないと思われるようなヒトでも、正式に雇用するのが良いのではないかと思うのです。多分、私も昔は職場の先輩からそう見られていただろうから言います。別に今が完璧だなんてコトも言いません。
社員を増やす場合、ケツの青そうな兄ちゃん姉ちゃんだとしても、雇うならば先輩たちと同じように、きちんと給料を払う方が良いと思うのです。そうして一緒に汗して働いていけば、その会社も発展していくのではないかと思うのです。
また、特に学校などでは、ほとんど同じシゴトをしているのに立場が異なるってのは、変な軋轢が生まれそうですし、教育効果にも悪い影響が出るのではないかと思うのですね。

繰り返しますが、私の職場には「常勤講師(≒教諭)」という職が無くて良かったと思うワケですわ。

公平なテスト

とりあえず、答案の採点も完了。
この答案を生徒に返却した後は、成績通知票その他の作成が待っているわけだ。
テストについてひとネタ。

大学時代、印象に残っている授業がある。それは「教育評価」という授業だったような…
「テストをなるべく公平に行うには、いくつか要点がある」という話だった。まあ15年くらい前の話だから、古い理論になっているのかも知れないし、私の模造記憶が入っているかも知れないけれど。

以下の2点を覚えている。

1.「再生式」よりは「再認式」
2.採点する際には「誰の答案か」を気にしないようにする

最初の要点の「再生式」とは、要するに「穴埋め問題」である。「再認式」とは「多肢選択問題」などのコト。「再認式」の方が、教員(出題者)の思いこみを排除できるという利点があると聞いた気がする。
やはり私の模造記憶かも知れないが、中学校のトキ、技術科などの試験問題では妙な部分が「穴埋め」になっていたコトがあった。用語などが穴埋めなのではなく、動詞や形容詞などを埋めさせる設問があり、出題者(センセイ)の主観で×をつけられたコトがあったような、無かったような。ああいうのは嫌いだった。都立高校に行くには、内申は重要なんですぜ、センセイ。
そんなわけで、私は教員になってからというもの、多肢選択式を多用しているのだった。解答用紙には記号が並ぶことになるから、採点もやりやすいというメリットがある。

二つ目の要点は、「答案を公平に採点するためには必要」と聞かされた。「まぁ、確かにそれはあるだろうなぁ」と感心したし、だからこそ覚えているのだろう。ただ、この要点、私のこの10年以上のキョーイン生活に於いて、未だかつて実行したことが無い。最も公平に採点する為には、氏名記入欄を裏面に作成しておき、回収後の採点では答案をシャッフルするのが良いのだろう。当然考えるだけでやったコトはありましぇん。
私が答案を採点する際は、生徒の氏名を確認しながらってのが普通になってる。採点しつつ、「そうか、コイツでもこの問題はできないんだ」とか、「へぇ、コイツって割とデキるんだなぁ」とか思ったりしてる。


なお、「テストの公平さ」と、「良いテスト問題かどうか」というのは、別次元の話なのでしょう。お間違え無きよう。

私は小学校教諭1種免許状・中学校教諭1種免許状(教科:理科)・高等学校教諭1種免許状(教科:理科)・高等学校教諭1種免許状(教科:情報)の4枚の免許状を持っている。

免許状を確認するのに、5分くらい家の中をうろうろしてしまった。この免許状を紛失すると、お仕事を失ってしまうことになるのだろうか? よく分からないが、免許状がちゃんと手元にあって良かったと思う。この免許状、以前職場に提出したことがあった。基本的には「学校」という場所は、「免許状」を持たないと働けないトコロであるらしい。

今回免許状を確認している最中、改めて知ったことがある。それは「再交付」についてである。免許状と一緒に保管してあった紙には、以下の文言がある。

教育職員免許状は大切に保管してください。
免許状の再交付は、火災による焼失、風水害、盗難等の事実を、関係官公庁が証明(り災証明書等)する場合に限り行います。この場合、理由を明記し、返信用封筒を同封のうえ、「教育職員免許状再交付願」の用紙を請求してください。

調べたら、ネット上にも同じコト書いているページを発見した。私は東京都から免許をもらっているので、以下のサイトも東京都教育委員会内であります。

教育職員免許状の再交付について

そこにはこう書いてある。

紛失・遺失の場合は、再交付はできません。
これは知らなかった。単純に無くしてしまった場合、免許は永久に失われてしまうのだろうか。まあ、免許をなくしちゃうようなヒトには、センセイは任せられないってコトなのだろう。生山先生(参照?)は免許ちゃんと持っていたのかなぁ?
この更新制が実施された場合、ペーパーティーチャーさんの場合は、免許を更新しようとしても、免許自体を紛失しているコトも多いのじゃなかろうか? そういったヒトビトの場合、更新の講習を受けようにも、講習自体を受講させてもらえないというコトが起こる可能性が考えられる。永久に免許は喪失してしまうことになるのかも知れない。

しかし、教員免許にも期間限定バージョンがある。例えば、「特別免許状制度」でググってみると、そういった情報を得られる。


「免許更新制」は「学校という場における、免許の存在重視」に繋がるであろう。それは、昨今良く耳にする「開かれた学校」っていうフレーズとは、すこしぶつかる気がする。「社会人講師」みたいな存在は、今後もだんだん拡大されていくと思うのだが、「免許更新制」はそれに逆行していると思う。
ま、文部科学省の迷走には慣れているし、中教審ってヤツのメンバーだって、私の知らないオッサン・オバサンがほとんどだ。なお、私が知っていたのは29名中、野中ともよ・野依良治・増田明美・湯川れい子の4氏だけ。ここは一発、知り合いってか上司である「正論・毒舌オヤジ」の野原明氏にもメンバー入りを果たしてもらいたい、何となくね。

私も「免許更新制」が実施されるようになったらば、「長いものには巻かれろ」で30時間?の講習を受けるのだろう。講習を開く、免許を再交付する側の方が、絶対的に面倒なハズ。免許を交付してもらう側で良かったよ。

夏休みも終わるなぁ

夏休みも終わってしまう。
私の勤め先は学校なので、普段に比べれば8月はお気楽な季節である。

そして、私は小学生時代から相も変わらず、夏休みの宿題に追われてしまったのだった。夏休みに入る前、校長から「全員必ず研修報告を提出するように」って言われていたのである。そして、やっと先ほど研修報告を作成し終えた。自分で言うのも何だが、それなりに面白い研修報告が出来上がったのではないかと思っている。

ってコトで、気が楽になったので、久々に日記を作成し始めたのである。
とりあえず、簡単に書けるネタを。

このサイトは GoogleSitemap ってヤツを使用している。

最近はやっと Google 様経由のお客様も増えてきた。それは多分、私の腐れ文章が Google 様の中でインデックス化されてきたというコトなのだろう。果たして、数ヶ月前に登録した GoogleSitemap が効果を現してきたのか、それともタマタマなのか。Google 様経由の客が増えた理由が分からないところがもどかしい気もするが、別にこのブログ?で企業活動を行っているわけでもないので、どうでも良いって言えばどうでも良い。

で、GoogleSitemap を利用させてもらって、ひとつ確実に良いことがあった。それは「内部リンク切れを教えてもらえた」というコトである。この「腐れ日記」内で、「とある日」から「とある日」にリンクを張っていたつもりが、日付の指定を間違って、リンクを張り損ねていたらしいのだ。そのリンク切れの存在を、この間教えてもらえたのである。以下がその画像。
g_sitemap.gif

ってコトは、他の内部リンクは一通りきちんと動作していると云うことであり、少なくとも内部リンク先は Google 様の中でインデックス化されたというコトなのだろう。
ってか、そう解釈して平穏な気持ちとなり、宿題も終えて安心し、気持ちよく新学期を迎えるとしましょう。

「日の丸・君が代訴訟」に思うこと

卒業式や入学式は「儀式」として、存在するべきだ。そして、その場には「日の丸」が掲げられ、「君が代」が歌われるべきだ。
この数日間、様々なサイトを見て、私の中の考えを整理した。そして、上の結論に達した。

私は以前にも日記で「君が代」について、思うことを記してきた。
2000年04月04日 君が代の「君」って誰
2005年11月24日 さざれいし

今回の日記を記すに当たり、まずは引用から。

下に示したのは、公立私立を問わず、学校を運営する際の指針となるであろう「学習指導要領」(文科省サイトへウィキリン)の一部である。

中学校学習指導要領(平成10年12月告示、15年12月一部改正)

第4章 特別活動

第1 目標
 望ましい集団活動を通して,心身の調和のとれた発達と個性の伸長を図り,集団や社会の一員としてよりよい生活を築こうとする自主的,実践的な態度を育てるとともに,人間としての生き方についての自覚を深め,自己を生かす能力を養う。

第3 指導計画の作成と内容の取扱い
3 入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。

高等学校学習指導要領(平成11年3月告示、14年5月、15年4月、15年12月 一部改正)

第4章 特別活動

第1 目標
 望ましい集団活動を通して,心身の調和のとれた発達と個性の伸長を図り,集団や社会の一員としてよりよい生活を築こうとする自主的,実践的な態度を育てるとともに,人間としての在り方生き方についての自覚を深め,自己を生かす能力を養う。

第3 指導計画の作成と内容の取扱い
3 入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。

これを見る限り、以前の所沢高校のように「卒業を祝う会」があり、「卒業式」が無い学校が存在するというコト自体が不思議に思える。

そして、次のリンクを開くと、平成15年(2003年)10月23日に発せられた東京都教育委員会からのお達しを読める。

入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)

私は、差別主義者の石原慎太郎は嫌いだ。しかし、今回の「君が代訴訟」についての彼のコメントは適切だと考える。


私自身は小学校・中学校・高校・大学と「卒業式」に触れてきた。
果たして、私が卒業した都立小石川高校では、「国旗は、式典会場の舞台壇上正面に掲揚」してあったのか、また、「都旗を併せて掲揚」し、「国旗にあっては舞台壇上正面に向かって左、都旗にあっては右に掲揚」してあったのかどうかは記憶にない。平成元年のコトだから、上に示した通達が発せられる前であるが。
校歌は歌われたはずだ。私は合唱部「音楽研究会」に属していたので、自分が当事者となっていない入学式や卒業式などでは、壇上で校歌を歌った(歌わされた?)記憶が残っている。しかし、「君が代」が歌われたかどうかについては記憶がない。なにしろ、卒業式は30分程度で終了してしまう、非常に簡素なものだったことは記憶している。


私は原理主義者である。「何事も法に則るべきである」という考えを持つ。
憲法等に基づいて行われた選挙の結果、今のイシハラシンタロウを始めとする、(特に好きでもない)政治家が君臨?している。しかし、彼は多数決によって選出された人物である。その意見を尊重するのが民主主義というものだろう。東京都という地方公共機関の一組織として「教育委員会」が存在している。それが3年前に命令を発した。
上記引用文や参照先サイトが存在する今、公僕である都立学校教員、公立小・中学校の教員はそれに従うべきであると考える。何しろ公務員である教員は、「税金のお流れ」を貰っている存在であることだし。

なお、当然のことながら、教員についても、日本国憲法第19条の「思想及び良心の自由」は尊重されるべきであろう。通達では「カタチ」について記してあるが、「ココロ」については一言も触れていない。場合によっては、ジャニーズ事務所のタレントみたいに口パクするとかもアリなのだろう。
以前の日記にあるように、私は「君が代」を歌う場合、基本的に「天皇のために」とか「お国のために」って思って歌っているわけではない。小学生の頃は、歌詞の意味すらあまり考えたことが無かった。
自分が所属してきた学校には、「強固なリベラル派の先生」が「居なかった」のだろう。だから、君が代を「歌い続けて来られた」。


「学校で君が代を歌う」=「戦争推進」っていうふうに、ハナシを短絡化させちまう教員や一部のマスコミ。それらの人々は「思考停止」しているとも言えるんじゃないだろうか。国際的なスポーツ大会では、立派に日の丸が掲げられ、君が代が流されてる。それを「けしからん」って明言している人物を見たこと無い。


君が代を歌いたくない公僕の方々やマスコミの方々に質問したいことがある。
「アナタはどんな結婚式を行いましたか?」って。

日本では、「神前式」で結婚式を挙げた方が多いだろう。
神前式ってのは、思いっきり日本古来の神に誓っているわけだろう。あんまりその仕草の意味も分からぬまま、「儀式」として和服を着たり、「三三九度」ってヤツをやったりしたのじゃないかな?
そんなヒトが「君が代歌うの反対」とか言ってるのだとしたら、矛盾も甚だしい。儀式として日本古来の神と接したことがあるのだから、儀式として君が代を歌うのも良かろう。「神前結婚式」に比べれば、ほとんどの「卒業式」なんて宗教色など無いに等しいだろうし。
結婚式以前に、ほとんどの日本人は「七五三」という儀式を経験しているだろうことも申し添える。

では、教会で結婚式を挙げたヒトなら良いのか?
日本では、何故か突然結婚式のときだけ「見知らぬイエスさま」に誓ったりなさる方が多い。にわか信者をやるってコトは、生まれながらのキリスト教信者を冒涜していると思うのだ。これはこの文章の本題からずれるけれど。で、そういう「にわか信者」って、それこそ「儀式として、あんまり意味も分からないまま、父と子と聖霊に誓」ったりしてるんじゃないかな?
それくらいに「宗教に寛容なヒト」だったら、「儀式として日の丸を飾り、儀式として君が代を歌う」のなんて、全然「やれるはず」だと思うのですよ。


何しろ、儀式は儀式として、見かけ上は厳粛にやっつけちまえば良いだろう。心の中は誰にも縛れないのだから。
この世の中は「儀式」だらけだ。「七五三」とか「成人式」とか「入社式」とか「結婚式」とか「葬式」とか。だったら、「儀式は儀式なのだ」って子供に伝えることは必要だろう。自分の思うところ、例えば「第二次世界大戦の前は不幸な時代で、日章旗や君が代の下に...」とかは、授業中などに披露すれば良かろう。そのセンセイが話す内容については、どこまでが許され、どこからがヤバいとかいった線引きは不可能だろうし。なにしろ、「思考停止」に陥って「通り一遍」の主張を展開するよりは、何事も自ら考えて授業を行うべきだと私は考える。

最近言われる「荒れる成人式」ってのは、「厳粛な卒業式」を知らない輩が増えたから起こっているのだと思うのだ。まあ、あれも一部のコトであり、マスコミが大げさに報道している面もあろうが。
なお、私は「成人式」には出ていない。その式に出る意味を見いだせなかったので。


昨日今日と、職場は文化祭だった。
昨日の開会式で、司会の生徒が「校歌を斉唱します」って言うべきトコロを「国歌を斉唱します」って言い間違えた。その後「校歌斉唱」だって言い直した。
なかなかタイムリーなギャグだと思った。そのギャグによって、静かになっていた体育館に生徒達のざわめきが起こっていた。司会をしていた本人はギャグでは無く、本気で言い間違えたのだろうけど。
私の隣にいらっしゃった先生は「今までで2番目に面白いギャグだった。一番はA先生のハナシだけど」っておっしゃってた。

A先生(現在は退職なさっている60代の先生)の伝説の講話が行われたのは、私が赴任する前だそうだ。スカート丈をどうしても上げたがる生徒がいるので、それを行わないよう諭すためだったそうだ。
生活指導主任だったA先生は、「スカートの裾を上げるために、ジャンパースカートのベルトをウエストの高い位置で締める生徒達」に対して、以下のように警告を発したそうだ。

「スカートのベルトを締める生徒がいる。そんなにベルトをきつく締めていると、腸捻転にぬぁる。  (数秒後) ...くぁも知れない。」

1000名を超える生徒が、1つの体育館の中で「どっかーん」って一斉に転けたということだ。全校一斉転倒。ただしココロの中だったらしいけど。

廃品利用の「リーフレットホルダー」

この画像は、私自慢の作品である。
folder1.jpg
何かといえば、リーフレットホルダーとでも言おうか。
製品として売っているものだと、リーフレットスタンド(画像ググリンク)の方が近いのかも知れない。

私の所属しているのは理科なので、他の教科に比べると、大学や各種団体からポスターやリーフレットが送られてくることが多いハズ。
ポスターは画鋲で貼れば良いが、リーフレットやチケットは生徒が自由に持って行けるようにしたい。その処理は結構面倒なのである。テーブルを出して、その上に積んでおくのもアリだが、それではテーブルが邪魔になるし、近くでハンドボール部が激しく練習したりすれば、恐らくリーフレットは飛んでいってしまうだろう。
で、この作品を思いついた。

最近の郵送物(やメール便)には、透明なプラスチック製封筒が用いられていることがある。その封筒から作成したのが画像のホルダー(製品版)なのだ。最初はハサミで適当な大きさに切り、そのまま画鋲で掲示板にくっつけてた(バージョン1)。リーフレットはA4版であることが多く、プラスチック製封筒もA4の冊子等がちょうど収まるようなサイズが多い。
しかし、「バージョン1」には欠点があった。画鋲を刺した穴の部分から、プラスチックが傷んでいくことがあった。
次に、画鋲を刺す位置に、予め小さく切った布製のガムテープ(布粘着テープ)を貼り付けることにした(バージョン2)。だいぶ耐久性が増した。ただ、プラスチック製封筒の横の部分(多分、熱で圧着されている部分)から、プラスチック自体が裂けてくることがあった。
そして、製品版が完成した。

folder2.jpg
このピンぼけ画像を見てもらえば分かると思うが、プラスチック製封筒の表裏にかかるように、小さく切った布製ガムテープで補強したのだ。そして、ガムテープの上から画鋲で掲示板に貼り付けるのだ。これでリーフレットホルダーは、半永久的に使うことができるようになった。
この製品の著作権などは主張しないので、お住まいの学校(?)でも是非作成し、ご使用頂きたい。


おまけであるが、この画像は私が担任している教室の掲示板である。
youline.jpg
「ゆうライン」というのは、杉並区にある相談室である。
キャッチコピーは「いいたい・ききたい・なんでも話そう」であり、小学生から高校生までが対象であるようだ。

本年度は無かったような気がするが、ここ数年、この名刺大の案内書カードが、生徒全員に行き渡るように配布されてた。ただ、生徒がこんなカードを貰ったとしても、お世話になる生徒はほとんど居ないだろうし、貰ったカードはいつの間にか無くしてしまうだろうと予想された。配布している杉並区は、このカードを財布にでも入れてもらうつもりで作成したのだろうけれど。

私が高校生だったとしたら、というか今でも、こういった類の「無料人生相談所の案内カード」を、後生大事に財布の中に入れておくのは「なんだかなぁ…」って気がする。また、こんなカードを財布に入れているようなヒトとは、あんまり友達になりたくない。ってか、友達だったらその悩みについて、直接に相談するコトだろうと思う。

で、私はここ数年、このカードは「好きなときに手に入れられる」よう、教室に放置することにしたのだ。何かに悩める生徒が、ふと、このカードを手に取れるように。
面白いことに、このカードは徐々に徐々に減っていくのだ。本のしおりに使っているのか、本当に電話しているのかは不明だが。
なお、このカードに記してある電話番号は古いようである。現在の電話番号は上のサイトを参照すれば知ることができるはず。

必修単位未履修

恐らく、今後もバンバン発覚するでしょう。必修科目の単位未修得問題。

この現象には、少なくとも3つの原因があると思われます。

1.大学側が、入試問題のレベルを下げない。
2.高校側が、難関といわれる大学へ生徒を放り込もうとしている。
3.生徒は、学業に熱心ではなくなっている。

予め断ります。以下の文章は「自慢」と「回顧」を含みます。


まず、大学について。
大学教授は、傾向の新しい問題を作りたがるものだと思います。そうでなかったら困りますけどね。先進の気概が無いヒトが、教育に携わっているのは拙いだろうから。特に、入学試験ってのは真面目に作成されるものだろうと思います。私の職場も、入学試験は一番気合いを入れて作られています。
しかし、それがうまく叶わない場合、単なる知識を要求する問題が作成されてしまうこともあるでしょう。重箱の隅をつつくような、マニアックな暗記問題などが作成されるってコトもあるでしょう。


次に、生徒について。
私は1971年1月の生まれです。第2次ベビーブームの「はしり」だと思われます。
確か中学校のときだったと思うのですが、「君たちの世代は、恐らく大学入試が最も激戦になる世代だ」って文書を見ました。確かに言われてみれば、私の世代は人数が多いし、下の世代はもっと多い。
下手に浪人でもしてしまった場合、受験生の数はどんどん増えますから、大学に入りにくくなる。中学から高校にかけては、本気で勉強しておかないと、大学に入ることができないというハナシも、説得力がありました。
私自身、受験勉強は「自分で問題集を解いて」進めていくものと認識していました。分からない問題があったら、分かるまで参考書を読むか、問題が解けるように暗記事項を脳みそに押し込みました。基本的に、(ペーパテストで計測される)学力は自力で何とかしました。
今は「大学全入時代」とも言われています。高校入試も大学入試も、推薦入試が花盛りです。生徒を何とかして確保しないと、学校は潰れちゃいますから。大してペーパーテストへ向けた受験勉強をしなくても、高校や大学へ潜り込めてしまうことがあります。必然的に、学業に対する執着心も薄れるでしょう。


最後に、高校について。
高校の教員(あるいは、予備校の講師)は、そういった重箱の隅をつつくような入試問題に対応しなければなりません。そして、その入試を受けるのは、学業に対する執着心の薄い生徒達です。
必然的に、授業は昔よりも親切なものとなっているはずです。親切な、つまり「分かりやすい」授業の為には、授業時間数の確保も必要でしょう。
また、高校を管理する「教育委員会」からは、「高校の存在意義」も求められるでしょう。「進学校」ならば、受験科目とならない授業に、限られた生徒達の時間を割くのは「無駄」という思いも生じることでしょう。


以上のような状況があるから、現在世間を賑わせているような、「指導要領から逸脱したカリキュラム」が実行されてしまうのですね。


この問題は、高校だけを責めてもダメです。

変化すべきは大学でもあります。また、指導要領自体の正当性も、もっともっと議論されるべきでしょう。生徒や児童に「勉強は楽しい」と思わせるよう、初等教育も重要であるはずです。


今回のニュースで、とーっても不思議なのは、「何故、このタイミングで発覚したのか」というコトです。

もしかすると、推薦入試の為に提出された、「(間違って)本当の修得単位数を記した調査書」が、大学側に送られ、そこからニュースとして発展したのかなぁ… なんて思うのです。


って、この文章記している最中にも、「未履修情報」が増加してますね。
うん、最新のネタを扱ったぞ。ブログっぽいね、フフフ。

単位未履修の謎

数年前から謎に思っているのですが、「高等学校指導要録」には「留学」欄が存在しているのです。

高校在学中に海外留学したけど、3年間で高校を卒業できたヒトって、必修科目を履修しないままに卒業を許可されちゃうのかなぁ? って疑問を放置している私でした。

このネタ、2ch でも触れられていないハズ。いわんやマスコミをや。

高等学校における「1単位」の定義

更に疑問を連ねておきます。
高等学校における「1単位」は「50分の授業を35回」で良いのか?って話題です。

現行の学習指導要領から引用。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/990301/03122603/001.htm

第2款 各教科・科目及び単位数等

1 卒業までに履修させる単位数等
各学校においては,卒業までに履修させる下記2から5までに示す各教科に属する科目及びその単位数,特別活動及びそれらの授業時数並びに卒業までに行う総合的な学習の時間の授業時数及び単位数に関する事項を定めるものとする。この場合,各教科に属する科目(以下「各教科・科目」という。)及び総合的な学習の時間の単位数の計は,第3款の1,2及び3の(1)に掲げる各教科・科目の単位数並びに総合的な学習の時間の単位数を含めて74単位以上とする。
単位については,1単位時間を50分とし,35単位時間の授業を1単位として計算することを標準とする。


平成18年度、私の職場に於いて計算する限り、27回程度しか授業が行われない「曜日」があります。また、例年のことですが、「ハッピーマンデー」だか何だかにより、月曜日の授業はだいぶ減っています。
1年間は約52週でありますが、学校は結構休みが多いです。かといって、教員の休みが多いわけではないことはご存じ?の通り。

時間割上「週に1回の授業」が設定されていたとしても、私の職場に於いては最大でも31回程度しか行われないハズ。でも、生徒には単位を与えているみたいです。

今回、「必履修科目」の「履修逃れ」が発覚しましたが、その補習の基準となっているみたいなのが「50分を35回で1単位」です。この「35回(35週)」、必然性あるいは根拠はあるのでしょうか?
チョット探したけど、よく分からなかった私です。

お仕事の前に

休日に、試験問題作成しながら日記執筆。
高校2年生対象の選択「化学I」の問題作成である。

生徒の希望により、中間テストの時期から外してテストを行うことにしたのである。生徒としては、勉強の負担が減るから、時期をずらして試験を行う方が良いらしい。
私としても、限られたテスト期間に、ごっそり知識を詰め込んでは、ごっそり欠落させて頂くのは希望しない。落ち着いて知識を整理して頭に入れてもらい、それを必要な時期まで保持して欲しいなぁって思うのです。ま、結局「お勉強」に王道は無くって、「真面目にコツコツやる」しかないのでしょうけどね。


ここ3年くらいの間で、私が一番勉強したと思うのは「クミアイ系」の事柄である。
ま、自然科学の知識なんかも当然増えているはずです。しかし、自然科学の知識は、小学校段階からコツコツと蓄積してきたので、「前年同月の知識量に対する増加量」を見れば、微々たる量であるはずです。
で、「労働基準法」とか「人事院勧告のしくみ」についての知識は、劇的に増加しましたね。多分「前年同月比で数百%」の増加なんじゃないかな?

職場のクミアイイインチョーに成り行き上就任したのが2年半前であり、その最初の年に私立学校のクミアイ連合(私教連)の勉強会に参加しました。その際は、勉強会参加者の発言がいまいち理解できないことなんかもあり「もっと勉強しなきゃなー」って感じたのでした。つい先日参加した勉強会では、基本的にその発言内容を理解できました。私教連から送られてきたりする新聞などを端から端まで読めば、それだけでも知識が増加するのですねぇ。

って、自分を褒め称えたところで、試験問題作成に戻ります。
ってか、まだ作成してなかったのだけど。

問題作成の前に、日記などを作成してしまったワケだ。さらに、その前には掃除もしてたりして。
中学生くらいの頃から、全然進化してない自分がいる。

MDL ISIS/Draw 2.5 Kanji

ISIS Draw は、高校化学を教える教員ならば、使うべきソフトであろう。
isisdraw.gif
以前は英語版しかなかったが、今では日本語版も存在する。無料で使用できるが、ソフトをダウンロードする前に、アカウントを作成しておく必要がある。

先ほど発見したのだが、以下のサイト(日本語)には、アカウント作成方法から実際の使用方法まで、とても詳しく説明してある。ワード等への貼り付け方までも。
http://szksrv.isc.chubu.ac.jp/isisdraw/

良い時代になったものだ。

ホント、資格ってヤツは胡散臭い。
有名な「きっこの日記」の11月4日に記してあった「運転免許の試験では、間違った問題を受験者に伝えるべきだ」ってのは、全面的に同意します。私もずっと同じコトを考えてました。

「資格」ってのは、建前上は「どこかの団体」が、「個人」に対して「あなたはこれだけのコトをなす能力がありますよ」って証明する「手段」なのだろう。


私が持っている資格で、一番胡散臭いのが「ヒト3級」である。
その次に胡散臭いのが「情報科教員免許」である。「超促成栽培」で取得したのですね。

そんな私は、以前記したように、厳密には高校を卒業できていないコトになっている気もする。


yansenmuという方このページは面白い。
高等学校で必修とされている「情報」という科目は、上記ページのようなコトを取り扱うべきだと思う。触発されて買いました、『反社会学講座』を。まだ読みきっていないのだけど。

次回情報科の授業を担当する際には、同じような授業を行いたいって思ってます。

高校在籍時の留学と高校卒業資格

学校教育法施行規則
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22F03501000011.html
から引用

第六十一条の二  校長は、教育上有益と認めるときは、生徒が外国の高等学校に留学することを許可することができる。
○2 校長は、前項の規定により留学することを許可された生徒について、外国の高等学校における履修を高等学校における履修とみなし、三十単位を超えない範囲で単位の修得を認定することができる。

高等学校生徒指導要録に記載する事項等
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/13/04/010425c.htm
から引用

1 各教科・科目等の学習の記録
(4)留学
留学した生徒の外国の学校における学習の成果をもとに,校長が修得を認定した単位数を記入する。この場合,外国のカリキュラムを逐一,我が国の教科・科目と対比し,これらに置き換えて評価する必要はない。なお,外国の高等学校の発行する成績や在籍,科目履修に関する証明書又はその写しを添付する。

上記二つの go.jp ドメインにある文書を見る限り、留学しちゃった生徒は「高等学校における必履修科目」を全て修得しなくても良さそうだ。

また、裏付けになるかどうか知らないが、都立国分寺高校のサイトから引用するッス。
国分寺高校は「知る人ぞ知るトリツ高校」だから、都立のエリートセンセイが集まってるはず。まずサイト内における法的間違いは無いだろう…  とか言ってみる。
でも、ニホンのトップ「ソーリダイジン」が、ニホンで一番高潔で素晴らしい人物ってコトは無いみたい。それは日本国民の基礎知識ってハナシもあるし…(以下略)

質問への回答
http://www.kokubunji-h.metro.tokyo.jp/contents/answer/Answer.htm

Q4.国分寺高校からの留学・語学研修について(2003/01/29)
 子供の高校進学に当たり、交換留学などに関して質問いたします。
 1 一年間の交換留学に行った場合、留年することなく進級できますか。

A5.以下のように回答します。
1 留学中に外国の高校で単位を修得出来れば、その単位は30単位を限度として日本の高校でも認定されます。日本の高校で1年間に修得できる単位数が30単位程度ですから1年間の外国留学なら留年せずに進級できます。留学からの帰国後、成績が優れていれば指定校推薦で大学進学する者もいます。

そーんなワケで、留学しちゃった生徒は、

高等学校学習指導要領(平成11年3月告示、14年5月、15年4月、15年12月一部改正)-第1章:総則
http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/990301/03122603/001.htm
にある

第3款 各教科・科目の履修等

1 必履修教科・科目
すべての生徒に履修させる各教科・科目(以下「必履修教科・科目」という。)は次のとおりとし,その単位数は,第2款の2に標準単位数として示された単位数を下らないものとする。ただし,生徒の実態及び専門教育を主とする学科の特色等を考慮し,特に必要がある場合には,標準単位数が2単位である必履修教科・科目を除き,その単位数の一部を減じることができる。
(1) 国語のうち「国語表現」及び「国語総合」のうちから1科目
(2) 地理歴史のうち「世界史A」及び「世界史B」のうちから1科目並びに「日本史A」,「日本史B」,「地理A」及び「地理B」のうちから1科目
(3) 公民のうち「現代社会」又は「倫理」・「政治・経済」
(4) 数学のうち「数学基礎」及び「数学」のうちから1科目
(5) 理科のうち「理科基礎」,「理科総合A」,「理科総合B」,「物理」,「化学」,「生物」及び「地学」のうちから2科目(「理科基礎」,「理科総合A」及び「理科総合B」のうちから1科目以上を含むものとする。)
(6) 保健体育のうち「体育」及び「保健」
(7) 芸術のうち「音楽」,「美術」,「工芸」及び「書道」のうちから1科目
(8) 外国語のうち「オーラル・コミュニケーション」及び「英語」のうちから1科目(英語以外の外国語を履修する場合は,学校設定科目として設ける1科目とし,その単位数は2単位を下らないものとする。)
(9) 家庭のうち「家庭基礎」,「家庭総合」及び「生活技術」のうちから1科目
(10) 情報のうち「情報A」,「情報B」及び「情報C」のうちから1科目

を全て履修してなくても、高校は卒業できているんでしょう、今までも。

「法の下の平等」って意味では、「高等学校における単位未履修」は大した問題では無い気がするのです。
建前上、主権者である国民が任命したコトになる「高等学校長」が「認定」すれば、留学してた生徒でも3年間で高等学校は卒業できるわけですから。

だったら、ほんの数単位の「未履修」なんか、取るに足らない気がします。
何しろ、権力者の校長が許可したのだから、卒業させちゃえば良いのです。
自殺する校長は馬鹿です。

官僚や大臣はもっと勉強してください。私も更に勉強しますから。

教育の効果?

私の職場では「授業評価」ってヤツを行っている。
生徒一人ひとりが、自分が受けている授業に対して、「分かりやすいか否か」とか「集中して取り組んだか否か」なんてなコトを、無記名のアンケート形式で答えるのである。

で、毎年思うことがある。それは「生徒の年齢が上がると、教員に対する評価も甘くなっていく傾向がある」というコトである。

多肢選択式アンケートの集計は、業者がこれから行うそうだ。アンケート用紙には自由記述欄ってヤツがある。そいつを見る限りは、中学2年生より高校2年生の方が、私に対して好意的な意見が多い様子だ。
現行の教育基本法が守られ、「個人の価値を尊」んでくれていると解釈したい。ああ、ありがたや。

教育基本法 第1条
 教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

なお、似たような文言は教育基本法改正案にも存在します。念のため記しておきます。

都生研の研修に参加

私の職場は、本日は午前・午後と学校説明会でした。
それを他の方々にお任せし、東京都生物教育研究会主催の研修会に参加してきました。

12月16日(土)14:30~17:00
第1支部・第2支部 研修会
ためしてガッテン流「ガッテン!」への導き方~がん研究最前線の取材を通して~
場所/都立小山台高校 生物室(東急目黒線武蔵小山駅下車)
講師/市川 衛(NHKためしてガッテン ディレクター)

具体的には、先日放映された「ためしてガッテン」の『激増中!大腸がん緊急対策術』の取材過程やディレクターとしてのシゴト、どうやって視聴率を確保するか、などのお話を聞いたのです。

研修に参加するにあたり、その番組をビデオに録画しておいたのですが、全編を見ることができたのは昨日のことでした。それより前に2回ほど、ビデオを再生している途中に寝てしまったのです。まあ、飲酒しながら夜遅くにビデオを見てもダメなのでしょうねぇ。2度目は布団に入った状態で見たし。
だから、昨日はビールを飲み始めると同時にビデオの再生も始めたのでした。きちんと最後まで楽しく見ることができたし、あと何年か経ったら「大腸の拡大内視鏡検査」を1度受けようとも思った私でした。つまり、私は市川氏の術中にまんまとハマッてしまったのでしょう。

イチカワマモルさんは、29歳というコトでしたが、滅茶苦茶しっかりした方でした。また「この人は相当に頭が良いなぁ...」って思いました。話が理路整然としているし、分かりやすく、全然眠気を覚えませんでした。約2時間の講義でした。恐らく、相当に準備もなさったことだとは思います、真面目そうな方でしたから。

番組の内容については、上に示したリンク先などを見るのが良いでしょうから、ここでは記しません。
その研修レポート元ネタ&備忘録として番組作成についてお聞きしたことを記します。ってか、番組作成の裏側って感じですが。

・ためしてガッテンのディレクターは12名
・3ヶ月かけて1本の番組を作成する
・制作費は1本あたり3000万円、ただしこれは「あるある大事典」の4分の1でしかない
・立川志の輔、小野文惠両氏との打ち合わせは2時間
・収録は2時間半、編集して43分にする
・ゲストの3名はぶっつけ本番
・「ガッテン」ってボタンを連打するのは場面転換の意味が大きい
・番組の最初の喋りでは「今までは............と言われていた。しかし今回............が分かった。だから............」っていう風にする

まあ、研修に参加するから真面目に番組を見たのは確かでしょう。だから、内容も印象に残った。
普段も自宅にいる限りは「ためしてガッテン」をボーっと見てはいます。でも、今回のように真面目に見たコトは無かった。
結局、全ての学習活動は「動機付け」なのかなぁ... って、思った私です。

今回の研修を企画された福田裕史先生の名前と顔は、NHKの学校放送で拝見していました。また「ためしてガッテン」は真摯&正確な感じで好きでした。なお私は「あるある大事典」とか、「みのもんた氏の出ている番組」は胡散臭くて嫌いです。
で、その2点セットが私の琴線にヒットし、今回の研修参加に至ったのです、多分。

また、その研修では数年ぶりに大学時代のサークルの伝説的な先輩に遭遇しました。学年では6つ上のセンパイでした。

そんなこんなで、いろいろ得るところの多かった研修参加でしたとさ。


そう言えば、旧教育基本法が失効したらしいが、それに関する話は私の職場で交わされたことはない。
今日の研修の懇親会でも法律話は無かった。私も特にその話をしたいとは思わないけれど。
結局、教員の基本業務は変わらないと思いますしねぇ。

問う

アナタは「占い」を信じたことがありますか。

それは「血液型占い」でしょうか。やっぱり「星占い」ですか。
もしや「動物占い」でしょうか。
はたまた「手相」?

「オーラの泉」を馬鹿にするのは簡単ですが、「オーラの泉」を信じるヒトを啓蒙するのが、「教育」の務めなのではないでしょうか?

「水からの伝言」
私は読みたいとも思いませんでしたが、読んじゃった方も多々いらっしゃるようで。


「理数離れ」というよりは、「科学離れ」が相当根深いと思う昨今です。
もっと頑張らねばなりません、恐らく。

パリから帰った

修学旅行の引率から帰ってきた。旅行先は、フランスはパリである。日本より時刻が7時間遅れている地域である。4泊6日(機中泊1回)の日程であった。帰国したのは昨日。帰宅できたのは夕方であった。

疲れもあったのだろう、昨晩は22時過ぎには寝てしまった。そして、今朝は6時過ぎに一度目覚めた。飛行機の中では、水を控えめにしていたこともあるのだろう。のどが渇いていたので、水を大量に飲んだ。また寝た。

起きたらビックリした。
13時を過ぎていたのだ。せいぜい10時過ぎだと思っていたから。
まあ、パリ時刻に換算すれば、ちょうど「空が明るくなってくる頃」である。日本時間の13時過ぎというのも、「起きるに値する時刻」であることは確かなのだろう。

以後、随時『パリ旅行記』を記すことになると思います。

パリの朝市でポケモン

パリの修学旅行引率では、「朝市」の見学?に行くのである。
剥きウサギや剥きネコが陳列されているのにもビビるが、今回一番ビックリしたのがロマネスコである。(画像ググリンク)

本当は、野菜を売っているオジサンに「この野菜は何ですか?」って尋ねようかとも思ったのだが、別に買うワケじゃないから、質問は控えておいた。そして、当然のコト?ながら、私はフランス語は得意ではない。
デジカメでその「奇天烈な風貌」を撮影しようかと思ったが、「誰かが既にネット上に置いてるだろう」って考えたのだった。そして、それは当たっていた。

修学旅行の事前学習の為に、教室には数冊の「パリ関係書籍」が置いてある。本日、何となくその1冊を事後学習(?)としてパラパラ眺めていた。そのうちに「そうだ、あの"フラクタルな野菜"のコトが書いてあるかも」って気付いた。やはり、その野菜の画像があった。そして「ロマネスコ」ってお名前も知ることができたのである。

チナミに、その本は文化出版局が出している『パリの朝市ガイド』って本である。
出版社のページ
Amazon

文化出版局ってのは、私の「職場」の遠い親戚(?)である。

その「ロマネスコ」は人目を惹くらしく、生徒もちょっと注目していたようだ。ある生徒が「ポケモンみたい」って言っていた。私はポケモンに全然詳しくないので分からないが、あの「ねじフラクタル」なモンスター?が、ポケモンの世界には居るのでしょうね。

地球に(多少なりとも)優しく

修学旅行の引率で訪れたパリのホテルでは、洗面台に以下のようなメッセージが置いてあった。
eng_400.jpg

裏面はフランス語でした。読めません。
fre_400.jpg

フランス語は読めないが、英語は読めるのは、8年間の英語学習の成果なのだろう。

2年前に同じホテルを利用した際には、このような表示はなかった。
ホテルと私の意志に従い、使ったタオルだけバスタブに放り込むようにした。

Le Système International d'Unités

私が小学生の時、算数の授業で教わったことに「10デシリットルは1リットル」ってヤツがある。
数式?で記すなら" 10dL = 1L "ってコトになる。

で、小学校以来「デシリットル」なんて、使ったこと無いですね、ほとんど。厳密に言えば、医学関係では 100mL を基準とすることもあるようだ。血糖値とか、尿酸値とか。

そして、時代は下る。
飲酒するようになってから気づいた。ワインやウイスキーに" cl "あるいは" cL "って文字列があることを。さらに何本だか、何十本だかの空き瓶を見るうちに、「そいつら」が「センチリットル」を表していることに気づいた。何故かちょっと感動した。

パリでそのことを思い出した。また、新しいデジカメの「接写機能」を試したかったので、以下の画像を撮影してみた。
vin_cl.JPG

思えば、日本産のワインとかで「内容量" 750mL "」とか書いてあっても、厳密には 749mL 以下のこともあろうし、逆に 751mL 以上のこともあろう。そういった「数字の厳密さ(有効数字)」という意味においては、" 750mL "と記すよりも" 75cl "と記す方が、誠意があると言える気がする。それは「745mL 以上 かつ 755mL 未満」を意味するのだろうから。

飛行機雲で井桁

3年前にパリに行ったときは、かなり寒かった。
今回のパリはかなり暖かかった。そして、晴れの日が続いた。

eiffel.jpg
上記画像、よく見て頂けば分かるのだが、飛行機雲が3本ほど映っている。2年前は基本的に曇り空ばかり見ていたので、飛行機雲を見る機会はなかった。気が付けば、空に5,6本の飛行機雲が見えることもあった。ってか、「たくさん飛行機飛んでるなぁ」って思って、しょっちゅう空を眺めていたのだ。

パリは「飛行機の往来における要衝」なのだろうなぁって思った。まあ、シャルル・ド・ゴールやオルリーという空港がパリの街に近いと云うコトもあるのだろう。東京だと高いビルが多すぎるので、広い空を眺めることが少ない。空港も東京の中心からは遠い。

第1節 国語
第1款 目標
 国語を適切に表現し的確に理解する能力を育成し,伝え合う力を高めるとともに,思考力を伸ばし心情を豊かにし,言語感覚を磨き,言語文化に対する関心を深め,国語を尊重してその向上を図る態度を育てる。

第2節 地理歴史
第1款 目標
 我が国及び世界の形成の歴史的過程と生活・文化の地域的特色についての理解と認識を深め,国際社会に主体的に生きる民主的,平和的な国家・社会の一員として必要な自覚と資質を養う。

第3節 公民
第1款 目標
 広い視野に立って,現代の社会について主体的に考察させ,理解を深めさせるとともに,人間としての在り方生き方についての自覚を育て,民主的,平和的な国家・社会の有為な形成者として必要な公民としての資質を養う。

第4節 数学
第1款 目標
 数学における基本的な概念や原理・法則の理解を深め,事象を数学的に考察し処理する能力を高め,数学的活動を通して創造性の基礎を培うとともに,数学的な見方や考え方のよさを認識し,それらを積極的に活用する態度を育てる。

第5節 理科
第1款 目標
 自然に対する関心や探究心を高め,観察,実験などを行い,科学的に探究する能力と態度を育てるとともに自然の事物・現象についての理解を深め,科学的な自然観を育成する。

第6節 保健体育
第1款 目標
 心と体を一体としてとらえ,健康・安全や運動についての理解と運動の合理的な実践を通して,生涯にわたって計画的に運動に親しむ資質や能力を育てるとともに,健康の保持増進のための実践力の育成と体力の向上を図り,明るく豊かで活力ある生活を営む態度を育てる。

第7節 芸術
第1款 目標
 芸術の幅広い活動を通して,生涯にわたり芸術を愛好する心情を育てるとともに,感性を高め,芸術の諸能力を伸ばし,豊かな情操を養う。

第8節 外国語
第1款 目標
 外国語を通じて,言語や文化に対する理解を深め,積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り,情報や相手の意向などを理解したり自分の考えなどを表現したりする実践的コミュニケーション能力を養う。

第9節 家庭
第1款 目標
 人間の健全な発達と生活の営みを総合的にとらえ,家族・家庭の意義,家族・家庭と社会とのかかわりについて理解させるとともに,生活に必要な知識と技術を習得させ,男女が協力して家庭や地域の生活を創造する能力と実践的な態度を育てる。

第10節 情報
第1款 目標
 情報及び情報技術を活用するための知識と技能の習得を通して,情報に関する科学的な見方や考え方を養うとともに,社会の中で情報及び情報技術が果たしている役割や影響を理解させ,情報化の進展に主体的に対応できる能力と態度を育てる。


第4款 総合的な学習の時間

2 総合的な学習の時間においては,次のようなねらいをもって指導を行うものとする。
(1) 自ら課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,よりよく問題を解決する資質や能力を育てること。
(2) 学び方やものの考え方を身に付け,問題の解決や探究活動に主体的,創造的に取り組む態度を育て,自己の在り方生き方を考えることができるようにすること。
(3) 各教科・科目及び特別活動で身に付けた知識や技能等を相互に関連付け,学習や生活において生かし,それらが総合的に働くようにすること。

私は、「地理歴史」「公民」「理科」「保健体育」「芸術」の5教科の目標は納得できます。
他の教科の目標は、あんまりピンと来ない。

なお、この「目標群」は高等学校学習指導要領からの引用です。

「総合的な学習の時間」の目標なんか、その「時間」の「存在意義」が感じられません。
熱意を持った先生が授業を行うならば、「旧態依然とした教科学習」を行うだけでも、その「ねらい」は自ずと醸成されていくと思うのですね。生徒と教師の間で。

昨今、大学では「リベラルアーツ」の重要性が叫ばれつつあるみたいです。高校も同じだと思います。

そして、私の真の矛先は「情報科」なのであります。
(続く)

普通教科「情報」不要論

先日「東京都高等学校情報教育研究会」「平成18(2006)年度研究大会」に参加してきた。

その基調講演では鈴木寛なる人物が、情報科全般について語った。
彼の喋ったことの一部は、「私の解釈」によると以下の通り。

教育が育む「生きる力」というのは、時代とともに変遷している。
高度経済成長下では、「生きる力」=「暗記力と反復力」だった。
しかし、高度情報化社会においては「判断力とコミュニケーション力」が必要となっている。私達はその育成に力を注ぐべきであろう。
判断力とは「情報編集力」とも言える。普通教科「情報」は、この「情報編集力」の育成を目指したら良いだろう。

この話を聞くコトにより、何となく「ぼーっ」と考えていたことが、さらに明確になりました。

それは、「情報科」の意義は最初から存在していないのでは、ってコト。
もしかすると、前述の教科における「目標」そのものに、既に表出していたのかも知れません。
「学習指導要領」ってヤツは、かなり高級な頭脳を持った方々によって作成されているはずです。にもかかわらず「情報科」に於いては、あのような「ぼやけた」目標しか策定できていません。結果的に、情報科を担当する先生は非常に苦労を重ねてしまったワケです。


スズキカン氏の仰るように、生徒に「情報」を「編集」する「力」を付けさせようと思ったら、「基礎的な知識」が必要になるはずです。

昨今流行の「あるあるの捏造」に引っかかった輩ってのは、自然科学をきちんと勉強しなかったヒトたちなのでしょう。きちんと自然科学を勉強してこなかったから、自然科学的な知識や、実験の基本的な進め方、実験結果を解釈する能力に欠けていた。
また「グラフリテラシー(ググリンク)」なる能力は、小学校の算数で、きちんと手書きの棒グラフや折れ線グラフを作成する授業を受けてくれば、自ずと身に付いているはずだと思うのです。別に情報科で教えるべき内容とも思えない。ただ、私が情報科の授業を行うなら、参考にさせて頂きます(笑)。
また「メディアリテラシー」なる能力。これは、個性と情熱あふれる先生による、旧態依然とした国語算数理科社会の教科教育を受けることにより、徐々に身に付いていくものだと思うのです。「あの先生はあんなコト言ってるけど、この先生はまたちがうこと言ってる。変だなぁ…」って。そして社会科を勉強し、本や新聞を読んでいけば、自ずとその人なりの「思想・価値観・判断基準」は形成されていくと思えます。
情報科の教員が「メディアリテラシー」の全てを生徒に伝えようなんて考えちゃダメだと思うのです。おこがましいコトこの上ない。

なにしろ、ヒトの能力というのは、あくまで「内発的」にしか開発されないと思うのですね。

なお、ウィキペディアの「メディアリテラシー」には、面白い文章がありました。一部引用。

物心ついたころからテレビがどこかにあった世代(団塊の世代後期~)においては、テレビや新聞は絶対であり、テレビや新聞など大手の情報源以外の情報は取るに足らないとする風潮が強く、メディア・リテラシー教育の必要性は子供だけにあるものではない時代と言える。読売新聞(2006年10月20日)によれば、新聞を「大いに信頼できる」、「だいたい信頼できる」と答えたのは、50歳代で最も高い92%、20歳代で最も低い83%という結果であり、高齢層のメディアリテラシー教育の必要性を示唆する結果となった。


しかしまあ、また私が情報科の授業を受け持つコトがあれば、それなりには頑張るつもりであることも事実です。様々な先生方の実践報告は参考になりました。ありがとうございました。

しかししかし、謎の教科「情報」よりも、目標が明確であり自分が好きな「理科」を生徒に教える方が楽しいのも確か。

しみじみと回顧、穏やかな決意。

帰宅して、シャワーを浴びて、350mlビールを1本飲んだら日付が変わった。1日で14時間超は働き過ぎである。
ま、3日ほど出勤しなかったので、仕方の無いコトなのであろう。

気が付けば「正規雇用」の教員となり、この4月で13年目に突入する。採用年度は西暦1995年(平成7年)である。職場のヒトビトを「古参」と「新人」に無理矢理二分割すると、古参の部類になってしまうのカモ。また、高校を卒業するまでの年月と、大学に入学してからの年月が同じになるようだ。それなりにキチンと「ツトメニン」になっている(なってしまった)ような気がする。

激務のクールダウンとして、日記を記している。
明日は始業式である。高校3年の担任となる。

「正規雇用」となってからは、高1副(担任)→高1副→高1(担任)→高2→高3→高1→高2→高3→高1→高2→高3→高2→高3というローテーションである。私の職場では、年度の初めに「生徒手帳」ってヤツに生徒の「氏名印」を押し、出席番号等を記入する作業がある。「担任名」として、自分の「氏名印」も押す。ま、手書きでも良いのだけど、一気に作業を行うので、ゴム印の方が楽なのだ。

stamp.jpg
上の画像は前述の「私の氏名ゴム印」である。
記憶では「高校卒業時に受け取ったもの」なのだが、違うのかも。で、ご覧の通り、その横っ腹には「379」ってナンバーが振ってある。
このゴム印を卒業時にもらったとき、「何故に"379"?」って思った。今も謎である。
ちなみに私の職場では、年度毎に出席番号をゴム印に記してます。
高校のトキの身分証明書を見てみたら、「No.61726」って書いてあった。そういえば、高校のトキは、3年間「G組26番」だったっけ。チナミに現在、「身分」ってコトバは使わないコトが多いらしい。職場も「生徒証」はあるが、「身分証明書」は無い。


私は教員って仕事に就き、昨日は生徒手帳ってヤツを準備したりした。
画像のゴム印、担任の先生や事務の方が使ったんだろうと思う。高校だったら3年間の担任だったのは高橋清士先生である。約20年前に高校の先生や事務の方が手にしたであろうゴム印、昨日私が使ったのだ。何だか面白い気がする。


教育ってのは、人のココロに残るシゴトである点が面白いと思う。

はっきり言って私は高校卒業後、「高橋先生に会いに行こう」って思って高校を訪ねたコトなんて無い。ってか、最近の公立学校は異動が激しすぎるから、昨今の「公立小・中・高校の卒業生」は、私以上に恩師に会うのは大変だろう。
でも、高橋清士先生は、私の中に存在している。間違いない。

老人が食いつぶす、このクニ

「"ゆとり教育"ってヤツは成功なのか失敗なのか?」みたいな記事の元ネタに当たってみた。

平成17年度高等学校教育課程実施状況調査
http://www.nier.go.jp/kaihatsu/katei_h17_h/

その「調査結果」は、私の勤め先にも送られてきた。その理科4分野(物理・化学・生物・地学)について、一通り目を通してみた。全般的には「毒にも薬にもならない」文言が延々と綴られていた。

この調査を行ったのは、以下の団体らしい。
国立教育政策研究所

上記サイト内には様々な文書があった。情報量こそ多いものの「使えるのかどうか?」って点では、非常に疑問を感じた。
税金の無駄遣いじゃないかって思えた。

で、前述の調査結果には「設定透過率」って語句が何度も出てきていた。聞き慣れないコトバだ。各設問ごとに「50%」とか「65%」とか、事細かに設定されていた。で、「毒にも薬にもならない"調査結果"」では、「設定透過率を上回った」とか「下回った」とか「同程度」だとか、やたらとその「設定透過率」に関しての文章が多かった。

で、その「設定透過率」とは何か?
http://www.nier.go.jp/kaihatsu/katei_h17_h/h17_h/05001000040007001.pdf
から引用。

[設定通過率]
学習指導要領に示された内容について,標準的な時間をかけ,学習指導要領作成時に想定された学習活動が行われた場合,個々の問題ごとに正答,準正答の割合の合計である通過率がどの程度になるかを示した数値。

そんなの、単なる問題作成者の「これくらいは当ててくれるだろう」って「勘」に過ぎないじゃん。その「勘の検証」を延々延々…(以下繰り返し) 行った文章が作成され、その一部が私の職場に送られてきたわけだ。やはりあの報告書は、単なる「壮大な無駄」以外のナニモノでもないのだ。


国家公務員I種の志願者が減ったとかいう新聞記事を見た。
本当に私が不思議に思うコト、いくつかある。
「みんな、定年まで勤めればいいじゃん」
「採用時から人数を絞れば良いじゃん」
「天下りに依存したシステムはやめちゃえばいいじゃん」

で、浮いたお金を教育や医療に回せばよいのだ。教師や医師の労働条件の悪さは改善すべきだ。ってか、残業という概念が無いのだもの。

別に私の給料を多くしろというわけではない。教育従事者や、医療従事者を増やし、長時間労働の改善をして欲しい。
身代わりに、ワケの分からない「財団法人」をバンバン潰せばよいのだ。良く新聞に出てくる「第三者機関(の創設)」なんて、単なる「役人の天下り先確保」だろ! そんな存在、いらねーっつーの!(怒)

中教審と再生会議

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20070426ia25.htmから

道徳教育、教科で教えるべきでない…中教審会長が発言

 中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)の山崎正和会長は26日、東京・内幸町の日本記者クラブで記者会見し、教育再生会議が検討している道徳の正式教科化について、「道徳は教科で教えるべきではなく、教師や親も含めた大人が身をもって教えるべきだ。科目として点数をつけ、教科書を使う教科とすることは無理があると思う」と述べ、否定的な見解を示した。
 山崎氏は「中教審会長としては、委員の議論に耳を傾け、多数意見を文科相に伝達するだけだ。議論をリードする気はない。あくまで個人的な意見だ」と断った上で発言した。
 さらに、山崎氏は「現在の道徳教育もいらないと思う。現在の学校教育で『内面的な価値』である倫理の教育を行うのは無理だ。国の決まりはこうなっているという客観的な順法精神を教えるべきだ」と持論を展開した。
(2007年4月26日23時33分 読売新聞)

http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20070426AT1G2603426042007.htmlから

山崎中教審会長「道徳・歴史教育は不要」
 中央教育審議会の山崎正和会長は26日の日本記者クラブ主催の会見で、個人的な意見と断った上で「価値観が多様化する中、倫理的問題は学校になじまない。道徳を学校で教える必要はないと思う」と述べ、道徳教育は不要との考えを示した。歴史教育についても「我が国の歴史はこうだったと国家が決めるのは間違い」と強調した。
 政府の教育再生会議は小中学校で道徳を「徳育」として正式教科にすることを検討している。中教審の審議は学校教育のあり方に深くかかわるだけに、発言が波紋を投ずる可能性もある。
 山崎会長は「社会の価値観が多様化する中、決着のつかないことが多い倫理的問題は学校になじまない」と指摘。妊娠中絶や、勝者と敗者を生む競争社会など是非をめぐって意見が割れる問題を例に挙げ「点数を付けられるものでもなく、学校で簡単に教えられない。代わりに民法や刑法などの順法精神を教えればいい」と持論を述べた。(23:00)

遙か昔の大学生の頃、小学校の教育実習に行った際、指導教諭としてお世話になった中村享史先生はおっしゃった。
「道徳は、悩ませるためにあるのです」って。

真面目な実習生だった(ホントかよ?)私、授業というものは、全ての教科に於いて「予定調和」だと思ってた、それまでは。
内容は忘れたが、授業で扱われたのは「妊娠中絶」でも「競争社会」でも無かったことは確かだ。何しろ小学生向けの内容だった。でも「最適な答えが見つかりづらいような状況」について、生徒に意見交換させる授業だった。「国立大学附属小学校に来る優秀な生徒達」が討論してました。答えは出ませんでした。

なお、中村先生は数学が専門で、「等分除」と「包含除」の違いを教えて頂きました。あれは勉強になりました。
この文章を作成してて思ったのですが、なんだかんだ言って、「教える」ってコトに集中していたのでしょうね、自分自身が。
私は結構真面目な学生だったのかも…


教育再生会議っていう「胡散臭い会合」が、「道徳を"数値化しよう(評定を出そう)"ってノタマッたコト」に疑問を感じていた私です。

「ポッと出」の「教育再生会議」よりも、「法に則った存在」である「中央教育審議会」の方が、「役者も意識も数段上」というコトなのでしょう。別に「中教審」を手放しで褒めるわけでは無いが、何しろ面白い新聞記事であった。
「山崎正和」ってヒト、今後もチェックしていこうと思った。

私は新聞記事に釣られたのか?


私は「和民って居酒屋」に客としては行く。が、従業員にはなりたくない。
また「和民高校」には従業員としても、生徒としても行きたくない。

憲法記念日に寄せて

今日の午前中にやってた、NHKの『憲法記念日特集 施行60年・いま憲法を問う』って番組を途中まで見た。
舛添なるヒトも、アベシンゾー君には若干困惑気味だということが分かった。

"権力の頂点"とか"最高司令官"みたいな忌むべき存在から、"主権者"である国民を守るために「日本国憲法」は存在しているのだ。
憲法の基本的性質を完全に間違えているアベシンゾー君には困ったものである。しかし、彼が首相になったのも国民の意志の反映であるのだろう。

教育基本法は既に改悪されちゃった。
数ヶ月前に知った、私が感銘を受けた文書があります。この腐れ日記の読者にお知らせします。
なお、立教女学院はキリスト教系の学校であるという下地もあるとは思います。

「教育基本法」改正に対する声明文
http://www.rikkyo.ne.jp/grp/jogakuin/seimeibun.html

燃え上がり、立ち消えた物欲

世の中には、楽しいソフトがある。
Mitaka
http://4d2u.nao.ac.jp/html/program/mitaka/

概要
Mitaka は、国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクトで開発している、天文学の様々な観測データや理論的モデルを見るためのソフトウェアです。地球から宇宙の大規模構造までを自由に移動して、宇宙の様々な構造や天体の位置を見ることができます。

国立天文台の公式サイトは何度か訪れたことがあったが、このソフトがあることは知らなかった。
このソフトの存在を知ったのは、NHK学校放送の「理科総合(2006年版)」を三鷹ら(見たから)だった。ビデオを見た際、縣(あがた)センセイのご尊顔、初めて拝見することができた。人の良さそうなオジサンだった。以前に日記を作成した際、「変わった名字だな」ってコトで記憶に残っていたお方である。

で、2週間ほど前だったろうか、そのソフトをダウンロードしてみたのだ。職場のパソコンと、家のパソコンに。
どちらのパソコンも「推奨スペック」に達していないが、一応動いている。

で、「理科総合」のビデオの中では、縣センセイがプレステの「ワイヤレスコントローラー」を用いて、Mitaka を操っていた。その際は、プレステのコントローラーを「特別に設定して使用」ているのだろうと、勝手に予想していた。私と一緒に理科総合を担当している20代半ばのNセンセもゲーマーだそうで、予習としてビデオを見た際、プレステのコントローラーが使われていることに気づいたそうだ。なお、彼も私と同じくエースコンバットが好きらしいコトも判明した。

本日、改めて Mitaka のマニュアルを読んでいて、ビックリした。

2.1 ゲーム機用コントローラ(パッド)での操作について
Mitaka では、ゲーム機用コントローラを使用しての操作もできます。現在のバージョンで標準で対応しているのは、以下の組み合わせです。
-------------------------------------------
コントローラSony 製Play Station 用DualShock
USB 変換器ELECOM 製JC-PS201USV
-------------------------------------------

突如として燃え上がる、物欲の炎。

ここ数年、パソコンの周辺機器売り場を訪れたトキ、「プレステのコントローラー変換コネクタ」を買おうかどうしようか、迷っては止めていたのだ。大体、パソコンではアクションゲームをすることはほとんど無いし。最近真面目にやったパソコンのアクションゲームっていうと"DOOM II"だろうか? インターネットが流行する遙か昔、10年ほど前のことだ。

そして、仕事をしつつ、あるいは教室や理科室付近のメンテナンスをしつつ、考えた。

別に、パソコンのキーボードで操作すれば良いんだよなぁ…

徐々に物欲の炎は消えていった。私も大人になったものだ。

昨日、「プログラミング・情報教育研究会」略して「プ会」に参加させて頂いた。

ほとんどの方が初対面だったのだが、ブログ等は以前から拝見している場合が多かった。
サイト名の50音順で「小リンク集」を作成してみます。


同僚のセンセです、改めてリンク。いつもお世話になっております。昨日は津久井先生よりもずっとマニアックな方々を拝見しました。「世界は広いなぁ」って思ったのでした。
情報科教員MTのBlog

東京都高等学校情報教育研究会(都高情研)の研究大会で、初めてお顔を拝見しました。私は小原先生(とそのブログ)を知っていましたが、小原先生は私を知らない(知らなかった)ことと思われます。
情報科作業日誌

主催(のお一人)である辰己先生は、Web 上の写真より、現物の方が明らかにかっこいいと思ったのでした。私の主観ですが。
辰己丈夫の研究雑報

やはり都高情研の研究大会で初めてお会いしました。その研究大会では、田崎先生にしてみれば、私は単なる聴衆の一人だったと思われます。
ネタ帳@教科「情報」

やはりやはり、都高情研の研究大会で初めてお会いしました。やはりやはりやはり、私は単なる聴衆の一人だったと思われます。先ほど知ったのですが、日本UNIXユーザ会などに関わっていらっしゃったのですねぇ... すごい。
NOSHIRO Shigeo Page

私の腐れ日記から、何度かリンクさせて頂いたコトがあったのですが、ご本人には初めてお会いしました。声援ありがとうございます。
Yansen 教科情報 BLOG


昨晩、私が懇親会の会場から早めに退出しようとしたトキ、辰己先生から「(もっと)絡んでくださいね」と言われたので、私なりに絡んでみました。

私が「トラックバック」というヤツをやらない理由は、以下のリンク先をご覧ください。m(_ _)m
ありおり。(日記): 検索結果


で、研究会そのものでは「高校でのプログラミング教育」と「大学でのプログラミング教育」の実践例を教えて頂きました。

以下は感想。

・授業で使うコンピューターが、「LinuxとWindowsのデュアルブート環境」となっている高校があるなんて、すげーなー。
・私は「コンピュータサイエンス」なる分野の知識が大幅に欠落しているようだ。
・やっぱり、プログラミングを教える先生は、プログラミングがホントに好きなのだなぁ...

私は私で、自分らしさを追求していこうと思った次第でございます。

「一家に1枚」らしい...

先日、「宇宙図」が届いた。
http://www.nao.ac.jp/study/uchuzu/
存在は知っていたのです。「うちの学校には来ないのかなぁ...」って思っていたのだった。

本日、しみじみ端から端まで読んでみた(試験問題作れよ...)。良くできている印刷物です、ホントに。「しずく形」という概念は初耳(?)でした。

で、その印刷物を見ていて思い出したのが、「ゲノムマップ」であり「一家に1枚周期表」でした。
で、検索して知りました。出所は同じらしいことに。それは以下のサイト。

科学技術週間

ここには過去の「一家に1枚シリーズ」の pdf が存在しています。理科室に掲示してある上記3枚のポスターが破損してしまっても、職場の大判プリンタ(B0オーバー対応:エプソンのPX-9000)で印刷できるワケです。何となく安心。
コンピュータサイエンス分野の知識は少ないが、「宇宙図」についてだったら、生徒に何か質問されても一通り答えることができそうな気がする。

planets_space.jpg
廊下の掲示板に貼り付けてある「ニュートンのカレンダー」と「宇宙図」

部屋と黒板と私

2007年度になり、明らかに減ったシゴトがある。
それは「中途半端な長さのチョーク処理」である。

昨年度は高校2年を、本年度は高校3年のクラス担任をしている。当然、ホームルームを行う教室がある。放課後には生徒と一緒に教室掃除をする。

昨年度の最初、黒板の整備をしていて気付いた。「この教室で授業をする教員の中に、"チョーク放流主義者"が居るな」って。

"チョーク放流主義者"ってコトバは、今思いついた。私は"チョーク現地調達主義者"である。


私は職員室から授業に向かう際、チョークを一切持っていかない。授業をする教室に放置してあるチョークを適当に使うのである。
ヒトによっては、自分のチョークケースを持っていて、授業にそれを持参する方もいる。それもひとつのポリシーだろう。

私が理解できない存在(あれは"人種"といっても差し支えないだろう)に、「授業に向かう時、ほとんど毎回新品のチョークを持参する」というグループがある。

授業の際、確かに新品のチョークを使う方が、書き心地がよいだろう。しかし彼らは、その使用済みチョークを、授業を行った教室に"放流"するのである。昨年度、私はいったいどれだけ「少しだけ減ったチョーク」を回収したことだろうか。使用前のチョークの長さを"100"とすれば、およそ"80"くらいのチョークである。自分が使ったチョークは、自分で回収して欲しい。
年度途中、どう頑張ってもホームルーム教室では「"80"チョーク」を使い切れなくなってきた。結局、職員室の「"100"チョーク」置き場に上記「"80"チョーク」を再放流することとなった。特に苦情を聞いたことは無かった。


ああいう行動(チョーク放流)を取れるヒトってのは、「想像力に欠けてる」んじゃないかと思うのです。自分が使った後のチョークがどうなるか、考えていないのでしょう。
この"チョーク放流主義者"って、「飲み終わった紙パック飲料の容器を、道ばたに止めている自転車の荷物カゴに放り込む人達」に近いような気がします。ところで今気付いたが、そういう"ゴミ放流主義者"ってのは、"放置自転車撲滅活動家"なのかも知れないですね。駅前に自転車を放置しているヒトに鉄槌を下しているのカモ。しかし、それが本当ならば、「ひとつの自転車のカゴに、山ほどゴミが投入されてる」って現象はあり得ないですね。やはり彼らは単なる「自分勝手なヒト達」なのでしょう。


このコトをこの場所に書いて、何がどうなるワケでも無い。が、このネタはいつか書こうとも思っていた。
何故なら、このコトは職場全体に伝えるような内容で無く、職場の誰かに喋るほどでも無いからだ。飲み会の際、誰かに喋ったことはあるかも知れないケド。
何しろ、本年度は私のホームルーム教室でのストレスがひとつ減るとともに、その原因(の人種)は私から遠ざかったことも確からしいので、ここに記してみました。


"チョーク現地調達主義者"の私も、時々困難に遭遇するのですよ。自分がチョークを運ばないので、チョーク減少の危機に見舞われるコトがある。また、ごく稀に複数色のチョークを使いたくなった場合、それらが見あたらなかったりします。生物の遺伝分野あたりでは、色を用いて4種類の形質("丸黄・丸緑・しわ黄・しわ緑"みたいなトコロ)を区別したいときもあったりするので。
ま、普段の授業では、誰かが教室へ運んでくれたチョークの「成れの果て」である、チビた白いチョークと黄色いチョークしか使いません。そして時々、爪で黒板を引っ掻く羽目になり、何とも言えない周波数の音波で、眠りかけていた生徒を起こすのです。

ミランコビッチ・サイクル

本年度は「理科総合B」って科目も3クラスほど担当している。
一緒に担当しているのは、私よりも若い生物の先生である。コキ使えて楽である。

って、別にヒトを「アゴで使っている」ワケではありません。ただ、年上の先生と接するときよりは、多少「大ざっぱ」な応対となってしまいます。
「理科総合B」では、1学期の授業案は私が作成し、2学期以降はその先生にお願いすることにしてある。ごく簡単に言うと1学期は天文学メイン、2学期は遺伝メインとする予定なのだ。1学期は授業用のプリントを作成し、全クラス共通で使用している。

中間試験が終了し、私が行った理科総合Bの授業は、1クラスあたり最大2コマである。あるクラスは試験後最初の授業が今日だった。
で、もう一人の先生(Nセンセ)のクラスでは、明日「試験後4コマめ」に突入するそうなのだ。そんなわけで、本日17時過ぎから授業プリント原稿作成を行った。


絶対、私よりもNセンセの方が大変なのだ。

私は大学で地学を専攻した。現在の勤務先には「東京都私学適性試験」の「化学」を受験し、ソコソコの結果を出したため、呼ばれたようだ。で、最初の非常勤講師のトキ、担当したのは中3の理科と高1の生物Iだったのだ。豪快な学校だ。

自分の専門外を教えるコト、高校ではソコソコあるだろう。私も「生物II」まで担当したことがある。あれはキツかった。
Nセンセも修行として頑張って欲しい。
これって、日記に書く内容か? ま、本人にも直接「修行だと思ってください」って言ったはずだ、確か。


で、本日私が作成したプリントについて、思うところを記述する。
扱ったのは「地球という星(惑星)の特異性」である。

「太陽からの絶妙な距離」とか「光合成生物の誕生」とか、今この地球が存在するには「たくさんの偶然」が存在したのは確からしい。で、「地球の大気」についても触れるわけだ。今は「地球温暖化」が進行していると言われている。
しかし、このネタについて触れるならば、地学専攻としては「水蒸気による温室効果(ググリンク)」や、「ミランコビッチ・サイクル(ググリンク)」についても触れざるを得ないだろう。「地球温暖化はぜーんぶ人類のせい」っていう「偏った報道」に接しがちな現代ニホンジンだ。

確かに「省エネ」は重要だが、盲目的な環境保護(理科の勉強不全)は「牛乳パックの再利用」みたいな「ワケ分からない活動」を生み出しもする。
って、パソコンを使う私は、化石燃料やウランの核分裂の「成れの果て」である「電力」を消費するさ。クーラーつけてないから許してチョンマゲ。


話は冒頭に戻るが、私と一緒に「理科総合B」を担当しているのが別のセンセイだったら、もっと丁重に授業案を作るだろうなぁ…。
Nセンセは明日、彼の机の上にある私の原稿に初めて出会い、午前中の3時間で予習をするはずだから。スミマセンねぇ…。


「ミランコビッチ・サイクル」等を学ぶ(教え込む)コトについての哲学的考察、気が向いたら作成します。

ミランコビッチ・サイクルとヒト

「ミランコビッチ・サイクル」とか、「地球磁場の消失や逆転」とか、「地球の全凍結」みたいな概念って、地学方面に興味があれば、自分でたどり着けるヒトもいるかもしれない。
しかし、世の中のヒトの大多数はそんなことを知らないままに死んでいくのだろう。

ミランコビッチ・サイクルを初めて知ったとき、私はかなりの衝撃を受けた。

・地軸の傾きは23.4度で固定されているわけでは無い。
・北極星は数千年の間でもローテーションしていく。
・地球の軌道は変化している。
その結果、氷期や間氷期といったサイクルが存在するとかしないとか… 私は「氷期の地球」を直接見たワケじゃありませんが。


大地震とか、洪水とか、大火事とかに対して、「自然の猛威」ってフレーズが使われることがあります。これは、かなりヒト寄りの「我が儘な」解釈だと思います。

ミランコビッチ・サイクルなんて、ヒトどころか、すべての生物も無視してますもんね。惑星の化学組成とか恒星のタイプなんてのも関係ないのだろう。単純に古典的な力学の世界なんじゃないかな、多分。
何しろ、ヒトというのは、恒星や惑星の運動の前では、完全に無力であることを思い知らされます。

そんなコトを調べ上げたミランコビッチさんたちって、凄いと思います。


で、このことを学校で勉強するとどうなるのでしょうか。

パターン1:地球の歴史を解明したヒトの一員であることを誇りに思い、「自分もとりあえず人類に何らかの貢献をしよう」と考える。
パターン2:ヒトの無力さを改めて思い知り、「神様なんて、どうせ人類のコトなんか気にしていないんだ。だったら、とことん好きなコト、悪いコトをやってやろう」って思う。

さあ、DOTCH !

ブックオフ万歳

4月から放置してあった懸案事項が解決した。
「学級文庫の補充」である。

基本的に「よいモノはヒトの間を流れる」という認識があるので、自分が選んだ書籍が「文庫」から無くなるのは構わない。また、「本当に手元に置いておきたい本」は、教室なんかには置かない。

ブックオフはありがたい。文庫本が105円で買える。
「自腹&定価」で買った単行本を学級文庫に置く気は無いが、「無くなるつもり」で文庫本を買うには、ちょうどよい。領収書は効くのだろうか?
今日は「自分が読みたい本」も買ってしまったので、領収書は貰わなかった。
本屋は楽しい。背表紙や表紙を眺める時間があるなら。
次回は学級文庫用に領収書切ってもらおうっと。


今日補充した本は、以下の通り。

妹尾河童『少年H(上・下)』
さくらももこ『ももこのいきもの図鑑』
同『もものかんづめ』
吉本ばなな『キッチン』
スティーブン・キング『グリーン・マイル(1・2)』
村上龍『コインロッカー・ベイビーズ(下)』
(以上すべて105円)

パオロ・マッツァリーノ『反社会学講座』
(ペーパーバック?の単行本850円)


ブックオフ荻窪駅北口店は大きい。
でも、よく考えたら、私が知っている別のブックオフは「阿佐ヶ谷南店」だけな気が... なにしろ、阿佐ヶ谷よりは荻窪の店舗の方が広い。

『少年H』は、全てのヒトに読んでもらいたい本である。私は「平和主義者」なのだ。「改憲論者」でもあるが。「戦争は良いこと無い」って痛切に思わせてくれる、妹尾河童氏は。
この本を「学級文庫」に買うのは、多分「4セットめ」である。無くなるってコトは、「読まれている」ってコトだろう。(この本についての追記あり:2007年11月)

で、「あったら良いなぁ...」って思って探し、遭遇できたのが『反社会学講座』なのである。
新品の定価は1500円。この本は手元に置いておきたい。学級文庫用に中古を探そうと思っていた。見つかった。思ったより高かったッス。
まっつぁん、良かったね。値崩れして無くて。(勝手に友人気取り)

で、今、公式サイト?を見てみたら、文庫化されることを知ったッス。

この本は、私の配偶者も「面白い」って言ってますから、本当に面白いです。
(論理性不全?)

AIDSとNewtonと私

先日、授業の準備をしていたら、視聴覚室の机の落書きが気になった。なので消しゴムを用い、可能な範囲で消した。

その中に「HIVウイルスはこわいねー」って落書きがあった。保健か何かの授業で、エイズのビデオでも見たのだろうか。確かにエイズは怖い。私は自分が中学生の頃から HIV を恐れていた。科学雑誌の『Newton』を愛読していたので、そいつの恐ろしさについての記述に度々出会ったためだ。

ここ1年以上ニュートンは軽くチェックしているが、HIV とか AIDS の特集は見ていないと思った。

で、よく考えると職場で「年間購読契約」を行った際に「ネット会員登録」してあるコトに気付いた。そこで、記事検索をしてみた。"HIV"で検索してみても、"AIDS"で検索してみても、最新の記事として引っかかってくるのは"2000年の記事"であった。
私の感覚の正しさが証明された。


やはり、若者(全年齢層も?)のHIV感染が減らないのは「"HIV"の恐ろしさ」が伝わりきっていないからなのだろう。
なお、生徒は"HIVウイルス"って落書きしてたけど、それは"ヒト免疫不全ウイルスウイルス"って意味になっちゃうのだ(ググリンク)。"HIV"の"V"は"Virus"の頭文字ですからねぇ。ま、数年前の教育実習生も"HIVウイルス"ってコトバを、指導案だか板書だかに書いていたから、ありがちな間違いなのでしょうけどね。


私は、腑抜けとなった雑誌『Newton』の身代わりに、HIVについての啓蒙を行うことにしました。
高校時代の友人から教えて頂いた「Web魚拓」のリンクを貼ります。
強烈な画像なので気を付けてください。ホントですよ。風俗(コンドーム無しのソープランド)で働いていた方のブログらしいです。AIDS を発症しちゃったそうです。
この画像、私には「カポジ肉腫」なのか、別の症状(梅毒?)なのか分かりません。

このサイトを紹介するかどうかは数日悩んだのですが、魚拓の存在を広める方がブログ作者の意図に叶うとの結論に至りました。
http://megalodon.jp/?url=http://eizu777.exblog.jp/4177618/&date=20060730232555


思えば、「Youtube」も「Web魚拓」も、彼からのメールでその存在を知りました。
彼(高校時代の友人)は新しい情報(技術)に詳しいと思います。「きっこの日記」の存在を教えてくれたのも彼だし。

教育職員免許法

教員免許更新制で、一番の実害を受けるのは、「講習を受け持つ(ハズの大学の)センセ達」だと思います。
本当は、小学校から高校までのセンセイの採用自体を厳密にするべきだと思うのです。
ノーモア縁故。
ノーモアヒロシマ。ノーモアナガサキ。ノーモアオキナワ。

ノーモア二世議員。

大学の先生からの「教員免許更新制は止めようぜ」メッセージは、あんまり見たこと無いッス。自分たちの所行と素性が胡散臭いことをご存じなのでしょう。

自分が「大学の教員」であることの有り難みを自覚しているから、そして、自分たちは特に「免許」を必要とするわけでもないから、また、あんまり関係ないヤと思っているから、主張も無いのだろうと思います。

ご愁傷様です。

参考文献
http://www.ariori.com/diary/2005/12/06/
http://www.ariori.com/diary/2006/07/25/

おおらかだった頃

先ほど採点が終了した。

公立学校の先生なんかは、「答案持ち帰るベカラズ」みたいな約束もあるらしい。
私の勤め先は、私学だけに若干融通が利く。「持ち帰る場合は自己責任で」みたいな感じで一応許可されてるノダ。落としたりしたら、洒落にならないだろうが。
ま、「持ち帰る」って時点で、ホワイトカラーエグゼンプションという名の棺桶に、自ら両足を突っ込んでしまっているわけだ。労働者としては、あまり褒められた行為では無い。

ここ数年、自分を褒めるコトが続いている。毎年中学生に対して、ほぼ同じ範囲の授業を繰り返し行いながら、試験問題は必ず作り直しているから。って、アタリマエか?


忘れもしない1985年、私が中学3年の時である。
その年に豊島区内の中学校から異動してきた数学の先生Aがいた。特に好きでも嫌いでもなかった。厳密に言うと、「好き」よりは「嫌い」に近い先生だったから、名前も覚えていないのだろう。

で、そのA先生は私の記憶では長崎中学から第十中学に異動してきたのだ。で、Aは異動前の中学で使った定期考査の問題を、そのまま(?)私たちの通う学校でも使ったらしいのだ。
友人の数名が通っていた塾が東長崎駅近くにあり、その塾に通っていた友人数名は、Aの作った過去問を入手したらしい。

私が中学の頃、評定は「相対評価」だった。
どれだけ頑張っても、5の人数は限定されている。また、都立高校に入るには「内申」と「5教科のペーパーテスト」の両方が大事なのだ。「定期考査の流出」は、コドモゴゴロ(?)にも、「洒落になってないよ」って思ったのだ。

消えゆく教科「情報」

平成20年度東京都公立学校教員採用候補者選考実施要綱
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/buka/jinji/20senko/20jissi.htm
から引用

募集する校種・教科等
    高等学校 情報
受験資格
    情報の高等学校教諭普通免許状
    数学又は理科の高等学校教諭普通免許状
    ※情報の他、数学又は理科の免許状も必要です。
    ※情報で採用された場合、数学又は理科の授業を担当することもあります。

神奈川県で情報科を受け持っている先生のブログによると、神奈川県は「情報科」の免許だけ持っていれば、教員採用試験を受験できたらしい。

東京都教育委員会って、数年前から公立学校に「主幹」というポストを導入している。これは、いろいろと問題があるという説もある。徐々に新聞の記事になったりもしている。ま、私の職場には関係ないけど。で、来年度からは「主任教諭」とか「統括校長」ってポストも新設されるらしい。
http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2007/06/20h6s101.htm

昨年秋、東京私立学校教職員組合連合(私教連)での勉強会に参加した際、「そういう噂」を聞いてはいた。「そういう噂」とは「東京都は教育職員の給与の細分化を画策しているらしい」ってコト。
しかし、こんなにさっさと(約1年後に)導入が決定されるとは思っていなかったッス。


ま、余所の芝生(?)の話はさておき、本題の情報科へ。

東京都教育委員会って、「主任教諭の導入」みたいな「反クミアイ的」なコトを含め、割と「先進的」である気がするのですね。東京都は新規募集の「情報科の教員」に「理科または数学の教員免許」を求めています。これは「普通教科『情報』が無くなるだろう」っていう見解に基づいた行動である気がするのですね。

私は、普通科高校の情報科って、無くなって構わないと思っています。目的自体が曖昧だから(参照:3月の日記の後半部分)。

で、この春、「渡航条件」ならぬ「都高情研(東京都高等学校情報教育研究会)」の「研究大会」に参加した際、鈴木寛(すずきかん)なるヒトの講演があった。
彼曰く「情報科を無くさないよう、色々アピールしないと情報科は無くなるかも知れませんねぇ…」って。

彼の公式サイトを見てみると、「情報科云々…」ってフレーズは、パッと見では見あたらない。あたりまえか。
確かに「お産難民」を救うコトなどの方が重要でしょう。


繰り返す。私自身は、普通科高校の「情報科」が無くなっても構わない、むしろ積極的に廃止したいと考える人間なのである。
「問題解決」ってフレーズが「普通教科情報」のキーワードの一つなのだが、そんなのが教科の目標になり得るという点がおかしいと思う。

情報科に関わる先生のブログを見ていると、時々この「問題解決」ってフレーズが出てくる。それぞれの先生のココロの中で、「問題解決を目指す教科なんて、どこかおかしいぞ」って感じているのじゃ無かろうか。だから、わざわざ日記に記したりしちゃうのだ、多分。


また、「総合的な学習の時間」も同様に無くしちゃいましょう。以前にも同じ様なことを記したコトあるが、もう少し丁寧に。

学校などの教育機関では、様々なプロフェッショナルによる、発達段階に応じた「古典的な教科の授業」が用意されている。それらを受けることにより、児童・生徒はそれぞれの学問領域の神髄に近づいていく。そんな作業を繰り返す中で、個人内に於ける価値観や人生観というのは徐々に醸成されるのだろう。無理に「総合的な学習」なんて行わなくても、教員が楽しんで授業を展開できれば、そのねらいは達成できると思うのだ。


そして、話は冒頭へ戻る。
「先見の明」がある東京都が示すように、情報科は消滅の方向へ向かっている。

教員の総「修士化」にもの申す

昨今、学校の教員を「修士」にしよう、って言説がある。私は「教員の修士化」は意味無いと思う。


例えば、すずきかんってヒトの「マニフェスト」には、以下の文言がある。

2.公立学校の先生復活
  教員の修士化と定数増。学校理事会主導による保護者・地域住民参加の教員評価。
すずきかんの約束
  生徒一人一人の個性や学ぶ欲求に対応できる教育環境を作ります。
   ■教職大学院の設立を推進し、いじめや不登校に対応できる教師、現場で即戦力となる教師を養成します。
   ■教師の定員を増やし、生徒一人一人に合ったきめの細かい指導を可能にします。
   ■保護者、地域住民、学校関係者、専門家からなる学校理事会に不適格教師の認定申請権を与え、常に保護者の評価が現場に反映されるようにします。

> ■教師の定員を増やし、生徒一人一人に合ったきめの細かい指導を可能にします。
この部分は劇的に賛成する。

> ■教職大学院の設立を推進し、いじめや不登校に対応できる教師、現場で即戦力となる教師を養成します。
しかし、この部分はイタダケない。

「修士」ってのは、私が知る限り、大学卒業後に大学院に通わないといけない。

一昨年に公表された、内閣府によるアンケート結果の一部を再び引用する。(最初の引用は2005年12月6日の日記)
enquete.gif

「研修」に対する意見で一番多かったのは、「教員としての適性は本人の資質によるところが大きく、研修・指導等によって基本的に改善するものではない」である。私もそう思う。
確かに「研修」あるいは「大学院での学習」によって、部分的な改善はあるでしょう。しかし、人間の根幹部分ってのはほとんど変化しないものだと思うのですね。
話は飛びますが、あれだけ酷いめに遭っている(と私は思う)アベシンゾー君なんか、未だに「月800円くらい、ちょろまかしても構わない」って公言したらしいですものね。全然学習していない。
「戸塚ヨットスクール」の校長である戸塚宏氏、服役を終えたのは昨年のコトだった。出所後のコメントで「体罰は教育」だと宣わったとかナントカ。戸塚氏は自らが行う「スパルタ教育」を支持しているワケだが、「刑務所によるスパルタ教育(?)」は、戸塚氏を変えられなかったわけだ。面白き矛盾。
三つ子の魂百まで。


すずきかん氏へのツッコミに戻る。

私は、10数年間教員をやってきた。徐々に生徒を手なずけられるようになった気がする。
大学や大学院では、学問として「教育学」を学んだり、自分が専攻する分野の「最新の知見」を導入することは可能だろう。しかし、教員に不可欠な「教科教育力」というのは、高等教育をやたらにたくさん受けただけでは、身に付かないはずだ。「教科教育力」や「生徒掌握力」は日々の授業で試行錯誤を行い、経験から身につけるしかない。私はそう感じつつ、ここまで来た。

そして、「いじめや不登校」への対応。
こんなものはヒトに教わって身に付くものでもないだろう。そういったデキゴトへの対応というのは、上手になれるのだろうか。純粋な疑問だ。
私もクラス担任を務めるうち、不登校傾向の生徒に出会うことがあった。クラス担任にできることと云えば、誠意を持って、私自身の考え方を相手に伝えるくらいだ。そして、相手が納得して学校に通うように仕向ける。もちろん、学校に来られないままの生徒も居る。


だいたい、大学だけならず、大学院まで行くってコトは、それだけ「職業人として給料を貰い始める年齢」が上がると云うことである。私は大学院に行く価値というのは見いだせなかった。さっさと現場に出たかったし、給料をもらい、「一人前」になりたかったってコトもある。


話は変わるが、腐った政治家や官僚こそ、「モラル幼稚園」から通い直すべきだと思うのだ。
「大学院まで行って、モラルの修士号を取れ」なんて申しません。小卒程度で結構ですよ。

合格実績水増し

高等学校などに於ける「合格実績水増し」は、今後も続々と発覚するだろう。

「1人で73学部・学科に合格」は確かに「やりすぎ」ではある。しかし、この問題が難しいのは「線引きができない」という点にあるだろう。「1人で○校までの出願は許されるが、○○校だとダメ」って、一概には言えないだろうから。


よくよく冷静に考えてみると、大学は入学定員に対して「合格者」を多めに出している。東大や京大みたいな「超人気校」でも無い限り、大学は必ず合格者に逃げられてしまうから。それに加えて、センター試験に相乗りする私立大学が増えている。昔よりも「センター試験の点数のみで合否判定」って私学が増えた気がする。そういう私学は、堂々と国公立大学受験者の「落ち穂拾い」を行っているわけだ。

私の勤務先は生徒が希望したままに、大学に出願させている。というか、出願は生徒が行うものだから、アタリマエだけど。しかし、うちのガッコでも「学校で受験料を負担したらどうなんだ」ってハナシ、冗談半分(つまり本気半分)ながら、ヒラ教員間で出ていた。危ないところだった。
「くそ真面目な指導と学校運営を行っていて、"ブーム"に乗り遅れただけ」と言えるかも知れないが。


全ての中等教育学校や高等学校は「合格先一覧」というデータを発表する限り、自動的に「水増し」をしてしまっている。大学の「入学者数」よりも「合格者数」の方が、圧倒的に多いのだから。

この現状を避けるには、高等学校や中等教育学校が持っている「卒業生の進学先」というデータを用いれば良いのだろう。今後は、それが「正当な学校の評価基準」となっていくハズ。

過去10日の日記

8月1日から3日間、財団法人放射線利用振興協会による原子力体験セミナー上級理科コース I (魚拓) に参加してきました。

原子力体験セミナーに参加するのは2度目です。前回2005年の「産業コース」参加レポートはこちら
このセミナー、職場のセンセ方にも毎年勧めています。しかし、私以外に参加した方は無さそう。確かに宿泊が必要な研修は面倒かも知れません。
でも「原子力という技術」そのものを知るのは、意義のあることだと思います。

研修最終日、帰りのバスまで1時間近く余っていたので、原子力科学館に立ち寄ってみました。
2年前の原子力体験セミナーに参加した際にも「もう少し見たかったなぁ」と思った施設でしたので、ちょうど良かったです。そこでは「JCO臨界事故」に関する展示がありました。写真を撮ろうかとも思ったのですが、「きっとネット上には"見学レポート"があるだろう」と思い、あまり記録は取りませんでした。パンフレットはきちんと貰ってきました。
で、先日ネット上を漁ったところ、やはりレポートは存在しました。

JCO臨界事故模型展示を見る
http://www.asahi-net.or.jp/~zs2t-ikhr/article/jco6.htm

あの立派な、しかしあまり大きくない展示は、1年以上前に作られていたのですねぇ。
私が思ったのは「この展示は、どこから金が出て、実際には誰が作った(下請けした)のだろう」なんてコトばかりでした。

ちゃんとした「原子力体験セミナー」のレポートは、これから作成するはずです、職場の宿題だから...


6日と7日は、多摩川の河川敷で行われた、ソフトボール大会引率(日焼け付き)に行ってきました。
ソフトボールってのは、最低9名のプレーヤーが必要なのですが、勤務先では1,2年生で7名しか居ません。3年生の部員とその友達を助っ人として、何とか参加してきました。ま、例によって他の学校から部員を借りたりもしたのですが...
アトランタオリンピックで正式種目になったあたりから、「ソフト人気も高まるかしら...」って期待しつつ、既に10年以上。勤務先に於いては、部員数の増加は見られませんでした。むしろ減少しているかも。
やはり人数が揃い、練習試合を頻繁に行うようでないと、なかなかチームも強くなりません。

しかしながら大会後、約2週間は部活動も夏休みとしました。私も休まなければならない。
学期中は過労死の定義に引っかかるような超過勤務が続いています。どう考えても、年間104日(週休2日)相当の休日は無いしねぇ。

「味の素」の素に肉薄

一昨日、以下の会に参加してきました。
「第8回 関東地区中高教諭とケミカルエンジニア交流のための見学講演会・研究協議会」
エラく長い名称。
会場は「味の素株式会社川崎事業所」でした。

拡大地図を表示

日本大学生物資源科学部の今井正直氏から「エマルション(Emulsion:ググリンク)」についての講義を聴いたり、味の素株式会社の研究員である三原康博氏から「核酸系うまみ調味料」の開発方法についての講義を聴いたりしました。
しかし、パワーポイントを用いた講演の内容がマニアックであり、資料も頂けなかったので、かなり私にとっては難解でした。
質疑応答の際に、他の(高校の?)先生方からの質問があり、それは参考になりました。
「サトウキビから味の素」とは言うものの、味の素(グルタミン酸ナトリウム)の材料には窒素を含むものも必要であるらしい、等々...

味の素の歴史についての展示で知ったのですが、昭和の初期には「味の素の材料は蛇だ」という流言があったらしいです。私は小さい頃、「石油からできている」って聞いたこともありました。
蛇からできてるのも嘘だし、石油説も嘘らしいです。
「蛇説」が流れた当時、「味の素」は小麦から作っていたそうです。現在は皆さんご存じの通り、サトウキビが主成分であり、そこに菌を作用させて作るそうで。

以下の写真は、京浜急行鈴木町駅のホームから撮影した、川崎事業所敷地内にある「菌保管庫」の後ろ姿です。
ajinomoto.jpg
「工場内は撮影禁止」って言われてたので、駅のホームから撮影してみました。なんでも、この建物(右側手前の茶色いヤツ)の内部は、マイナス80℃になっているとか。「味の素」の「キモ」とも言える部分に、こんなに近づけるとは思いませんでした。もちろん、保管庫には入れてくれませんでしたけどね。


「川崎区鈴木町」という場所には、味の素の工場しかないそうです。
この周辺にまつわる簡単な年表を。

1909(明治42)年 鈴木三郎助(すずきさぶろうすけ)により、うま味調味料「味の素」一般発売開始
1912(明治45)年 (資)鈴木製薬所(1907年設立)を(資)鈴木商店と社名変更
1914(大正3)年 鈴木商店川崎工場完成、操業開始
1929(昭和4)年 京浜急行電鉄「味の素前」駅開業
1937(昭和12)年 「八幡塚」と「久根崎」の一部が「鈴木町」となる
1944(昭和19)年 京浜急行電鉄「味の素前」が「鈴木町」に改称
1946(昭和21)年 味の素株式会社と社名変更

第2次世界大戦中の駅名変更は、「防諜上の理由」だそうです。それが今に至るようで。非常に入り組んだ歴史ですね。

職場の宿題、大体終わりました。
「原子力体験セミナー」の参加報告です。

今、私の職場では続々と「宿題完成者」が誕生しております。メデタイことです。
直前まで宿題やってるなんて、生徒と一緒ですね。まあ、部活動の指導や教科の指導が、夏休みの間続いていた先生が多いですけど。

私のレポートは更に推敲した後、またネット上で披露しようと思います。以前のレポートは放射線利用振興協会のサーバー経由で閲覧されたことがあったようです。
今回のレポートでは、無駄な話はだいぶ省きました。その分、更に面白みがない可能性が高いです。


hyperthermia_s.jpg

NHK総合、19時直前の天気予報。明日は、オレンジの彼も赤い彼もいなかった。
彼ら「熱中症ぼうや」を見て和む日々も、いつか終わってしまうのだろう。
夏休みも終わる。

「平成19年度原子力体験セミナー【上級理科コース】報告」なるページを作成しました。
http://www.ariori.com/science/2007nuclear.html

「平成17年度原子力体験セミナー【産業コース】報告」の続編です。
http://www.ariori.com/science/2005nuclear.html


久しぶりにエディタを使って html を記述しました。
ホームページ作成は「一部マニア」の趣味でしたが、ブログ作成は「不健康なヒト」の嗜みになりつつある気がします。一部のブログサービスや mixi なんかは、ケータイでも投稿できますものね。
「ホームページ→ブログ」という執筆環境の変化で、敷居は劇的に低くなったのでしょう。以前から言われているコトですが。

ヒトのブログを見てて知ったのですが、検索機能が貧弱なサービスって、結構多い気がします。goo や livedoor など。そういう場合は、Google を使った方が速いみたい。
さるさる日記は検索機能バッチリですが、広告が気に食わない。

慣れがあるとは思いますが、movabletype は使い勝手が良いと思います。文章のバックアップを取っておくのも簡単だし。

道徳は道徳のまま

50音順にネット上の記事見出しを連ねる。

朝日新聞
道徳、教科にせず 中教審方針 再生会議案「困難」

時事通信
道徳教科化は見送り=次期指導要領で中教審

中国新聞
道徳「教科格上げ」見送り 中教審が方針

東京新聞
道徳 教科化見送り 中教審方針『徳育』にもせず

日本経済新聞
道徳の教科化、見送りの方向・中教審と文科省

読売新聞
道徳教科化見送り、心の問題「なじまず」…中教審方針

昨晩遅くから、これらの記事は配信され始めたらしい。
私の嫌いな毎日新聞は、この件に関しての記事を載せていない。毎日jpとやらの準備で忙しいのだろうか。


私はこの記事(群)を見て安堵した。
道徳は「教科」にはならないらしい。

これらの記事の出所はどこなのだろう。
以前から思っていることだが、文部科学省の公式サイトでの発表(例えば「審議会議事録」)よりも速く、審議会関連の記事が出現しているのである。この現象は日本の行政に於いては普遍的に見られるのかも知れないが、他の省庁のサイトはあんまり見ないから分からないのである。

これらの記事が新聞や Web 上に出たってコトは、文部科学省の役人と、中教審の委員の間で、「道徳の教科化は止めよう」って話し合いが決着したというコトなのだろう。
審議会の会議自体は「出来レース」というコトなのだろうか?


上に挙げた記事を一通り読んでみた。
『心のノート(ググリンク)』って不思議な冊子があったことを、中国新聞の記事で思い出した。
私の職場の机上にも常備されている。あまりにも胡散臭かったから、初版をきちんと保存してある。すぐに手にとって読めるように置いてあるのだ。
その冊子を見て最初に思ったのは「冊子全体のデザインに一貫性が無く、非常に読みづらい」というコトだ。

その内容については、様々な意見があろう。この冊子についての書籍も売られているらしい。先ほど知った。『心のノート』が気になる方は以下のリンクを辿られると良いだろう。
この冊子は市販されているらしいが、その内容が pdf で読めるというのが不思議だ。著作権の侵害に当たらないのだろうか?

CEBc - 特定非営利活動法人子どものための民間教育委員会
http://cebc.jp/

資料室 -「心のノート」中学生版-
http://www.cebc.jp/data/education/gov/jp/konote/cyu/


ま、一種の「国定教科書」を「暁教育図書」等の「私企業」が作成・大量受注したのだ。出版社も何か後ろ暗いことがあるに違いない。だから文句を言えないのだろう、多分。
「暁教育図書」は、社長の名前しか判らなかった。役員の氏名なども知りたかった、そしてググってみたかったのだが…。

ウィキペディアによる「心のノート」の解説はイカしている。
2007年9月19日に引用。

こころのノート

こころのノートとは文部科学省が2002年4月、全国の小中学校に配布した道徳の副教材である。小学生向け(1・2年生、3・4年生、5・6年生)3種類と中学生向けの合計4種類がある。表題は小学校低学年向けは「こころのノート」、他は「心のノート」である。心理学者の河合隼雄を中心として、製作されたものである。2002年度だけで、7億2980万円の予算が使われ、2003年にも3億円の予算が計上された。

歴史教科書問題において日本は教科書検定制度であると反論しているが、こころのノートは事実上の国定教科書でありこれに反するという主張や、教育勅語や修身教科の色彩が濃いとして批判されることも多い。

また、この冊子を作るのに多額の税金が用いられていたことも問題となっており、わざわざ文部科学省が製作する必要はなかったのではないかと言われることもある。

実際のところ、学校の授業ではほとんど使われずに学年末に家に持ち帰るだけになっている場合も多々ある。

こころのノートの巻末にはエコマークが記されており、「ちきゅうにやさしい 文部科学省」となっている。


<過去の関連する日記>

「中教審と再生会議」
http://www.ariori.com/diary/2007/04/27/

----------2007年10月6日追記----------

奥村先生のブログ
http://oku.edu.mie-u.ac.jp/~okumura/blog/
で、
教育委員会連合会のサイト
http://www.kyoi-ren.gr.jp/
の存在を知った。
トップページから「最新の中教審会議資料」を見ることができる。文科省公式サイトよりも早く。

奥村先生にその情報をもたらしたのは、五十嵐先生であるらしい。
総合学科「情報」日誌
http://arashi50.cocolog-nifty.com/blog/

「肉離れ」体験

夏休み最終日の31日、部活の指導でソフトボールのダイヤモンドを一周、見本として全力疾走した。
3塁を過ぎたあたりで、右太腿裏側に痛みが走った。「肉離れ?」と、その瞬間に思った。

とりあえず完走したが、タイムは12秒34、自己ベストからは0.7秒ほど遅かった。体重の増加とラスト10mほどの減速が原因だろう。

その際、負傷したのは「ハムストリングス」だと見当を付けた。先ほどネット上で確認したが、やはりその場所が肉離れを起こしたようだった。本格的な肉離れは初めての体験であった。
走ることにはそれなりに自信があったのだ。確実に老化していることを思い知らされた。

負傷後3~7日は、朝起きるたび負傷部付近に痛みを感じた。それが徐々に膝の方向へ向かっているような気がしていた。負傷した筋肉をかばいつつ、日常生活を過ごしていた。
そして、負傷から14日ほど経過した頃、膝に痛みを感じるようになった。その後、歩行するのにも困難を感じるコトとなった。
自分自身では「痛む箇所が徐々に移動していった」気がしていた。「筋繊維の再構築」でも行われている気がしてた、思いこみだが。
その日は脛骨最上部左側が痛かった。腱鞘炎のような痛みで、静止状態から動かし始める時が痛かった。動き出してしまえば痛みは軽減するのである。

9月16日日曜日、東京都医療機関案内サービス“ひまわり”を用いて、形成外科を検索したところ、ふかい整形外科医院が診察を行っていることを知り、訪れてみた。
診察してくれたのは院長先生だったようだ。穏やかな感じで好印象を受けた。レントゲンを撮影したが、骨に異常は無いとのことだった。
センセイ曰く「2週間前の肉離れから、疲労による痛みが生じることは少ないのですがねぇ。マラソンなどをしていると同じ場所が痛むことがありますが…。とりあえず、消炎剤などを処方します」とのコトだった。

ってコトで、現在はほとんど痛みが無くなった。何だったのであろうか。

文化祭代休の25日に再診の約束がしてある。痛みが直っちゃったならば行かなくても良いような、しかし、休日に診察してもらったし、行く義理もあるような… 、ってトコロで悩んでいるノダ。

教員免許更新制について

だいぶ前の新聞記事だが、引っかかったので魚拓を取ってあるのだ。

asahi.com から
教員免許の更新講習は「双方向評価」 文科省が方針
2007年08月12日20時48分

文科省の方針は、(1)大学側は、受講予定者の意見を事前に聴いたうえで講習の内容を決める(2)受講者には事後評価をさせ、その結果を公表する(3)2年目以降の受講対象者は、前年までの事後評価をもとに、どの大学で受講するのかを決められるようにする――といった内容。担当する教職員課は「混乱があるかもしれないが、講習を透明にすることが必要だ。面倒見のよさや、受講者と一緒に考える姿勢が大事で、講習の質を正面から確保する手段と考えている」としている。

本当に下らないと思う。
何のための講習なのだろう。
ニホンってクニは、「ハコだけ作って丸投げ」が本当に好きなんだなぁって思った。


世の中のほとんどの教員は、大学へ通い、所定の科目を取得し、免許を取得したハズだ。
大学の授業内容は、その教員によって千差万別だろう。でも、結果として免許はみんな持ってる。数百万人でしたっけ?

もし「適性に欠ける」教員が居るならば、免許持たせたまま解雇すればよいのですよ。そういう仕組みがあっても良いハズだ。ただし、ヒトの評価というのは相当に厳密になされるべきでしょう。
教育委員会や校長・教頭が「問題教員」を解雇できないのなら、その仕事を大学のセンセにやらせるのは酷だ。

ま、教員よりも「社会保険事務所勤務でカネをガメた輩」を排除するのが先でしょう。
それが完全に終了したら、教員の評価ってヤツを開始しても良いと思います。


何しろ、こういう下らない施策により、大学教員も、初等中等学校の教員も疲弊する。
加えて、無駄な文部科学省の役人が必要になる。


元々、教員免許自体が「いい加減な講義」を受講することで発行されているのだ。
東京学芸大学の岡崎恵視(おかざきめぐみ)は、細胞の構造についての講座(半期)の最後、「試験料だ」って言って学生から1人あたり100円ずつせしめたのだ。
1990年のことだ。
あれは何だったのだろうか?


<過去の関連する日記>

教員採用試験の公平性
http://www.ariori.com/diary/2005/12/06/

「教員免許更新制」vs「開かれた学校」
http://www.ariori.com/diary/2006/07/25/

教育職員免許法
http://www.ariori.com/diary/2007/06/22/

大学推薦入試

これから、大学などの推薦入試の季節になる。
生徒が作成した「志望理由書」みたいなヤツを添削していると、どんどん私の文章になっていく。文章の主題は変えていないつもりではある。

「読書感想文全国コンクール」って、如何ほど教員の手が入っているのだろうか?
私や、見知らぬ国語科教員などの作業は、果たして「教育的」なのだろうか?

直接的にヒトが死なないだけ、相撲部屋よりは「マシ」なのかも知れない。

口は曲がらないが…

大学への推薦書を作成している。
指が曲がるんじゃないかと不安になってくる。

「口が曲がる」で思い出したが、ヒトは「言いたくないことを言う」トキって、口の片側で喋るように思うのだ。また、口の片側で喋ったり笑ったりするヒトって「シニカルな雰囲気」というか、「斜に構えた」感じがする。少なくとも私はかなりそう感じる。

麻生太郎氏って「嘘」あるいは「言いたくないこと」を言い続けてきたか、幼い頃から「斜に構え」続けたヒトなのじゃないかと思うのだ。

Déjà vu

ムーディー勝山は、どこかで見た顔だと思っていた。
Heinrich Rudolf Hertz だった。(画像ググリンク)

というのは、嘘である。
電波産業会という団体が作成した中学校向け冊子を見ていたら、ムーディー勝山に似た肖像を発見したのだった。それこそが、周波数の単位 Hz(ヘルツ)の由来となった人物である。

高校3年の担任をしている。
1学年300名弱について、成績順位を出す必要が生じた。5段階評価の平均(0.1刻み)を用いた。

職場では、桐ver8 及び Excel2002 を主に使っている。

Excel の「オートフィル」を用いて、5.0から2.0までの数値が入っているセルを作成した。その横のセルにて「countif 関数」を用い、それらの評定平均の人数を数えた。「評定平均5.0(オール5)」の生徒も、「同2.0(スーパーウルトラ低空飛行)」の生徒も居ないが。
そうしたところ「評定平均3.5以下」の生徒が1人もカウントされなかった。

5秒ほど悩み、「オートフィル」で作成された数値が入っているセルにカーソルを合わせた。すると、"3.50000…1"などという値になっていた。
最近「エクセルでバグがある」というニュースがあったから、「私もバグを発見したかも」って面白がってみた。"excel オートフィル バグ 小数"などとググってみたが、そのような情報は発見できなかった。

よくよくその値をチェックしてみると、有効数字15桁目くらいから数値がおかしくなっていることに気付いた。ひらめいたので"excel 浮動小数点 桁数"でググってみたところ、問題は解決した。
単なる「Excel の仕様」であった。「IEEE 754 に準拠」した「浮動小数点」の扱いによる「丸め」の影響だそうだそうな。サポートページにバッチリ書いてあった。

Excel で浮動小数点演算の結果が正しくない場合がある
http://support.microsoft.com/kb/78113/ja

オートフィルで作成した数値の大群を以下に示す。
黄色い背景の部分が、計算がずれたように見える所。
excel2002_1s.gif

なお、連続データを作成する際に、きちんと増分を指定してやれば(今回は"-0.1")、この問題は生じない。アタリマエなのかも知れないが。
excel2002_2.gif


エクセルの挙動について、こんなページを発見した。とても判りやすい。
日経PC21 / “達人”芳坂和行氏に学ぶ、エクセル(Excel)「演算誤差」対策講座
http://pc.nikkeibp.co.jp/pc21/special/gosa/

「総合的な学習の時間」は廃止だ

私は「総合的な学習の時間」の廃止を訴えてきた。かなり細々と。

画家になる方法
http://www.ariori.com/diary/2001/06/16/

高校での学習活動、どれが好きですか? と 咆哮予告
http://www.ariori.com/diary/2007/03/28/

消えゆく教科「情報」
http://www.ariori.com/diary/2007/07/11/


改めて並べてみると、日記の表題自体に「総合的な学習」という文字列がない。「細々」に過ぎた。

ここ数年間の「教員による"総合的な学習の時間"に対する努力」は無駄になることはないだろう。自分の専門分野を教授する際の「肥やし」になるはずだ。自分を振り返ってみて、強くそう思う。

文部科学省の役人は、勇気を持って「総合的な学習の時間」を廃止すべきなのだ。誰にでも間違いはある。「総合的な学習の時間」導入は失敗だったと認めればよいのだ。なまっちょろく「削減」なんて言わず、「廃止」だ。

私は、中教審が行うであろう「意見募集」に意見するつもりだ。「総合的な学習の時間」は廃止せよ、と。
で、早速準備を始め、以下のページを発見した。

パブリックコメント(意見募集中案件一覧)
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public


ここまで書き、私は気付いてしまった。文科省の役人は「総合的な学習の時間」廃止を考えているのだ。
ただ、自分じゃ「総合的な学習の時間、止めます」って言いづらい。プライドも高かろうから。

既に教員に対するアンケートは実施済みだ。
後は「総合的な学習の時間は廃止せよ」っていうパブリックコメントの集積を待つだけなのだ。

およそ1年前、コツコツと調査した結果を披露します。

関東地方における、「地学」を入試として採用している大学数--使用文献『2007年度大学入試 代ゼミデータリサーチVOL.3』--

国公立大学の全学科数 604
大学入試センター試験「地学I」利用可能学科数 425
個別試験地学利用可能学科数 32

私立大学(大学センター試験利用)全学科数 1575
大学入試センター試験「地学I」利用可能学科 779


「地学受験は可能・有効なのか?」と疑問に思ったことがあり、2007年初頭に調査した結果です。
記した通り、このデータは「関東地方」だけです。ご注意ください。


なお、私自身は約20年前、国立大の二次試験科目の一つに「地学」を選びました。その経緯は当サイト内にあります。「共通一次試験」は化学を選んでました。

上の学科数を見る限り、「好き」または「得意」では無い限り、大学受験科目としては地学を選択しない方が良いのでしょう。まあ、調べる前から判っていたことですが。
ただ、私が漠然と思っていたよりも、「地学」が利用できる学部・学科は多かったです。特に私学での「センター試験利用」では。


先日、放課後に実験準備をしていたら、化学が専門の先生も実験準備をされていました。少しおしゃべりをしたのですが、その話題の一つに「来るべき学習指導要領」が実施された際の、「センター試験の科目構成」もありました。

現在、大学入試センター試験では「物理I」や「化学I」などといった科目があります。「II」はセンター試験の範囲となっていません。
私の予想では、現在作成中の「来るべき学習指導要領」が実施されるようになった場合、センター試験では以前のように「物理」や「化学」という名称になり、その範囲は全分野になるのではないかと。
きちんと「教育課程部会におけるこれまでの審議のまとめ(案)」は読み切れていませんので、「物理基礎」や「化学基礎」などの内容もはっきりと判りませんけれど。

なお、現時点で「教育課程部会におけるこれまでの審議のまとめ(案)」を見るには、全国都道府県教育委員会連合会の作成してくれた pdf を見るしかないようです。
その pdf は、以下のページからリンクされています。
http://www.kyoi-ren.gr.jp/siryou/newpage1.html

現時点では、文部科学省サイト内で同じ資料を見ようとしても、【準備中】ということで見られません。


この数日間、学習指導要領についての記事が、色々な新聞社から出ていました。あれらの記事は「審議のまとめ(案)」を元に作成されたのでしょうが、どこから資料を入手しているのでしょうか。
ま、そのような文書(新聞記事の元ネタとなる、役所発行の文書)を、私のような平民も簡単に見られるようになったのは、確実に「IT革命(死語)」のおかげなのでしょうね。ありがたや、ありがたや。
「全国都道府県教育委員会連合会」で作業なさっている方にも感謝します。

選択日和

まだ、いろいろと燻っている。
小沢一郎氏と民主党と自民党(と公明党)は。

私は、自民党候補に票を投じたことはない。この37年弱の生涯、17年弱の選挙権行使に於いて。
毎回毎回、大なり小なり悩むのである、センキョというヤツは。

一番の問題は、全ての公約に賛同できる候補が居ないことだ。ま、当たり前ではあるが。
この問題を克服したいならば、自分が出馬する以外には無いだろう。しかし、区議会なり市議会なりに名を連ねることになったとしても、自分の意見が通せるかどうかは別問題なのであろう。
じゃあ「長い物に巻かれよう」と、既存の政党から出馬する。その段階で、自分の意見と「党の意見」は摺り合わせないといけなくなるはずだ。
ヨノナカはそうそうスパッと割り切れないもののようだ。当たり前だ。


日本の国会の話。
アメリカ合衆国に対して「政治の空白」が生じようと、それは主権を有する日本国民が選んだことなのだ。民主党は主権者から「何か」を託された。小沢一郎氏は妥協して(ポストが欲しいからといって?)「大連立」なんてコトは考えなくて良いハズだ。
衆参両院の議員の皆さんは、立法府としてシゴトを遂行するまでのことである。いちいちいちいち、政党間や政党内で意見を摺り合わせ、必要ならば役人とも話し合い、真に必要とされる法案を作って欲しい。それが議会制民主主義というものだろう。私が望んで「そうなっている」わけではないが。


つい先日、保険の見直しをした。
結果的には、今まで加入していた共済を継続することにした。別の商品も考え、その2つを見比べたのだが、一長一短という感じで、なかなか決めづらいのである。選挙の際の「投票先選び」と似ていることに気づいた。

今日は教科(理科)の書架整理をした。
選挙や保険の選択に似ているデキゴトに、教員のシゴトとして「教材の選択」というヤツがある。教科書や副教材は、それぞれ似ていながら違う面もあり、一長一短だらけ(?)なのだ。来年度に使用する「副教材」の見本が届きつつある。古い教科書や問題集を処分し、比較的新しいものを書架に納めた。

「総合的な学習の時間」は廃止だ
http://www.ariori.com/diary/2007/11/02/
の続き。


中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会「教育課程部会におけるこれまでの審議のまとめ」に対する意見募集について
が発表された。

意見募集要領は html 版もある。
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/19/11/07110704/001.htm

「意見募集期間」は「平成19年11月8日(木曜日)~平成19年12月7日(金曜日)必着」だそうだ。
「意見提出様式」等には指定がある。そいつには確実に従った方が良いのだろう。そうでなくても、主権者の意見は無視されがちだ。

早速、以下のメールを送った。
この場への披露に当たり、一部伏せ字にしました。

From: ******@******.ed.jp (小川正樹)
Date: Thu, 08 Nov 2007 13:39:50 +0900
To: kyokyo@mext.go.jp
Subject: 審議のまとめへの意見

文部科学省初等中等教育局教育課程課教育課程企画室 御中

氏名 小川正樹
性別 男
年齢 36
職業 私立学校教員
住所 ******************
電話番号 03-*******

以下は意見


私の意見の主題は「総合的な学習の時間」の廃止です。

高等学校における「総合的な学習の時間」のねらいを引用します。

第4款 総合的な学習の時間
2 総合的な学習の時間においては,次のようなねらいをもって指導を行うものとする。
(1) 自ら課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,よりよく問題を解決する資質や能力を育てること。
(2) 学び方やものの考え方を身に付け,問題の解決や探究活動に主体的,創造的に取り組む態度を育て,自己の在り方生き方を考えることができるようにすること。
(3) 各教科・科目及び特別活動で身に付けた知識や技能等を相互に関連付け,学習や生活において生かし,それらが総合的に働くようにすること。

昨今、高等教育機関である大学では「リベラルアーツ」の重要性が叫ばれつつあるようです。私が勤務する中等教育学校も、同じであると思っております。
教育機関では、様々な専門能力を有した教員による、発達段階に応じた「古典的な教科の授業」が用意されているはずです。
児童・生徒・学生は、それらの精選された授業・講義を受けることによって、また、その専門能力を有した教員の考えや個性、体験談に触発されることによって、それぞれの学問領域の神髄に近づいていくのでしょう。
そのような10年以上にわたる学習活動の中で、個人内に於ける価値観や人生観というのは徐々に醸成されていくのだと思います。

今回、小~高等学校で「総合的な学習の時間」の削減が行われるようです。それは歓迎すべきことです。
私自身は「総合的な学習の時間」など行わなくとも、「この世の中を少しでも良くしたい」と思う「熱意ある教員」が授業を行うならば、「旧来の教科学習」を行うだけでも、上に引用した「ねらい」は達成できると考えております。
「総合的な学習の時間」について、NHK教育では「対応番組」が存在するようです。
学習指導要領とNHKの活動は、直接関係は無いのかも知れません。しかし、そのような「総合的な学習の時間で、テレビを見ざるを得ない」ような学校が存在するのならば、初等教育機関を含め、「総合的な学習の時間」を全廃すべきだと考えます。そして、その時間を「基礎・基本」育成のさらなる充実に割くべきです。

以上のような理由から、私は初等・中等教育機関での「総合的な学習の時間」の廃止を訴えます。


意見は以上です。


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小川正樹
OGAWA Masaki

ジュンク堂でビニ本購入

本屋で「カバーおかけしますか?」と尋ねられた場合、私は「いいえ」と答える。
普通の本屋だと、文庫1冊買っただけなのに、ビニールの丈夫そうな袋に入れてくれたりする。逆に不経済な気がする。大概の場合はそのまま受け取る。わざわざ袋から本を取り出し、私の粘液や皺がついたヤツを返却するのも面倒なので。
書き間違えたが、正しくはビニールではなく「(多分)ポリエチレン」であり、粘液ではなく「指紋」である。

今日の帰宅途上、ジュンク堂池袋店にて2冊ほど本を買った。例によってカバーを拒否したら、「袋にお入れしますか?」と尋ねられた。
売られた喧嘩は買わねばならない。
「いいえ」

何しろ、ジュンク堂は斬新である。陳列もそうだが、接客もひと味違うと思った。
本を入れる袋の有無を聞かれるとは思わなかった。エコロジーで良い。
その店員さんオリジナルなのかも知れないし、店舗共通の接客ルールなのかも知れない。


なお、買った本の1つはコレである。
コンピュータを使わない情報教育 アンプラグドコンピュータサイエンス

ジュンク堂の書架ではサンプルが置いてあり、売り物には透明なカバーが掛かっていた。
「ビニ本かぁ、フフフ」と思った。


無理に本を買わずとも、英語が達者なら以下のサイトをそのまま利用できるのだろう。
Computer Science Unplugged

私は本を買うことにしました。

「総合的な学習の時間を廃止しよう!」と言いながらも、定められているからには遂行せねばならない。で、やるからにはそれなりに真面目に取り組むのだ。ああ、エラい。

勤務先の高校3年では、担任団11名がそれぞれ講座を設定した。約240名の生徒達は、それぞれ希望する講座を選び、受講した。

私が設定したのは「健康グッズを科学的に検証する」という講座である。第1希望者は33名だったから、まあまあの人気だったと言えよう。

「鰯の頭も信心から」ということわざは知っていますか?「遠赤外線」「ゲルマニウム」「弱アルカリ性」「(水溶性)チタン」「ナノクラスター(水)」「ナノコロイド」「バナジウム」「マイナスイオン」(50音順)などなど...。健康に関わるような製品は、かなり高価なものも多いですが、本当に効果があるのでしょうか?今後、無駄なお金を使わないためにも、文献やインターネットなどを用いて、一緒に調べてみましょう。

33名は、上の「講座紹介文」を見て希望してきた。まあ、「小川ならヌルかろう」という見込みがあったのかも知れない。

生徒達に数名のグループを作ってもらった。それぞれのグループが調査した商品等は、以下の通りだった。(50音順)
おっきくなぁれ
ぐーぴたっ
ゲルマニウム
スリムウォーク
ヒアルロン酸
マイナスイオン
リンパマッサージ
ロデオボーイ

調査結果のプレゼンテーションは先週行った。最優秀グループが、来週の学年全体会で発表を行う。
結果的に、最優秀となったのは「リンパマッサージ」であった。芸達者な生徒が教室の前でマッサージを実演したら、相互評価でぶっちぎりの高得点を獲得したためだ。なお、リンパマッサージの効用については、私は意見を保留する。

生徒達のプレゼンテーションには、「科学的な知識が浅いため、商品説明や文献、ネット上の文書をただ棒読みする」だけのものが多かった。例えば「ゲルマニウム推進派と思われるヒトの文書」などの「ツッコミどころ満載」のものもあったが、生徒間ではそれなりの評価だった(第2位)のがビビッた。ま、発表の内容だけで評価したわけではないから、ある程度は仕方ない。

昨日は講座の最終回ということで、「通信販売に騙されないために」という演示実験と講義を行った。扱った内容は以下の通りである。

・気体の捕集法(上方置換、下方置換、水上置換)
・酸素 O2 の発生
・硫黄 S の燃焼
・亜硫酸イオン SO32- の還元力(還元性)

過酸化水素の分解による酸素の発生
<反応式> 2 H2O2 → 2 H2O + O2 ( MnO2 は触媒)

硫黄の燃焼
<反応式> S + O2 → SO2

亜硫酸イオンの生成
<イオン反応式> SO2 + H2O → 2 H+ + SO32-

亜硫酸イオンの還元性(亜硫酸イオン自身は酸化される、すなわち電子 e- を放出)
<イオン反応式> SO32- + H2O → 2 H+ + SO42- + 2 e-

ヨウ素の還元(亜硫酸イオンから生じた電子がヨウ素に作用する)
<イオン反応式> I2(褐色) + 2 e- → 2 I-(無色)

行った実験は、それでもアナタは「あの洗剤」を買いますか? そのものである。


無色である亜硫酸イオン入りの水少量を、薄めたヨウ素液(ヨウ素ヨウ化カリウム水溶液)に垂らすのである。すると、ヨウ素がヨウ化物イオンに変化し、褐色の液体は無色になってしまうのだ。かなり劇的に。
また、デンプン水溶液にヨウ素液を加えた青紫~黒の液体に、同じく亜硫酸イオンを加えると、やはり劇的に無色になる。


実際にこの実験を眼にした生徒は、かなり驚く。本当に黒い水が透明になってしまうから。

私は「通販には騙されないように」と言うと共に、「(理科を真面目に勉強して)実験を見慣れていれば、テレビの嘘も見抜くことができるのだ」とも伝えるのであった。
ついでだが、暗くした実験室において、酸素中で硫黄を燃やすのは非常に美しい。青く輝く炎は幻想的である。何度見ても飽きない。ネット上を軽く漁ったが、画像は発見できなかった。ま、写真ではあの美しさは伝わらないとも思うが。


一応、理科の先生向けに何点かコツを記しておく。
・発生させる酸素が2L(およそ集気瓶3本分)ならば、教材として売っている過酸化水素水は数mLで足りる。高濃度だと沸騰してしまうので、水で適宜薄めて使用する。
・水上置換をする際、集気瓶の中に少量の水を残しておく。二酸化硫黄を溶かし込むためである。
・硫黄を燃やす前に、スチールウールの燃焼も見せたい。
・二酸化硫黄が水に溶けると、集気瓶の中は陰圧になるため、適宜摺り合わせのフタを開ける。


2009/12/15追記
参考画像アップしました。
日独合作ペテンショー「イージークリーン ウォッシュパワー」

先日、以下のサイトを見て、やっぱりマスコミはおかしいんじゃないの? との思いを新たにした。
学校教育を考える 2006年PISAの結果をめぐって(2)
私はどこかで「全日制以外の高校も入ったんだ、へぇー」と気付いていたような気もする。

上記記事の元ネタとなったであろう、文科省のサイトから引用数点。

OECD生徒の学習到達度調査(PISA)《2000年調査国際結果の要約》-文部科学省 から

【調査対象】
●わが国では,15歳児に関する国際定義に従って、調査対象母集団を「高等学校本科全日制学科」の1年生、約140万人と定義し、層化二段階抽出法によって、調査を実施する標本を決定した。その結果、全国の135学科(133校)、約5,300人の生徒が調査に参加した。


PISA(OECD生徒の学習到達度調査)2003年調査-文部科学省 から

【調査対象】
● 15歳児に関する国際定義に従って、わが国では、調査対象母集団を「高等学校本科の全日制学科、定時制学科、中等教育学校後期課程、高等専門学校」の1年生、約130万人と定義し、層化二段階抽出法によって、調査を実施する学校を決定し、各学校から無作為に調査対象生徒を選定した。調査には、全国の144学科、約4,700人の生徒が参加。


OECD生徒の学習到達度調査~2006年調査国際結果の要約~ から

【調査対象】
●15歳児に関する国際定義に従って、わが国では、調査対象母集団を「高等学校本科の全日制学科、定時制学科、中等教育学校後期課程、高等専門学校」の1年生、約120万人と定義し、層化二段階抽出法によって、調査を実施する学校(学科)を決定し、各学校(学科)から無作為に調査対象生徒を選定した。調査には、全国の185学科、約6,000人の生徒が参加。


2007年12月5日 朝日新聞朝刊2面 『ニュースがわからん!』 から

ホー先生:どのくらいの人数が受けたんじゃ?
A:今回は世界全体で約40万人で、日本では約6千人の高校1年生が受けた。日本では公立と私立、普通科と専門科といった偏りがないよう全国から学科を抽出し、さらに1学科ごとに35人を無作為に選んだ。


ウィキペディア から

日本の順位は、第1回調査と比べ第2回調査で下がっているが、これは調査参加国が増えたためであり、この調査結果をもとに日本で学力低下があったということはできない。しかし、日本では学力低下の根拠として用いられることが多い。


ウィキペディアにも「日本国内の母集団の性質が変わった」とは書かれていない。
「全日制の生徒だけ」の場合と「全日制に定時制や高等専門学校の生徒を含めた」場合では、単純なデータの比較はできないはずである。

2003年の調査結果から「"ゆとり教育"見直すべき」という議論が「新聞などで起こった」気がするのだが、その議論の根拠自体が曖昧だったと言わざるを得ない。ゆとり教育は「産業界」が希望したものであるという話もある。(参照:日経ビジネスオンライン 広田教授の「教育も、教育改革もけしからん」 なぜ「ゆとり教育」は失敗したのか? ~せっかちな創造性の追求【前編】)
また、もともと現行の「学習指導要領」については、導入前から教員の間で「義務教育での内容を削りすぎだ」という意見があった。


で、以上の文章だけだと、リンクさせていただいた 学校教育を考える の焼き直しでしかない。なお、同サイトの 2006年PISAの結果をめぐって という記事も全面的に同意します。


で、「何でフィンランドはそんなにずば抜けて高得点なのだろう?」って思い、調べてみた。
主に参考にしたのはベネッセ内にあった pdf である。
上記 pdf から引用。

フィンランドでは義務教育として7歳から16歳までの基礎教育(Basic Education)がある。

なんと、フィンランドでは、PISA は「義務教育最終学年」で行われるのですよ。
フィンランドでは、卒業時の成績によって、高等学校、職業専門学校への入学が許可されるそうだ。つまり、PISA を受験する時が、恐らく(ペーパーテスト)受験生として「一番ノリノリの時期」なワケです。それぞれの生徒が「最高のパフォーマンスを発揮する」と言っても過言ではないでしょう。
対して、日本。
さんざん報道されていますが、15歳は高校1年生です。テストがあるのは初夏ですから、「高校初めての夏休み」を前にして、浮き足立っているコトこの上ないハズ。

何しろ、この「受験時期の差異」によって、日本はフィンランドに負けるに決まっていたのです。むしろ、日本は健闘しているのではないでしょうか。
アメリカ合衆国などは、きっと中学校卒業寸前に受けたのでしょうね。もしかすると、日本よりも環境は悪いかも知れない。誘惑だらけの季節なのじゃないかしら?

ま、PISA があろうが無かろうが、私は真面目に授業を進めるだけなのですがね。
ってか、私は今、テストの採点をすべきだったのです。逃避しすぎたッス。 orz

ゴキブリって、外骨格が堅牢な生物である印象がある。
圧迫した際、スリッパ越しに「破裂の衝撃?」を感じたことあるから。

また、あれだけ敏捷な生物だから、生での素揚げは難しいんじゃないかな?


今年のアルファブロガーが選出されたようだ。
昔からその立場にいらっしゃるきっこ氏finalvent氏が、ファストフードの雄である「吉牛」に関わるような文章を書いていらっしゃる。別に後者は書いていないって?
きっこ氏は吉牛に行かないそうだ。私も行かない。私は「すき家」も行かないけど。単に肉があまりすきじゃないだけだ。

ここで一首

吉牛を恐れるあなたは喫煙者
そんな川柳作りしアル中

この「川柳兼狂歌」は、過去の作品の焼き直しなのです。

自分の日記を検索してみて、「電磁波が危ない」みたいな文章は無かった。良かった。
しかし、生徒には「電磁波って、危ないという説もあるみたいッスよ」とは伝えたことあるなぁ、確実に。「高圧電線の下に住んでいると、発ガンの確率が高まるという話もあるようだ、又聞きですけど」とは言ってきた気がする。最近はあんまり言わないけど。


関連する過去の日記
書評 『環境危機をあおってはいけない』

「教育課程部会におけるこれまでの審議のまとめ」57ページから引用。

子どもたちは学校だけではなく、家庭や地域社会における教育によってはぐくまれるほか、社会の変化や風潮からも影響を受ける。このため、道徳教育の充実に当たっては、学校・家庭・地域の連携・協力が不可欠であり、三者が一体となった取組を進めていくことが重要である。例えば、「早寝早起き朝ごはん」といった生活習慣や礼儀、マナーなどを身に付けるための取組の推進、「殺すな、盗むな、うそを言うな」といった最も根源的な課題を学校・家庭・地域社会を含めた社会全体で考えていくことが大切である。

超ウケる。
「殺すな、盗むな、うそを言うな」ですか。確かに根源的だ。

文科省の役人や中教審の委員は、この「哲学的テーマ」を「社会全体で考え」て欲しいらしい。この課題に抵触しちゃう「旬なヒト」って言うと「守屋武昌元防衛事務次官」とか「舛添要一厚生労働相」だろうか。


文部科学省の「中の人」たちには、「小学校での英語教育における人員をどうするか」とか、「教員免許更新制と外部人材の積極的登用という相反する考え」について、きちんとした説明をして欲しいものである。

そいつができないというならば、この「審議のまとめ」という文書も信頼できない。
単に「嘘に嘘を重ねている」だけでは無いだろうか?

「夜スぺ」って…

名前が全然イカしてない。
校長名の文書はここで見られるようだ。

このニュースを最初知ったとき、「何で公立学校で私企業である塾が営業活動できるんだ?」と疑問にも思った。
しかし、今朝気づいた。しみじみ思い返せば「全国学力調査」の方が、よっぽど広範囲である。どっちかがベネッセだったよなぁ… って思って検索してみたら、こんなトコロに書いてあった。

【小学校】
とりまとめ代表機関
 株式会社ベネッセコーポレーション

【中学校】
とりまとめ代表機関
 株式会社エヌ・ティ・ティ・データ
連携機関
 株式会社教育測定研究所

よくよく考えれば、ちっぽけな一つの中学校に、私企業が関わることよりも、全国的に税金が銀行に投入され、銀行がサラ金からカネを集めているコトこそ糾弾すべきだろう。


なにはともあれ、私は公立学校での「金を取っての補習」というのは「やりすぎ」だろうと思う。

そんなこんなで色々と話題を振りまいた「和田中の校長」は今年で辞めるらしい。5年間務められたようですね。「最後に失敗しちゃった」という風にも見れる。
もちろん、嫉妬も混じっています。

依りかかる

私は、「月曜始まりのカレンダー」は使わない。
筈だったのだが、年末にアリオ亀有の雑貨屋で買ったカレンダーが月曜始まりだった。実際に使い始めるまで、気づかなかった。

あそこで食事をするなら、1Fに入っている「焼きそば専門店 長田本庄軒」がお勧めである。他のお店はまだあんまり使用したことがないけれど。「ぼっかけオムそば」まいうー。

カレンダー自体は、オサレなデザインで、定価は350円だったハズ。
売れ残りを3割引で売っていたように記憶している。「200円チョイだから、まぁいいか」と買ったものである。
なお、最近は「百均」へ行けば、いくらでもカレンダーを売っている。
350円だと買わないが、245円なら良いだろうという判断がなされた。

結局、売れ残っていたのは「月曜始まり」だったからなのだろう。

昔、カレンダーはほとんど「日曜始まり」だったはずだ。それに慣れてしまっている。「月曜始まり」を見ると、頭の中で「ツークッション」くらい必要になる。ストレスだ。

なので、切り貼りして「日曜始まり」にしてみた。下の月(3,4月)が見えてしまうから、適当に紙も貼り付けた。そのため、デザインもヘッタクレも無くなった。百均(105円カレンダー)との差額140円の意味が無くなった。
245yen.jpg

カレンダーで思い出したが、私は職場で過去数年間「年間行事予定表」なる書類を作っていた。今はその分掌から外れている。
私が担当している時代に、一度大幅に書式を変えたことがある。

旧(日付横並び)
calendar_old.gif

新(曜日横並び)
calendar_new.gif

最初に「曜日横並び」を見たのは、部活の練習試合で訪れた、都立拝島高校の職員室内である。「こっちの方が使いやすいはずだ」って感じた。およそ10年前になるのだろうか?
「曜日横並び形式」の利点は、「行事などの配置を考える際、同じ曜日に行事が重なることにすぐ気づく」というコトである。また、以前の公立学校や勤め先では「隔週週休2日」といったようなコトもあった。だから「曜日横並び」の方が使いやすいのだ。第2・4土曜日が一目で分かる。

実は、「曜日横並び」の導入には、1年か2年かかっている。「行事計画表の形式を変えましょうよ」と進言し、見本まで作成したが、上司?に却下されたのだ。
今は誰も文句も言わず、そんな出来事も(多分)忘れて使っているが、最初の1年間は不評もあったらしい。私は直接聞いていないけど。


もう亡くなった方らしいが、茨木のり子という詩人が居たらしい。「依りかからず」という作品を、新聞のコラム(天声人語だったかしら?)内で読んだ気がする。
「詩人」というのは、「言語」というものに非常に強く束縛される。言語に「依りかかって」いる存在なのだ。それなのに彼女は「私は何物にも依りかからずに生きていくのだ」って主張をなさっていた。非常に不思議に思った。

なお、現代に生きる詩人ならば、言語のみならず、様々な存在に寄りかかっているはずでもある。編集者や、出版社や、印刷所や、買ってくれる人や。
それを売り上げたお金で、自分の食料をやっと買える。都会に棲むヒト達に食料をもたらしてくれるのは、農業、漁業、運輸、小売りに携わる人たちだ。

コラムを目にしたトキからの「もやもや感」、やっと書けた。


私は必要ならば、何物でも「依りかかる」所存である。とりあえず、「日曜始まり」のカレンダーには、死ぬまで依存するだろう。

卒業式と国歌「君が代」

また、卒業式の季節が巡ってきた。
「君が代論争」が白熱してくるのだろう。

私の見解は、以下に記してある。
サイト内、「君が代」にて検索した結果

改めて自分の文章を読み直してみた。特に間違っていないと思う。
今回、以前から知っていた 根津公子さんのページ ってヤツの中にある、根津氏の文書『処分に思う そして、 心ある教員の皆さんへ』他数点(Web上なのに".doc"!)を読んでみた。
普通のヒトは、好んでワードのファイルなんか、開かないっつーの。その段階で、サイト作成に失敗している。サイトを管理しているのは、根津さん本人ではなく、沖電気を解雇されたヒト(♂)らしい。彼は、根津さんの主張を他人に伝えたいのだろうか? 単なるオナニーじゃねぇの? このサイトと同様にさ(自嘲w)。

で、根津氏の文を読んだ感想。「そういう思想もあるだろうが、私は否定も賛同もしない。自分の思いを、授業で展開するのは良いんじゃない?」ってトコロ。

クビまであと1年か・・頭をよぎる(根津公子)
http://www.labornetjp.org/news/2007/1174360574406staff01

には、

治安維持法下では、生命の危険に晒されましたが、今はまだ生命の危険はないですし、56歳の私には養育義務もありませんから、懲戒免職になっても何とか生きてはいけます。だから、大して迷うことなく、この決断ができたのだと思います。
とあるから、お子さんがありそうだ。
彼女はどういう結婚式を挙げたのか、あるいは挙げなかったのか、それが気になる。


私の主張を念のため繰り返す。自分の信念に従い、授業は授業で好きにやれば良いだろう。どうせ「管理職」は、すべての授業をチェックできないから。

卒業式には必ず管理職が参列する。
式典で「君が代」が歌われるとき、起立くらいしたって良いだろう。歌いたくなければ、口パクで良いと思うのだ。口を結んでいても良いだろう。ヒトのココロを他人が支配することは、決して誰もできないのだから。
教員であるならば、もっと「生徒のため」と思えることに、力を注ぐ方が良かろう。ま、彼女が最も大切に思うことが「不起立」ならば、それはそれで良い。
そして、処罰も仕方なかろう。給料をクニから貰っているんだから。

卒業生を送り出す。その前後に痛風。

胃腸炎以降、風邪に罹ってしまった。そして、何故か痛風の発作まで起こったのだった。

3月6日の夜に足の痛みに気付いた。
エビは、全世界的に高尿酸血症には良くないそうだ。豆類は、日本では言われないが、中国では「痛風に良くない食べ物」とされているそうだ。痛風発作出現まえの数日間、そいつらを結構食べていたのである。

右足中足骨(ググリンク)の薬指及び小指周辺が震源地である。痛みがピークだったのは7日夜から8日朝にかけて。卒業式の前の晩である。式典中は一応2本足で歩いていたつもりだ。歩けて良かった。何故に一番重要な行事の時に、痛風の発作など起こってくれるのだろうか。自分の体ながら有り難いものである。


高校3年の担任として、卒業生を送り出すのは4回めである。
彼女らの高校卒業式は、その一生で一度きりである。もちろん、私自身の高校卒業式も一度きりだった。
職業としてガッコウってヤツに関わっているので、卒業式には徐々に慣れてくる。慣れてきた。そのこと自体が、少しだけ悲しい気がする職業人なのだった。

今回卒業させたクラスの人々は、割と落ち着いた人々が多かった気がする。
お隣のクラスのセンセイ(学年主任)が、比較的強烈な個性を持つ人々の面倒を見るべく、自分のクラスにそいつらを集めたってコトも、理由にはあるだろう。しかし、それを差し引いたとしても、全体的には落ち着いた感じの良いクラスだったなぁって思います。祝卒業。


今回の痛風の発作で気づいた。
半年前の膝の痛み、あれも高尿酸血症が原因だったのかなぁ…って。
痛風の発作、捻挫チックな痛みとして始まる場合が多いみたいです、私の場合。


と、試験問題作成から逃避してみました。

腐れ官僚や政治屋こそ「愛国心」を

「道路特定財源」だけではないのだろう、税金の私物化という現象は。

本当に「愛国心」があれば、そのような行動は取らない、取れないのではないだろうか?
年少者に「愛国心」を押しつけるのも良いが、公僕は全て「愛国心」を保持していただきたいと思う昨今である。

訳者は垂水雄二という方らしい。
原題は"THE GOD DELUSION"というそうである。
直訳するなら『神という妄想』なのであろう。

リチャード・ドーキンスというヒトの名前は、前から知っていた。しかし、その著作(の日本語訳)は読んだことがなかった。昨年以来『神は妄想である』の書評を何点か眼にしており、面白そうだと思っていたので読んでみた。図書館への返却期限を2週間も過ぎてしまったが、読破した。

面白かった部分はたくさんある。しかし、含蓄に富んだ短文というと、ドーキンスによる「引用」になってしまうのだ。つまり、それらを引用すると「孫引き」になってしまう。あまり適切なコトでは無いだろう。なので、控える。

この本を読み、改めて認識した。私は多分、無神論者なのだろう。
初版の34ページから。

汎神論者(pantheist)は、超自然的な神をまったく信じないが、神という単語を、超自然的なものではない<自然>、あるいは宇宙、あるいは宇宙の仕組みを支配する法則性の同義語として扱う。

過去の日記に於いて、ワタシは上のような意味で「神」って使っていた、確かに。

とりあえず、ひとつ「へぇー」と思ったこと。
457ページから。

親類縁者を含めた一つの拡大家族全体にとって記念碑的な重要性をもちうる儀礼にしては驚くべきことに、カトリック教会は、どんな人間がどんな人間に洗礼をほどこすことも許していた(そして今でも許している)。洗礼をほどこすのは司祭でなくともいいのである。その子供も両親も、他の誰も洗礼に同意する必要がない。何一つ署名されることもない。何一つとして正式に目撃される必要がない。

その結果(?)19世紀半ばに、ユダヤ人の父母のもとに生まれた子が、知りあい(少し年上の女の子)に勝手に洗礼され、その瞬間から意図せずに「カトリック教徒」になってしまったがために、両親から引き離され(拉致され)、カトリック教徒として教育(監禁)される羽目になったのだという。
ワケが分からない。まあ、宗教による醜悪なデキゴトの極致として、この(結構有名らしい)事件が紹介されているのではあろうが。


リチャード・ドーキンスというヒトが、宗教に敵愾心を燃やすのは、以下の理由が最も大きいらしい。
451ページから。

より一般的に言えば(そして、これはイスラム教だけでなく、キリスト教にも同じようにあてはまる)、本当の意味で有害なのは、子供に信仰そのものが美徳であると教えることである。信仰は、それがいかなる正当化の根拠も必要とせず、いかなる議論も許さないという、まさにその理由によって悪なのである。子供に、疑問を抱かない絶対的な美徳であると教えることは、彼らに -手に入れることがむずかしくないいくつかのその他の要素が与えられれば- 、将来のジハードまたは十字軍のための潜在的な凶器(リーサル・ウェポン)となるべく育つ素地を与えることにほかならない。(中略)そして子供たちは、その教えを、かならずしも狂信的な過激主義者によってではなく、まっとうで穏健な、正統的な宗教指導者から教えられる。(中略)信仰とはきわめて危険なものになる可能性を秘めたものであり、罪もない子供の抵抗力のない心に、意図的にそれを植えつけるのは重大なまちがいである。

なるほどなぁ、という感じだ。
ワタシは宗教的に非常にいい加減な「現代日本」に生まれ育ったので、宗教の害というものに出会うことは少なかった。そして、特定の宗教を信奉しているわけではなく、普通に自然科学の勉強をしていったから、この本を手に取ったのだろう。

この本を読んでいる間、何度も「愛国心」教育や、「道徳」というモノについて、考えることになった。
かなりの大部であるが、面白い本である。

『水伝』という似非科学

この間、というか、正確には4月20日の日曜午後、『あっぱれさんま新教授』という番組で、未だに『水からの伝言(ウィキリン)』の内容を踏襲するような放送を行っていた。

で、その番組の中では、長谷川初範ってオッサンが「水伝信者」として伝道に励んでいた。
彼は「水にはうるさい」と言っていたにも関わらず、「水道水」と「2か所の名水」を当てる「利き水」で、見事全問不正解だった。なかなかナイスなオッサンである。『水伝』の信憑性を落とすのにも効果的であった。賛辞を送る。

しかし、フジテレビ系列の馬鹿さ加減、というか、番組内容のチェック体制の甘さには感心する。『あるある大事典』であれほど叩かれたにも関わらず、似非科学の権化とも言える『水伝』を広めるような番組を放映してしまうのだから。
あの『さんま云々』の番組制作者は、よほど自然科学関係に弱いのだろう。
長谷川なるオッサンにも改心してほしいと思う。私の勝手な願望であるが。


エセ科学に釣られてしまう人は多いようであり、問題なコトに「小学校の先生などが道徳の教材として『水からの伝言』を用いてしまう」というような事態も多々起こったらしい。ウィキペディアにも書いてある。
だいたい、あの本は版元が「サンマーク出版」って時点で、胡散臭いのに。大人なら気付けよ。

かく言う私は『水からの伝言』そのものを読んだこと無いのですけどね。そのダイジェスト(書評だったかな?)をどこかで読み、一笑に付した。私は「原典にあたっていない」から、その点において「非科学的」という誹りを免れないかもしれないが。


理科の授業中などに、機会があると尋ねる。「『水からの伝言』って本、知ってますか? 水に声をかけると綺麗な結晶ができるとか何とかいうヤツを...」って。高校生が相手のことがあれば、中学生が相手のこともある。
ここ数年、生徒は「???」という顔をしていることが多い。良いことだ。
以前には、「先生、水に『ありがとう』って言うと、綺麗な結晶ができるんだよねぇ...」という質問を受けることもあった。その度に、私は『水伝』の非科学性を力説する必要があったのである。

そんな、ごく個人的な体験からの類推ではあるが、『水からの伝言』は徐々に義務教育界への影響を弱めているようだ。良いことである。

お宅、もしや「電力線LAN」?

もう2ヶ月近く昔の話になるが、超驚いたことがあったので、記す。


勤め先は学校なので、年度が替わると、担任する学年も替わる。職員室内で引っ越しが行われるのだ。
で、机の上の荷物や貸与されたノートパソコンなどなどが移動する。私は「情報処理部」という分掌に属している。そのため「今まで繋がっていたネットに繋がらなくなったんですけど」という相談が寄せられる。

この場合、最も良くあるのがノートパソコンへの「LANケーブル差し込み不全」である。
差し込んだつもりが、きっちり差し込まれていないのである。数人いた。

次に良くあるのが、ハブ周辺の不具合である。
タコ足配線を弄っていて、ハブへの電源が遮断されることがある。「ハブへの電源遮断には気を付けてください」って事前にアナウンスしたので、今回はそういった被害は出なかった。


で、「超驚いた」ってのは、LAN ケーブルを差し込んでいないのに、「ネットに繋がらない」とおっしゃった先生だ。そりゃ、ケーブル挿さなきゃ繋がらないって。無線でもないし。
そんな相談初めて受けましたヨ。

そんな彼は私より3歳くらい年上なだけだ。
まだ、そういったボケ方をするには早すぎる年齢だと思う。


もしかすると、彼の自宅では「超最先端の電力線LAN」が導入されていて、電源アダプターを通じてネットに接続できるようになっているのかも知れない。

そんなワケ無いッスね。ええ、絶対無い。

書評『誰が学校を殺したか』

『誰が学校を殺したか』は、1992年9月10日に初版が発行されているらしい。最近手に取り、読んでみた。著者の夏木智氏は茨城県の公立高校教師であるそうだ。

この本は16年前の発行だが、その内容は現在も新鮮さを失っていない。いくつかの話題が扱われているが、特に、文部科学省が関わる「教員の資質向上」論の空虚さは、この20年近くずっと変わっていないということになるのだろう。

初版から何か所か引用する。

22ページ
もし本気でこの問題に取り組もうと思うものがいるなら、当然、まず、「望ましい教員の資質とは何か」という問題を議論するところから始めるにちがいない。(中略) そのことに関してはろくな議論もしないうちに、「どうすれば資質が向上するか」という具体的方策に関する議論にばかり熱中しているのだ。

40ページ
(初任者研修制度で)新規採用者を「指導」するのは、今の学校のあり方をつくってきた人々である。(中略) 彼らは人に指導できるくらいだから、今までもずっと教育にたずさわってきたにちがいない。とすると、彼らが教育にたずさわってきたこれまでというのは、きっとすばらしい教育ができていたにちがいない。なるほど、今までのすばらしい教育の水準を保つために、大金をかけて初任者研修制度を導入したというわけなのか。

44ページ
私が唖然とさせられたことがある。それは、多くの学校で初任者研修を実施するために新規採用者およびその指導教員が受け持つ授業時間数を減らし、そのぶんを大学を卒業したばかりの時間講師が穴埋めしているということだ!(中略) 新規採用者が立派な教師になるために研修を受けている間、時間講師に授業を担当される生徒はどうなるのだ。それとも授業など、誰でもできる重要性の低い仕事にすぎないとでも言いたいのか。そもそも、こうしたことをまったく気にとめる様子さえもない初任者研修制度とはいったい何だったのか。

現在、徐々に「教員免許更新制」のための講習というものが、その姿を見せてきている。
「押しつけられる研修の不毛さ」ということについて、既にこれだけ論点のはっきりした「現場からの論評」があったわけだ。にもかかわらず、官製研修はどんどん増えている。と、言っても私の勤務先は私学であり、噂を聞く限り、公立よりはマシであるようだ。
しかしまた、世の中の学校の大半は公立学校だ。他人事として傍観するのも忍びない。ので、日記に書いている私がいる。

私は「教員免許更新制」よりも「不適格教員の排除」をきちんと行うべきだと考えている。これは以前にも当サイト上で表明したことだ。

また、夏木氏は理路整然と「コネの重視によってもたらされる、教員の質の低下」について述べている。

36ページ
多くの論者は、今の教員採用試験が、教員志望者にペーパーテストを課し、その成績にもとづいて採用者を決めるというやり方を、「ペーパーテスト偏重で、テストではいい点を取れるが、人間味のない教員が採用される結果になっている」といった言い方で非難している。(中略) 実際の教員採用試験の方法が手直しされ、ペーパーテストの比重が下がり、たとえば「面接の重視」というようなことが実施されたとしよう。起こることは何か。一番、楽観的に考えて、面接官の好みにかなった人間の採用である。(中略) もし、教員を選ぶ側の主観だけにもとづいて選んでいいとすれば、間違いなく「コネ」が横行することになるだろう(中略) そうなれば、確かなことは、教員としての資質とはまったく別のところで教員の採用がなされるわけだから、結果としてむしろますます教員の資質が低下するということだ。

56ページ
不思議なことに、人々はこうした(コネという)問題にあまり関心がないように見える。教員の資質向上を論じながら、一方でこうした議論にあまり乗り気でないというのはどういうわけなのか、私には理解できない。もし教員の資質向上を本当に望むなら、この問題こそまっさきに論じなければならない問題ではあるまいか。

57ページ
コネを使ってでも教師になろうと思うのは、彼が提供できるサービスよりも多くの報酬を得られるからにほかならない。つまりコネで教師になった人が日曜日にも出勤するのは、彼がたとえそうしてもその給料に見合ったサービスを提供できないからにほかならないのである。コネを使って教師になる側にも選択の自由があることを忘れてはならない。コネによる採用は間違いなく資質を下げるのである。

文部科学省の官僚や、教員の生殺与奪の権を握る地方自治体教育行政の「お偉いさん」などは、この本を読むべきであろう。さらなる「殺し」を行い、結果として自分の首を絞めないために。
また、日本というクニを少しでもマシなものにしていくために。そう、若い頃の理想を思い出すのだ。


この本を読み、検索して知った。作者の夏木智氏は『誰が教育を殺したか?』という作品を一昨年に出しているようだ。そちらもいつか読んでみようと思う。
(2015/07/15 追記)読んだよ。

「残業代」いろいろ

この「Googleアラート」を見て、最初はビックリした。
7100yen.gif
「7100円? 1日あたり? 1人あたり?」って。

そして記事本文の引用を読み「7100万円」の誤植だと気付いた。


教員は「教職調整額」という「ホワイトカラーエグゼンプションの先駆け」を貰っているから、残業という概念がないのだ。そして、過労によってダウンする人が後を絶たない。

しかし、こういった「無給残業」の告発は、公務員の方々が行わなければ、教員の残業にはハナシが及ばないだろうという気がする。
そしてまた、公務員ってのは、世の中から比較すると、給料は決して少なくないという自覚もあるのだろう、「残業代出せ」っていう「大きなうねり」は生まれてきていないようだ。

以前に17時過ぎの某区役所を訪れて知った。終業時刻の17:15を過ぎると、バンバン人が吐き出されてくる。うらやましいと思った。
多分、忙しい人は忙しいのだろうが、大半の人は忙しくないのだろう。あの(シゴト少なさそうな)人達の多さには驚きを感じた。


"教員の「残業代」見直す 教職調整額巡り専門家会議開く"って記事(魚拓)が、この間出ていた。教員の「ホワイトカラーエグゼンプション」はどうなっていくのでしょうか?

なお、私は以前「アクアカラーエグゼンプション」って日記を書こうかと思ったが、途中で止めたことがあった。 って、今書いてるけど。
教員って、「決まった時間、必ず拘束される」って点や、力仕事が時々紛れ込んでくるって点その他で、「ホワイトカラー」では無いと思う。かといって「ブルーカラー」でも無いわな。中間だから"aqua (blue)"かと。

サイト名

情報A の授業で、著作権についての学習を行っている。
日本文教出版の『新・情報A』を基本に使いながら、著作権法の条文などはネット上で検索してもらっている。

私の設定した課題(設問)を披露させていただく。
これは、職場の先輩「情報科教員MT」氏が作成したものを改変している。

問1 以下の問いに答えよ。
1『著作権法の目的』とは何か。
2著作権法における『著作物』の定義を示せ。
3以下の著作物について、『著作権の保護期間』を示せ。
 ・実名の著作物
 ・無名又は変名の著作物
 ・団体名義の著作物
 ・映画の著作物
4『引用』とは何か。
5『引用の範囲・仕方』についてのルールを記せ。
6『引用物の出典の書き方』の例を記せ。
7テレビ番組を個人的に録画して楽しむ場合、各テレビ局からの許可は必要か。
8学校の授業で『テレビ番組を録画したビデオ』を見せた。この行為は合法(法に触れない)か、違法(法に触れる)か。
9文化祭の時に不特定多数を対象に、1年前の映画のビデオ放映を行った。この行為は合法か、違法か。

問2 指定されたフォルダにある、次の2つのファイルを参照し、以下の問いに答えよ。
ファイル1 福島中央テレビ [アナウンス室] 日記.gif
ファイル2 ぐっちーさんの金持ちまっしぐら.mht

1どちらの人物が法を犯した側か。また、その根拠を述べよ。
2どういった点が法に触れているのか、具体的に説明せよ。

私として面白がっている(生徒にとって面白いかどうかは知らないが)課題は、最後の部分である。
福島中央テレビのブログは魚拓しか残っていないので、それをキャプチャしたものをつなぎ合わせてgif画像とした。また、職場の生徒用アカウントでは、ブログの類は基本的にフィルタリングのブラックリストに入っている。そのため、ぐっちーさんのブログを直接見ることはできない。ブログを「Web アーカイブ、単一のファイル」という形式で保存させていただき、サーバーの参照用フォルダにコピーしておいた。

で、生徒たちの課題をやらせたところ、面白い現象を発見した。

2つの文章の内容が酷似していることは、皆すぐ気づくらしい。
しかし、「どちらの人物が法を犯した側か」という設問に対しては、多くの生徒は直感的に「ぐっちーさん」を悪者と見なすようだ。ブログなどを書いているような生徒は、記事の投稿日の違いに気づくようだ。しかし、そこまでパソコンに染まっていない生徒は、名前あるいはサイト名の印象から「アナウンサー」の方がマトモであり、「ぐっちーさん」の方が悪者だと思ってしまいがちなようだ。
ま、確かに「金持ちまっしぐら」はあまりよい印象は持たれないかも(笑)


ってコトだと、私のサイト名ってのも、なかなかイカしていると思うのですが、いかがなのでしょう?
高校まで出て、古文を習った人ならば、かなり印象的な語句なハズだから。
最近、この腐れ日記を知った方もいらっしゃるでしょうから、改めてサイト名「ありおり」の由来を。

「ariori」の由来
http://www.ariori.com/diary/2000/02/13/

日本の小学校に留年を

おもしろきことも無き世におもしろく
この句、いい大人は何となく実感することができるのであろう。世の中できちんと生きていくことは、それなりに大変である。 もちろん、子供は子供なりに、いろいろと複雑な事情を持っていた気もする。だいぶ忘れてしまったが。

私は基本的に高校生に理科などを教えて生計を立てている。私が彼らの力を認めてやることにより、彼らは中等教育を修了する要件の一部を満たすことになる。
私は生徒に学力を付けさせるために学校に雇われているのであり、生徒の進級・卒業の生殺与奪を楽しむために存在しているわけではない。理科ができない生徒に対しては、放課後の補習や試験前の質問、追試前の指導など、可能な限り支援を行っているつもりだ。
そして、向こうも真面目に取り組んでいるならば、最終的に多少ぺーパーテストの点が悪かったとしても、単位を与えてしまおうという心理状態になってくる。そのことが良いのか悪いのか、未だに分からない。

高校には様々なレベルのものがある。日本全国、同じ科目名であっても、単位を与える基準は高校ごとにまちまちになっている。だからこそ、ヒト(の親)は、良い(と言われる)高校、あるいは大学を目指すのだろう。
全般的には、良い大学を出た方が、それなりのカイシャに勤められるようになる可能性が高かろう。そして、それなりのカイシャはそれなりの給与を支払ってくれる。それは、そのカイシャがそれなりに働く(難しいことをこなすことができる)人達から成っているからこそ、収益を上げられるためだろう。

数年前に「小学校でも留年(原級留置)の検討を」みたいなニュースがあったが、そのハナシは最近あんまり聞かない。
勉強は基本的には難しいものだ。そして、その難易度は進級するにつれ、どんどん上がってくる。だからこそ、私は小学校段階での留年を導入すべきだと思うのだ。五十音表が書けなかったり、掛け算九九が言えないって子は、そのまま大きくなってしまうと「普通の大人」として生活することが難しいだろうという気がする。小学校の段階で学校の授業について行けない子は、原級留置にした方が本人のためになると思うのだ。

(今の制度のまま)力の足りない生徒が無理に進級し、「理解できないがために苦痛を覚える授業」に慣れてしまうことは、大変に非効率だ。無理に横並びで全員進級させるよりも、勉強が苦手な生徒に対しては、物事を理解して自分のものにしていくことの苦労を憶えさせる方が、彼らのその後の人生にとって有意義であろうと思われる。
小学生自身が「留年したくない」と思うならば、せっせと勉強を頑張るだろう。そういう子は多いはずだ。
また、可能な生徒には飛び級も認めるべきだ。小学校の勉強なんて、ヒトによっては苦痛でしかないだろう。少なくとも、小学生時代の私は、授業中暇だった記憶がある。文章を読む力も、数学の考え方も、自然科学の歴史も、自学自習で身につけることは可能だと思われる。
もちろん、学級という集団でしか身に付かないもの、学級という集団だから効率的に身に付くものもあるはずだ。

山崎パンの求人サイトが「すごい」らしいと、痛いニュース(ノ∀`)経由で知った。そこにあった(取り上げられていた)書き込みは、非常に適切な指摘であると思う。

497 名前: オムル・ハング(大阪府)[] 投稿日:2008/06/22(日) 19:17:16.22 ID:plriz6pN0
学歴ってのは将来のために無駄なことにどれだけ努力できるかわかりやすくする基準であって、努力もしないで誰でも入れる世の中になったら、基準の役目を果たさないだろ。

この間読んだ本『誰が学校を殺したか』の中で、夏木智氏も同じようなことを言っていた。私も概ね同意する。

このことを小学生に伝えるには、このように言うと良いのではなかろうか。
「オトナになって、好きなだけゲームが買いたかったら、将来そのお金を稼げるように、今勉強しておきなさい」って。

およそ10日前、以下のようなメールを徳島新聞社に送った。
特に今のところ返事はない。また、サイトの運営方針が変わった形跡もない。
URLが"topics.or.jp"ってのがスゲー。先見性があったと言えよう。しかし「危機管理」については、あまり興味がないらしい。

From: ******@******.ed.jp (小川正樹)
Date: Mon, 30 Jun 2008 14:23:15 +0900
To: jouhou@topics.or.jp
Subject: 配信記事の扱いについて

徳島新聞編集部御中

小川正樹と申します。

web サイト上の記事
「審議進まねば提訴も」 臓器移植患者団体が方針 2008/06/28 19:15
は、共同通信からの配信記事と思われます。

このような場合、「共同通信」との但し書きを入れないと、
記事内の人物に名誉毀損で訴訟を起こされた場合、
その訴訟で負けてしまうことが考えられます。
早急な対策が必要ではないでしょうか。

以下のサイトが参考になると思われます。
http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_7407.html

----
小川正樹
OGAWA Masaki

メールに示した http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_7407.html から引用します。

簡単にいえば、配信元の配信した記事をそのまま新聞記事にすると、名誉毀損してなおかつその内容が真実でなければ、新聞社は敗訴するということです。

なお、同じような文を佐賀新聞社にも送ったのだが、こっちも反応無し。

「新聞記事の読み比べ」ってコトで、情報科の授業を行っていて、これらの新聞社サイトのヤバさ(?)に気付きました。

紫色の顔の友達を助けたい
http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/

ってサイトはかなり難解なのですが、いつからか読んでいます。
東京女子医大って、ロクなトコロじゃないのかなぁ... って思っちゃいますね。もちろん、当然のコトながら、その病院に勤めている方には、良い方も悪い方(?)もいらっしゃるだろうコト、重々承知しております。

"REAS(リアルタイム評価支援システム)"ってのがネット上に存在してます。

たさきで~た » ネタ帳@教科「情報」 » REASで相互評価
で教えてもらったまま、数ヶ月間放置していました。

トップ画面だけは前から確認してあったのですが、ユーザー登録などは行っていなかったのです。必要性と時間がなかったから。

で、夏休みに入り「日直」となってしまった今日、ずっと職員室に籠もり、REAS と格闘していました。
ってか、格闘するまでのことも無いのですけどね。普通にパソコンが使える人ならば、普通にネット上のアンケートを作成することができます。

田崎先生曰く

ユーザ登録は必要事項を入力すれば即使えるようになるほど簡単です.アンケート作成もマニュアル見ながら作れますし,画面を見るとある程度作れるようになってますので操作としては簡単なほうだと思います.
一回ひな形を作ってしまえばそれをコピーして使いまわすことができますので,同じアンケートを異なるクラスで,というときに非常に便利です.

ってコトです。私も同意します。
「一回ひな形を作る」ってコトが、結構大変といえば大変なのですけどね。2時間くらいかかったのかな? ま、私はパソコンの前に座り続けるのは苦手ではないので、苦痛を感じることはありませんでした。アンケート作成者に対してのインターフェースは良好だと思います。割と分かりやすい。アンケート回答者にとっても、回答画面はごく一般的です。指定された URL を開き、パスワードを入力すればすぐ答えられます。

同じ「生徒同士の相互評価」を「紙ベース」で行うと、もっと大変なことになります。以前に「情報A」の授業で、プレゼンテーションを行いました。生徒どうしで相互評価を行ってもらい、それを紙に記録させたのは良いのですが、集計のためには(私が)Excel に打ち込みまくる必要がありました。
その際の苦労が頭に染みついていたため、田崎先生の日記が私の心にヒットしたのですね。

この"REAS"は、Web 上でアンケートを行え、その集計(入力)結果も csv でダウンロードすることができます。
もう少しアンケートをつくり込み、2学期の授業に臨む予定です。

西満愚

久しぶりに生徒に混じり、校庭でソフトボール(の試合)をした。普段の校庭は、他の部活が居て、とても試合などできないのである。
ピッチャー・キャッチャー・外野などをやった。

フォースプレイとタッチプレイの違いなどは、体に染みこませるしかないなぁ、なんて、改めて思った。
一応説明はしました。しかし、彼女らがあのとき頭で分かったとしても、実際のプレイで体が動くとは限らない。

私は小学1年生くらいのころから、同級生やお兄さん達に混じって「空バット・ソフトテニスのボール・グローブ無し」での野球をしていた。茨城県の千代田村、日立製作所の社宅「筑波ハウス」は7号館前の芝生の上で。あの体験が、今生きているのは間違いないですね。

などなどしみじみ思い出していて、表題の言葉を思い出した。
10年近く前、野球に関するペーパーテストを、戯れ(?)に作ってみたのですね。部員にやらせるために。
もう、お分かりかも知れませんが、「"にしまんるい"を漢字で書け」って問題でした。
遠くはないが、近くもないなぁ。二死満塁。

怪しい教員小川が怪しい教員達を観察

根津公子氏(ググリンク)の著作『希望は生徒』を読んでみた。

読んでみたが、「学校という場に於ける国旗・国歌」に関する私の見解には、特段の変化はない。根津氏にとっては残念なことであろう。根津氏の意見は意見として尊重するが、公務員としてはフテキセツな人物なのではないかと思う。
私は、「国旗・国歌」に「敬意を払う」のは、地球上に棲むヒトの基本だと思うのですねぇ。もちろん、日本のヤツに限らず。

その自伝?の中では、唐突にお子さんが生まれていた。(恋愛や)結婚式についての記述は全く無い。
17~18ページから引用。

一九七一年、二〇歳の時、私は東京都江東区立大島中学校に赴任しました。
(中略)
家庭科の授業だけでなく、一年目は一年生の学級担任もさせてもらいました。
(中略)
家庭科の授業は、家庭科教育者連盟の学習会や合宿に出かけたり、半田たつ子さん編集の雑誌『家庭科教育』を読んだり、また生徒の要求を聞いたりして、試行錯誤をしながらつくっていきました。「男女の平等」については、日常の言動を折に触れて取り上げ、意識的に問い返しをしていきました。
一九四七年(原文のまま:この本は図書館で借りたのだが、誰かがきちんと「七四年」に校正していた。笑える)四月、第一子を出産。

彼女、「国旗・国歌」(への盲従)は嫌いなようです。
しかし彼女、私が思うに十中八九、神前式で結婚式を行っていますね、時代が時代だろうし。彼女は「日本古来の神」か何かに誓ったハズ。その事実を葬り去りたいからこそ、この自伝では自身の「結婚」について、何も触れていないのだろう。
無神論者の私は、彼女の行動を疑問に思います。

そして、結構面白い記述を見つけた。
ちょっと長くなるが、51ページから引用。

石川中へ移動した一九九〇年四月は、学習指導要領の「日の丸・君が代」条項の先取り実施の年でした。勤務二日目の職員会議での議題の一つに「入学式について」がありました。すでに決定されていた「日の丸・君が代」の取り扱いについてなぜ実施することになったかを質すと、返ってきた答えは、「校長が『実施する』と言うから」でした。誰も責任を感じないこうした運びは往々にしてあることですが、私はこれに黙っていることはできませんでした。「校長が、ではなく、みんなで話し合い、責任を持って決定しようではないですか」と訴えました。すると流れが変わり、決定した議題が差し戻され、論議がされました。そうして採決した結果、「君が代」斉唱はしない、「日の丸」は掲揚するとなりました。そして、その年度の卒業式には「日の丸」も「君が代」も実施しないと決定しました。一九九〇年度から学習指導要領が先取り実施されるなかで、石川中では、それまで実施してきた「日の丸・君が代」を取りやめていったのです。

「それまで実施してきた」のだったら、そのまま実施しておけば良かったと思うんですよ。何かが彼女を突き動かしてしまったのでしょう。転任早々会議で出しゃばれるなんて、スゴいと思います。
それ以降、根津氏などがいろいろと頑張ることにより、東京都教育委員会による学校の締め付けも強化されていったのだと思うのです。無理に波風を立ててしまったことにより、結果的に自分たち(東京都公立学校教員)の首を絞めてしまった気がしてなりません。


「怪しい教員」というと、大阪の方で「新任だけど免職されそうだ」ってなニュースを見た記憶がありました。
Birth of Blues 経由で、そのヒトが井沢絵梨子というお名前だと知りました。「大阪市新任教員免職撤回裁判」というページ群を見たのですが、その中のページの一部は思いっきり".doc"で放置してありました。
少しそのドキュメントを眺めてみましたが、あまり面白いものでもありませんでした。リンクは貼りません。

"労組系"の方々がネット上で活動する場合、「ワードファイルでの主張がデフォルト」なのでしょうか。根津氏の場合もそうでした。大変に不思議です。職場で「零細クミアイのイインチョー」をやってる私も真似してみようかな。

根津にしろ、井沢にしろ、教員なのだったら、「自分の言いたいことを伝える」という作業に、もっと真剣であって欲しい気がします。「ワード放置」じゃ、普通のヒトには多分伝わりませんね、何か言いたいことがあったとしてもさ。

大分ブランド守れ 狂師全頭検査へ

生後5ヶ月以下の狂師格付けが行われた大分県で、すべての県内狂師に対するヒト厚顔性拝金症(HKH)検査を行うことが決定された。全頭検査を続けることで高級職種・公立学校教員のブランドを守るのが狙い。
県によると、ブランド品の公立学校教員は、長年ぬるま湯にに浸かって肥えている。このため肉質も良く、仮に全頭検査の結果失業しても、高級料亭への食材としての派遣などが考えられ、その後の生活にも支障は無いと判断された。
2008年度の特別検査が実施されたことにより、年齢に限らず大分の狂師は「お金を払って先生になったんでしょ。偉そうなこと言うな!」と、生徒から罵倒され続けているという。特に親類に同業者を持つ狂師などからは、「自分は不正とは無関係だと思っているが、その確証はない。伝染の可能性だけではなく、先天性の疾患ということも考えられる。是非とも検査してほしい」という声もある。
HKHの原因となるプリオンの発生を確認する検査キットに要する費用は県民の税金から補填されるが、こんなで教育いいんかい?は「金額だけの問題ではなく、全頭検査を続けることがモンペ(モンスターペアレント)様の安心感につながる」と話している。
この動きは他県への波及も予想されており、知事の越権行為による締め付けがある大阪などでは、既に高齢狂師向けの講習を企画している業者もあるという。

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着想は以下のサイトから。
というか、リンク先にもコメントしていますが、ヤマグチ氏の意見に全面的に賛成します、私は。

H-Yamaguchi.net: 教員採用汚職問題に対する前向きで抜本的でスジの通った対策を考えてみた

理念無き教員、それは私。

セイジカであるらしい「鳩山のお坊ちゃま達」と、ビートたけしの対談を流し見ていた。
「理念」がどうたらこうたら言っていた。政治家には「理念」が必要だとか何とか。

自分自身について、考えてみた。
自分は「ガッコーのセンセエ」って仕事をするにあたり、理念がないのである。断言する。

クラス担任は10回以上拝命しているが、「こういうクラスにします!」って、同僚や保護者に宣言したことない。ってか、できない。
念のため?記すと、保護者会とかで「センセイはどういうクラスにしたいんですか?」とか、尋ねられたこともないけどね。

私は学級通信は出さない。それは心がけている。

で、不安?に思った私は、改めて自分の文章(4年前)を読み返してみた。教員を目指したトキから今まで、私の軸はブレていないと思った。

という、自画自賛だとさ。

日教組の組織率と「全国学力テスト」の点数の間に、少なくとも負の相関はなさそうだというのが、定説となりつつあるらしい。スルドい方は1年近く前に調査済みのようだ。

日教組組織率と学力:補遺 | Okumura's Blog
http://oku.edu.mie-u.ac.jp/~okumura/blog/node/2274

全国学力テストは、正式には「全国学力・学習状況調査」というらしい。
そして、私も以前日記に書いたことだが、小学校はベネッセが、中学校は NTT が受注したそうだ。

自分が受けていないから、あんまり気にしていなかったが、ウィキペディアには「問題点」として以下の記述があった。

生活・学習環境の調査までされているのに、民間企業(小6はベネッセコーポレーション、中3はNTTデータ)に情報管理を任せていいのか。
小学6年生のテストの採点を行うのは教育産業の会社であるベネッセコーポレーションであり、教育産業に情報が利用される可能性を全教は指摘している。

確かにその通りだ。全日本教職員組合エラい。ま、私は日教組とも全教とも、直接の関係は無いけど。

私は、このテストは話が出始めた2002年の段階から否定的だった。大体、全国一律のテストで、分かるコトなんて、ほとんど何もないだろうから。
分かるのは、どの地方自治体が「ペーパーテストの点が取れ」て、どこがその逆かってコトくらいだろう。
数十年前の同じようなテストも、たったの数年間で廃止になったと聞いていたし。


ってコトで、例によって個人的な話に突入する。自慢が相当混入する点にご注意召され。

私は小学校4年の夏休み、茨城県新治郡の千代田村(現 かすみがうら市 ←何故ひらがなっ! )から、東京都豊島区へ引っ越した。日立製作所に勤めていた親の転勤に伴って。
4歳まで、私は同じ東京都豊島区に住んでいたのだが、千代田村に引っ越したのも、親の転勤(亀有→土浦)に伴うものであった。

茨城から東京へ越してきてびっくりしたのが、「同級生の頭の良さ」である。
厳密に言うなら、表題とした「ペーパーテスト対応力」の力強さである。ま、私は「頭の良さ≒ペーパーテストの点」とも思っているが。

茨城に住んでいたときは、誇張抜きで「クラスで一番の成績」だったと思っている。ま、私はクラス担任じゃないから、比較のしようがないが、体感的(?)にはそうだった。
で、東京へ引っ越してきたらば、「クラスで上の方」になってしまったのである。これには驚いた。「東京の子は頭が良いなぁ」と思った。

茨城に住んでいるとき、つまりは30年前のこと、こんな噂を聞いたことがあった。「村で一番の成績を取ると、土浦一高に入ることができ、そこで頑張れば東大へ入れる」と。素直な私は「よっしゃ、いっちょ東大へ行くか」と思っていた。
そんな子が東京では「まぁそれなりにできる」という存在に成り下がってしまう。

私がこの話で何が言いたいのかというと、「地域によって、ペーパーテスト対応力には、めちゃくちゃに差がある」ってコトである。ま、既に皆さんご存じだろうが。
現在の東京都内でも、結構な差があるというハナシがあるが、生臭くなってくるのでその辺は省略。


そんな「もと神童」は、塾こそ通わなかったものの、通信教育は結構利用した。そう、前述 Benesse(元 福武書店) の「進研ゼミ」である。
小学6年の1月から、高校3年が終了するまで、計6年3ヶ月もの長きにわたり、進研ゼミ生だった、私は。

豊島区立大成小学校(現 さくら小)から、同第十中学校(現 明豊中)へと進み、私はコツコツと進研ゼミの教材をこなした。
1日号の記述式テストと、15日号のマークシートテストに対して、「そこまでやるか」ってくらいにまじめに取り組んだ。ま、ふつうに「教材冊子」を見返せば、テストの解き方は書いてある。真面目にやりさえすれば、結構な点数は取れるのだ。
締め切りまでにテストを郵送することができれば、シール(点が良ければ金・その次は銀など)が返送されてきた。それを集めると、様々なノベルティグッズ(?)が貰える。
また、私は冊子にあった「全国成績優秀者」欄で、いかに上位に名前を載せるかに執心していた。あの頃のライバルは、今、何をしているのだろうか?

ってコトで、あんまり自覚はしていなかったが、割とまじめに勉強していた中学生だったのだろう。

記憶では、中学3年2学期、体育は評定3だったが、他は音楽なども含めて、評定5だった。
1986(昭和61)年に行われた都立高校の入試では、自己採点が正しければ、国語・理科・社会は100点だった。確か数学が95点で英語が92点だった気がするが、逆かもしれない。何しろ、487点/500点という、高得点を叩き出したはずである。進研ゼミありがとう。晴れて、第一志望の都立小石川高等学校へ入学が許可されたのだ。
しかし、それだけ内申とテストの点を稼いでいても、合格発表の時は不安だった記憶がある。どれだけ小心者なのだろうか。


そんな「ペーパーテストの鬼」が、現在は「並のオサーン」になっちまったようだ。理由を簡単に言うと「勉強をサボった」ってコトである。

何故サボりがちになったかというと、「医学部を目指すわけでも、東大を目指すつもりでもなくなったから」である。
医学部という道は、「魔の」石原式色覚検査を複数回受け、眼科医などに諭されるうち、私の人生の設計図からは消えていた。(念のため記しますが、今はそんな時代ではありません。石原式などに負けるコト無かれ)
また、私は「教員になろうかなぁ」って思っていて、「小学校教諭になれて、理科を勉強できる国公立大」を探したところ、目を血走らせて勉強せずとも入れそうなコトが分かったからでもある。

しかし、もう一つのサボった理由に「進研ゼミの教材が、高校の進度とずれていったから、やる気が失せていった」ってのがある。なんて情けない高校生なのだろうか。マニュアル人間極まれり。ま、それも運命だろう。


やっと、長年の懸案(?)だった、頭の良さ自慢ができた。良かった。
ついでに記しておくと、記憶によれば、(最後の)共通一次は800点満点中、628点でした。化学は100点、地理は92点、国語は180点超で、英語・数学はボチボチでした。最後の2教科はサボりまくったツケですね。


<過去の「教職志望」関連日記>

教職志望とノストラダムス
http://www.ariori.com/diary/2005/06/20/

そして恩師木村清志先生
http://www.ariori.com/diary/2005/06/21/

REAS にまつわるエトセトラ

REAS(リアルタイム評価支援システム)は便利だ。以前にも、ちょっと日記に書いた
情報科に於ける「生徒間の作品相互評価」に使用させて頂いている。

このシステムは、インターネットにつながる環境でないと、効果を発揮しない。
ケータイでも使えるらしいが、使ったことはない。ヒトによっては、質問紙の url を「QRコード」にして、大学生への授業アンケートなどに使用しているらしい。
私は、ケータイのネット接続を従量制にしたままなので、そういう大学の先生が居たら、チョット迷惑かも…


私の授業(高校「情報A」)では普通に"http"で接続しているが、"https"での接続も可能らしい。ただしエラーが出る。俗に言う「オレオレ証明書」なのでは無かろうか。
ま、私はたいしたデータは送受信していない。生徒にもさせていないから、"http"で構わないのであります。中途半端な機能しか提供しないなら、ssl サーバーなんて最初から置かなきゃいいのに。


それから、REASの利用事例の集計結果には、こんな記述がある。回答番号は54。

コンピュータ活用関連の講義で,受講生の現在のコンピュータ活用レベルを調査するために利用させていただきました。 ただ,大学のコンピュータ室を利用したのですが,ルータを介してのプライベートアドレスで管理されているパソコンだったためか(?)30人以上が回答したはずが4人しか集計されない(すでに回答済みといったメッセージが出る)現象が出ました。 同じPCから2度回答を受け付けないための処理かと思いますが,うちの大学の環境では利用は難しいようです。とても残念ですが・・・

これってですねぇ、2日か3日間だけの現象だったハズなのですよ。2008年10月5日から7日に限ったコトだったハズ。10月8日朝には解消していました。実際に被害に遭った恩恵に浴している私が言うのだから、間違いない。作業自体は深夜に行っているようです。
下請けの技術屋さんがサーバーを設定しているのか、それともお役人さんが自ら設定しているのか。どちらか分かりませんが、何しろサーバー運営は大変だと思います。お疲れ様です。
しかし、上のコメントを書いたヒトには、「あれは間違いだった」って、きちんと教えてあげたのかしら… 心配です。質問紙作成にも時間かかったろうし、カワイソウ。


REAS、私が頼んで作ってもらったわけではないが、今流行(?)の「公的資金」が導入されている製品(サイト)だし、利用者には優しく、そして分かりやすくあって欲しいと、勝手に希望しまーぁす(^_^)

ケータイテクスト、そのエディタ

私は「ケータイ小説」とやらは読んだコト無い。ネット上(痛いニュースなど)で粗筋やら悪評やらを見たので、特に読む予定も無い。

数日前、山手線内で「小説をケータイで書いてる気配の女子高生」を見た。

太郎が言った。
「ふざけるな!」

みたいな感じの文章をプチプチ作成していた。新宿で電車を降りながらも、一心不乱にケータイをいじっていた。
普通のメールだったら、誰かに「かぎ括弧でくくって何かを言い切らせる」ってコトは無いと思う。なので、彼女の作成していたのは「小説」だと推測するのである。ケータイ小説というヤツは、執筆(打鍵?)も携帯されながらなんだなぁ... と、感心した。

という、この私の文章は、基本的に歩きながら作成されたものだ。「音楽を聞きながら歩く」コトや「自転車に乗りながらケータイを弄る」コトよりは安全な暇つぶしだと思う。


ところで、テキストファイルだけ作成できる、"ポメラ"なる「atok 入り端末」が発売されるらしい。単なるテキストエディタに定価3万円弱はボリ過ぎな気がする。日本向けにカスタマイズされた nokia のケータイで、私には充分だ。日本語の予測変換もバッチリである。705NK の日本語変換は atok だという噂もある。
昨日、久々に「Xp へのインストール直後、素の MS-IME」を使った。やはりあいつはバカだった。

で、そのテキストファイル作成ガジェットは、どういった使用環境・ユーザー層を想定しているのだろうか?
電車などでの移動中くらいしか考えられないが、そういうヒトは既にノートパソコンを使っているんじゃないかな? また、Bluetooth が無いのも致命的だ。何で、素のテキストファイルごときの為に、SDカードの抜き挿しや USBコネクタの脱着をせねばならないのだ? と、外野からダメ出し。


私は、メモは基本的に手書きだ。
シゴト中は、常にメモ用紙(裏が白い紙の切れっ端多数)と筆記用具数種類を持ち歩いている。胸ポケットに入れている。メモした紙は、パンツ(スラックス)のポケットに入れておき、常に見れるようにしておく。その後、必要があればパソコン(Outlook)に改めてメモする。パソコンに転記する以前に、メモに書いた内容が解決することもある。必要なくなったメモは丸めて「リアルゴミ箱」へ。
私は10数年、そのスタイルで教員業務を行ってきた。メモを残さないと、生徒の要望などを忘れてしまうからだ。また、メモを持ち歩いていれば、特に化学などの質問を受けた際にも、その場で回答することができる。場合によっては「そのメモをください」と言われる。

時々、クミアイのために作成した印刷物の切れっ端が胸ポケットに入っていることもあるので、その場合はメモを生徒にあげられないときもある。ま、20回に1回あるか無いかだが。あんまり「組合然」とした教員なんて、私はかっこいいと思わない。同僚の教員に対しては組合員であることを主張するのも構わない。生徒に対しては「単なる一教員」にあらむと欲す。


過去の関連する日記

Vodafone 702NK
http://www.ariori.com/diary/2005/11/15/

705NK 使ってみて
http://www.ariori.com/diary/2007/01/20

手帳としてのスマートフォン
http://www.ariori.com/diary/2007/12/14/

「情報A」の授業を行うに際し、自分でも見本のウェブページを作成しています。
NOKIA についてのページを作成していて知りました。ノキアの社名は、"Nokianvirta river"に由来するらしいことを。ここを見ました。

The first Nokia century began with Fredrik Idestam's paper mill on the banks of the Nokianvirta river.

前に調べた Adobe の場合と同じく、川の名前というのが面白いです。
という、どうでも良さげな話題。
もし、私が会社を興すなら、近くを流れる川の名前にしよう、と思った。

で、日本のノキアを眺めていたら、誤字を発見した。
cap0047.gif
そのうち日本で発売される"N82"という機種には、"micri SD"カードが付いてくるそうで。"マイクリSD"って、興味があるなぁ。


おまけ:過去に私が発見した誤字(自分で才能があると思うッス)

http://www.ariori.com/diary/2001/02/07/ ←新聞から
http://www.ariori.com/diary/2005/12/01/ ←ネット上で
http://www.ariori.com/diary/2007/07/19/ ←お下劣につき注意


2008/12/24 追記
いつの間にか、上の"micri SD"って誤字は直っていました。
このページ経由で、ノキアにアクセスがあり、そして誤字が訂正された可能性が高いかと。

命短しタグ打て乙女

情報コミュニケーション教育研究会(ICTE)研修会に参加して、知りました。
その場にいらしたかなりの先生が、「メモ帳などを用いて、手打ちで html を作成させている」ってコトを。

今年初めのこの記事を見て、「Web ページ作成は、html の手打ちから始めよう」って思いました。
ネットで教科「情報」日記 : 授業開始~3学期はWebページ作成!

以前は、漫然?とマイクロソフトの Frontpage を使って、何となく作業(?)を開始していたのです。
本年度は Web ページ作成にあたり、最初にメモ帳を使って html を記述させました。

普通教科「情報」ってヤツは、私にとって未だに「謎」ではあります。「何をさせればよいのか、分からない」って点で。本当は「Web ページ作成」なんて、情報科の理念とはあまり関係ないのかも知れない...
情報科は試行錯誤するところが面白いというセンセイもいらっしゃるようです。私も一応同意します。でも、半分は教員としての「強がり」なのではないかと...

自分が授業を受けた「理科」の方がよほど楽です。そして、教えることが面白かったりする。自然科学の方が、「へぇ」が多い気がするんですね、情報科よりも。


で、生徒にとって、「タグ打ち」は面白かったようです。
思い起こせば10年前、私もタグ打ちの楽しさを感じ、シコシコとページを作成したのでしたっけ。
ちょっとした「感動」を味わってもらえているようです。そういった意味では、生徒にとって、一方的な知識の授受になりがちな「理科の授業」よりは、「情報科の授業」の方が面白いのかも知れません。
でも、私は理科の方が好きだなぁ...(しつこい)。

タグ打ちを会得した彼女らは、Frontpage の便利さにちょっと感動したようです。また、タグ打ちを知ることにより、やたらに変な装飾がされたページを作らなくなったように思います。私の思い込みかも知れませんケド。


ってコトで話は戻ります。
研修会で初めて触った Dreamweaver の凄さは理解しました。しかし、あれは私の勤務先では不要ですね。自家用でも不要だ。スミマセン。

この研修内容を端的に表現なされているのはこちらだと思いまっす。

ICTE東京支部 第3回 Webデザイン講習会 - 情報科blog

プ会に出る・日本の「NOKIA愛好者」

昨日、プログラミング ・ 情報教育研究会に、2度目の参加をしました。
1日の日記は、それを踏まえて作成していたりします。自分の中での意思確認として。

プ会では、一橋大学の兼宗先生から、お話を伺いました。
『Unplugged Computer Science』邦訳の苦労が偲ばれました。
あの本は、おもしろいです。しかし、内容に無理が感じられる部分がありました。

訳者の兼宗先生も同じような感覚を持たれていることを知りました。たぶん、執筆者本人 Timm Bell 氏も、「ちょっと、無理はあるけど、とりあえず本にしちゃえ!」ってところはあるんだろうと思いました。


ドリトルはそのうち試してみようと思います。
作者本人からお話を伺えたことは、大変有意義でした。


で、おもしろかったのは、兼宗先生も含め、NOKIA 好きが多いらしいということですね。
名前を存じ上げない方も、NOKIA 持っていました。懇親会に参加されていたのは12名だったのですが、(ごくひっそりと座っていただけの)自分を含め、少なくとも3名のユーザーが居たわけです。とりあえず25% ...濃い。
私が使用しているのは 705NK なワケですが、もうすぐ買って2年経ちます。単純に買い増しするにとどめるか、予備も買っておくか... ちょっと悩んでいます。

20081203.png
この SciencePortal 内の記事を見て、昨日のことを思い出しました。
かなり、違和感を感じる記事です。このサイト、普段はかなり本格的な科学記事しか出ていないから。

天気予報は見て貰ってなんぼ!

昨日、東京私立中学高等学校協会が主催する講演会に行ってきました。

日時 平成20年12月6日(土)午後4時 ~6時
会場 開成中学高等学校 荒川区西日暮里4-2-4 電話:03-3822-0741
演題 「天気予報は見て貰ってなんぼ!」
講師 木原 実 氏(日本テレビ天気コーナー担当 他)

スミマセンが、実は私は木原さんのやってる天気予報って、あんまり見ていないのです。
朝テレビ見るなら「めざましテレビ」であり、夕刻は大体 NHK にチャンネルが合っている場合が多いから。
NTV の番組、時々見るコトもありますが、「周りのコドモがうぜぇなぁ」って思ってしまうのです、スミマセン。


話を聞いていて、「へぇ」って思った点をいくつか。

・NTV の天気予報は「グリコのキャラメル作戦(おまけの付加価値で勝負)」である。
・木原さんの周りに群れる子供は、小学6年生以下である。(年齢が上がると、奇を衒ったりし始めるため)
・NTV には、13名の気象予報士が詰めている。
・NHK の「冬将軍」は何故に和風なのか。(冬将軍とはナポレオンが苦戦したロシアの寒気だから、洋風では?)
・天気予報の「所により」は、降水が予想される面積が、指定された地域の1/2以下(未満?)となる場合。
・旬のキュウリの生産エネルギーは996kcal/kg、ハウスものは5054kcal/kg(こちらが元ネタ)


全体で2時間の講演だったのですが、話術も巧みで、一気に終わってしまったように感じました。
お人柄としては、真面目で勉強熱心であり、バランス感覚の優れている方だなぁ、って思いました。偉そうでスミマセン。

ひまわりが古くてヤバいって話も出ました、私はこちらのサイトを見たので、知ってはいました。
ひまわりの陰で - BI@K accelerated: hatena annex, bewaad.com

ご存じなかった方(教員)は、結構居たようです。

また、私も以前から思っていたこととして、

・夜の晴天は、月が出ない場合(たとえば新月)もあるのだから、月の絵が晴れのマークなのはおかしい。

ってのもおっしゃってました。激しく同意します。ま、どうでも良いことでもありますが(笑)。


講演の最後は「地球温暖化」に話が及びました。様々な書名を紹介してくださいました。今後、いくつか読んでみようと思うものがありました。

木原さんは最後におっしゃっていました、「勉強するほどに"地球温暖化"は複雑で分からなくなる」と。激しく同意します。
「分からないことが多いからこそ、勉強は必要なのだ」とおっしゃっていました。しかしまた、気象(特に日本風の「侘び寂びチック」なもの)に興味を持つ小学生中学生が居るわけもない。小学生は、気候の変化に風情を感じるよりも、目の前の木を登るのが普通だ。ともおっしゃっていました。確かに。

今後はなるべく、NTV を意識的に見るようにしようと思います。ミーハーだから。


余談です。
『舞妓Haaaan!!!』って、すごく面白い映画だと思います。テレビ放映で見ました。
あれは、NTV 所属の社員が、NTV のシゴトとして作成した映画だそうです。『252 -生存者あり-』も、同じ系列の映画だそうですわ。
でも、私は映画館に行かないのですね、全然。スミマセン。


私の「地球温暖化」関連の日記はこちらです。木原さんとは、話が合いそうに思います。勝手に親近感。

たまには仕事のハナシを

昨日今日、学期末なので、担任としての事務作業をしながら、並行してやっているコトがある。

来年度から、職場の「学籍・成績関連」のシステムは、完全に入れ換わる予定なのだ。
その準備として、様々なデータの整形を行っている。

生徒個人のデータや、教職員のデータは、それぞれ担当者で分担して、数ヶ月前に作成してあった。昨日は、それぞれの生徒が「どの年度にどのクラスに所属していたか」ってテーブル(csvファイル)を作成した。それなりに面倒であった。
ファイルの整形・作成には「桐」を用いた。桐は職場のパソコン全てに入っている。自宅でも購入したが、それほど使っていない。自宅の Vista のヤツは、桐のバージョンが新しすぎるからだ。Xp版とVista版の間には、ファイル形式の互換性がないのだ。


今日は「科目コード」なるものを作成した。
この作業は「先の事を考えずに行う」と、後で困ることになる。

「教科コード」については、先日職場のセンパイと相談しながら行った。そして今日、中学校と高校の全ての「科目」について、私がコード番号を(勝手に)割り振った。
なお、教科ってのは「国語」とか「数学」とかの括りです。科目は「現代文」とか「古典」とかの括り。


高校生が卒業するときには、「調査書」や「生徒指導要録」がきれいに仕上がっている必要がある。それらの帳票に於ける「科目の並び順」を考慮に入れながら、コードを割り振っていくのだ。「コード順」イコール「調査書での並び順」となるのがベストである。
簡単そうに思えるかも知れないが、これはそれなりに面倒なのだ。1,2,3,... と連番を振ってしまってはダメなのだ。

科目名というのは、「学習指導要領」が変更されるたび、バンバン変わっていく。
これから導入するシステムは、しばらくの間(数年~十数年? あるいは数十年??)は使い続ける事になるだろう。その間には、複数回の学習指導要領の「改訂」が行われるはずだ。
それを見越しておく必要がある。各教科毎に、コードがやたらに連続しないよう、高校時代の3年間+教員生活の15年間で培った感覚で割り振っていく。隙間を空けておいて、そこに新しい科目名が入れられるようにしておくのである。
楽に調査書などがプリントアウトされるように。


私は現在、職場で理科と情報科を担当している。
今度の「新学習指導要領」にある両教科の科目名は確認してあった。
で、改めて他の教科の科目名を確認した。

英語は逝っちゃってます。新しい科目名。

コミュニケーション英語基礎
コミュニケーション英語I
コミュニケーション英語II
コミュニケーション英語III
英語会話
英語表現I
英語表現II

私だったら、そんな無意味な「コミュニケーション」なんて枕詞は付けないッスね。
本来、語学はコミュニケーションのためにあるのだろうし。


そういえば、職場では実力テストなどの際、「リスニング」が行われることがあります。以前は「ヒアリング」と言っていましたが。
英語の試験監督に当たった場合、生徒の気持ちになって問題に臨むことがあります。
聞き取れないこともあれば、(教卓に近い)生徒の間違いに気づくこともある。

私はそんな感じなのですが、およそ20歳年上の理科の先生は、「私は全然分からないねぇ、第一、そんな授業を受けてこなかったから。文法などはやったが、聞き取りなどはしなかったから(意訳)」っておっしゃってました。
「ふーん」って感じです。
センター試験のリスニングの平均点が妙に高い(難易度が低い)のは、大学の英語のセンセイ(老人達)が、生徒を見くびっている(自分たちよりも「リスニング能力」が低いレベルだと思っている)からじゃないかと思いましたね、その会話の後で。

って、ここまで書いてみて、あながち「コミュニケーション」って入れるのも悪くないかも... って思いかけました、 が、やっぱり変じゃねーか? 語感が悪い。アベシンゾー効果ッスか?
この科目名がほぼ確定したのは昨年半ばらしいです。「再チャレンジ」とか「スピード感」みたいな、一連の「変なニホンゴ」の上にあったのかも知れませんね。


こちらの最後に科目名の一覧があります。


今年の頭、新聞などで一通り報道はされていましたが、英語のグダグダっぷりには気付かなかったッス。

「現代文A・B」や「古典A・B」ってのも、かなりヤバめな気がします。日本語なのにアルファベット使ってる。
「現代文其之壱」とかで良ぐね?

イロイッカイズツ...

昨日は、「生活当番」ってヤツでもあった。
メインのシゴトは放課後の見回りだ。施錠などを確認したりする。年に数回の当番がある。

試験休み中であるので、教室にはほとんど生徒は居なかった。
暗くなった校内を、地下から6階まで、一部屋ずつ順番に巡る。その途中、表題の「イロイッカイズツ」を思い出した、唐突に。

ブラックオニキス(ウィキリン)っていう、むかーし昔のパソコン RPG に関わる語句なのである。

ウィキペディアから引用。

このゲーム最大の謎である「イロイッカイズツ」は地下6階のカラー迷路で、パソコンのカラーコードの順番に従って移動すると、ブラック・タワーに昇れる階段がある部屋に入れる様になるというものだった。カラーコードの順番は昇順(PC-8801版)や降順(X1版)など機種によって異なっている。またPC-8801SR専用版やFM-7版は昇順でも降順でもない独自の順番になっていた。


そうなんすよ。
私が親に買ってもらったパソコンは、FM-NEW7 でした。で、プレイしたのもFM-7版。
何度も何度もカラーコード順に迷路を巡ったのですが、いつまでたってもタワーに入れない。

結局、プログラム本体の BASIC 部分をハッキング(と言うほどでもない)し、色の順番を確認しました。全然脈絡のない順番だと思っていましたが、さっき検索して知りました。

http://ninjax.dreamhosters.com/newsplus/news19_newsplus/1139/1139390603.html
から

120 名前:名無しさん@6周年:2006/02/08(水) 20:48:31 ID:wXUYzSyq0
>>103
色んな色が目の前をグルグルと そっと変化する
静かすぎる こんな迷路は早々と あなたと脱出したい
いつも来るたび順番で悩んでるの だけど今日はヒント教えちゃう

88・98はカラーパレット X1はその逆 FM-7はレインボーなのよ
66・MSXも結局 88とほとんど同じ 4番目の色が水色なの気をつけて
イェイイェイイェー ウォウォウォウォー♪

という事で。


二十数年前からの謎が、一部解明されましたとさ。しかし、虹の色の並び順? どういう順番だったんだ?

そういえば、続編のファイヤークリスタルも、途中までプレイした記憶がありますね。クリアした記憶はありません。何で挫折したんだろう。高校生のトキ、スーパーマリオブラザーズ2(ディスクシステム)も、クラスで一番速くクリアした私なのに。
どうも、難しいゲームだったのは確かなようです、検索してみると。

高校受験だったからかなぁ...?

silent morning

起きてから、「中掃除」しました。
およそ2時間かかりました。

パソコンに電源を入れてみました。ネットに繋がりませんでした。
今日はルータが沈黙していました。5年半、働いてくれていたようです。

簡単に電機店に行ける場所に住んでいて、良かったと思いました、少し。
でも、ネットに繋がらなくたって、生きていけるのも確かなのです。
でも、ルータを新調しました。
普段よりも多くカネを使いました。内需拡大の一翼を担った喜びを覚えた。コトにしておきます。


そして、誰がどれだけ否定しようとも、「クリスマスはやってくる」のです。ご愁傷様。

また、誰がどれだけ学習指導要領を弄ろうとも、「教員は、目の前の生徒の能力に対して少し高度な課題を与え、それを共に成し遂げる喜びを得るために努力する」ってコトも、変わらないのですよ、多分。

ドリトル、マジ半端ねぇ

担当している情報科の授業、3学期はプログラミングから入るコト、昨年末から決めてありました。
「ドリトル」の存在は知っていたのです、1年以上前から。

1時間でやってみたソフトウェアのしくみ - 情報科blog
の通りでした。上のページにも、当然リンクがありますが、「指導案?」はこちらにあります。

1時間で学ぶソフトウェアの仕組み

このドリトルの開発者であらせられる兼宗先生には、二度ほど拝謁賜ったことがあります。
昨年末、兼宗先生は「指導案というのは、やはり必要なもののようで、作ってみると、実際に授業を行ってくれる方が出るようです。また、それがすぐブログとして反映されるから面白いです」というようなことをおっしゃってました。

昨日初めてオンライン版に触れた私は、その面白さと動作の素晴らしさに感動しました。
また、生徒も面白がるだろうと確信しました。
私はとても「他力本願」な人間なので、上記2サイトを参考にしつつ、授業を行いました。

名刺作成などは、かなり「受け」が良い授業なワケですが、本日行った授業は、それ以上に好評でした。


情報科の教材として、チョーお勧めです。
また、別に情報科とは関連が無かろうとも、現在この腐れ日記を読むくらい暇な方(?)ならば、オンライン版ドリトルに触れてみてください。楽しいスから、高校1年生が褒めるくらいに。

なお、
PUKAI発表資料:ドリトルV2/兼宗(一橋大学)
も、大変勉強になりました。授業を行う際には、一読なさることをお勧めします。


ドリトルの書籍を Amazon に注文しました。ついでに、手に入れる予定だった本を、「文庫本だけ」カートに入れていきました。そしたら、全部で6000円を超えてしまいました。Amazon & カード決済、恐るべし。

今回発送する商品は以下のとおりです。
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数量 商品 価格 発送済み 小計
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1 エチカ?倫理学 (上) (岩波文庫 ¥735 1 ¥735
1 エチカ?倫理学 (下) (岩波文庫 ¥588 1 ¥588
1 アフリカ・レポート?壊れる国 ¥735 1 ¥735
1 わたしたちはなぜ「科学」にだ ¥1,050 1 ¥1,050
1 私の中の日本軍 (上) (文春文庫 ¥540 1 ¥540
1 私の中の日本軍 (下) (文春文庫 ¥540 1 ¥540
1 情報デザイン入門?インターネ ¥756 1 ¥756
1 ドリトルで学ぶプログラミング- ¥1,890 1 ¥1,890

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小計: ¥6,508

そんな今、ブックオフで買った、村上春樹の『アンダーグラウンド』(文庫版:777ページ)を読んでいたりします。地下鉄サリン事件被害者へのインタビュー集ですね。
ってか私、昨年末図書館で借りて、延長して延滞して途中までしか読めていない『利己的な遺伝子』を借り直す必要もあるのでした。滅茶苦茶「積ん読」状態ですね。


で、兼宗先生のブログを、RSSリーダーに登録しました。
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画像は昨日の段階なので、未読が滅茶苦茶な数になっていますが、それは現在一掃されました。2週間もパソコンに触れないと、こういったことになりますわな。


昨日の夜、パソコンの前、一人で何度も笑ってしまったサイトはこちら。
@nifty:デイリーポータルZ:24時間ネット断ち合宿

林さん(私と同い年らしい、そして、私と同じく、過去にリムネット東京第2ドメイン"kt.rim.or.jp"に間借りしていたようだ)は、兼宗先生とは全然別の方向で、とてもスゴイと思います。

Change the World

世界は変遷を続ける。私が生業としている「教育」ってヤツは、その触媒として存在していると考えている。

ニホンの場合、その目的は以下の通りらしい。
教育基本法から。

教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。


今日は本の話。

この本は世界を確実に変えたのだろうなぁ...ってヤツ、いくつかある。ってか、とりあえず2つ思いつく。
文学作品は、マイルドに世界を変容させるが、ノンフィクションやルポルタージュは、文学作品に比べると、世界をゴリゴリと変えていく気がする。


例1 高柳 泰世 『つくられた障害「色盲」』

高柳氏の著作、単行本は1996年5月に出版されたようだ。
私は以前も記したが、生まれ年によっては、教育学部にすら入れない可能性もあったようだ。そんなこと、全然知らなかった。高柳氏を中心とした勢力が、地道に運動を続けてくださった結果、徐々に「色覚」に関する入学制限が撤廃されていったのだろう。私は「のほほん」と大学へ入った。この本を読み、私は素直にありがたいと思った。高柳氏がいらっしゃらなければ、私は此処にはいないのだ。間違いない。
この本は、しばらく書店を探していたのだが、発見できなかったので、昨年4月に Amazon で購入したのだった。Amazon での書籍購入初体験であった。読んだのは夏休みだったかな?


例2 村上 春樹 『アンダーグラウンド』

この本は、本日読み終えた。村上氏の著作は、昨年末まで「物語」か「旅行記」あるいは「エッセイ」しか読んだことがなかった。
何となく『アンダーグラウンド』は避けて通ってきたのである。とりあえず分厚い(つまり高価である)し、オウムを含めた宗教にはあんまり興味がないし。また、私は勝手に「村上春樹というヒトはノンフィクション(ってジャンルで良いのかしら?)に似つかわしくない」なんて思っていたからでもある。
で、『アンダーグラウンド』、ブックオフかどこかで眼にしたので、昨年秋に買ってみた。
彼の誠実な伝達作業によって、何かが救われ、何かが新たに始まり、多分微かに何かが損なわれたはずだ。なお、「損なわれる」というのは、村上氏が作品の中で、よく用いるフレーズである(と思う)。

私は、決して、オウムを「対岸」とは思わない。それは、過去に日記で書いたとおりだ。最低でも1億数千万分の1以上、つまりニホンの構成員の一人として、その形成には責任があると思っていた。

私は、そこそこ村上氏の作品は読んでいる。
この本を読み進めていると、時々『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』が思い浮かんできた。「あとがき」(なのかな?)を読むと、筆者もそういった思いを抱きつつ、この本を作ったようだ。
村上春樹の愛読者なら、この本 "も" 読んだほうが良いと思う。読み物として面白い。

「あとがき(?)」では、彼自身「何故、小説を書くのか」という点を自問自答していた。その解答(?)にスティーブン・キングとの類似性を感じた。
当然(?)だが、私との類似性はあんまり無い。私は一応、教員としては生きてる、今のところ。そして、小説家になるのは難しそうだと、改めて思った。


『約束された場所で―underground 2』とやらも、「読む本リスト」に加えた。

"8.3"にこだわるのは老人の証か

私は、こういうファイル名を眼にしたとき、昔はいちいち指摘した。今は放置することにしてる。
docdoc.gif

MS-DOS(マイクロソフト ディスク オペレーティング システム)なんて、イマドキどうでも良いのだ。ろうけど、一応駄文作成を試みる。
というか、突っ込みたくなったので、日記にしてみる。

およそ10年前まで、Windows9X(MS-DOS)の世界では、ファイル名は半角で8文字以内、そこに拡張子(ググリンク)が3文字という縛りがあった。
Windows2000以降、ファイル名における文字数の縛りは基本的に無くなった。そのため、職場では"ホニャララ.$td.jtd"みたいなヤツも観測される。これは、LAN による無理矢理な共有、編集の結果であろう。ちょっと、いや、かなり気持ち悪いのだけど、今は慣れた。ファイル名などはどうでも良く、その内容が読めれば良いというスタンスで臨んでる。

こういう不思議なファイル名は、やはりパソコン初心者の周辺に多く現れる。パソコン初心者は、様々な年齢層にいらっしゃる。若者だろうと高齢だろうと、初心者の方は、あまり拡張子などには拘らないようである。ま、私も昔は同じ道を通ってきたわけだが。

私は「パソコン界での老人」だが、ファイル名を長くすることは慣れた。ってか、便利だ。しかし、ファイル名の中に"."を複数突っ込んだり、バックアップファイルを編集したりするのは、なんかヤダ。

記憶に残る生徒

手間がかからなかった生徒って、徐々に記憶から消えていきます。
逆に、何らかのトラブルがあった生徒、劇的に頭が良かった生徒、劇的にデキなかった生徒などは、とても記憶に残ります。

「○○な子ほどかわいい」なんて諺(?)がありますが、それはオシエゴについても言えるような、言えないような。テストの点が取れず、なのに努力もしないヤツは、単にムカツクだけですが、それはそれで記憶に残る。

気になるのは、学校を途中で辞めちゃったり、高卒後の進路が不明瞭な生徒ですね。
昨晩職場の方々と、某阿佐ヶ谷駅近くの某さくら水産で、そんな話もしました。「あいつは、どうしているんだろう...」って。

20090206330.jpg

画像のティッシュペーパーは、最近職場で使い始めたのですが、元は生徒の私物だったものです。
昨年春に卒業したトキ、教室に置いていきやがった。私は「自宅から持参した箱入りティッシュ」を使い切ったので、ついこの間から、保管してあったこいつを使い始めたのです。

「干物次女」ってのは、クラス内で「干物女」の義姉妹(?)の契りが交わされたからなのでしょうな。誰が長女だったのかは知りません。全部で何人姉妹だったかも知らない、担任でありながら。

ホタルノヒカリってドラマは面白かったですね。よく見ていました。サイト内には干物度チェックてなのもありました。

このティッシュを使い始めて、持ち主だった彼女はどうしたのだろうなぁ... って、思っていました。家庭の都合もあり、卒業後の進学を見合わせていた子なのでした。その子はとても勉強のできるヒトです。また、干物女っぽくは見えないのです。そこが「干物女」たる所以なのかも知れませんが。

なぁんて、思っていた矢先、「調査書を発行してくれ」という連絡が来ました。
彼女なら、不合格はあり得ないでしょう。

がんばれよぉ... って思ってます。

つい最近、やっと気付いたのですが、中国語で「○○先生」ってのは、日本語だと「○○氏」、英語なら「Mr.○○」って意味なのですね。日本語の「××先生」は、中国語では「××老師」なのかな?

今朝、入試業務で出勤するために電車に乗っていたら、近くのオッサン、と言っても、私と同い年くらいに見える男性群が喋ってた。「社長がなんとかかんとか...」って聞こえてきましたね。
電車内などでは、あんまり「社長がどうこう」って会話は聞かない気がするなぁ... って思ったのだけど、知りあいでメチャメチャ「社長」というコトバを連呼する人を思い出した。そのヒトは小学校の教員です。

彼は「校長」を指すとき、隠語のつもりなのだろうけど「社長」って言う。
大学時代のサークルの先輩なのだが、この間お会いしたときも、そういう風に表現していた。聞くヒト、例えば同業者ならば、飲み屋で(大声で)「社長が...、社長が...」なんて繰り返す輩が居たら、その声の主は教員だってコト、気付いちゃうんじゃないかな?
教員って、大体において声がデカいんですよね。(自戒)

ちょっと話は変わるが、私は同僚に対して、そのヒトが年上でも年下でも「○○先生」って呼んじゃうんですよね。いる場所が飲み屋だったとしても。これはどうしても変えられない。本当は「○○さん」と呼ぶ方が、スマートだとは思うのです。でも、体に染みついてしまった。
ただし、職場の電話やメールなどでは、部外者に対しては、同僚のことを「(本校の)○○が」と、呼び捨てにします。ま、アタリマエですがね。その「同僚」がたとえ校長であっても。

スラッシュドット・ジャパン
「個人情報保護」のため卒業式の写真・ビデオ撮影を禁止?

から、
AGARA紀伊民報
撮影ご遠慮ください、保護者から不満も 田辺中学卒業式

を知った。

スラドの記事には、

個人情報保護法って、そんな内容含んでたっけ? つ~か、学校のサイトに生徒の写真とか名前出てますけど......

とある。で、その中学の公式サイトを見る。
http://www.tanabe-h.wakayama-c.ed.jp/tyugaku/H19tayori/40_1.htm
↑確かに。アホか。


紀伊民報の記事の中には、以下のような記述がある。

浜野校長は「保護者としての気持ちはよく分かるが、写るのが自分の子どもだけではない場合、個人情報保護法で規制される。撮影されるのを嫌がる生徒や保護者がいるかもしれないし、ほかに流用される可能性もある。その場合は学校として責任が持てない」と説明。多くの保護者が一斉に撮影することになると、式を厳粛に開くことができなくなることも理由に挙げ、理解を求めた。

校長の本音は、「式を厳粛に開」きたいっていう、ただそれだけなのだろうと想像する。
だったら、厳粛な式が行えるように、式の前に保護者に注意をすれば良いのだ。「携帯の電源はお切りになって...」とか「他の参列者の迷惑になるような行為はお止め...」とかさ。

こういういい加減なコト言っちゃう校長がいる学校は、大変だろうと思うよ。
紀伊民報は良い記事を書いているんじゃないかと思います、思考停止のアホを糾弾するという意味で。


もう一つ似たような記事を見た。

NATROMの日記
香水の自粛のお願いに化学物質過敏症を持ち出さないほうがいい

から、
asahi.com
「授業参観、香水控えて」 学校「過敏症の子に配慮を」

NATROM氏は医師だそうで、昔から疑似科学を根絶やしにすべく活動なさっている。私が「疑似科学」あるいは「似非(エセ)科学」に興味を持ち出し、ネット上の検索が楽になった頃から、そのお名前は知っている。

どちらの記事も、学校と保護者のやりとりを扱っている。パッと見、内容は似ているようだが、実は雲泥の差があるわな。

朝日新聞に出てくる「名古屋市瑞穂区の市立小学校」は素晴らしい。NATROM氏も書いているが、その小学校は以下のようなメッセージを親に送ったらしい。

子どもによっては、保護者の整髪料や香水などに反応して息が苦しくなるなどのアレルギー症状が出るようです。鼻やのどを刺激するような整髪料や香水を控えていただくと、大変助かります

もともと、この名古屋の小学校の話題には「化学物質過敏症」なんてフレーズは無く、朝日と広田氏とやらが結託し、アサヒッているんじゃないか。私はそう思ってしまった。


と、ここまで書いて、私は気づいてしまった。
田辺の中学校は、「君が代」周辺のゴタゴタか...?

やはり、2ちゃんでも、同じコト気づいた方々が居るみたい...
なお、ちゃんと「和歌山」というフレーズも入れないと、大阪の同名校(更に怪しい...?)が引っかかってきます。ご注意あれ。

Vista はとりあえず、トロい。
ハードウェア自体が高速化されているから、辛うじて何とか使用できているのでしょう。

一番困っているのが、ブリーフケースです。そんなの、使わないスか? 使わないッスよね、普通は。
ファイルの同期を行うのに、結構便利なのです。しかし、2000や Xp だと気にならないのですが、Vista を使い始めてから、劇的に遅くなりました。それは、色々な方が感じているようです。

で、Vista のブリーフケースに不満を抱き始めた頃、検索にて"BunBackup"なるソフトを知りました。およそ1年経過し、今回使用してみました。素敵すぎます。コピーが速い。
http://homepage3.nifty.com/nagatsuki/bunbackup/bunbackup.htm


少なくとも、私が講読している blog の RSS をチェックしてみる限り、"BunBackup"って語句はありませんでした。なので、自信を持って(?)この日記を記す次第です。

両方向の同期には、以下のサイトが参考になりました。

答えてねっと 投稿全文表示

私がシゴトで使うソフト

一番使っているのは、WindowsXP でしょう。次に ATOK ですね。その次はブラウザの Firefox でしょうか。
それ以降のハナシです。


ワープロ:一太郎
表計算:Excel
データベース:桐

画像処理は、職場から支給された PhotoCrew か個人的に購入してライセンスがある PaintShopPro です。
しかし、シゴトに於いては、当然のことながら画像を扱う時間は少ない。
フォトショップって、個人的にも職場としてもライセンスを持っていません。高いッスよね。ヨソサマ(他の学校での研修など)では、触れたことあります。


で、シゴトでは、Excel 及び 桐 を使っている時間が一番長そうです。

勤め人初年度、表計算ソフトは MS-DOS 版の Lotus1・2・3 を使っていました。その職場にデフォルトで存在していたから。
現在の職場にて、Excel に移行した記憶があります。印刷の設定が劇的に楽になった印象があります。

大学時代から、一太郎は身近にありました。私はワードはよく分からない。使えと言われれば使いますが、自主的に使うワープロは一太郎です。

桐は、現在の職場に入ってから、MS-DOS 版に触れました。
Access も若干触れたコトはあります。支給されたノートパソコンにも Access がインストールされていますが、年に数回しか使いません。


で、結局のトコロ、何のソフトを使うかなんて、「刷り込み」がデカいのでしょうね。
なので、「アカデミックパック」って存在は、もっと肥大化して良いと思うのです。ましてや「スクールライセンス」などは。
結果的に、ユーザーが増えます。多分。

大学時代に触れたハードウェアは、エプソンの「PC98互換機」がほとんどでした。駄文書いていて思い出しました。
安いコトは良いことなのでしょうね。カイシャが潰れない限りは。


<過去の関連する日記>

IT愛国者

インプリンティング

釜飯と雷

ハブが壊れた

正式名称はスイッチングハブである。


昨日、休日出勤をしてしまった。
と言っても、今週は休暇を取った関係で、水・金(祝)・土の3日しか職場に出なかった。
どこかの社団法人の理事のような勤務だ。

で、その昨日の出勤早々、2名のセンセイから「サーバーに繋がらないんですけど」という苦情を受けた。
その方々も休日出勤というわけである。
年度末は休日出勤した方が、明らかにシゴトが進むのである。学校は「指導要録」って書類を作成する必要がある。その書類には部活名や委員名を記さねばならない。そういった「定型語句」はゴム印が用意されている。そしてそれは学年全体の共有物である。休日ならば、そういったツールを、ある程度ガメて仕事ができる。

最初は LAN ケーブルの差し込み不良かと思ったが、そうではなかった。学年(十数名)の机の隙間に設置してあるハブが壊れたのかと思ったが、Windows は LAN を認識している。しかし、サーバーは見えない。で、とりあえず再起動して貰ったら、サーバーに繋がった。その日はそれで終わった、ことにした。


今日出勤したら、改めて「サーバーにもインターネットにも繋がらないんですけど」って指摘された。
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今気づいた。彼は小一時間、私の出勤を待っていたのだろう。毎朝出勤が早く、シゴトもヒトの先にやらないと気が済まない方だ。彼の座右の銘は「先んずれば訂正印」である。別に全然「座右の銘」じゃないか...(笑)
関係ないけど、私よりも明らかに酒に強い。私が知る限り、職場の専任と非常勤、合わせて百数十名中、1番か2番目の強さだ。国語科って酒に強いのだろうか?
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「余談オブ余談」は終わる。
高2・高3の「島(机のカタマリ)」の20名強が、同じ状況とのことだった。他の学年や校長・教頭の席は問題ないらしい。高1の「島」にいる私も、普通にネットに繋がった。

過去、職員室全体がサーバーに繋がらないことは何度かあった。それはそれで大騒動である。
しかし、昨日から今日の場合、一部の接続は正常だった。とりあえず、ハブかケーブルの不具合だろうとアタリをつけた。
朝 8:30 の打ち合わせを挟み、職員室のでかいハブやら、その下流のハブを見ていった。そして、LED が点灯していないハブを発見した。
そのハブを交換したところ、問題は解消した。


不思議なのは、いくつかのサーバー(アカウントを管理するサーバーやファイルサーバー)には繋がるけど、あるファイルサーバーには繋がらなかったコトである。
デジタル機器が中途半端に壊れるのは、始末に悪い。ケータイの故障を思い出した。

先日は自宅のルータが壊れたが、今回は職場のハブだった。ルータもハブもパソコン本体よりは、よほど壊れにくいが、それでも壊れる場合は壊れるようだ。
今回は比較的取り出しやすい場所にあったのが、不幸中の幸いであった。
20090321.jpg

同じ製品は、複数の場所で使われているはずなので、今後が若干心配である。
と、言っても、全部でハブがいくつあるのか、よく分かってないッス orz

遅報「WBC日本優勝」

本日、職場では「修了式」と「中学校卒業証書授与式」が行われました。
午前、ツツガナク、修了式は終了しました。


米国では WBC 決勝戦が行われていました。例によって(?)、職員室では27型くらいのブラウン管テレビが点いていました。
「授与式」は14時開始でした。会場へ移動するとき、試合は9回表が終了したところでした。日本は3対2で勝っていました。後ろ髪を引かれながら、式場へ。

およそ1時間の式の後、日本の勝利を知りました。5対3と聞き、「延長かい!」と思いました。
9回裏に追いつかれ、延長し、そして勝ったと云うことになります。それだけで、凄い試合です。本当に強くないと、そんな結果は出せないと思いました。

その後、ダイジェストを見てビビりました。勝利打点を叩き出したのは、イチローだったのですね。
凄いヒトだ。
内川というヒトもスゲー。

でも、一番辛い思いをしたのは、原監督だと思います。巨人の4番という「重責」を、長年務められた方です。だからこそ、「外野の声」を受け止めつつ、適当に受け流しつつ、選手の配置と采配を行えたのでしょう。
「侍ジャパン(ってヤツ)」に関わった皆さん、スゲー。


ハナシは下世話になりますが、数日前のめざましテレビを思い出しました。
ボーリングの CM に出演する「ガッキー(新垣結衣)」のストライクを見ました。「撮影用の最初の投球」でストライクだったとか。彼女は、最近のボーリングのスコアは51らしいッス(by サンスポのサイト)。

華のある人は、華がある。


で、場面は本校の職員室、14時の少し前へ戻ります。

「式の開始を遅らせよう」とか「会場のスクリーンに中継画像を映そう」とか、いろんな案が出ました。当然、ギャグとして。
中3担任は、その頃教室で緊張していたはずです。今更ながら、罪悪感を覚えます。

会場に向かう私は、「廊下の端、ケータイを捧げ持つオトウサン」を複数見ました。気持ちは痛いほどに分かります。


私の勤務先は、なかなか面白いと思います。そのユルさと緊張感のバランスが。
基本的に真面目です。そりゃ、学校ですから。しかし、結構緩いです。居心地は良いです。
ま、他の職場はあまり知りませんけれどもネ。

数年前、ワールドカップ(サッカー)の日本戦を「パブリックビューイング」しました。「読書自習室」のプロジェクターの前、顔にペイントした生徒を見た気がします。なかなか豪気だ。学校も生徒も。

忘れられないのが、長野オリンピックです。6限終了後、帰りのホームルームの前に、全校放送が流れました。「生徒の皆さんにお知らせします。ジャンプ団体で、日本チームが優勝しました」って。
ハンドボール部顧問の体育科のセンセイ、生徒に伝えずには居られなかったようです。スピーカー越しに、彼の興奮が伝わってきました。


今見ても泣けますな。
私も、私として、改めて「できるコト」を頑張ろうと思ったりします。スポーツとその記録映像は、ヒトに力を与えてくれると思いました。

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情報モラル教材「春野家ケータイ物語」 なる物品が、職場に届いた。
とは言っても、勝手に届いたのではなく、申し込んだから届いたのだ。

宅配便のパッケージにはこうある。

制作:株式会社NHKエデュケーショナル
企画・発行:独立行政法人メディア教育開発センター
協力:株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ

裏面には謎のキャラクター。
20090330356.jpg

同梱されていた解説書にも、このキャラはいる。
私にはチェブラーシカのパクリにしか見えなかった。

チェブラーシカは、モンチッチに、似てはいます。

出現順序は、モンチッチ→チェブラーシカ→「謎のキャラ」のハズです。
私の感覚では、チェブラーシカと「謎のキャラ」はかなり近い。剽窃と言っても良いのじゃないか。

そんな私は、著作権保護期間は50年で十分だと思っています。青空文庫にはお世話になっているから。

青空文庫内の1ページ
著作権保護期間の延長を行わないよう求める請願署名


過去の関連する(?)日記

知的財産権の侵害
http://www.ariori.com/diary/2006/03/03/

引っ越しの季節

私は、この腐れ日記に於いて、「職場の愚痴」を記したことはほとんど無いと思う。
今日の日記は、ちょっと愚痴系ではあるが、ご本人にも何度か言ったことあるので記す。

表題の通り、春休みは引っ越しの季節である。年度が替わると、担当する学年も替わる。
基本的に、自分の使用する机は移動することになる。

毎年、以下の作業を繰り返す方がいらっしゃる。
  1. 年度末に、机の周辺に散らかっている「ゴミ」を、段ボール等に詰める
  2. その段ボールを、「どこか」に一時保管
  3. 机の引っ越し完了後、段ボール内のゴミを新しい机周辺に展開
  4. 年度が始まると、書類等の新たなる「堆積」が開始
不思議な習慣だと思います。
私には「ゴミ」に見えるものを、後生大事に抱え続けている。2週間もすれば、取り出せない位置に埋まってしまうだろうに。

書類は、きちんと仕分けしないから、堆積して「ゴミ」になっちゃうのだ。堆積させる前に、地道にファイリングするなり、廃棄するなりすればよいのだ。ま、その地道さが無いから、彼らは机が「山脈」になってしまうのだろうが。

私は「書類のカスケード処理」を心がけています。
  1. よく必要になる書類や書籍は机の上に
  2. その次のレベルのものは机の下に
  3. その次のレベルのものは机の引き出しの中に
  4. その次のレベルのものは職員室内の個人用ロッカーに
  5. ロッカー内にあって、ほとんど参照しなかったものは廃棄

ここ数年、処分するかどうか悩み続けているのは、「8年前に購入した『甲種防火管理者講習』テキスト5,100円(当時の価格)」である。多分、自腹だったハズ。捨てようと考えているわけだから。
職場の「男子更衣室」の一隅に置かせて頂いていますm(_ _)m

況や社会保険庁をや

本年度、高校3年生のクラス担任をし、授業も担当します。情報Aです。
授業に先立ち、生徒のアカウントなどをチェックしていました。

そうしたら! 同姓同名の生徒がいて、アカウントを間違えて作成して貰っていたことが分かりました。
成績関連で2年間使用していた「学籍番号」と、パソコンを使う際の「アカウント(学籍番号と同一の文字列)」が、2人の生徒間で逆になっていました。
結局、アカウント設定を訂正するハメになりました。サーバーの操作に、少し詳しくなりました。
またもや、センパイにご迷惑をかけてしまいました。

2年前「この番号と生徒名で、パソコンにログオンするアカウントを作ってください」ってセンパイに頼んだ後、クラス編成やらなにやらをしている間に、2名を取り違えてしまったのでしょう。

チェックしてみて良かった。
授業中に発覚したら、明らかに10分以上は浪費しただろうと思います、パソコンにログオンできない原因が分からずに。


なので、「社会保険庁での名寄せ」なんて、相当大変だろうと思うのです。まぁ、ほとんど無理でしょうね。

昔の記事ですが、面白いものがあったのを思い出しました。何か、日記に書こうと思って、キープしていたヤツです。

Web屋のネタ帳 : 「端末を45分間操作したら15分休む」のは20年前のモニタ性能ならありうる。

結局、ポチってしまった... (^_^;)

◆◆ ご注文内容 ◆◆
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商品名: NHKスペシャル 宇宙 未知への大紀行 第I期 第2集 地球外生命を探せ
数量: 1
単価(税込): 3,990円
小計(税込): 3,990円(税込)
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商品名: NHKスペシャル 宇宙 未知への大紀行 第II期 第5集 150億年の遺産 ~生命に刻まれた星の生と死~
数量: 1
単価(税込): 3,990円
小計(税込): 3,990円(税込)
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商品名: NHKスペシャル 宇宙 未知への大紀行 第II期 第6集 ~もうひとつの地球を探せ~
数量: 1
単価(税込): 3,990円
小計(税込): 3,990円(税込)
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送料(税込): 0円
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お支払額合計(税込): 11,970円

私がビデオに録画していたのは、第2集と第7~9集でありました。
1万円を超えると、送料が無料ってんで、予定していなかった「第6集」も買うハメになったッス。定額給付金を入手する前に、その額をほぼ使い切ったことになる。それも良かろう。

私の「NHKエンタープライズ」に対する思いはこちら

老婦人殴殺物語で感想文、新入生に宿題...愛知・私立豊川高


 愛知県豊川市の私立豊川高校の男性教諭が、6日に入学式を迎える新1年生約200人に対し、春休みの宿題として、少年が老婦人を殴り殺す架空の物語について感想文を書かせ、一部の保護者から「子どもには内容が衝撃的すぎる」と、抗議を受けていたことが4日、わかった。

 学校側は、不適切だったとして、男性教諭ら教諭全員に注意した。

 男性教諭が最近、受講した外部の教職員研修会の教材を使用。両親を失った幼い兄妹をふびんに思ってパンを与え続けた親切な老婦人が、さらに多くのパンを求めるようになった兄になじられ、最後に殴り殺されるという物語で、教諭は、研修会と同様、命の尊さや他人を思いやることの大切さを考えてもらおうと、題材に選んだという。

 相馬三孝教頭は「まだ人生経験の浅い1年生に出す宿題としては、適切ではなかった。生徒の気持ちに配慮した指導を徹底したい」と話している。

(2009年4月4日20時10分 読売新聞)


10日前だが、新聞を読んだ瞬間、ピンと来た。
元ネタは、夏木智『誰が学校を殺したか』である。(アマリンク)

Amazon 内に、自分が書評を書いていたコト、忘れてた。
日記内の正式な(?)書評はこちらである。


「老婦人撲殺」は、巻末に収まっていた寓話だ。

「老婦人」が「教員(=学校)」の比喩であることは間違いない。
「人殺しの兄妹」は、クニであり、キョーイクイインカイであり、モンスターペアレンツであり、マスコミなのであろう。

その「比喩的な寓話」は印象深かった。本の締めくくりとして優れている。短編であるが、単体でも鑑賞に値する「考えさせる物語」である。高校1年に読ませたって、全然悪くないと思う。夏木智氏も、気合いを入れて作成したのだろうと思う。


しかし、今回のニュース。
物語を読まされた高校生は、課題を出した教員のキャラクターも良く知らないハズ。「外部の研修」で紹介されたヤツを、そのまま作文の課題にしちゃうなんて、安直に過ぎるのではないかと思う。その高校の教頭が言うように、他にいくらでも「適切な教材」があるだろう。


駄文作成してたら、ある記事を思い出した。
NAKAHARA-LAB.NET 東京大学 中原淳研究室 - 大人の学びを科学する: 教育を語ること

私が持っている資格の一つに「パソコン検定(P検)準2級」がある。

約3年前、職場でP検を実施した際、生徒と一緒に受けたのである。「ノー勉」すなわち「試験勉強を全くしない状態」で受験した。初受験だったが、一発合格した。自分自身に感心した。なお「ノー勉」ってコトバ、私が学生のトキは無かった気がする。近年の「学生用語」だと認識している。
未だに心残りなのが「一太郎検定1級」の同時取得を逃したコトである。さんざん一太郎を使い、礼賛しているのに、一太郎検定を通過できなかったなんて...orz

「P検」のシステムは、年々洗練されてきている。そのシステム開発費はそれなりに必要だろう。
5級は無料で受験できる。

高校3年生に5級を受験させてみた。
全員合格した。やはり「合格」は嬉しいようである。パソコン検定協会と私の策略にハマッたようだ。

なお、それ以上の級も「模擬試験のプログラム」はあるようだ。試したコトは無い。


他校の教員、特に情報科教諭のブログは、地味にチェックしている。それらを見ていて「今年は一応タイピングもやろう」と思った。
「書画カメラ」を用い、指の置き場を確認した。シフトキーの使い方(逆の手の小指で押す)も伝えた。

その後、「Type Trainer」を用いた。
「キーボードを見ないように」と念を押した。タッチタイプに一番必要なのは「手元を見ない根気」であろう。このソフトは、画面だけを見ていれば、操作ができる。優れものであると思う。


で、ストレスを与えた後、最後に「タイピング君」を行った。「キーボード見て良いよ」と伝えた上で。
「タイピング君」って、無作為なのか、作為的なのか、ネーミングが凄い。

「タイピング君」は、解凍した後 typing.exe を実行するだけだ。インストールは必要ない。使いやすいソフトである。

私は100点を叩き出します。先ほどは、1分14秒を余したッス。
typing_kun.jpg


以下は「各種検定」の経費についての私の見解。

P検。
先にも述べたが、システム開発が結構大変だろうと思う。下請けのカイシャに金を払っているのだろう。

英検。
受けたコト無い。
職場の先輩の英語科教諭は「面接官」としてシゴトをする場合があるらしい。このシステムには「面接」が必須らしいから、人件費がかかる。

漢検。
実は、ちょっと受けようかと思っていた。
コイツは「紙っきれ」で完結する。相対的に安上がりなハズ。主催者は私腹も肥やしたくなろう。「P検2級」よりは「漢検2級」の方が魅惑的だ。そりゃ、受験者も多かろう。「平成教育学院」等の後押し(?)もあるだろう。打倒ウジハラ君。

そういう不埒な発言をなさる方、基本的に「旅行者」なんでしょ?

日本以外のクニにいるらしい「目の輝くこども達」。そのヒトビトから見れば、「異国のヒト」は珍しいコトでしょう。ましてや、「カメラ」みたいな存在は。
瞳孔は開くでしょうね。「興味津々」だろうから。


まことしやかに「日本悲観論」を延べるオッサン。君の方がダメ人間なのでは無いかい? 私もダメ人間である自負を持つが、なるべく真っ当なヒトに見えるよう、日々それなりに努力をしているつもりでありますよ。

チナミに職場での私を知っているヒトで、「おめぇ、部活の指導ほとんどしてねぇじゃねぇか。嘘つくな!」って方がいらしたら、こちらの日記をご覧くださいませ。
「部活動の指導をするために教員になった」ってヒト、私は基本的に理解できません。「なりゆき」で部活にハマるのは、仕方ないとは思います。
イタイのは、「部活指導をしたいので、センセイになりたいのです」って宣う学生。私は「なるほどねぇ」って言います。口では否定も肯定もしません。心の中は否定です。


普段の学校の授業だって、「とても集中している生徒」には度々出くわします。
そりゃ、毎日毎時間ってワケじゃ無いッスよ。そんな生徒が居たら、単なる「躁」でしょう。心配しちゃう。

「教育員制度」解説

どうして教育員制度を導入するのですか。


 これまでの日本の学校教育は、教員や事務員、教育委員会という教育の専門家が中心となって行われてきました。丁寧で慎重な教育がされ、またその結果優秀な人材が輩出されることによって高い評価を受けてきたと思っています。
 しかしながら、「学校は旧態依然としていて、もはや死んでいる」という「云われ無き評価」や、「教員は神聖な職業である。ただひたすら、勤務時間も関係なく働けばよいのだ」という見方があったりして、今の学校教育と、それを司る教員は「許し難い存在である」という印象操作が行われてきた面もあったと考えられます。
 そこで、先般から続いている「教育改革」の中で、国民全員による教育参加の制度の導入が検討され、国民全員が教育員として、それぞれの知識経験を生かしつつ一緒に「子どもの教育」を行うことにより、より国民の納得できる「学校教育及び生涯教育」を実現することができるとの考えのもとに教育員制度が提案されたのです。

ま、ブッチャケ言うと、「タバコのポイ捨て」とか「やたらに臭う化粧は止めろ」と。
あるいは、「政治家だからと云って、身内に便宜を図ったりするなよ、この腐れ外道!」ってコト。
きちんと教育を受けたならば、漢字はちゃんと読みたいし、金にもキレイでありたい。

以上、法律の趣旨を踏まえ、ご協力よろしくメカドック。


元ネタはこちら

「裁判員制度」の導入、私は全然同意できません、未だに。
てめぇのケツは、てめぇで拭いて欲しい。裁判官は、皆、志願して法曹界に入ったのだろうから。
自己の鍛錬で「わかりやすい裁判所」を目指して欲しいよ、全く。

数年前の法曹人口を増やそうという動き、私は全然理解できませんでした。「(聞くトコロのアメリカのような)訴訟社会」、全然魅力的でない。日本は「和」でしょ、とりあえず。で、最近は「やっぱり減らそうか」とか言ってる。グダグダ過ぎ。

止めようよ、裁判員。
「昔のDNA鑑定が誤っていたかも」ってニュースがあるが、裁判員は検察などが集めた物証等を元に判断を迫られるわけだ。高知白バイ事件(ウィキリン)などもあった。
そんな砂上の楼閣での「戯れ」なんて、さらさらゴメンだ。時間の無駄だ。

ただし、政治家とかの贈収賄に関わる裁判には、是非とも参加したいなぁ。被告にケツを向け、両手で鉄砲つくって「死刑 !」って言いたい。何で「裁判員の関わる裁判は限定されている」のかしら、超フシギ。


過去の関連する日記

主権の行使

「本当の情報」は何処にも存在しない

死刑制度と冤罪と

「マスク」という日本の様式美

正しいマスクの使い方: 咳やくしゃみの人にそれを譲ってあげること: 極東ブログ

さすがに、「アルファブロガー」であらせられる「弁当爺」だと思った。


私は、「現在風邪(あるいはインフルエンザ)に罹患していない自分」にとって、マスクは不要だと考える。

毎日電車通勤であるが、今日はちょっと早めに家を出て、なるべく空いた電車に乗ろうとしてみた。しかし、電車の接続の関係か、あまり空いていなかった。明日は別の時刻の電車に乗ろうと思う。
職場(東京都内私立中高)でのマスク着用の指示に備え、自宅からマスクを複数持参して出勤した。電車の中では、特にマスクは着用しなかった。

私がマスクをするのは、自分の咳やくしゃみが酷いときか、風邪をひいていて口と喉の周辺に湿気を保ちたいときだ。


話は変わる(ように見えるかも知れない)が、ネクタイってあんまり好きじゃない。
しかし、一応社会的な活動(日本のヒト社会での勤労)を行っているので、「フツー」に見えるよう、ネクタイとかをしている。


職場では、本日より「マスクをつけて授業しましょう」って指示が出た。自分の感覚とは異なるのだが、素直にマスクをしましたとさ。私も丸くなってしまったものである。
釈明すると、「教師全員マスク着用」に対していちいち反論するのは、「非生産的」だと思ったからである。決定事項に反論するよりは、マスクを付け、さっさと授業を行った方が良いに決まっている。
なんてったって、ここは「マスク天国」の日本である。


なお、職場では「朝、体温を測ってね」って指示も出ていたので、ちゃんと測定してから出勤した。起き抜けは35℃台前半だが、およそ2時間後の職場到着直後は36℃台半ばになっていた。知識としては知っていたが、自らの体温経時変化は、初めて観察した。


2009/05/28追記
数日前に、「マスク着用せよ」って指令は解除されました。26日火曜日だったかな?
なお、体温測定は継続しています。その判断は良いと思います。
ま、検査しなければ、東京都からはインフルエンザは出ませんよね。「高度な政治的判断」とも言えるのかも知れません。見ざる聞かざる言わざる。
北朝鮮も、東京都も、市井のヒトに「情報を与えない」って点では同じですね。北朝鮮よりは東京都の方がマシなのは、多分確かです。
私はそれほど飢えたコトは無い。


過去の関連する日記
文化の不思議
微かなる反抗
腰パンって見苦しくない?

雷雨のランゲルハンス島

本年度は、1週あたり16コマの授業を担当している。
2コマ連続×8クラス。楽と言えば楽である。1種類しかないというコトで。

で、本年度も昨年度も、土曜日はほとんど潰れないのである。
積極的に学校行事を突っ込んでしまえば、他の曜日との時間差も減るのかも知れないが、学園祭が入っているくらいで、ほっとんど潰れない。

簡単に「自習」としてしまうのは、教員としての自覚に欠ける気もする。しかし、特定のクラスだけ様々な授業を行うというのも、他のクラスの生徒に悪い気がする。って、言い訳か?


私の職場だけの表現かも知れないが、一応1週間以上前から「売りに出」してみた。
1コマだけ売れた(他の教員が、元々私が授業を行うべき時間に、代わりに授業を行った)が、3コマはそのまま自習としてしまった。

まぁ、生徒と私の利害が一致したとも言えよう。


ホームルームの担任をしていると、毎日毎日「学級日誌」を見ることになる。
そこには「どのような授業を行ったか」が書かれている。
歴史やら数学やら、理科ならば、だいたい想像はつく。体育や家庭科も然り。国語の古典もだいたい定番は決まっている。
しかし、英語(のリーディング)などでは、時々「...どんな内容?」って疑問に思うことがある。英語の先生って、大変だと思いますね。英語という言語と一緒に、その教科書で扱われている内容についても、理解が必要となる場合があるようだ。私は時々、科学的な事項について、英語科のセンセイなどから質問を受けることがある。

そして、「学級日誌」を見ていて最も疑問に思うことが多いのが、現代文である。

そんなわけで、「自習監督」となったヒマな時間、私によくやるコトに「生徒が使っている、現代文の教科書を借りて読む」がある。


ここしばらく、学級日誌には「平気」って文字があった。
「平気」って何スか? って、ずっと思っていた。
正岡子規にまつわる文章だった。作者は失念しました。知らないヒトだった。使われている教科書は、東京書籍のものでした。東京書籍は割と好きです。
現在、勤務先の中学理科の教科書は、私の趣味で東京書籍にしたッス。地学の教科書も、勝手に東京書籍にさせてもらった。実は、高校地学の教科書としては、採択率はそれほど高くないらしいですけどね。私は東京書籍のヤツが好きです。

で、「平気」が何か判明したので、ぱらぱらと目次などを眺めてみたら、「村上春樹」の文字が目についた。
入っていたのは『カンガルー日和』だった。

サリンジャーの"A Perfect Day for Bananafish"は『バナナフィッシュにうってつけの日』あるいは、『バナナフィッシュ日和』と訳されている。"BANANA FISH"ってマンガ、大学時代に中学校社会科の元ラガーメンのマンガ好きの先輩に借りて読ませてもらった記憶がある。面白かった記憶はあるのですが、最終的な結末が全然記憶にありません。ま、どうでも良いけど。

で、私もあやかって(?)『ホニャララ日和』って文章を書こうかと思ったが、あまり小説風なものは思いつかないのだった。で、この文章がダラダラと続いている。


話は東京書籍の『現代文』に戻る。
パラパラとページをめくると、怪しい(と私は思う)科学者の茂木某の文章があった。
ま、文章はどうでも良いのだけど、その挿絵が安西水丸のものだったのだ。ペンギンが書いてあった。

同じ本に村上春樹と安西水丸が同居しているなんて、『ランゲルハンス島の午後』その他の作品みたいだと思った。さすがに『カンガルー日和』には、安西氏の挿絵は合わないのだろうと思った。
純粋に文字だけで想像する方が、『カンガルー日和』に「うってつけ」だろう、高校生が読む教科書としては。

国語の教科書、現代文の物語文に挟み込まれる発問って、どうしてもみんな愚問に見えてしまう。『カンガルー日和』の場合も例外でなく、きちんと所々に問題(?)が書いてあった。
「彼女の心情は、どのように変わったか」なんて書かれていた気がする。「どうでもいいじゃん」って思っちゃうのですね。小説ってのは「なにか読ませるところ」があり、何かが澱(?)として読者の心に残れば、それで良いと思うのです。
私は『カンガルー日和』のための「定期テスト対策の勉強」はイヤだなぁ。

なにしろ、私は高校時代から、もしかすると中学時代から、「現代文はだりぃなぁ」って思いを抱いていたような気がする。
取り上げられている文章自体は、どれも「読ませる」ものが多く、面白いと思いますよ、現代文の教科書は。ただ、発問がねぇ...。
ま、国語科教育学は詳しくないから、突っ込みはこの辺で終了。


で、どうでも良い個人的な話になるんだけど、ってか、元々、例によってどうでも良いコトしか記していないけど、『ランゲルハンス島』に関わる私の履歴を記してみる。

多分大学時代・・・・『ランゲルハンス島の午後』中の、「女子高校生の遅刻について」が印象に残る。
大学卒業後・・・・予想だにしなかった女子校勤務が始まる。
その後・・・・予想だにしなかった「生物の授業担当」となり、「ランゲルハンス島」が何ものなのかを、ある程度正確に知る。
今・・・・勤務先では、学校に忍び込んでいる子もいるのかなぁ...。 私は知らないなぁ...。

この「履歴」話は、前から日記に書こうかと思っていて、しかし書いていなかったコトなのですね。
私は、高校~大学では、「物化生地」中では、生物が一番興味なかったです。当然「ランゲルハンス島」が何かも知らなかった。
今は、生物学は面白いと思います。


過去の関連する日記
もしも月がなかったら ←東京書籍の本の題名

丸山茂徳センセイの話を聞いてきた

先に白状しますと、たびたび意識を失いました。
しかし、意識を保とうとする努力は続けました。
お話は面白かったです。
生物科の教員にとっては、部分的に難解な用語・概念があったんじゃないかと思います。


ネット上で検索しても、私が本日お聞きした講演の話題は出づらい。
ってか、「埼玉県高等学校生物研究会」で検索して知りましたが、この団体の公式(?)サイトは無いのですね。
改めて、「都生研(東京都生物教育研究会)」のナベタセンセイは偉いと思いました。


具体的には、以下の講演会に行ってきました。
2009年5月27日(水)埼玉県高等学校生物研究会講演会「新しい生命進化論:銀河からゲノムまで」 | 都生研 blog

自然科学を、(なるべく)広く深く知ろうとしている私は、クバプロ(ま、この団体の活動資金の出所も怪しいがなぁ...)の『第13回「大学と科学」生きている地球の新しい見方-地球 生命 環境の共進化-』を自腹で買いました。もう10年近く前なのでしょう。

その本(講演録?)の著者の一人であらせられる「丸山茂徳氏」は、妙に印象に残っていました。
内容が面白かったからだと思います。


上記「都生研」のメール経由で知った講演会、本日行ってきたわけです。


センセイの話を聞いて疑問に思ったコトに

「(太陽系の属する)オリオン腕は、他の腕に対して、明らかに異なる運動をしている」ってのが前提の話題がありますが、そのハナシは確かなのですか?

ってのがある。
部外者&居眠りする生徒だったから、質問しませんでした。

「オリオン腕は、銀河系の他の腕からは分離していて、独自の運動をしている」ってのは、どこかで見たことがある。
帰宅してググってみたけど、今のところ見つけられません。

銀河の「腕」って概念自体が、これからは消えていく気がするのですね。力学の結果としての「構造」があるだけで、「腕」はその「スナップショット」なんじゃないかと思うのですよ。
大体、「銀河系は"棒渦巻き"カモ...」って話もありますし。

今、さらに気づいたが、ダークマターと銀河系の(オリオンその他の)腕の関係が、「今日お聞きした丸山理論」ではまったく無視されている希ガス。


でも、プルームテクトニクスって概念は、鉱物学の実験と地震波の解析に裏打ちされている(と思える)から、そちらは信用します。(偉そうな私)


めちゃくちゃに"log"ッスね。

繰り返しますが、全体的には大変勉強になりました。
丸山センセは59歳には見えませんでした。若い。

死ぬかと思った

部活動関係でもなく、旅行関係でもないのに、先週水曜から今週の水曜までの間に、6回も出張に行った。
職場では、教務・学籍システムの刷新が行われている最中であり、少なくとも来週半ばまでには、中間テストの個人用「成績通知表」のレイアウトを作成する必要があった。そんな状況で、「出張6回/8日間」なんて、やるべきではなかった。
その出張のうち、少なくとも2つは、他のヒト(同じ高3担当)に任せてしまうコトもできたハズだから。

それに対して「レイアウト作成」、これは私しかできないだろう。
ま、私が今の職場に居なかったとしたら、それはそれで、誰か別のヒトがやり遂げるだろうが。

で、そんなクソ忙しい先週末、職場の閉じられた LAN の中に、「トロイの木馬 DOWNAD.AD」が入り込んでしまったのだ。
木馬が入り込んだのはジャブロー、じゃなくて、入り込んだ経緯は、以下のように予想される。

  1. 職場のどなたかの自宅に、木馬潜入。
  2. 木馬は USB メモリに。
  3. メモリから、職場の閉鎖系 LAN(アンチウイルス関係が、昨年末から更新されていなかった)へ。
  4. 別の人物(私を含め、他数名)の USB メモリに。
  5. そのメモリを、インターネットに接続された LAN(アンチウイルス関係は、常に更新されている)へ。←木馬検出(同時に削除)

更に詳しい経緯を書くのは、私自身と「出入りしている業者」を貶める事になるので、止めておく。
何しろ、私ともう一人のセンセイで、閉じられたネットワークに対して「ウイルスバスターコーポレートエディション」の更新を行った。それが昨日のコトである。一応、来週月曜には、本職の SE の方に来ていただく約束。

面白いのは、誰もが「自分が持ち込んだかも...」って不安を感じたらしい点だ。
ま、今回中間テストを行った科目を担当している、教員数十名中の1名は、確実に自宅のパソコンが感染しているワケではあるが。

で、レイアウトの案は、さっきやっと完成した。明日は出勤しなくて大丈夫だろう。
先週末から今週は忙しすぎた。そして、特に今朝は昨晩の酒が抜けきっておらず、とうとう死ぬかと思った。


過去の「死ぬかと思った」際の日記

眉の中の傷
塩化水素吸引事件
皮膚癌発病疑惑
石および医師との遭遇

「石および医師との遭遇」を400文字程度にまとめた文章は、この本にも収まってる。
20070323017.jpg
林氏直筆の礼状付き。

しかし、何でヒトの金儲けの手伝いをしてやったのだろうか?
ま、文書再構成は楽しかったし、サイト「死ぬかと思った」に採用されたのは、嬉しかったですがね。

ちょっとした広報活動

ボーッと日曜日のテレビを見ていたら、噂に聞いていた「勤務先の薙刀部」関連番組の放映予告が流れた。

にっぽん熱中クラブ

噂には聞いていたが、改めて思った。
「あの子、あんなに顔は丸くない!」

日本(に限らないかも知れないが)のテレビって、撮影時と放映時に於いて、アスペクト比が全面的に変換されてるんじゃないかしら?

顧問の顔は、もっと四角く映ってしまうのだろうか、ちょっと心配...
余計なお世話ッスね(笑)

政治家の世襲は、まだ「マシ」だろう

政治家は、「主権」を有する「国民」が直接的に選択できる。
票数がきちんと集計されているってコト、私は信じたい。

教員を含む公務員とか、独立行政法人職員とか、社団法人職員なんかは、トップの趣味で採用されちゃうんじゃないかな? そいつらの給料は、マゴウカタナキ税金でしょう。
政治家の世襲よりも、「その辺にポコポコ存在している役人(と半役人)」に「使えない人材」をもたらす「コネ」の方が、よほど日本を悪くしていると思います。「お役所シゴト」のコストパフォーマンスが低下し、必要な税金が増える。

関連する過去の日記
教員採用試験の公平性
書評『誰が学校を殺したか』
ノーモア縁故

税金から作ったシールなど要らねぇ

職場に、東京の2016年オリンピック誘致のシールが現れた。
tokyo2016.jpg

空から降ってきたわけでもなく、地から湧いて出たわけでもない。東京都から送られてきたのだろう。バッチリ全生徒数を超える数のシートが届いたようだ。
自分のクラスの生徒には配布せず、捨ててやろうかとも思ったが、結局生徒に配った。配るのも無駄だが、捨てるのもやはり無駄である。

「無駄だよね」と言っている生徒も居た。
私も「皆さんの保護者が支払った税金が使われているんだよねぇ」って言いながら配った。

シールって、チョー無意味だと思う。
どこに貼らせたいのだろう。机の上か? 冷蔵庫か? タンスか? 都庁の石材の上に、ペタペタ貼り、シンタローの似顔絵でも作ってやろうかとも思ったが、そんな時間も無いのである。残念だ。

「ずっと持っていれば、高くなるカモよ」って言う生徒が居た。確かに。それは考えつかなかった。


そういえば、商店街などにはためいている「幟」は、以前は白かった。いつの間にか赤いバージョンが出ていた。最近、私の住処の近くでは、その赤いバージョンも消えた。
やたらに無駄金が消費されている気がする。石原家周辺の「幟メーカー」や、「シール印刷所」や、「ピンバッジ工場」は、ある程度忙しいのかも知れない。良かったね。


パソコンに映り込んでいるサイトはこちら。
旅行記

過去、似た話題をちょっとだけ扱った日記
地震 雷 火事 年金

夏休みの悪しき風習

8月は、ほとんど「腐れ日記」を記さなかった。しかし、Google 様のおっしゃるコトには、ariori.com 全体のアクセス数は、先月比で4割増だという。

結局、そのアクセス数増は、
冬の自由研究(リンゴの変色について) -"知恵ぶくらー"を嗤う-
に因るものなのであった。
ずっと昔、小学校や中学校に通っていた頃、私も「自由研究」には困らされた。


で、新学期が始まり、高校3年を担任している私の手元には、いくつかの作文(のようなもの)が集まっている。大学等へ提出する「志望理由書」である。

「君らの担任として、仕事をしてますよー」ってフリをするために、彼らの作品を添削するのである。文章の「キモ」こそ変えないよう心がけるものの、文体や構成がかなり違ったものになってしまうのだった。そして、それは毎度のことである。私が真面目にやるほど、その傾向は強くなる。
ただ、「もっときちんと書け、それから見てやろう」ってコトになる場合も多い。何しろ、ある程度書けている文章じゃないと、私も添削はしない。それほど「暇&お人好」じゃない。
ただ、言い方はそんなにきつくなく、「縁日のあんず飴の水飴」でくるんだような表現となる。「オブラート」どころではない。私は、八方美人の教員なのだ、エッヘン。

そんな私は「一般受験こそ、受験の王道である」って思ってる。作文で大学に入るなんて、邪道なのだ。暗く長い、コタツ経由の受験勉強こそ、高校生が辿るべき正しい道なのである。


話を戻す。
「教員による手入れ」が顕著に認められるのが「青少年読書感想文全国コンクール」である。
入賞作品なんか、どう見ても教員の作品だ。あれは、教育上どうなんだろう? 入賞者の心に、暗い影を残しそうな気がする。「あれは、私の作品じゃない...」って。

と、比較するフリをして、自分のシゴトを正当化するのであった。

教員免許更新制の帰趨

2005/12/06 教員採用試験の公平性

2006/07/25 「教員免許更新制」vs「開かれた学校」

2007/06/22 教育職員免許法

2007/07/13 教員の総「修士化」にもの申す

2007/09/26 教員免許更新制について

2008/02/23 卒業式と国歌「君が代」

2008/05/27 書評『誰が学校を殺したか』

2008/09/03 怪しい教員小川が怪しい教員達を観察

上に示した教員免許や採用システムについての意見を、新設カテゴリ「教員免許の周辺」に、放り込むつもりです。


私の経験から言うと、教員のシゴトってのは、系統立てて学べるものでは無いと思います。就業前に「教員のシゴト」について学ぼうとも、あんまり意味はないと思います。
教員生活17年目に突入している私にとって、役に立ったと思える大学時代の勉強は、「理科教育学(指導要領に基づき、授業案を考える授業)」と「教育実習(教育実地研究だったかな?)」と「卒業研究」です。「児童心理学」や「青年心理学」なども、履修した記憶がありますが、それとオシゴトは関係ない気がします。


今日はとりあえず、早晩無くなるという噂の「教員免許更新」研修の無意味さについて記します。

2.教員免許更新制の目的:文部科学省 にはこうあります。

教員免許更新制は、その時々で教員として必要な資質能力が保持されるよう、定期的に最新の知識技能を身に付けることで、教員が自信と誇りを持って教壇に立ち、社会の尊敬と信頼を得ることを目指すものです。

「定期的に最新の知識技能を身に付けること」が目的ならば、「10年間の最後の2年、まとめて合計30時間の講習」なんて、意味が無いです。
『本来の目的』通り、きっぱりと「ダメ教員はクビだよ」ってシステム構築に力を注ぐべきでしたね。


私は多分毎年、最低でも合計10時間は研修に参加しているはずです。命令で行かされたこともあれば、自ら志願して行ったこともあります。役に立ったこともあれば、直接シゴトの役には立たなさそうな研修や、行ったことも忘れてしまった研修もあります。いくつかは当サイト上にも記録を残してあります。多分、理科というのは、研修が多めに必要な教科だとも思います。
何しろ、それらの合計は、10年間あたりで優に100時間を超えるはずです。

10年間で「たった30時間」では、「資質向上」は望めないでしょう。意味がないシステムだけが残ったわけです。消えても差し支えないですね。
なお、私自身が研修によって、教員としての資質が向上したかどうかってコト、それは分かりません。キッパリ。



文科省は「自ら学び自ら考える」子どもを育成するつもりだそうです。異論はありません。私も自ら学び自ら考えるヒトでありたい。
現行の「教員向け講習」、基本的に教員が講座を選べるようです。しかし、そもそも「教員」は自ら学び自ら考える存在でなければならないハズです。言われなくたって研修に参加するようじゃなきゃダメでしょう。


公立学校では、公正な採用と人材の流動化(首切り基準の明確化)を進めるべきだと思うのですね。「校長にその権利を与えろ」って方などもいらっしゃいますが、公立学校の校長がスバラシイヒトである保証は無いです。

勤務時間内に政治活動するとか、ワケ分かりません。北海道とか山梨とか、そういった方面で有名な地域もあるようですが。


公立学校では次から次へと、お上から無理難題が降ってくるようです。最近決まったことでは「小学校での英語教育」とかね。現在の「上意下達」的な公立学校に奉職なさる「コマ」を育てるためならば、下手に「何か」を教え込まない方が良いのでは無いでしょうか? 政権交代も頻繁に起こるでしょうし、あんまり教育を施すと、柔軟性・従順さが減りそうな気がします。


そんなこんなで、教員免許取得のための修行期間は、大学の4年間で十分だと思います。
さっさと現場に入って、揉まれた方が良い。
免許更新は教育委員会の事務作業が膨大になり、無駄な役人・無駄金が必要です。


2009/10/26追記
私が「もっともだ」と思った、愛読しているサイトの記事を紹介します。

ネットで教科「情報」日記 : ここからが本当の始まり

免許は4年で取れないと - 情報科blog

教員養成6年制は愚策である - 学校教育を考える

鳩山氏は「2020年までに、二酸化炭素を1990年比で25%の削減」という計画をぶち上げたようだ。

私自身は地球全体で二酸化炭素をやたらに削減したからといって、地球の気温が変わるだろうとは、あんまり思っていない
ただ、使用する化石燃料やウラン鉱石などは、なるべく少ない方が良いとは思っている。

ま、「理想」無くして日々の改善は無いでしょうから、理想は理想として言い切るのも悪くはないだろうとも思います。ジブンも「ポッポ氏」も、生業が重工業じゃ無いから言えるとも思いますが。
なお「排出権込みでの削減」だとすると、全然同意できません。「排出権取引」は滅茶苦茶胡散臭い


で、超ミヂカな話へ。
Think Globally, Act Locally ってコトです。

私は、パウチって好きじゃないのです。「ラミネート加工」とも言いますね。
大概の学校や、ある程度の大きさの職場ならば、パウチを作成する機器があると思います。

数年間使う、あるいは掲示する予定がある印刷物ならば、まあパウチ加工しても構わないとは思います。しかし、同じ効果はクリアフォルダみたいなヤツでも得られると思うのですね。

私の勤務先にも「パウチ教信者」がいらっしゃいます。数ヶ月あるいは1ヶ月しか掲示しないことが分かっている印刷物まで、いちいちパウチするような「聖職者」も。
ナマの紙のまま、画鋲で掲示板に貼り付け、そのまま風化させれば良いじゃないですか...

私は宗教には寛容です。そんなヒト達でも、迫害はしません。しかし、時々は啓蒙するように務めています。今日も微妙に啓蒙しました。
ラミネート加工した印刷物は、単なる印刷物よりも、確実に電気と石油を消費します。そして、結局はゴミになり、燃やしてしまうわけです。絶対地球に優しくない。
分かりやすく言うと、電気代とラミネートフィルム代が必要になる。

ケチくさい話かも知れません。
でも、ケチは地球を殺しはしない、多分。


似た日記
部屋と黒板と私

イチョウ = 公孫樹 = 銀杏 = Ginkgo

イチョウを銀杏や公孫樹と書くのは知っていました。
鴨脚樹とも書くとは知りませんでした。

イチョウの表記や呼び名について、不思議な歴史があるコトを知りました。
情報が多すぎて、どれが本当なのか、今ひとつ分かりませんが。(参考)
私はつい先ほど検索するまで、イチョウは英語だと"Gingko"だか"Gingkyo"って綴るはずだと、記憶していました。なにしろ、変な綴りだったコトだけは記憶にあったのです。
イチョウは"Gingko"と綴られる場合もあるらしいですが、一般には"Ginkgo"だそうです。西洋には少ない「生きた化石」だから、綴りも曖昧なのでしょう。

そんな私なので、以下のような画像を撮影したわけです。誤植だと思って。
20091008423.jpg

その中央左下を拡大(ブレてるけど)
20091008421.jpg

さらに拡大
20091008422.jpg


この地図は、都営大江戸線の「青山一丁目駅」のホームにあったものです。
撮影したのは、10月8日、都内の JR がほとんど全て止まっていた日です。早朝に台風が来ていた日でもあります。

職場は、その日、千駄ヶ谷の東京体育館で体育祭でした。
台風は去っていたが、電車は動かず、体育祭の開催が遅れに遅れました。しかし、体育科の主任を始めとする方々の尽力により、毎年同様、あるいはそれ以上に盛り上がりました。生徒も楽しそうでした。


私は、JR の止まった朝、西日暮里===(東京メトロ千代田線)===大手町===(東京メトロ半蔵門線)===青山一丁目===(東京地下鉄大江戸線)===国立競技場 と移動したのです。
その途中、電車が来なくて暇だったから、乗換駅の青山一丁目で地図を見ていたわけです。

今年は、植物の冬支度が遅い気がします。
キンモクセイが香りだしたのも、その体育祭の日の2日くらい前からだった記憶があります。

既に10日前の話です。
私が参加を決めたのは、この一節によります。

当館が指導者向けに貸し出している標本を用い、その利用法について解説します。


セミナーの最後に実習を行いました。
標本はそれなりに頑丈に作ってあるようですが、それでも中学生や高校生、30数名(1クラス)に手渡すのは恐ろしいと思いました。
セミナーの場では、主催者の側から「標本を机の上に落とさないでください」っていうアナウンスがありました。にも関わらず、バッチリ標本に衝撃を与えていらっしゃる方が居ました。理科の教員すら、そんな状態です。生徒じゃ、まずダメでしょう。私は職場の生徒に壊してもらえる自信があります。
意識が高い生徒が集まる選択授業か何かだったら、使い途もありそうです。

貸し出しは以下のサイトで行えるそうです。
各種手続き・報道関係資料 ≫ 学習用標本貸出 :: 国立科学博物館

セミナー中、主催者の側から「これらの標本の貸し出しは無料です」という話がありました。
終了間際の質疑応答で、「送料はどの程度ですか?」という鋭い質問がありました。私は借りようと云う気も無くなっていたので、そんなことは考えていませんでした。
博物館の方曰く、「重さにも依りますが、およそ往復で7000円前後かかります」とのこと。費用高すぎ ...orz


そのセミナーの場で頂いた資料の一部と同じものが、以下のサイトにあります。
高等学校生物教育のための人類学知識の参考資料
昨日、やっと読み終えました。


そのセミナーで一番「なるほど」と思ったのは、以下のコトバです。

進化とは...
生物集団内で世代を超えた 遺伝子頻度変動の連続課程である

そのフレーズを教えてくださったのは、太田博樹センセイという方です。
生物をある程度勉強してないと、上に示した文は、全然意味が分からないものだろうと思います。と、勝手に偉ぶる。


遺伝に於ける「中立説」というものを唱えた、木村資生(きむらもとお)って方の著作に『生物進化を考える』という新書があります。(アマリンク)
私の職場のセンパイに、生物が専門の先生がいらっしゃいます。その方の「授業プリント」か「研修報告(夏休みのヤツ)」に「参考文献」として挙げられていた記憶があります。生物学に弱い私は、先輩の勧める本を買って読んだわけです。10年以上前。
この本は、高校レベルを超えた「遺伝」を知るには良いと思います。教員生活初期に読んで良かったと思います。
この本を読まねば、ドーキンスの本も、今回のセミナーも、浅い理解で終わったハズです。


この研修会を知ったのは、やはり「都生研」経由でした。
NHK 学校放送の「生物」に出演なさったことがあるセンセイが、複数名いらっしゃいました。有名人に会った気になります。

3人寄れば横並び

私立学校って、近くにお住まいの方に迷惑かけるコトが多いです。
とりあえず、体育の授業などはうるさいハズです。また、登下校時は絶対邪魔です。一応「横に広がらず、道の片側を歩け」という指導はしています。しかし、場合によっては、道をふさいでしまう事もあるのかも知れません。

少なくとも自分は、教員の「3人横並び」はしないようにしています。2人で横並びはありますけれど。


この間(9月だったかしら?)阿佐ヶ谷で感動(?)したのは、日大相撲部の方々の行動です。
「3人」という微妙な人数だったにも関わらず、朝8時前に JR 阿佐ヶ谷駅近くを歩く彼らは、縦に並んで歩いてました。

ま、今まで邪魔でしたョ、ぶっちゃけ。
阿佐ヶ谷に住んでいた数年前、この「腐れ日記」に書こうかと思ったコトもありました。でも、ヒトの悪口をネット上に書くのも不健康だと思い、控え続けていました。直接言うのも、怖いからね。「ガタイ」デカいし。
って今、書いてるけど。

地域住民からの苦情と、管理者からの指導があったのだろうと思いました。
相撲部に所属する彼らは「単品」でも十分に横幅が広いのです。時には3人で横に並んで歩いていました、以前はね。

彼らの「行進」は継続して欲しいので、日記にしました。

Antivirus System Pro との遭遇

今日は、今日しかできないシゴトがあり、帰宅が遅くなるのがわかっていた。
それなのに、夕刻、職場の共有パソコンの前に座る御仁が私を呼ぶ。「動きが変だよ、見てくれ」と。

見事、マルウェアをインストールなさっていた。
Antivirus System Pro とか言うヤツ。以下のサイトを見て解決しました。

Antivirus System Pro の駆除方法を教えて!! 他のウイルスはウイルスバスター20... - Yahoo!知恵袋

見事に30分以上浪費した。そのソフト(あるいは周辺のページのスクリプト?)は、IE の LAN(proxy)の設定を書き換えてしまうようだ。怪しいサイトを表示していたパソコンは、突如インターネットに出られなくなる。パニックに陥った「カモ」は、いろいろとボタンを押してしまうようだ。そして、マルウェアは侵入。


以前から、共用パソコンに「得体の知れないツール」が存在していることには気づいていた。職場のパソコンは、ほとんど全てが Windows XP である。専任教諭には一人一台ノートパソコンが与えられている。そして通常は、私を含め「制限ユーザー」にて使用してもらっている。
しかし、共用パソコンでは、見慣れないツールバーなどがインストールされていることがあった。非常に疑問に思っていた。そして「制限ユーザーでもインストールできるなんて、強力なソフトだなぁ...」って思い、放置していた。今から思えば、それが拙かったわけだが。

今日たまたま、その調子が悪くなりかけたパソコンにて、ユーザー管理の画面を見てみた。驚いた。
共用パソコン用のアカウントが「パワーユーザー」だったのだ。2年間くらいは放置してあったハズ。そりゃ、マルウェアだって何だってインストールできるだろう。
アカウントの設定を間違えていたのは、そのパソコン1台だけだろうと考えた。しかし、念のため他の5台も見てみた。教員用の共用パソコンは、ソフトのインストールができる状態になっていた。

まあ、その事実に気づいてよかったと言えよう。


以前は「制限ユーザーなんて、たりぃなぁ」って思っていたのだが、やはり一般ピーポーに使っていただくには、制限ユーザーが良いようだ。
しかし、上記御仁、どんなサイトに行ってたのよ ... orz

改めて文科省を貶す

文科省という組織は、散々「パブコメ」を募集してきた。そして、集めた意見を基本的に無視した。

そんな彼らは「行政刷新会議事業仕分け対象事業についてご意見をお寄せください:文部科学省」とか言ってる。相当な鉄面皮、あるいは相当な馬鹿なのだろう。両方の性質を兼ね備えている可能性も、多分にある。

「『意見をお寄せください』ってサイトを作れ」っていう、下らない命令が民主党の奴らから降ってきたとしても、それをホイホイ受け入れている時点で、官僚として終わっている。過去の悪行(パブコメの無視)を忘れたわけでは無かろう。職業人として、気が咎めないのだろうか?
ほかの省庁には興味が無いのであまり調べていないが、似たようなニュースは聞こえてこない。

「各種省庁の職員を比較すると、他の部署に採用されなかったカスが、文部科学省へ行く」というハナシを聞いたことがある。
様々な方が指摘しているが、「事業仕分けでは、文科省側の説明者が拙かった」とか何とか。私はそのニュースも動画も、見る暇がないので確認していない。


話は変わるが、数ヶ月前に体験したことを記そう。

シゴトの上で「調査書」の書式について知りたいことが出てきた。「調査書」とは、大学や企業に出す公式な書類であり、その書式は文科省が割と細かく規定している。
東京の私学協会経由で来た、コピーのしすぎで劣化した資料にあった電話番号を参照し、「担当」って書いてある文科省の部署に繋いでもらった。
最初だけは、女性らしきヒトの喋る声( 1m 以内に感じた)が聞こえた。しかし、その後ずっと無音なのである。こっちが「もしもし」と言っても向こうは何も反応してこない。
多分、受話器をそのまま放置していたのだろう。仕方ないので、一度、電話を切った。何かの手違い、内線の操作間違いの可能性もある。
再び電話。またも無音。
「もしもしぃ!」とデカい声を出しても、向こうは反応せず。

ま、電話に出るような下っ端の方は、縁故か何かで採用された、非常勤などである可能性も高いかもしれない。しかし、そんな腐れ人材を置かざるを得ないとしても、繋がれた電話を二度も放置するなんて、どういう「教育」をしているのだろうか? そのお役所は「文部科学省」であり、このクニの教育を統括する役所ですよ。笑止。

なお、時間をおいて同じ部署に電話を繋いでもらったところ、今度は男性が電話口に現れた。とても丁寧な方でしたし、疑問も解決しました。


区役所や都庁はまだしも、中央省庁に直接電話する機会はほとんど無い。
そして、その腐れ女(?)によって、私は文科省という組織を、本当に信じなくなった。

活断層図ってどうやってつくるの?

真面目なフリをしている手前もあり、昨日は東京私立中学高等学校協会が主催する「講演会」に行ってきました。

日時 平成21年12月4日(金)午後6時~8時
会場 開成中学高等学校
演題 「活断層図ってどうやってつくるの?」
     <日本の地震災害と、首都圏の地震防災について>
講師 中村洋介 氏(立正大学地球環境科学部 環境システム学科助教)


以下は覚書です。

---(中村氏のおっしゃる)活断層の定義---
第四紀後期(おおよそ約12万年前~現在)での活動が認められる、マグニチュード7程度の震源断層(の延長)が地表へ出てきたもの
最後の質疑応答にて : 何故12万年前以降と定義? →それ以前は「活動性」の検証が難しいという面があるためでは無かろうか


---活断層の見つけ方---
基本的に航空写真から見当をつけ始める
段丘面を切るような構造などが10km以上続く場合、上記定義の「活断層」に該当する可能性が出てくる

---身近な活断層---
過去、立正大学熊谷キャンパスは、川の活動によって形成された崖線を跨ぐ形で立地されていると考えられていた
→崖線の上下の火山灰層比較の結果、崖のような構造は逆断層形の活断層によって形成された可能性が高いことが判明
日本の県庁所在地の大半は、活断層によって生じた平地の上にある

---活断層の「何」を調べるの?---
1.位置・長さ(≒地震の規模)
2.種類・分布形態(→地下構造を類推)・セグメンテーション
3.過去に地震が起こった時期
4.活動性(平均変位速度:AA級~C級)・再来間隔

---活断層調査三種の神器(と言われたもの)---
トレンチ調査(メッチャ金かかる:数千万~億?)
・大規模ボーリング
反射法地震探査

---博士論文作成時の苦労話---
富山平野のボーリングは辛かった
 地下数mまでのボーリングは、打ち込みこそ機械式だが、引っこ抜くのは人力
 →それを論文に載せた分だけでも数十本
そして、その分析がさらに大変だった
 磁化の状態を数cm~数十cmおきにサンプリングし、ある程度「当たり」をつける
 →超音波をかけつつメッシュにて鉱物を拾い出す
 →光硬化剤を用いて鉱物の薄片を作る
 →屈折率を元にして広域テフラを同定
ヒマな学生時代だからこそ、できたことだろう

---参考となりそうなサイトの紹介---
土木学会 斜面工学研究小委員会
http://www.jsce.or.jp/committee/jiban/slope/

地震調査研究推進本部 活断層の追加・補完調査について
http://www.jishin.go.jp/main/chousakenkyuu/tsuika_hokan/


感想
そもそも、活断層は「航空写真から探す」という点に驚きました。
中村氏の博士論文作成の話を聞き、実際の地理学・地質学の研究は非常に大変であるだろうことを思い出しました。
自然科学の研究は、体力と根気の勝負です。私の知る狭い範囲では。

「理化」は「理科」ではありません。
昨日、表題の大会に行ってきました。@都立上野高校。

職場の上役に最近よく言われるのです。「研修に行ったら、それを還元しなさい」と。
自分が聞いた話、見た事を、オシエゴに還元するのは簡単です。そのための時間と機会はあるだろうから。雑談の一部に紛れ込ませたりして。しかし、研修で得た事を同僚に伝えるのは、なかなか難しい。こっちも、向こうも、忙しいですから。

自分が費やした時間(昨日の場合は途中参加だったので約2時間)の半分でも使えれば、そこそこのコトは同僚に伝えられるでしょう。しかし、私が面白いと思った事でも、同僚が面白いと思うかどうかは分からない。とりあえず今回は、自分用と同僚用(理科の回覧に回してもらう)として、配付された資料を二部ずつ貰ってきました。

大体、研修や授業というのは、"face to face"で行われるから、伝わる「ナニカ」があるはずなのですよね。書物だけで全てが伝わるのなら、そもそも「学校」の存在意義は無いわけで... って、上役には言いませんけどね。で、とりあえず、出張報告の下書きとして、このエントリを作成してたりします。


では覚書を。

世の中には「高真空用グリース」というものがある。
私の職場では、今まではワセリンなどを用いていました。上記グリースは粘度が低いため、様々な化学実験にも有用らしいです。エーテルなどの蒸気圧を生徒に「体感」させられるそうです。面白そう。

ある学校では、発泡入浴剤の材料となる試薬の「最適な質量比」を求めさせるため、実験方法から考えさせた。
なかなか面白いと思いました。

"Turning Point"というツールがあり、パソコン(とパワーポイント)があればリアルタイムにアンケートを行える。
カード50枚とレシーバーで40万円ほど。
カードはアメリカで買えば2,000円/1枚だが、日本の代理店経由だと6,500円/1枚となってしまう。
集計のためのソフトは、無料でダウンロード可能。
オラも欲しい。楽しそう。

過冷却状態の水に、「種結晶」を入れた場合、ヨウ化銀と氷では、生じる結晶の見かけが違う。
「結晶系」となどという語句を聞くと、大学時代を思い出します。「結晶」や「相」ってヤツ、何となく惹かれます、謎が多いので。

教育 -養老野郎に捧ぐ-

新しい一太郎(と ATOK)が出るみたいですね、例年のごとく。


ATOK2008@自宅(2年間教育)

寒暖の差が鼻に彩りを与える
その辺投資台では
社内に派遣先剤が揃っている
一番乗りカイシャになる


ATOK16@職場(5年間教育)

寒暖の差が花に彩りを与える ←正解
その辺投資台では
社内に派遣先剤が揃っている
一番乗り会社になる


ま、ぶっちゃけ、普段の漢字変換は「文節(って言うんでしたっけ?)」程度の長さでしか行いません。また、当然のことながら「最終的に文書に採用された語」が、最初の(連文節)変換候補に現れるのでしょう。私は基本的に理科教諭なので、理科系の語は出やすいのだろうと思いました。
職場の ATOK が、一つの課題「かんだんのさがはなにいろどりをあたえる」をきちんと変換できたコト、何となく嬉しかったのです。かみ砕いて言うならば、「シゴトをしていたように錯覚できて嬉しかった」ってコト、それがこの日記の主題です。

というコトで、引用した ATOK2010 の機能は、結構どうでも良い気がします(なんじゃ、そりゃ)。引用した部分の上にある

文脈処理で同音語の変換精度がさらに向上

の方が、有効でありそうな気がします。
で、一太郎は2年前に買った「ばかり」だから、まだ買わなくていいや、って思ってます。

この日記は、全面的に旧友「養老野郎」の日記にヒントを得て、作成しました。


関連しそうな日記
進化、じゃなくて「変態」を続ける Google

本年度、私の得点は、以下の通りでした。軽く見直しをし、60分以内に解いたはずです。括弧内は本日公表となった「平均点中間集計」です。

生物 90(70.42)
化学 86(54.66)
地学 91(69.69)

基本的に上記3科目と戦っているのですが、ここ数年は100点を叩き出せていません。ま、ここ2年は情報科の担当でしたし、これで「上等」と言えるのかも知れません。しかし、自身が現役受験生のトキ、最後の「共通一次」の化学で100点を取ったこと、それは私の誇りなのです。
「大学入試センター試験」と「共通一次」を比較すると、難易度は「共通一次」の方が高かったと思います。また、「センター試験」も全般的には年々易化しているように感じています。
今回の化学については、私が点を失った4問のうち、3問は「勘違い・ケアレスミス」です。反応熱の計算で足し算と引き算を逆にしちゃったり、電池の極性についての問題を良く読まなかったり、価標の本数を見間違えたり(今気付いたが、もしや老眼の始まり???)。しかし、1つ(第4問の問5)は「そもそも解答に必要な知識を保有していない」と思いました。間違えるべくして間違えたように思います。
化学はやはり暗記量が膨大で大変ですね。この数年、理科の中では一番100点が取りづらい科目になっていると思います。
でもまあ、理系に進むなら、必須の科目ではあります。受験生たちよ、あと2ヶ月頑張ってくれぃ。

おまけ
私が所属している「実践生物教育研究メ-リングリスト」などでも話題になっている「生物の第2問の問3」、私はセンターが正答とする"2"に加え、"4"も正答にすべきだと思いますね。河合塾の主張は説得力があるように思えます。
私は「ML 内での論争」開始後に生物の問題に挑戦したため、「あ、ここのことか」と思い、正解(?)に辿り着きました。
受験生にとって、4点の差はかなりデカいです。"4"を選んだ子も丸にしてあげましょうよ。大体、選択肢が9個もありますし「何となく」じゃ正解できないはず。また、「何となく」"4"を選んだような子は、どうせ他の設問を間違っていますから、主戦場(?)の「蚊帳の外」なハズ。


過去の関連する日記など
地震 雷 火事 年金
知識と現実
2006大学入試センター試験
センター試験の地学受験と、新しい「学習指導要領」
ペーパーテスト対応力(俗に言う学力?)の地域差  (に端を発する、超長い「自慢話」)

ありおり。(I exist.) *** 理科と私 ***

千里の道も一歩から

先週末、オシゴト上の必要があり、『桐』の一括処理(Excel に於ける「マクロ」のようなもの)に手を染めた。と言っても、たった6行だけの小品であるが。

Windows の SQLサーバー 内のデータを、ODBC 経由で桐の表に読み込む(『桐』用語の「併合」)ためである。
昨年の10月頃から、業者にいろいろ尋ねながら、ちまちまと作業を続けてきた。サーバーに参照専用のアカウントを追加したり、『桐』をいくつかの端末にインストールして ODBC の設定を施したり。実際にそいつを使うのは、2月初頭の中学校入試である。

下に示した手順をこなすだけなので、最初は手作業にてファイルを操作するつもりだった。

SQLサーバーからデータを吸い出す為のファイルを開く
→別の表Aに一時書き出す
→更に別の表Bを開き、表A内のデータを併合する
→表Aを破棄

作業で一番手間取ったのは「データを吸い出すためのファイル」の作成であった。具体的には、拡張子".xvw"の「桐 外部DB結合表」だ。
しかし、全体としては予想よりも仕事が速く進んだ。あまり『桐』に詳しくない方も上記の「表B」を使われる予定だったので、上の手順をダブルクリック一発で終えられるようにした。

パソコン初心者だった頃によく味わった「何かを会得する喜び」を感じた。

2010/1/30 追記
本日、「一括処理」は36行になりました。追加した30行は、上とほとんど同じことを5回繰り返しているだけです。ただ、その追加によって、以前よりも意味のある表が完成し、仕事の効率が格段に上がったはずです。
自己満足(^-^)


関連する過去の日記
私がシゴトで使うソフト

呟かず

月初なので、無理矢理日記執筆。書かないと「月間アーカイブ」が更新されませんので。
なお、本日の表題は『依りかからず』っていうフレーズ(?)に掛けています。(過去の咆哮)

私は twitter って、触れずにいます。タンブラーだかなんだかってヤツも、スルーしてきました。多分、これからも「ミニブログ」みたいなヤツには、手を染めないんじゃないかな? この無駄な「独白サイト」の運営で満足してます、今のところ。
頻繁に呟くためには、勤務中コツコツとパソコンやケータイに向かわなければならないでしょう。そして、私が勤務中に顔を向けるべき相手は、生徒や同僚です。確か、私は職務に専念する契約で給料貰っていますし。

私のリアルな知り合いでは、ツイッターとやらをやっているヒトを知らないっつーコトもありますね。

締めとして、昨年の作品を披露します。

立春のきな粉そこここ通勤路 おがま

本年度は高校3年の担任であり、現時点で担当しているホームルームの生徒の9割は大学等の入学許可を得ている。私自身は、「推薦入試」ってシステムはあんまり好きじゃない。しかし、大学と高校生の間で需要と供給がマッチしているようだから、仕方ないことなのだろう。
しかしその一方、1年くらい前から「高大接続テスト」なんてヤツが文科省のカビ臭い俎上に上がっているようだ。
マジ、意味ねぇ。

過去、何度か記したような気がするが、入学する高校生の学力を保証したいなら、各々の大学が、必要な科目のペーパーテストなり、口頭試問を行えばよいのだ。そのほうが、大学教授のシゴトとしても楽になるだろう。ただし、口頭試問は公平性を保つのが難しいだろうから、ペーパーテストが一番無難なのであろう。古き佳きシステム。
(と、自分を棚に上げて言うのである。私の勤務先も高校での推薦入試を行っています。)

大学入試が厳格になれば、高校生も真面目に勉強せざるを得ないだろう。約20年前、私は若干の興味と多大なる義務感で、高校の授業を受けていた。
「大学全入時代」に近づけば近づくほど、学力が保証できない高校生は増えるだろう。で、話題(?)の「接続テスト」に落ちた生徒はどうするのでしょうか? 高校に残留でもさせるつもりなのかしらん?
「高校残留」だったら、高校のセンセイ方が「既に存在するシゴト」に真面目に取り組めば良いだけのことです。生徒の「原級留置」という措置です。

優秀な学生が欲しい大学は、厳密に入学選考のペーパーテストを行う。
高校の教員は、生徒が望むペーパーテスト突破力を育てる。
それだけ。

で、前にも言ったけど、義務教育段階でも「原級留置」はバンバン実施するべきだと思うんですね。初等教育(小学校まで)・中等教育(中学高校)・高等教育(大学等)それぞれが、自らの責任に於いて、学生を厳密に品質管理し、出荷すればよいのです。

結局、大学にしろ、高校にしろ、中学校にしろ、「ランク付け」は仕方ないコトなのだと思うのですね。主婦(や主夫)の日々の経済活動、例えば「スーパーでの買い物」だって、無意識にランク付けを行っています。「『辛そうで辛くない少し辛いラー油』、高いけど、美味しいのよねー」とかって。(実際、私は昨年末にこの商品をいなげやで発見してから、既に3回くらい購入しました。若干高価だけど、確かに美味です。「冷蔵庫から取り出した単なる豆腐」が「料理」になる。そりゃ売り切れるわ。)
「学校のランク付け、序列化は悪だ」みたいな論も昔から見ますが、多分そういうコトを書くヒト自体が、そこそこの大学を出ているのだろうと思います。ラー油にしろ、学校にしろ、ある程度のランク付けは、勝手に生まれてくるのだろうと思います。ブッチャケ「ヒト」のランクなんかも。
私自身も、勤務先の「受験難易度ランク」が上がるよう、いろいろな形で努力しているつもりです。一番真面目にやっているつもりなのは、楽しく分かりやすい授業を行うことです。生徒の満足度を高め、「あの学校良いよ」ってクチコミで広めてもらうために。凄く「効果が測りづらい」のは承知してます。でもまあ、教育なんて「そんなもの」でしょう。というか、私は教員の仕事は一種漠然としていて「簡単には評価できないもの」にしかなり得ないと、昔から思っています。
何しろ、受験生が集まれば、自ずと入学者の学力レベルは上昇する。

そもそも何で「大学生学力低下論」が起こったのか。それは「文科省が大学を増やしすぎた」っていう、簡単な理由に行き着きます。そりゃ、学生の質は落ちますよ。「高大接続テスト」とやらで高校にボトルネックを作っても、日本の学生の学力が上がる(というか、大学のセンセーが楽になる)ワケなんて無い。チョー無意味だ。税金の浪費、はんたぁーい!


と、中学入試が一段落し、授業を担当していた高3は学校へ来なくなり、お仕事のエアポケットに落ちた私は、つらつらと思うところを述べさせていただきましたm(_ _)m

最後に繰り返しておきます。
「高大接続テスト」、意味ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!


過去の関連する日記
大学全入時代に寄せて
日本の小学校に留年を
必修単位未履修


2017/07/20追記
未来(?)の関連する日記
「高校生のための学びの基礎診断」スか。笑えるわ。(2017年7月)

教員の資質

私も、しみじみ考えてみました。3つにまとめました。

「向上心」「柔軟性」「信念」
まとめる過程で「これは、別に教員に限らないよなぁ...」って思いました。ま、当たり前です。「教員」ってのは数多ある職業の一つに過ぎない。
「教員の資質」とは何かってコトを問うただけでも、文科省は進歩したのだと思います。(参考)

で、様々なサイトで取り上げられた、こちらの方々。

中でも、興味深かったのは、高校で各人に、コンピューター(1台)と覚えにくいパスワード(2つ)が配布され、その管理がすごくうるさく、置き方まで指定され、
この人達は、私の挙げた資質のうち、「向上心」と「柔軟性」が無い。致命的に拙いと思います。 富士通や NEC が変に優遇されているのは確かかも知れません。しかしパソコンの導入は、突き詰めれば「有権者の意思」の結晶なワケです。使いづらかったら、それはそれで上申してください。


私は前回の日記に「大学減らせ」みたいなコト書きました。
大学からはみ出したセンセイは、中等教育や初等教育へ流れるのも良いと思うのですね。教育産業(?)に於いて「人材の流動化」が促されるのは、決して悪いことでは無いと思います。


なるほどなぁと思ったサイト
教師の資質 - 学校教育を考える

さよならは別れの言葉じゃなくて...

先日、高校3年生を送り出した。5回目である。
もらった花束。
20100313.jpg

大概、花束を生徒から貰う。
今年は家に持ち帰るのが面倒だった(子供もいるし、危険そう)ので、学校の廊下に飾ってある。例年のごとく、水切り(花瓶等の水中で、植物の茎を改めて短く切ること。花が長持ちすると言われる)をして、なるべく長く生かす。

花の種類によって、徐々にしおれてくるのである。私の記憶(というか、記録)では、かすみ草は長持ちする。
上の画像は、既にいくつかの切り花が廃棄されている。
徐々に花を処分しながら、徐々に卒業した人々の記憶を格納していく。卒業生を送り出した後の、毎回のリハビリテーションである。


思えば、この3年くらい、何だかんだで「職場全体の(酒付き)送別会」に参加できていない。ま、参加できなかったものは仕方ない。

この春も「とりあえず」お別れとなってしまう教員は複数名いらっしゃる。しかし、機会があれば、またお会いすることもあると思うのです。表題のフレーズは、私と同じくらいの年齢ならば、ご存じの歌詞でありましょう。(jasrac に金払うべきなのカナ?)


この春に、私が卒論作成などでお世話になった本間久英センセイが、東京学芸大学を退官なさると聞いた。先日、その関係で研究室の先輩(同業他社)から連絡があり「会合を開くつもりなので、分かる範囲で同期などに連絡してみてください」と言われた。とりあえず、私のケータイには同じ研究室で同じく本間先生のお世話になった、同じクラスだった人物の実家と思しき電話番号が保管してあった。親御さんが同じ場所に住んでいたようで、彼の現在の住処の電話番号を教えてもらえた。
およそ20年ぶりに会話をしたわけだが、一瞬で大学当時に戻ったような気がした。「俺、小川の連絡先知らねぇんだよな。年賀状の交換くらいしようぜ。会った時に住所を教えてくれよ」って言われた。その会合で配布するため、職場と自宅の連絡先を記した名刺を、ワード使って、改めて作成した。
同じ研究室の同期(平成5年3月学部卒)は、彼の他に少なくとも3名は居たのだが、それらのヒトビトの行き先・居場所は分からない。


つーコトで、この春お別れがあったとしても、逢えるヒトはいつか逢うのだろうと思うのでした。
さよなら。


過去の関連する日記
涙についての告白
リアル日記
追悼
「お祈り」とか「さようなら」とか、別れ際のコトバに纏わるブログを読み、ホールデン・コールフィールドを思い出した。

「数年前」に職場の誰かから聞き、河合塾で数学科の講師をなさっている渡邉康弘先生は、私と大学が同窓(地学科出身)であることを知った。渡邉先生は、ここ数年、私の職場でも短期の講習などを担当なさっている。

渡邉先生は、衛星中継の講座も担当なさるような、河合塾の看板講師であらせられる。
「数年前」のさらにすこし前、校内研修と云うことで、数学科の教員と一緒に、彼の授業を受けさせてもらった。講談のような授業であった。スゴイと思うが、私は真似をできない。私は私で精進するのみであると思った、コトを思い出す。

で、本日やっと「同窓」関係のお話をお伺いできた。
部分的に個人情報になっちゃうので、どこまで書いたものか悩むのだが、問題があったら適宜対処します。


渡邉先生は天文学研究室の出身とのこと。
で、後輩に縣秀彦氏がいらっしゃるとのこと。

縣秀彦という方は、テレビの『NHK高校講座』とかにも出ている、国立天文台の准教授であらせられる。
妙にヒトの良さそうなオッサンだなぁ...って思っていたら、縣さんは高校のセンセイもなさっていたとのこと。凄く喋りがうまいと思っていたら、「元プロ」なのだった。確かに公式サイト(?)にも、そういった記述がある。


渡邉先生がおっしゃるには、天文学の普及のため、縣先生に白羽の矢が立った結果、今の(オガワマサキの知る、テレビの)彼が存在しているとのことであった。
高校の教員だった縣氏に対して、同じ研究室の先輩(渡邉先生よりも数年先輩)から「箔(学位)を付けて国立天文台へ乗り込み、天文学の普及に努めよ」との指令が出たとか出ないとか。凄いハナシである。私は、昔から縣センセイは「バリバリの研究者」なのだと、勝手に思っていた。

よくよく考えると、私の学部卒業と、縣センセイの修士修了は同時(1993年)なのである。
4年間、かなり物理的に近い場所に存在していたはずなのだ。岩石鉱物学研究室と、天文学研究室だから、直線距離で数十mってトコロだろう。きっと何度かすれ違ってもいるはずだ。しかし、全然面識がない。


縣センセイや国立天文台に関連する過去の日記
太陽が地球を回ってる(2005年)
"矮惑星"で何がいけない?(2007年)
反応があった(2007年)
燃え上がり、立ち消えた物欲(2007年)
"POWERS OF TEN"は"Mitaka"に影響を与えたのだろうと思う。(2008年)

さらば情報、いざや理科

2008,2009年度は、情報科ばかりを担当した。
2010年度は全面的に理科に復帰する。

数年ぶりに『理科年表』と『天文年鑑』を購入した。
『理科年表』は授業に持参しておかないと、生徒からの質問に対してきちんと答えられない場合がある。稀に『天文年鑑』が必要になる場合もある。
20100331518.jpg

私は、情報科よりは理科の授業を担当する方が好きだ。
来年度からは情報科を担当しないので、中国行きの前の晩の生タカギを見られる『プ会』や、急ぐシゴトも部活もない平日の『都高情研研究大会』は、参加を見送りました。
高木浩光氏ならば、ネット上に改めて資料を提示してくださるだろうと思ったこともあります。それは見事に的中しました。今度情報科を担当するときは、上にリンクした記事を参考にさせていただくコトを誓います。
また、研究大会では「都内某大学付属某私立高校教師」さんのご尊顔を拝見したかったのですが、自分の子供と遊ぶことを優先しました。この方のブログは、少なくとも2年弱くらいは拝読しているハズなのです。つい最近の日本文教出版の冊子『ICT・Education』の記事内容とブログ記事がカブッているコトに気づき、勤務先と正式なお名前が分かったのです。
発表も好評だったようなので、参加しなかったことが少し悔やまれます。

今、杉並区の図書館から借りて読んでいるのは、『"不機嫌な"太陽』という本です。(アマリンク)
借りられたのが昨日なので、まだ冒頭しか読めていませんが、なかなか面白いです。この本を知ったのは『極東ブログ』の記事からなのですが、弁当爺さんの閑さ加減には敬服します。どれだけ本を読んでいるのだろう、彼は。

と、云うことで精進しましょ、自然科学に。


2010年5月6日追記
やっと『"不機嫌な"太陽』読み終えました。(書評)

頭痛

比喩です。外字の処理は、頭が痛くなります。
今日も、職場ではいろいろトラブルが発覚しました。解決は明日以降に持ち越しました。


自分の名前は、一般的な字ばかりなので、困ったことはありません。
一番あるのは「高」と「髙」ですね。ま、見間違えることは少ないから良いですし、最近は普通にパソコンで表示されることが多いです。「﨑」もそうです。髙や﨑、昔はパソコンでは簡単には出なかった。


記憶が定かではないのですが、私の職場では、少なくとも Windows98 の時代から、Windows 標準の「外字エディタ」を使っています。その原型は、MS-DOS の時代に atok で作成した外字ファイルだったような気もします。10年以上前なので、詳しいことは忘れました。私は10年以上、「外字職人」として地味にシゴトしています。

私の職場では、基本的に明朝体とゴシック体について、原本となるファイル("ホニャララ.tte"と"ホニャララ.euf")を作成してファイルサーバーに置いておき、それを個人用のノートパソコンにコピーしています。ノートパソコン上でアカウント毎に「外字エディタ」を起動し、いちいち設定しています。かなり面倒ではあるのですが、それが一番間違いが起こりづらいみたいです。


本当は、大学入試センターみたいに、「外字(異体字)を一切無視する」ってポリシーにしたいのですけどねぇ...  って、10年以上愚痴り続けています。

公式チャンネル作ったお。

職場のヤツです。

珍しく、持ち帰りで残業しましたね。
私は「試験問題作成・採点」を除き、自宅ではシゴトしませんから。

理解しがたい「半角カナ」な世界

本当に不思議なのは、未だに半角カナを要求する世界があることです。

本年度から、職場の「健康診断」などを請け負う業者が変わりました。
生徒の検診も職員のそれも、同じ業者に委託するようです。

今年から「クラス・出席番号や氏名のファイルをくれ」というハナシが、保健室から来ました。以前はありませんでした。
最初に業者が寄こしたフォーマットでは、氏名のフリガナが「半角カナ」でした。
職場の「成績や学籍を管理するシステム」では、全角カナにて生徒氏名等が保存されています。

保健室経由で問い合わせたところ、フリガナは「半角でも全角でも構わない」という返答が来たそうです。業者の要求するフォーマットと、職場に入っているデータは、若干の相違(生年月日の書式など)がありますので、それらを変換するついでに、フリガナも「半角カナ」にて納品しました。

上記業者は、割と珍しい例だと思います。


今日、私は図書館方面の方々に頼まれ、書籍データをゴチャゴチャと弄りました。
「書籍データを、ネット上からダウンロードするシステム」から、「学校内で書籍を管理するシステム」に書籍データを移動したいのだが、それができない、とのコトでした。

結局のところ、マニュアルを良く読めば、大体の解決策は書いてありました。
上記「書籍を管理するシステム」では、『書籍名の読み』や『著者名の読み』みたいなデータは「半角カナ」でないと、受け入れてくれないコトが分かりました。

「書籍データをダウンロードするシステム」から書き出されるデータは「タブ区切りのテキストファイルで、カナは全角」のみ(みたい)なのに、「書籍を管理するシステム」が受け入れられるのは「csv で、カナは半角」だけ(みたい)なのです。

「半角カナしか受け入れない」ってのは、どういう了見なのでしょうか。まぁ、過去のデータとの整合性を保ちたいのだろうとは思います。しかし、カナなんて100文字もないのだから、「検索用の変換テーブル」を用意すれば良いだけのハナシなのに...。マシンパワーだって、昔とは比べものにならないハズ。


「半角カナ」オンリーで思い出されるのは某ベネッセの「某 FINE SYSTEM」です。
すばらしいと思うのは、小さな文字("ィ"とか"ュ"とか)が扱えず、生徒氏名がおかしくなったりする点です。"トウキョウ リョウイチ"が、"トウキヨウ リヨウイチ(半角)"になっていたりして。全然"fine"じゃない気が...。

学級文庫をスナップ

家でも参照できるように、そして「日記」のネタにもなるだろうと思い、入学式の前日に撮影したものです。今年は高校1年生のクラス担任です。

日本文学その1
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その2
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その3
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外国文学
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ハードカバーなどは、また別に存在してます。基本的にハードカバーは買ってないのですが、いつの間にやら「学級文庫化」した書籍が数点あります。生徒が持ち込んだヤツなのかな?
これらの画像を撮影したのは、「学級文庫」に何が置いてあって、何が無くなっているのかを、把握するためでもあります。ヒマになったときにブックオフ行ってこなきゃ。


過去の関連する日記
突然ですが...(2003年8月)
がっきゅーうんこ(2006年4月)
ブックオフ万歳(2007年6月)
本を読み、老化を知る。(2008年6月)

釈明から、徒然なるままに

そもそも twitter、自分にはあんまり関係ないと思っていました。

職場(?)が「公式に呟く」コトになったらしいのですね。
果たして、どれだけの「費用対効果」があるのか。それは、多分誰にも分かりません。大体、教員は「残業」って概念が無いし...。
なにしろ、上記「呟き」の「フォロワー」が知りたいと思い、ユーザー登録を行ったのであります。で、twitter の使い方を現在修行中。

「何でサイト(ariori.com)作成しているの?」って自問自答は、10年以上前から繰り返しています。何で、無駄に駄文作成しているのか、その理由は自分でもよく分かりません。
ま、なんつーか、一種のストレス解消なのでしょうね。楽しさはあるのです。じゃなければ、続かない。
もし、この腐れサイトへのアクセスが一切無かったら、更新もしないでしょうね。それは、ほぼ間違いない。


私は「修学旅行報告のリアルタイム更新」みたいなヤツは、「行うべきではない」って思っています。
そんな時間があるなら、生徒の面倒を見るか、睡眠を取って体力を温存すべきです。ずいぶん前、職場の先輩とも議論しました。結局、現状、私の職場は結構盛んに情報発信しています。

教員は「どこまでが業務で、どこからが趣味か」ってコト、かなり分かりづらいです。上記作業(twitterの更新や、リモートでの公式サイト更新)も、シゴトした気にはなるでしょう。しかし、それは「優先すべきシゴト」なのでしょうか。ま、誰にも分かりませんけどね。


昨今、「高体連の会議」みたいなヤツは、「出張扱いにならない」って場面が増えつつあるようです。都立校も、私の職場も。
部活動の顧問、それは重要な仕事なのか、それほどでもないのか...?
私は幸いにして、学生時代に「熱血部活動顧問」に遭遇しなかった。そして、今の私がある。


過去の関連する日記
愚痴(2003年6月)
「高大接続テスト」とやらについて、一席(2010年2月)

欧州連合 - EU - 「EUがあなたの学校にやってくる」EU大使・外交官5万人の高校生に出張授業って企画に当選したそうで、駐日イギリス大使の David Warren 氏勤務先にいらした。

大変に日本語が達者な方で、スゲーなーと思ったのでした。
高校生全員が大体育館に集まり、授業を受けました。

私がその授業で面白いと思ったのは、「(国家が)EU に加盟できる条件」とやらです。後で、ネット上を検索したら、同じ情報がありました。

欧州連合 - EU拡大 から引用

EUに新規加盟するための基準は1993年のコペンハーゲン欧州理事会で決定され、「コペンハーゲン基準」と呼ばれています。 コペンハーゲン基準は加盟のための要件として、加盟申請国が以下の諸条件を満たすことを定めています。

  • 民主主義、法の支配、人権および少数民族の尊重と保護を保証する安定した諸制度を有すること(政治的基準)

  • 市場経済が機能しておりEU域内での競争力と市場力に対応するだけの能力を有すること(経済的基準)

  • 政治的目標ならびに経済通貨同盟を含む、加盟国としての義務を負う能力を有すること(EU法の総体の受容)

とりあえず、「ぽっぽ兄が夢想するアジア共同体」は、彼の目の黒いうちは実現しないだろうと再認識しました。EU の形成だって、50年以上必要だったワケです。


なお、授業の最後には質疑応答がありました。
昨日の教員間の打ち合わせでは、「ギリシアの件について、イギリスとしての見解を聞こう」というような声もありました。しかし、みんなオトナなので、控えることにしたのでした。

最終的には、ちゃんと、代表の生徒が英語で質問していました。スゲー。
そのうちの一人は「アジアで、HATOYAMA の言う「EU のようなもの」はできると思いますか?」って尋ねてた。Warren 氏は、ごくやんわりと「なかなか難しかろう」って仰っていた、と私は認識しました。


関連する過去の日記
視野狭窄を起こした夢見がちな厨二病宇宙人(2010年1月)

昨日、中2の理科2分野で、生徒から質問された。
「暗いところで物を見ると、目が悪くなるって本当ですかー?」って。

私はとりあえず「確かに私もその噂は聞いたことある。しかし、本当かどうかは分からない。私も昔から疑問に思っていたので、調べてみるわ」って答えた。

で、調べて(「暗い 目が悪くなる」でググって)みた。

そうしたところ、普段から読んでいるブログが、2つヒットした。最初のページで。
20100513.png


結論から言えば「一時的なことならば、暗いところで本などを読んでも、目は悪くはならない」ってトコロだろうか。ま、私の要約を信じるも、信じないも、自己責任でお願いしますよ、念のため。
詳しくは上記ブログなどをご参照ください。

で、「教えて」系のページもザッと見てみた。
その中で「目が悪くなる理由」として、納得できそうな意見に出会った。それは「暗いところで本を読むと、どうしても目の近くに本を持ってくることになり、それを繰り返すならば近視になるだろう」ってヤツ。上記「医学都市伝説」の webmaster 氏は、その説には否定的でしたけど。


私自身の近視は、高校3年の後半に、劇的に進行したように思っているのです。ずっとコタツに籠もって問題集などに向かい合っていた時期。大学の教室はデカいから、視力の低下に気付いたってコトもあります。
少なくとも中学生時代、私の視力は両目とも1.5~2.0はあったんスよねぇ。大学1年の時以来、視力は両目とも0.2~0.3程度。ま、劇的な近視では無いし、大して進行していないですけど。


当サイト内の関連する文書
視力補正の際の「赤と緑の光」について(2004年3月上梓)

君は Mitaka を見たか

Mitaka はすばらしいです。楽しい。
私が知るフリーソフトでは、最も楽しいです。ま、厳密に言えば、日本国への血税で作られているわけですが。

このソフトは、Windows 用です。レジストリ等を弄らないらしいです。
ダウンロード・解凍し、"mitaka.exe"を実行すれば動きます。ここ2,3年に発売されたパソコンなら、快適に動くと思います。


高等学校の「理科総合B」の授業中、Mitaka を生徒に弄らせました。
今回は、校内ファイルサーバーに、「圧縮された状態の Mitaka」と「チュートリアルのページ」を保存しました。生徒が使うデスクトップ機のデスクトップに、コピー・解凍・実行させました。そうすれば、生徒がインターネットへ出る必要も生じません(ネットに出るためのパスワードを忘れている生徒も居るので)。
やはり、自分で「宇宙」を操作するのは楽しかったみたいです。私の模範?操作と生徒自身の操作で、30分程度使用したかな?


関連する日記
燃え上がり、立ち消えた物欲(2007年5月)
"POWERS OF TEN"は"Mitaka"に影響を与えたのだろうと思う。(2008年9月)
渡邉康弘センセイと縣秀彦センセイと私(2010年3月)

amylase.jpg

中学2年の理科2分野(生物・地学分野)では、消化器官の勉強をします。
デンプンに唾液を混ぜて適温で放置し、ヨウ素液を反応させる実験があります。私自身は、中学校は当然?として、小学校でも同じ実験をしました。いや、させていただきました。先生ありがとう。私は今でもその実験を憶えていますm(_ _)m
結構、実験の準備や後始末って面倒なんですよね。昨今は「理科が苦手な小学校教員が多い」とも聞きますし、由々しき問題でありますねぇ。

で、私自身が10年ぶりに、オシエゴにその実験をやらせます。
この実験で一番難儀なのは「唾液の採取」です。私自身が実験した際も、10年前に生徒にやらせた際も、『口に水を含み、しばらく待った後、それをビーカーに吐き出す』ってことを行いました。これはあんまり楽しい作業じゃありません。その後、採取された「薄めた唾液」を試験管内のデンプン水溶液に作用させるのです。温度は40℃前後で。


今回念のため「教師用指導書」も確認してみました。勤務先の中学で採択しているのは東京書籍のものです。そこにはこう書いてあります。

大きめの綿棒に唾液をふくませて,試験管に入れる方法を用いてもよい。
なるほど。そして、更にそこから私は改善策を見いだしました。「綿棒よりも、綿球の方が良くね?」って。
それが上に示した画像です。
片方は対照実験として「水」を含ませた綿球をデンプン水溶液に加えています。もう片方が私の唾液を含んだ綿球。

この綿球は保健室から貰いました。直径1cm内外の綿球を2等分して用いています。そのまま口に含んだら、病院チックな味がしました。この綿球は「カルメロースナトリウム(ウィキリン)」ってもので処理されているようです。カルメロースナトリウムは水を吸収し、膨張する性質があるそうで、アイスクリームの増粘剤に使われたり、下剤としても用いられる物質のようです。明日、生徒に実験をさせる際には、水道水でしばらく洗ってから使用するつもりです。予備実験では酵素があんまり働かなかったのです。唾液が綿球の中に捕捉されすぎたのだと考えています。


2010/6/3 追記
綿球、良い感じでした。やはり、まずは水洗いした方が「吉」みたいです。
1クラス8班で、2クラスほど実施しました。デンプンがほとんど分解されない班(失敗した班)が出ました。「失敗」があったほうが、酵素についての理解が深まります。全部の班が実験に成功しても、あまり面白くないのです。

教育実習のおもひで

いま、職場には「実習生」が来ています。
今から約20年前、私も「教育実習」を合計8週間行いました。ってか、行かせていただきました。

最初の実習は、学芸大学附属世田谷小学校でした。大学3年の10月頃、小学4年生のクラスにお邪魔しました。そのクラスの担任は中村享史(ナカムラタカシ)先生でした。

その3週間の実習「世田谷小学校・後期」には、東京学芸大学から総勢数十名の「教員見習い」が実習に行ったハズです。正式名称は「教育実地研究」だったかなぁ...。
平成元年入学の「A類(=小学校)理科」は約100名存在し、「秋休み」期間である3年次の秋、4つの附属小学校に「前期・後期」で「研究」に行きました。その3週間の実習期間中に、教科(国・数・理・社...)毎に1名が「研究授業」を行うってコトになっていました。
なお、受け入れ側である「『コクリツの小学校』に通学する児童」は秋だけで合計6週間も「試験台」になっていたのです。大変だ。


で、実習も後半、理科のメンツ10名前後で相談をしました。「誰が『研究授業』やる?」って。結果、成り行きで私が「研究授業」を担当することになったのです。微妙に責任感がある人物なのかも知れません、私は。
高校の部活動も、大学のサークルも、代表者でしたっけ、やはり「成り行き」で。 Let it be.


その「小学4年生の2学期」半ば、理科で扱うのは「空気と水」みたいな範囲でした。「空気は体積が変わるが、水は体積が変化しない」を伝えるのがメイン。
なお、厳密に言うと、液体である水も、圧力によって体積が変化するらしいです。確かめたことはありません。小学校、というか「一般常識」レベルで理解すべき事項は、前述の通り「空気は縮むが、水は縮まない」です。

記すのが疲れてきたッス。
続きは次回に。


中村享史先生に関わる日記
私の好きな歌手(2001年6月)
中教審と再生会議(2007年4月)

続・教育実習のおもひで

前回の続きです。

実家に帰れば、その「研究授業指導案」は保管してあるような気はします。
何しろ、私は私なりに「研究授業」を頑張りました。


その日の午後、研究授業の協議会がありました。
とある先生は、以下のようなことを仰いました。

私は、最初に空気鉄砲で遊ばせます。次に、水鉄砲で遊ばせます。その後、空気鉄砲に水を入れさせます。


↓断面イメージ
water_gun.gif

生徒を横一列に並べ、競争させる状態にし、『せーの』で鉄砲を使わせます。

上図の状態だと、どれだけ力を込めて水鉄砲の後ろのタマを押しても、前にある「飛ぶべきタマ」は足下にボテッっと落ちます。
生徒は「???」と思うのでしょう。
そこから、その先生は「空気は縮むが、水は縮まない」という説明をするのだそうです。
私は、「その展開、いただきー」って思いました。

しかし、その授業を行うコトはありませんでしたとさ。小学校で働いたこと無いから。

何しろ、「素人の私」は研究授業を経験することにより、「授業をうまく行うには、何よりも『経験』が重要そうだなぁ」って思ったのでした。

つーコトで、全国の実習生よ、頑張ってくださいな。


関連する過去の日記
教職志望とノストラダムス
そして恩師木村清志先生

関連する駄文
10年間の教員生活をふりかえって考えること

モル

職場のブログ(?)の1カテゴリに以下の文章が現れるはずです、そのうちに。

理科と情報科を担当しております、小川正樹と申します。
十数年前に卒業した大学では主に「地学」を、その中でも「岩石・鉱物学」を専攻していました。しかし本校に於いて、担当することが多かった科目は、化学と生物です。


高校理科の中で、最も難解であるのが化学分野の「物質量」だと思います。私自身も、高校の時に挫折しかけました。しかし、この「mol」という概念は、分かってしまえば簡単です。
このページをご覧の保護者の方で、高校時代に化学と「おさらば」した方の何割かは、「mol」に原因があったのでは無いでしょうか?

参考(?)までに、私が高校の授業で配布するプリントを披露します。
「生涯学習」の一環としてご利用いただければ幸いです。
相対質量・原子量(分子量)・物質量の意義(pdf:230KB)

本校の理科の授業でお会いできることを、楽しみにしています。

上記サイトにある「他のセンセイの文章」を数ヶ月間見ていました。「結構真面目に書いてるなぁ」って思っていたのです。「自分の番が来たら、もっとおちゃらけた文章を書くぞ」って思ってました。しかし、自分自身の文章も、無難な内容となってしまった気がします。ちょっと残念。

リンクしている pdf は、昔から当「腐れサイト」にて公開しているものです。
自分としては、「物質量(mol)がイマイチ理解できない生徒用のコンパクトな説明」に仕上げたつもり。厳密には数式に括弧を入れるべき場所がある気もしますが、とりあえず初版のままにしておきます。

『日本語と外国語』と私

この新書(アマリンク)は、20年前に発行されたものだ。大学1年のときの一般教養「言語学」で先生から「買え」って言われて買ったような気がする。講義はかなり記憶に残っている。おもしろかった。試験のできが悪く、その単位は落とした。
生涯に「買わされた本」の中では、かなり良い作品だと思う。

今回改めて読み直してみて、私は結構きちんと「本の内容」を吸収していたように感じた。
「読み直し」は多分2回目かな。実家に置きっぱなしにしても意味がないので、学級文庫に置こうと思ったのだ。置く前に、改めて読んでみた次第。

私は

「エスペラント語」なんて、普及するはずがない。日本語と他の言語に於いて、「単語」や「概念」は「1対1」で対応するわけではない。だったら「1(エスペラント) 対 多(すべての言語)」なんて、成立するはずがない
って思っている。
この認識のタネが、20年前の読書だったらしいことに、改めて気付いた。

忘れていた内容も多々あった。「虹を7色に数えるのはニュートンが始祖らしい」とか。


この本の他に、鈴木孝夫氏の他の著作を読んだかというと、読んでいない。
学級文庫に置いてきた。

私が全然理解できない行動。

  1. Web ページを紙に印刷
  2. それを見ながら、Excel の表に「手打ち」で入力
職場のある方には、今年度になってから「形式を選択して貼り付け(ググリンク)」のやり方を伝えたはずなのだが、バッチリコツコツ上記作業を行っていた。つっこむのは止めた。

さすがに60歳前後の方には、パソコンの使い方について、同じ事を二度三度伝えることもある。しかし、その方はそういう年齢レベルではない。多分「好きでやっている」のでしょう。
今後は彼が「忙しい」と言っていても、基本的に手助けするのは止めることにしました。

私が少しは理解できる言動は以下の通り。

  • 「これをスキャンして Excel の表にできないか?」と「紙に印刷された Excel の表」を提示
その方は英語科担当で、私が以前「英文の OCR」をお手伝いしたのです。味を占められたようで、上記言動に出ました。私は「元のファイルを作者から貰うか、手で打ち込んでください」と伝えました。

「OCR ソフトでの画像取り込み・テキストデータ化」と「スキャナーでの画像ファイル作成」の区別が付かないのでしょうね、一応何度か説明させていただいたのですが。

ま、私も同じ道を辿ってきました(そしてその区間は一気に駆け抜けた)から、同僚には可能な範囲で優しく接しているつもりではあります。生産性向上のために。


今でも職場では「俺は Excel を使えないんだよね」って公言される方がいます。分かります。「Excel を使いたいんだ」ってコトは。
今年の春、職場での最後の「書院ユーザー」2名が定年退職なさいました。
彼らは「パソコンはどうも使えない」っておっしゃってました。絶対的に必要な場面では、使われていましたが。

私より年齢がちょっと上の「Excel を使いたいけど使えない方々」、一念奮起して使い始めれば良いのに、って思います。


過去の関連する日記
人の振り見て...(2003年4月)

戯作者へ堕落

昨日の夕方、池袋駅で途中下車したら、地下で蝉がモガイていた。
虫の類が屋内に入り込むのを見ることは度々あるが、蝉が地下に入り込んでいるのは初めて見た気がする。
何か一句ひねり出そうとしたが、「蝉」自体が季語なのだろうと思い、そこに「盆」という語を加えたらば、季語が重なって拙いのだろうなぁ... って考えているうちに、高校時代の部活の同窓会場へたどり着いてしまった。

で、今朝歩きながら作った一句。

土禁車を駆る彼 机はゴミの山

全然季節感がない。ってか、川柳だけど。

校内サーバーの置き換えを業者にお願いしているので出勤している私は、サーバー内のゴミ画像の整理を続けることにします。

雨と中央線と私

先日、ソフトボール部の引率で昭島へ行ってきた。多摩川の河川敷だ。
昼過ぎから雲行きが怪しくなり、雷が鳴りだした。
雷が落ちている(私達から100m程しか離れていない高木にも落ちた)間は、雨はそれほど酷くなかった。

その後、立川方面はしばらく大雨になった。
バスに乗りたくなかった私は、雨の中30分ほどかけ、最寄りのJRの駅へ向かった。

傘は後から使用したものの、(下着の)パンツまでずぶ濡れだった。エナメルバッグの中まで浸水していた。
とりあえず、駅のトイレで着替えた。
半袖のシャツ(ポリエステル100%)は替えが無かった。そのまま着続けた。

中央線に乗った。弱冷房車を選んで。


しばらくすると、隣の座席に見知らぬ老女(七十絡みに見えた)が現れた。

私だけに向かって、開口一番「この車両はあまり涼しくないわねぇ」
私「そうですね。弱冷房車ですから(ドア上を指さしながら)」

知らないばあさんと喋るなんて、自分が太宰治と同化しつつあるように感じた。

その後、国分寺駅で
ばあさん「上りの電車は混んでいるわねぇ」
私「はぁ」

その後、新宿に近くなって(私は早朝からの出張で居眠りしていた)
ばあさん「あなたも降りるんじゃないの?」
私「いいえ」
ばあさん「あなたは学生さん?」
無言でクビを横に振る。
ばあさん「起こしちゃってごめんなさいね」
無言でうなずく。

あれほど初対面で「絡んで」くる素面のヒトには初めて遭遇した。
最後は嫌悪感だけしか残らなかった。


後で、私が感じた嫌悪感の原因に気付いた。
それは「弱冷房車の存在を知らないはずのない老女が、『強』冷房車を所望していて、それをネタ(?)に話しかけてきた」というコト。

私にしては珍しく「弱冷房車」に「意図的」に乗っていたことも、嫌悪感が増幅された理由に挙げられる。

教室を掃除すると...

『中国行きのスロウ・ボート』を思い出すのである。村上春樹のうすら悲しい短編だ。

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昨日は「首都圏模試センター」の主催する小学生向けの模擬テストが行われ、本校も会場として使用された。
試験前は、それなりに念入りに掃除を行う。少なくとも、机の中と机の上は綺麗にしておく。放課後の教室で掃除をしていると、上記短編を思い出すときがある。私自身は、中華学校に足を踏み入れたことはない。

この短編には、山手線の駒込駅も出てくる。
今でこそ、駒込駅(や巣鴨駅)はだいぶ構造が変わってしまったが、数年前までは無骨な駅舎とホームだった。
今でも通勤では駒込駅を通過する。幸いにして、ホーム自体は変化したように見えない。あのツツジの土手の前、若かりし頃の村上春樹氏と中国籍の女性が佇んだ時間があったのだろう。

あの短編を最初に読んだ時には、まさか私自身が中国という国に何度も足を運ぶようになるなんて、思いもしなかった。
村上春樹氏は「中国には行かないだろう」って書いていたが、ネット上で検索してみたところ、少なくとも1回は中国へ足を運んだ様子。

マニュアルを読む日々

この春に、デジタル一眼を買った。
デジタル一眼を買うきっかけは、子供であった。

自分の子と数ヶ月違いのお子さんがあるお宅におじゃました際、写真も撮って頂いた。カメラはニコンの D80 だった。
その画像のシャープさとボケ具合に、配偶者が感動した。「一眼を買う」と決めたのは彼女だ。彼女に言わせると、私よりも彼女の方が写真が撮るのが上手いそうだ。特に否定はしないm(_ _)m

買ったのは D90 である。新宿の小田急ハルク内にあるビックカメラで買った。
長くて重いズームレンズは不要かと思っていたが、店員さんの「運動会などでは...」に納得し、200mm までズームが効くセットモデルを買った。

で、マニュアルを読んでいる。まだ持ち歩いている。
数ヶ月経過。
その途中、知り合いが記した「マニュアル論(?)」を読む。彼の文章は面白い。私ももっと精進しようと思う。


この夏に、初めて車を買った。
今までは、実家の車を借りるか、レンタカーを使用していた。

カメラに比較すると、車のマニュアルの方がサラサラ読めた。
私の中で、車については「それなりに」知識が蓄積されているのだろう。また、マニュアル自体が「素人向け」にできているのだろう。
しかしそもそも、車のマニュアルなんて、今回初めて読んだ。
実家の車のマニュアルは読んだこと無い。

マニュアル読まなくても車を運転できるようにしてくれる「自動車教習所」って、凄いような気もしてきた。

私が職場で作成した「成績入力などのためのマニュアル」は、もっと改善できそうな気がしてます。


オチはありませんm(_ _)m

オッサン化

涙腺が弱くなった。

昨日、職場の先輩おすすめである森絵都『カラフル』を、警備しながら読んだ。
警備をしたのは「体育祭会場」である。

3時間超、警備員として過ごす必要があった。『カラフル』は2時間程度で読み終えたのだったか?

その文字数に対して「530円」は高いような気もするが、読み応えはあった。
本を読みながら泣きそうになったのは、あまり記憶にない。

ピンキリ -カエルの解剖から-

カエルの解剖を、初めて生徒にやらせました。おおよそ4名に1匹の割合でした。明日、最後の1クラスだけ残っています。
私自身は、中学・高校・大学と、3回「カエルの解剖」をやった気がします。しかし、高校ではやらなかったかも知れません。どっちだっけ?


カエルは、ゼノパス養殖教材なる業者から、アフリカツメガエルを仕入れました。私の知る限り、上記業者からカエルの納入を受けるのは今回で3回めです。毎回、きちんと指定した日に元気なカエルを届けてくださいます。

しかぁし今回、私の不手際でカエルの半分強を殺してしまったのです。今朝、その事実を知りました。とても凹みました。
どうせ「殺してしまう」わけですが、だからこそカエル達には「有意義」な死に方をして欲しかったのです。とても自己中心的・人間中心な見方ですが。


ただ、結果的にはちょうど良かったかも知れません。1クラスあたり8匹の解剖を一気に行うわけですが、麻酔したカエルは覚醒を繰り返します。半分弱しか「ピクピク」いっていなかったので、その点では余裕がありました。
「生きたカエルではやりたくない」という希望を持つ班もありましたし。と、言い訳。
ゴメンナサイ、カエルさんm(_ _)m


スゴイと思ったのは、昨日には死んでいただろうカエルの心臓が、今日になって時々脈打っていたことです。
むしろ、体から切り出してからの方が、動きを見せていたような気がします。生命の神秘を感じました。


生徒の解剖を見ていて思い出しました。私が中学生の時、綺麗だと思ったのは、緑色の胆嚢と銀色の腱だったのです。
中学の時に、私が解剖をやらせて貰ったのは「トノサマガエル」でした。今回のアフリカツメガエルの胆嚢は、それほど綺麗ではありませんでした。腱のキラキラ感は、殿様もアフリカも同様でした。


本題(?)です。
噂で「男子よりも女子の方が、ザクザク切り刻む」と聞いたことがありますが、それは確かな気がしました。
気分を悪くする生徒も結構居ましたが、「そこまで切るのかい!」って思わせてくれる班も多かったです。自分自身はカエルの胃を切り開いたことはなかったのですが、実験プリントに「余裕があれば切開してみろ」って書いておいたら、ちゃんとやってくれた子達がいました。
上に挙げたのはまともな人であり、「レクター博士の弟子か?」と思わせてくれるような人達もいました。少しげんなりしましたが、顔には出さなかったつもりです。本人達が面白いと思って切り刻んでいるなら、天国に行くカエル達も許してくれるでしょう。


1匹千円超、一人あたりでも数百円の材料費がかかりますが、やはりカエルの解剖はやった方が良いと思いました。今まで、私が中学で受け持った生徒には、解剖はやらせていません。悪いことをしたなぁ... って思いました。

アナログ賛歌

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画像は昭和61年(1986年)に購入された温湿度計である。私がこの自記記録計を職場で発掘したのは、数年前だと記憶している。私は、この記録計を先輩教員が使っているところを見たことは無い。

私がこの学校に来る前には、地学の岩石方面が専門の先生がいらしたと聞いた。鉄乳鉢も完備しているくらいだ。
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今は「温湿度データロガー」という名称で、デジタル化された「温湿度記録計」が売られているようだ。少し欲しいような気もするが、中学生には24年前に発売された「アナログの記録計」の方が似つかわしい気がする。

中学理科の段階では「気温が上がると、湿度が下がる」ということが伝わればよい。一応可能な限り示度の補正は行った。
このアナログの機械から取り出した「記録紙のコピー」と、ヤフーか何かの「東京都の天気・気温ログ」を生徒に配布し、天気・気温・湿度の関係を見いだしてもらうのだ。
多分「データロガー」よりは、金属製の重たい「記録計」の方が、教室でも見栄えがするだろう。


過去の関連する日記
天秤のないてんびん(2006年9月)

表題で全てを言い切ってはいるのですが、補足します。

私は、高校時代、「物質量」で挫折しかけました。だからこそ、こんな文書も作成しています。
世の中のナニゴトでも、ある程度は同じだと思うのですが、理解してしまえば「簡単な話」なのです、おそらくは。ただ、とても理解するのが難しいのも確かだと思います、物質量すなわち mol は。

私は、高校時代、「組み換え」を理解しないまま過ごしました。
現在の職場で生物を担当することにより、初めて(教科書のレベルの内容を)理解しました。
明日、その範囲の試験が「オシエゴ」に課されます。ちょっと早く職場に行き、もしかすると居るかもしれない「私の出勤を待つ生徒」に対応しようかなぁ... って思いながら、ダラダラしています。

地学で山場的なものと言えば「地質図の読図」かと思います。
あれも慣れればそれほど難しいものではありません、多分。

で、ここまで書いてしみじみ思い返しました。
「物質量」の測定も、「組み換え価」の実測も、「地質図」の作成も、全然楽じゃないのですよね、実際に行うならば。

特にオチは無いまま、駄文を終了します。
良い期末試験を。

ガイジ(イタイジ)

私は十数年、職場でパソコン関連の業務をやっている。
「外字職人」としても、活躍してきた。あんまり活躍したいわけではないのだけど、要請があるからやってる。
本当は「大学入試センター」みたいに、外字(異体字)を無視する方向で仕事をしたいと思っている。

辺という字には、たくさんの異体字がある。
少なくとも、私の職場では10種類くらい作成されてきた。

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この4つの文字は、少しずつ違う。

で、部首「しんにょう」については、点が1個も2個も「手書き」では区別する必要がないと思っていた。昨年の「常用漢字」増で話題になった領域?だ。私は、上の右端と左端の文字は、どちらも手書きならば以下の字形で良いと思っていた。
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で、昨年末、初めて「私の名字は、点が2つなんです!」という生徒に出会った。
彼女が言うにはこういうコトらしい。
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黒板に彼女の名前を書く時は、常に緊張する。


で、徳という字にも異体字がある。德という字だ。「心」の上に横棒が入っている。
中国では、基本的に横棒が入っている文字を使うようだ。日本では、横棒は省略するのが普通だと思う。
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中国を訪れるたび、簡体字が少しずつ読めるようになっていく。厳密に言うと「日本の漢字(?)では何に該当するのかが把握」できていく。喋ることは相変わらずできないんですけどね...


過去の関連する日記
頭痛(2010年4月)

本年度、私の得点は、以下の通りでした。軽く見直しをし、60分以内に解いたはずです。括弧内は「平均点中間集計」です。私の得点は昨年とほとんど変わりませんでした。

生物 90(64.61)
化学 88(57.34)
地学 91(67.96)

ケアレスミスがなければ、化学と地学は共に94点だったと思います。生物は知識が足りなかった。
化学などは、最初の2問を間違え、それだけで6点を失いました。地学は「鍵層」の問題を思い込みで解いてた... orz

最近、100点から遠ざかっています。ま、高校の「化学・生物・地学」からも遠ざかっているから、仕方ないのかも知れません。だからこそ、年に一度のリハビリとして、ベンチマークを行っているわけですが。


過去の関連する日記
知識と現実(2001年1月)

GkEc(じーけっく)氏は中学2年生らしい。

昨年末、確か最初は『痛いニュース』経由でその存在を知った。
Togetter - 「学校で商売しようとしたら生徒指導を受けた\(^o^)/」

「隠れてやれば良いのに」って思っていた。先日改めて togetter を読んだところ、最初は隠れてやろうとしたらしいコトを知る。そりゃそうだよな。でも、隠れてやるってコトは、何かしら罪悪感があったのも確かなんじゃないかと思うのだ。


しばらくしたら、こんな話題も出てきた。
Togetter - 「学校の掃除って必要なの?」

「掃除を真面目にやっておくと、推薦書を良く書いてもらえる可能性が高まるのだよ」って、私はココロの中でツッコミを入れた。しかしながら、やはり togetter をちゃんと読んだら、彼も気付いていたのだった。

そうだ、掃除を内申に組み込んだらみんな真面目にやるようになるよね!(えっ


私は、掃除を真面目にやるような生徒には好感を持つ。
好感を持った生徒の推薦書(大学等へ出すヤツ)は真面目に書く。というか、逆に「掃除などを真面目にやらないヤツ」の推薦書は適当になる、という方が正しいだろう。
適当と言っても、きちんと書くことは書きます。それが仕事だから。ただ、「コイツは良いヤツだ」って思っている生徒の推薦書は、放っておいても熱が入るのである。それがヒトというものなのだろう。


GkEc氏は、学校をキレイに保ちたいそうである。良いヒトだ。
彼の呟きに「(自分の学校では)放課後、全員が何らかの場所の清掃担当になっている」ってヤツがあった気がする。改めて捜したら見つからなかった。私の脳による捏造かな?
「掃除用具がないのに掃除しなければならない」って環境では、生徒が掃除をするわきゃ無い。自分の中学生時代を振り返ってそう思う。(そして高校の時は、そもそも掃除という「文化」が無かった。)
ま、大阪の公立中学校のシステムなんて、どうでも良いと言えば、どうでも良いのだけどね。

1月に書き出し、寝かせてあった原稿を出しました。今月は全然日記を書けなかったので。

卒業式だった

今日は職場の高校卒業式だった。
1年次だけホームルームを担当した学年で、当時私は全8クラスに「情報Aという何か」を授けたのだ。

卒業式では「泣きすぎる元生徒会長」が今日もズブズブだったのに笑ったが、それを見て思わずもらい泣きをしそうになった。元生徒会長を含め、中2だった5年前から顔見知りの生徒も混じっているので、ちょっと感慨深かった。

毎年思うのは、「あの動物的だったヤツらが、よくもここまでヒトになるものだよなぁ」というコトである。
しかし、「高校卒業」の18歳となった時点でも、十分野性味を放つ輩も生き残ってはいる。
ただししかし、最初から「ヒト」として入学してくる生徒が大半ではある。一応補足。

生徒は「手間がかからない」方が、担任や教科担当として有り難いのは確かだ。しかし、手間がかかったヤツらの方が、印象に残る。ま、昔からいろんなヒト(親?)が言っていることでしょうけどね。

年間労働時間ログ

2010年度 2696時間35分 (高1担任)
2009年度 2581時間25分 (高3担任)
2008年度 2626時間15分 (高1担任)
2007年度 2881時間05分 (高3担任)
2006年度 2816時間20分 (高2担任)

記録として。
私は基本的に職場以外では仕事をしません。
年間の残業は1000時間を超えているわけだから、何かあれば労災が適用されるのでしょう。

学級運営方針

今まで、持ったことありません。

当然ながら、披露したこと無いです。
しかし、その点について、保護者からツッコミはありません、十数年来。

そもそも、自分が生まれたこと自体、自分が希望したワケじゃありません。
あなたもそうでしょう。
自身の「生命運営方針」すら見当たらないのだから、それより細かい方針なんて立てようが無い、ハズ。
とりあえず、誠意は尽くします、可能な限り。

その誠意(という概念)は何処から来ているのか?

暫定的には「宗教」って存在が担っているのだろうとは思います。
無神論者の私は「宗教」を生まざるを得なかったホモサピエンス一般に同情します。

メッセージの無い教師でございます。

読売新聞社説(の一部)に異議申し立て

デジタル読解力 情報を見極める目養う指導を(7月4日付・読売社説)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20110703-OYT1T00777.htm (←既に見られなくなってた)
から引用

 茨城県つくば市のように、コンピューターを活用した教育に取り組む自治体が増えている。
 例えば、中学社会の授業で、自分たちが住む県のホームページから地元の産業政策を調べたり、ネットの掲示板を使って他校の生徒と意見を交換したりしている。
 文部科学省は、こうした実践事例を数多く集め、ネット上での公開を進めて、広く学校現場で参照できるようにしてもらいたい。

まず、社説が取り上げている「事例」がショボい。コンピュータを使う必然性が今ひとつ感じられない。
「研究授業(なのかな?)」自体を見たワケじゃなく、読売新聞記者という「経年劣化したフィルター」越しの情報なので、本当のところはよく分からないけれど。

で、本題です。
「教育情報データベース」や「指導事例集」ってのは、結構昔からあるのですね。ただ、クニが作るサイトってのは、ろくなものになってない気がするのですわ。
個人・企業や大学あたりが自主的に運営してるサイトの方が、マシであることが多い気がします。

Google や Yahoo! に引っかからない情報は、ネット上では存在していないと同じだと思うのですね。
「理科ねっとわーく」みたいなサイト、あれなんか著作権的にガチガチになっちゃってて、使いづらいことこの上ない。そんなところに税金が使われているのが頭に来る。
教科書会社が作る DVD-ROM の方が、余程使い勝手がよい。

文部科学省には、別に「データベース構築」は求めないな、私は。

天国に一番近い便

基本的に、教員になってからは毎年、夏には多摩川の河川敷に行く羽目になる。
ソフトボール部の試合の引率である。

河川敷にある「くじら運動公園」というグラウンドを使用し、「西東京大会」というものが行われている。今年は第26回だったそうだ。
第15,16回(2000,2001年)は、私も幹事として運営に参加した。

この大会は、何が最も思い出深いかというと、その凶暴なまでの暑さである。
しかし、あのクソ暑さを通過しないと、夏が来た気がしないのも確かなのである。
本年度は結構暑かったが、熱中症なども起きず、比較的過ごしやすい天候だった。幸運であり、残念でもあった。大会後の打ち上げ宴会の際に聞いたが、他の先生方も同じ思いを抱いた方が多かったようだ。

本題に入る。
その「くじら運動公園」の横には、下水処理場がある。まあ、今では「水再生センター」というらしいが。

上の画像の右にあるのがソフトボール専用(!)球場4面である。あのアホみたいな広さが私は好きだ。ソフトボールをしていても気持ちがよい。私も何度か「選手」として、あのグラウンドを使用したこともあるのだ。

「くじら運動公園」には、トイレが少ない。難儀する点である。
管理棟に臭いトイレが、河川敷にはくみ取り式のトイレが、あるにはある。

で、前述の「水再生センター」には、公園が附属している。上記サイトによれば、「第一沈澱池」と「反応槽」の上を覆っているようだ。その公園は可もなく不可もない、普通の公園である。しかし、水洗のトイレがある。素晴らしい。

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トイレ近景

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トイレ横から「第二沈澱池」を望む

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トイレは右端の直方体

そのトイレで何らかを排泄していると、「彼らは生まれた後に、一番すぐに天国に行く『ベンたち』なのだろうなぁ」と感慨を深くするのである。蝉よりも短い生涯だ。なんたって、生まれるのが「処理場」の上だ。

数年来、そんなことを考えながら、トイレを使っていた。やっと文章にすることができ、うれしく思う。


下の写真は大会後の散歩時に撮影。

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よく知らない道を歩く際、私の脳内では『クルミを割れた日』が流れるように設定されているようだ。

いつも いつも隠された小道を行く
遠い 遠いあの歌を探しに行く



関連する過去の日記
T先生語録(2004年7月)
好評につき(2004年7月)
「ボタンの掛け違え」と飛鳥涼(2006年6月)
T先生語録 その4(2006年7月)
T先生と梶井基次郎(2009年11月)
雨と中央線と私(2010年8月)

顕微鏡を知らねばならないと思った

10月1日の土曜日、都立国立高校にて顕微鏡の仕組みと種類を教えていただきました。とても有意義な研修でした。主催は「東京都生物教育研究会」でした。通称「都生研」
テーマは「今更聞けない顕微鏡の使い方 ― 顕微鏡の扱い方をマスターしよう」でした。

オリンパス株式会社の方がいらっしゃり、いろいろと詳しい話を聞けました。
研修内容を都生研配信メールから引用します。

(1)学校にある顕微鏡の「いろは」
・顕微鏡の種類と利点、欠点
・顕微鏡の基礎基本
  正しい表現など・・・「同高焦点」という言葉はない? など。
・記載されている数字等の意味
・メンテナンス など

(2)実践研修
・プロから学べる顕微鏡の上手な使い方
・1つの材料でも、工夫次第でこんなに見え方が変わる
 →暗視野、偏光板等の利用など
・顕微鏡観察のコツやテクニック

(3)意見交換会
・各学校の顕微鏡実習の実践例
・各学校の顕微鏡実習のプリント紹介

※講義と実習を交えた研修会です。
※各学校で実施されている顕微鏡実習に関する資料を30部ご持参ください。

久しぶりに「都生研」の研修に参加させていただくので、言われたとおり真面目に「資料」を持参しました。しかし、生物が専門の方々に実験プリントを披露するのも恥ずかしい気がしたので、持ち帰ってきてしまいました。そもそも、誰も実習資料を配っていた気配はなかったし...。
一応ここから、私が作成した「ミクロメーター絡みを含む画像」へのリンクを張っておきます。


以下は研修を受けての感想です。

まず、とりあえずは(現存するならば)勤務先の顕微鏡マニュアルを見なければならないと思いました。オリンパス製の、結構良いもの(CX21を筆頭とする)を入れてあるのです。

しかし、今回改めて気づいたのは、私が生物を担当したのは5年前が最後だと云うコトなのです。前述の実験プリントを用意している際に気づきました。
現在、専任だけでも本校理科は物理1・化学3・生物2・地学1という布陣になっています。本年度の非常勤講師の方は物理1・化学2・生物3・地学0です。私が今後生物を担当する可能性は、かなり低いと言えましょう。中学理科の生物は「2分野」として担当する可能性もありますが。(私の担当は、昨年が中2の2分野と高2理科総合B、今年は中3の1分野と高2理科総合B)

と言うことで、次回いつ顕微鏡を扱うかは謎なのですが、その際は顕微鏡に記された文字と色の意味を片っ端から調べる必要を感じました。特に、コンデンサと絞りについて、もっと注意深くなろうと思いました。

また、私は良い(=マニアックな)先輩を持っていたことに、改めて気づかされました。生物の授業プリントの一部は、その方から頂いたものを修正しながら使用しています。
その先生(北島一良氏)はもう退職なさっています。生徒用として、上記顕微鏡群をじわじわと揃え始めたのも彼です。
10数年前、彼は嬉々として「『数十万円の顕微鏡』があるのです」と私に語ってくれました。「微分干渉」と言っていたはずです。
その価値を多少認識しました。

CASIO 潜入

都高情研「2011年度 第3回研究協議会」に参加してきました。

忘れないうちに、印象に残ったことを記します。

初期の計算機「14-A」は
・昭和32(1957)年発売
・140kg、45万円也
・国立科学博物館に置いてある
http://casio.jp/dentaku/info/history/beginning/

液晶付きデジカメ「QV-10」は
・前身のプロトタイプ愛称が「暑子」と「重子」だった(その性質から)