25年ぶりに恩師に会う

先日、職場に都内公立中学校の先生がいらっしゃった。
そのお方(♂)は、私の中学時代の恩師であった。


「恩師という程には深く関わっていないなぁ...」と、この駄文を書き出す前は思っていた。しかし、よく考えるとやはり恩師だ。
その先生は、私が在籍した豊島第十中学校で生活指導的な立場にいらっしゃった(ようだ)。その先生が居なければ、私の通った中学校全体が、更にバイオレンスに満ちたものになっていただろう。

そして、その先生は「杉並中学校剣道指導者同好会(杉中剣)」での重鎮らしい。
杉中剣という団体は、以前私の勤務先で活動していたこともある。


私の同僚、職員室内の座席が左隣の御仁(50代♂)は、剣道部顧問である。杉中剣の会員だそうだ。
私の中学時代の同級生(41歳♂)に、都内公立中学校で理科教諭をやっているヒトが居る。彼は中学時代剣道部だった。彼も杉中剣の会員だ。以前、杉並区内の私立校に勤めていた関係らしい。

なお、私も中学校時代に「恩師」の体育の授業を受けた。剣道の授業もあった。
私は「オガワ」なのだが、「剣道部の同級生」は出席番号が私の次だった。
「剣道@体育の授業」で、素人の私と剣道部の同級生はペアになっていた。チョー「やられまくった」記憶が残っている。動いても、動かなくても、面やら小手やらがバシバシ決められた。「やはり、剣道部は剣道が強いなぁ...」とアタリマエのことを思ったのだった。

文章で記すと大変なので、相関図にしてみる。
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「恩師」は私を覚えていてくださったらしい。
私が「豊島第十中でお世話になりましたオガワです。剣道部の○○が同級生でした」と挨拶に伺った。
「おお、○○の代の(生徒か)! 剣道やれ、剣道!」
「いや、もう剣道は結構です。体育で一番キツかったです」なんてなやりとりを行った。


「恩師」が50代なのは間違いないらしい。ローティーンだった私は、30歳前後の彼に体育を教わっていたようだ。
彼は今もバリバリに生活指導で活躍(?)なさっていらっしゃるとの話だった。

ここにあるのは、Masakiが2011年12月21日 16:35に書いた日記です。

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