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平成19年度原子力体験セミナー【上級理科コース】報告

はじめに

 2007年8月1日から3日にかけて、私自身2度目の「原子力体験セミナー」に参加してきた。
 このセミナーhttp://www.rada.or.jp/taiken/は文部科学省の委託事業として、財団法人放射線利用振興協会という団体が実施している。対象は「小学校、中学校、高等学校の教職員及びこれに準ずる教育関係者」である。
 2005年度、私は【産業コース】に参加した。興味がある方は、その際の報告書もご覧頂きたい。今回の報告よりも、基本的かつ詳細なレポートとなっているはずである。
 2007年度は、【上級理科コースI】に参加することができた。その目的は以下の通りである。

主として理科コース受講経験者を対象に、受講者自ら原子炉を運転し、原子力や放射線についてより科学的な知識を習得していただきます。

 研修は一部を除き、茨城県東海村にある「独立行政法人日本原子力研究開発機構 東海研究開発センター 原子力科学研究所」で行われた。
 この報告を読み興味を持たれた方は、是非「原子力体験セミナー」に参加して頂きたい。なお、財団からは交通費や宿泊費が全額支給されることも書き添えておく。

研修内容概略

1日目:8月1日(水)
 開講式・オリエンテーション・保安教育
 講義1「日本の原子力に係る法体系と安全規制」
 講義2「原子炉と中性子の物理」
 講義3「日本における核燃料サイクルについて」
 施設見学1「放射性廃棄物処理施設」
2日目:8月2日(木)
 実験1「原子炉臨界実験」
 講義4「原子炉の安全性と事故解析」
 施設見学2「大強度陽子加速器施設」
3日目:8月3日(金)
 実験2「微量元素の放射化分析」
 レポート作成・閉講式

1日目

<開講式・オリエンテーション・保安教育> 9:00~9:20
 前回のセミナーと比較して、保安・安全上の約束事が増えたことに気づいた。「原子炉建屋等にカメラを持ち込むことの申請」である。確かに、放射能に近づくならば、持ち物が「放射化」される危険性も生じる。保安教育のための資料には、以下のような文言が記してあった。

管理区域への立入上の注意事項
・黄衣の着用、靴の履き替え(あるいはオーバーシューズの着用)、ポケットチェンバーの着用があります。
・飲食、喫煙、化粧等は禁止されています。
・持ち込んだ物については、退出時に汚染検査が必要となりますので余分な物は中へ持ち込まないようにして下さい。
・必要のない所には極力触れないようにして下さい。
・退出時には手を洗い、その後モニターで汚染の有無を確認して下さい。
・持ち込んだ物については、汚染検査が必要となります。

 また、携帯電話は「テロ等の防止」のため、原子炉建屋等への持ち込みが禁止されるとの説明を受けた。テロリストが外部との連絡を行うのを防ぐためだそうだ。
 その他の点については、ほとんど2年前と同様であった。なお、「管理区域」とは、放射線が一定以上存在する可能性のある範囲、つまり「自然界よりも被曝の可能性が高い区域」のことである。そのような場所へ立ち入る際には、前述の通り見学者用の「つなぎ」と履き物を着用し、帽子を被ることもあった。また、場所によっては退出の際に手洗いも行った。
 オリエンテーションの際に説明されたことに、研修内容の変更があった。私たちが訪れたとき、東海村の原子力科学研究所では、原子炉が全て停止されていた。6月末に「非管理区域における核燃料物質による汚染」が発見されたことによる影響だそうだ。
  http://www.jaea.go.jp/02/press2007/p07070502/be.pdf
 そのため、2つの実験については、原子炉を使用することが不可能であることが伝えられた。残念ではあったが、決定されていることは仕方がない。

<講義1>「日本の原子力に係る法体系と安全規制」 9:25~10:30
 放射線利用振興協会の舩山佳郎氏による講義が行われ、原子力に関わる法律には、様々なものがあることが紹介された。原子力利用に関する政策を決定するのは「原子力委員会」という組織であり、安全確保のための規制に関する政策を決定するのが「原子力安全委員会」という組織なのだそうだ。原子力委員会が行う重要な仕事に『原子力政策大綱』の作成があり、この大綱を指針として具体的な活動(MOX利用や高速増殖炉研究の推進など)が進められるとのことであった。

<講義2>「原子炉と中性子の物理」 10:40~12:00
 日本原子力研究開発機構の山下清信氏による講義が行われた。新たな知見をいくつか得ることができた。その一部を以下に記す。
・高速増殖炉「もんじゅ」などで、冷却材としてナトリウムが用いられる理由

熱伝導度のすぐれた熱媒体で、比重は1.0以下(常温で0.97)であるので、ポンプ動力は低くて済む。約98℃~約883℃の広い温度範囲で常圧冷却材として使用できる。また酸素濃度約10ppm 以下ならば燃料、材料と共存性は良好であり、単体分子なので照射損傷はない。また、高純度ナトリウムが低価格で得られる。(原子力百科事典 ATOMICAから引用)

・遅発中性子
 ウラン235などに適切な速度の中性子が突入した場合、その核分裂に伴って発生する中性子のほとんどは、核分裂と同時に発生する「即発中性子」である。ウランなどの分裂による生成物から発生する中性子を「遅発中性子」と呼び、その量は即発中性子の100分の1程度である。この遅発中性子が存在することにより、原子炉の制御が可能となっている。

<講義3>「日本における核燃料サイクルについて」 13:00~15:05
 日本原子力研究開発機構の植松真一氏による講義が行われた。前述の『原子力政策大綱』に基づく核燃料サイクルについて、その概要や必要性について解説がなされた。

<施設見学1>「放射性廃棄物処理施設の見学」 15:15~17:20
 見学先は2か所あり、「独立行政法人日本原子力研究開発機構 東海研究開発センター」に属する「核燃料サイクル工学研究所」と、「原子力科学研究所」内の「地層処分基盤研究施設」であった。
 最初に見学した「核燃料サイクル工学研究所」は、「原子力科学研究所」の隣に存在する施設である。それぞれの施設はとても広いため、バスで移動した。「原子力科学研究所」も入所者のチェックを行うのだが、「核燃料サイクル工学研究所」のチェックは相当に厳しいものであった。放射線利用振興協会の方が「プルトニウムを扱うためであろう」とおっしゃっていた。確かにプルトニウムはウランよりも様々な点で危険な物質であるようだ。核燃料サイクル工学研究所では「使用済みウラン燃料の再処理過程」について、実際のプラントを見学しながら、その内部に展示してある模型も用いての説明を受けた。
 私は以前に私学協会の研修で「東京大学環境安全研究センター」を見学したことがある。規模こそ全く異なるものの、基本的な構造は、どちらの施設も同じく「化学プラント」であるという印象を受けた。
 核燃料サイクル工学研究所では、格納容器に入った状態の使用済み核燃料(花火の「ヘビ玉」が数珠繋ぎに入っている、長さ数mの巨大な金属製ストローの束を想像して頂きたい)を強靱な金属製カッターで長さ数cm程度に裁断し、化学的に溶解と抽出を繰り返す。その大がかりな化学実験の最終的な生成物は「ウラン(製品)」「プルトニウム(製品)」「その他の高レベル放射性廃棄物」の3つである。ウランとプルトニウムは原子炉の燃料となり、高レベル放射性廃棄物は「ガラス固化」に回されるのである。
 次に見学した「地層処分基盤研究施設」はその名の通り「地層処分」を研究している施設である。

ガラス固化体サンプル
図1 ガラス固化体サンプル (撮影は原子力科学館・上のビーカーは300mLである)

 図1のガラス(当然放射能は含まない)には、以下の説明文が添えられている。

このガラスサンプルは、日本国民1人が一生の間(約80年間)に直接・間接を問わず消費する全電力量(一般家庭用電力のほか電車、工場等に必要なすべての電力)の半分を原子力でまかなったとした場合、それに伴って生じる高レベル放射性廃棄物を固化したものに相当します。

 この説明文は、原子炉の運転や解体に伴う低レベル放射性廃棄物には全く触れていない。しかしながら、私の最初の単純な感想は「(ガラス固化によって)廃棄物はこんなにも小さくまとまるのだなぁ」という、「向こう」が願っているとおりのものであった。
 地層処分基盤研究施設の建物は、その1階部分がそのまま展示室となっていた。先に述べたガラス見本の他には、ガラス固化体を包む金属製容器である「オーバーパック」や、オーバーパックの外に配置する、粘土鉱物(ベントナイト)を主成分とした「緩衝材」などの実物が置いてあった。現在日本国内2か所で、実際に坑道を作成して地層処分の研究が行われているそうだ。一つは岐阜県瑞浪(みずなみ)市の「瑞浪超深地層研究所」、もう一つは北海道幌延(ほろのべ)町の「幌延深地層研究所」である。瑞浪の地層は花崗岩(火成岩)であり、地下水は淡水系だそうだ。幌延の地層は比較すると軟らかい泥岩(堆積岩)であり、地下水は塩分を含むそうである。それぞれの岩石の実物が展示されると共に、オーバーパックや緩衝材がどのような間隔で配置されるのかも、1階の展示空間(床や壁など)を使って示されていた。
 日本は世界で唯一、原子爆弾の被害を体験している国である。その後も様々な事故があった。原子力というものに対する不安が全くないというヒトは居ないだろう。私も同様であり、不安がある。だからこそ、今回の研修に参加したわけである。
 今回、実際に地層処分を研究している方々の話を聞き、その実物や模型を目にすることができた。私は以前よりも、地層処分について信頼できると感じるようになった。今回の研修では最も有意義な時間であった気がする。

2日目

<実験1>「原子炉臨界実験」 9:00~12:00
 実際の原子炉を用いて、未臨界状態から制御棒を徐々に引き抜き、増加する中性子数を測定しながら、原子炉を臨界に到達させるという実験が行われる予定だった。前述の通り、原子炉は全て停止していたので、JRR-4の構造について説明を受けた後、以前の「原子力体験セミナー」での実験データを元に、原子炉運転のシミュレーションを行った。

JRR-4操作室
図2 JRR-4操作室

 当初の予定では、図2手前にある操作盤にて制御棒の上げ下げを行い、原子炉の出力を制御する予定だった。図3は、説明の際にもらった実際の運転データである。

運転データグラフ
図3 JRR-4運転データ

 上の心拍を表しているような線が、制御棒(最後の)1本の位置を表し、段々畑のようになっている線が、原子炉の出力を表している。このグラフを見るまで、私は「制御棒を抜くほどに、出力が上がる」つまり、一種の「正比例」のグラフとなると思い込んでいた。その認識は、正しくもあり間違いでもあるのだ。原子炉が一定の出力を保っている間は、その出力の大小に関わらず、制御棒の位置はほとんど一定となる。制御棒を抜くにつれ、原子炉内を移動・反射する中性子が増加する。その状態で制御棒を以前(出力上昇前)の位置近くまで戻すと、それ以上中性子の総数は変化しなくなる。つまり、原子炉の出力も一定となるのだ。
 JRR-4原子炉建屋の1階には、燃料ケースと制御棒の実物が展示されていた(図4)。この制御棒は薄っぺらいステンレス鋼であり、ホウ素が1.6%ほど含まれているそうである。この製造は国外(確かアメリカ合衆国)の企業に委託しているとの話だった。雑談に近い状態で聞いた話によると、ホウ素の含量が上がるにつれ、その加工性は劇的に悪くなるそうだ。何でも、展示物と同じ製品では、製造に際しての歩留まり率が1%内外だとか。もともとこの原子炉は研究炉であるし、金がかかるのも当然なのかも知れない。

JRR-4の燃料ケースと制御棒
図4 JRR-4の燃料ケースと制御棒

<講義4>「原子炉の安全性と事故解析」 13:00~14:55
 有名な原子力事故である、チェルノブイリとスリーマイル島の事例などを用いて、講義が行われた。スリーマイル島の原子力事故は、その知名度や事故の深刻性に比較すると、周辺への放射能漏れは軽微であったことを知った。しかしまた、現在でも大量(広島型原爆数百個分)の放射能が原子炉内部に存在しているらしい。
 チェルノブイリの原発事故は、史上最悪であるのは確からしい。その事故には複合的な原因があったといわれており、その詳しい説明を受けることができた。

チェルノブイリ事故原因
図5 出典 『「原子力」図面集2004-2005』(財)日本原子力文化振興財団 発行

<施設見学2>「大強度陽子加速器施設の見学」 15:00~17:10
見学した施設はJ-PARC(Japan Proton Accelerator Research Complex)とも呼ぶそうである。公式サイト http://j-parc.jp/

J-PARC全景
図6 J-PARC全景(原子力百科事典ATOMICAから)

 何しろ巨大な施設だった。この施設は、平成20年度後半の稼働開始を目指しているそうだ。見学に際して聞いた、興味を覚えた点をいくつか記す。
・正式運用では、10万kWの電力を消費する。
・建設には1500億円が投入される。
・700人が働く予定である。
・陽子は最終的に光速の約99.98%まで加速される。
・加速された陽子は水銀もしくは炭素原子に衝突させ、水銀からは中性子が、炭素からはニュートリノが発生する。
・発生した中性子は、主に物質や生命科学の研究に用いられる。
・発生したニュートリノは、295km離れた「スーパーカミオカンデ」に送られ、ニュートリノの質量に関する研究に用いられる。
・50GeVのシンクロトロンは、その電磁石などの位置合わせ(アライメント)に3ヶ月を要する。
・シンクロトロンには、月の引力さえも影響する。

物質・生命科学実験施設内部
図7 物質・生命科学実験施設内部

 図7は「物質・生命科学実験施設」の内部である。判りづらいかも知れないが、右上に作業をしている人が写っている。相当巨大な空間となっており、クレーンは数tの物体を移動させる能力を持っている。実際に施設が稼働した場合、放射状に配置された中性子遮蔽ブロックが集まる部分では、大量の水銀が常時流される予定となっている。そこに高速の陽子が打ち込まれ、水銀から中性子が放出されるそうだ。中性子は電気的に中性であるため、生体やタンパク質などの観察に向いているそうだ。生体に於ける分子の運動(鞭毛など)の観察や、タンパク質周辺などに於ける水分子の挙動なども観察可能となるらしい。
 図8は地下の構造である。見学者の右にはシンクロトロンそのものがある。巨大な電磁石と真空ポンプが1600mも連なっているのである。実際の運転時には、この空間は「人っ子一人いなくなる」そうであり、その入り口には非常に厳重な鍵が用意されていた。

50GeVシンクロトロン内部
図8 50GeVシンクロトロン内部

3日目

<実験2>「微量元素の放射化分析」 9:00~11:45
 「放射化」とは、もともとは放射能が無い物質が、他の放射性物質から発生する放射線を受ける事によって、放射性物質となることである。
 今回の実験では、あらかじめ放射化されたサンプルが与えられた。そこから生じるγ線を測定し、パソコン内にあるデータベース等を用いて、そこに存在するスカンジウムを定量した。
 この測定装置では、サンプルの発するγ線のエネルギー量によって、そこに存在する元素を特定することが可能となる。また、その頻度を測定すれば、元素の定量が可能となる。この装置は、一式3000万円との話を聞いた。実験内容が高度であったため、その全容を把握したとは言い切れない。この実験の操作は、パソコンと高性能なγ線検出器の出現により、劇的に簡単になったのではないかと推察された。

γ線測定装置
図9 γ線測定装置(右が検知器、左の容器は冷却用液化ガス)
データ処理用パソコン
図10 データ処理用のパソコン

研修を終えて

 研修最終日に作成した受講レポートを以下に添え、この研修報告を終わる。

「今後生徒に何を伝えたいか」
 生徒には、原子力に関する技術の高さを伝えたいと感じた。一番興味深く感じたのは、地層処分基盤研究施設の見学だった。実際に容器そのものに触れ、処分計画の説明を聞き、「地層処分」に対する漠然とした不安が減少した。
「どのような方法で生徒に伝えるか」
 私が担当しているのは、中学と高校の理科である。原子力に関する技術そのものについて、1コマ50分の授業を行うことは無いが、化学や地学分野、あるいは生物分野の一部では、原子の構造や放射性同位体の恩恵を説明する場面がある。それらの授業を行う際には、今回の研修で得たことを生徒へ還元していきたい。
 研修全体で感じたのは、様々なことが様々なところで研究されているということだ。知識の獲得は、現代社会を生きる上での不安の減少に繋がる。2年前の研修で感じたことを、改めて思い起こした。
セミナー修了証書
図11 セミナー修了証書

研修後のおまけ

 研修最終日、帰りのバスまで1時間近く余っていたので、原子力科学研究所の正門から100m程度離れたところにある「原子力科学館」に立ち寄ってみた。2年前の原子力体験セミナーに参加した際にも見学したが、時間が足りず「もう少し見たかったなぁ」と思った施設である。
 そこでは「JCO臨界事故」に関する展示があった。写真を撮ろうかとも思ったが、「きっとネット上には"見学レポート"があるだろう」と思い、特に写真は撮らなかった。パンフレットはきちんと貰ってくることができ、本校理科の教員に回覧した。
 先日ネット上を漁ったところ、やはりレポートは存在していた。あのこぢんまりとしながら高品質な感を受ける展示は、1年以上前に作られていたことを知った。
  JCO臨界事故模型展示を見る http://www.asahi-net.or.jp/~zs2t-ikhr/article/jco6.htm
 私が原子力科学館のJCOの展示をを見ていて思ったのは「どこから金が出て、実際には誰が作った(下請けした)のだろう」ということだった。

原子力科学館常設展示
図12 原子力科学館常設展示

 原子力科学館自体は、とても良質の博物館である。図12にあるように、マクロの世界(宇宙の構造)からミクロの世界(原子核の内部)までを俯瞰できるように、有名な(?)展示が天井に配置されている。この展示だけでも、理科好きな生徒は増えるのではないかと思うのである。