2011年9月アーカイブ

私は神に遭わずに済んでいる

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私は無事に無神論者(汎神論者)になり、これからもそうして生きていくのだと思います。
そんな無神論者ではありますが、宗教的な体験には何度か遭遇しました。


まず思い出されるのは中学2年の秋です。

「厨二病」ってなコトバもありますが、確かにあの頃は妙に多感だったと思います。その当時は世の中、つまり「オトナの世界」のいい加減さに嫌気がさしていたような記憶があります。

貧困は無くならないし、核戦争は近づいているらしいし、ノストラダムスは恐ろしいし、でも僕は受験戦争の中にいるし...、って。
何しろ中学生だった一時期、世の中全てが「虚飾」に見えていたような記憶があるのです。
かといって、目の前のオトナである先生や親なんかは、とりあえず良いヒトに見える。その人たちに悪態をつくほどの馬鹿にはなれず...、悶々としていたような記憶が残っています。

本当はその感覚「実世界との違和感」を持ったままが「正しいありかた」かも知れないとも思います。しかし、それでは世の中は生きづらい。
精神を病んでる状態が継続してしまうヒトってのは、真面目すぎるのだろうと思いますね。良いのか悪いのかは分からないが。

そんななか、「天啓」あるいは「全能感」がやってきたのです。社会科、若くして禿げかけたタカハシ先生の授業中だった記憶があります。本当に、今から考えても何故なのか分かりませんが、『全ての教科の勉強は繋がっているんだっ!』って体感したことを覚えています。
様々な教科が、やたらに楽しいものだと思えたのです。

徐々に、その「全能感」は薄れていきました。薄れてくれて良かったと思います。


次に思い出されるのは、大学3年の春です。
ある程度はこちらに記してあります。

その当時は、卒論のテーマが(研究室を避け続けていたから)決まらないし、生業を教師としてしまって良いのか今ひとつ自信が持てないし、ってことで、バイトと酒とジグソーパズルに逃避していたのですね。
最後で最大の作品は、2000ピースから成るMichel Delacroix って画家が描いたセーヌ川の風景のヤツでした。

そのパズルを完成させた翌朝から、徒歩旅行サークルの合宿は始まりました。

徒歩移動中、水戸は「偕楽園」の梅のつぼみを見ていたとき、「その感覚」が降ってきました。
梅のつぼみも自分も、この世界も、全て一体だと感じたのです。地球という存在を概観できたような感覚がありました。

なお、一世を風靡した「たま」ってバンドの「方向音痴」はこういった気分?を表現した歌だと思います。下に貼り付けておきました。

私は基本的に冷静な(つもりである)ので、「自分がキリスト教徒だったら、神に遭った気になるんだろうなぁ」とか「断食ってのは、確かに高揚感が得られるものなのかも知れないなぁ」って、自分自身の状況を観察していました。

今だからこそ、のほほんと記述していますが、このときは相当に「不穏な状態」を引っ張りました。3ヶ月くらいは情緒不安定でしたね。
しかしまあ、その体験により、「あの最悪な状態を気合いで乗り切れたのだから、これ以上に最悪な精神的危機は訪れないだろう。訪れても乗り切れるだろう」という感覚を得ることができました。


「宗教的な体験」で思い出されるのは、さくらももこの著作です。
「全てを理解し、宇宙と同一化した」みたいな記述を見た気がするのです。

ここ10年くらい、ずっと再読したいと思っているのですが、そもそも、何に収録されていたかが分からない。マンガで見たはずなのですが、もしかすると文章だったのかも知れません。
数年前、不要なパソコンソフトやCDを秋葉原のソフマップで売りました。その「買い取りセンター」には、『ちびまる子ちゃん』全巻(だと思う)が揃っていたのです。喜び勇んで巻末に収録されていた「おまけストーリー」を一通りチェックしました。しかし「宗教的体験」を記したマンガは見つからなかったのです。
謎は謎のまま。


私は、某学会員とのやりとりで、「宗教って、つくづく不毛だなぁ」って思ったことがあります。彼は、私が成人してからすぐ「コーメー党に投票してくれないか」と突然電話してきました。ま、よくある話のようです。彼はその後が凄かった。そのたった1,2年後には「○○教に興味は無いか?僕はこの宗教は本当に素晴らしいと思っているのだ」と電話をかけてきたのです。
彼と私、どちらが幸せなのかは(その当時も今もこの先も)分かりませんが、その当時、自分は宗教中毒じゃなくて良かったと思いました。

宗教はなるべく避けて通ろうと思ったまま、今に至ります。


関連する過去の日記
本日の疑問(法の華に寄せて) (2000年5月)
「911テロ」から一ヶ月 (2001年10月)
「罪のない市民」など存在しない (2006年9月)
リチャード・ドーキンス『神は妄想である』感想 (2008年4月)

関連する書籍(1年半前に読んだものの、書評を書けなかった)
村上春樹『約束された場所で―underground 2』(アマリンク)

物持ちが良すぎて...

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先日、やっと「買わねばならない」と思っていたものを買った。それは「1円切手」だ。前島密氏の肖像が用いられている切手だ。初めて買った、手にした気がする。

何故、1円切手を買ったのかというと、こいつがあったからだ。

20110910.jpg
9円切手。
1枚だけ、ずーっと手元に残っていた。

こちらのページを見ると、郵便料金の変遷が見られる。
公共料金の推移


私がモノゴコロついたとき、封書は50円、葉書は20円であった。私が5歳になったとき、その価格に値上げされたものだったようだ。

いつの間にやら、葉書は30円→40円と値上げされた。平成元年(1989年)、3%の消費税が導入された。その際、葉書は40円→41円、封書は60円→62円になったのだ。
ミスチルの"my life"はちょうどその頃に発売された歌だ。

平成6年(1994年)、郵便料金は更に値上げされ、現在と同じ価格となった。封書は80円、葉書は50円である。その際に発行されたのが、上の画像にある9円切手だ。知っている人には説明する必要もないかも知れないが、「古い41円ハガキに貼り付け、新料金の50円にするための切手」である。当然「18円切手」もあった。画像を検索するまで、そのデザインを忘れきっていたコトに気づいた。
Wikipedia によれば、9円切手や18円切手は、2002年に発売が停止されていたらしい。知らなかった。

何しろ、10年以上「この9円切手、使わなきゃなぁ...」って思ったまま、引き出しの中に放置してあったのだ。晴れて9+1円で10円になったので、いつか旅立つ日も来るだろよ。


しかし思えば、私が授業を担当している生徒達は、モノゴコロついたときから、消費税が5%だったのだろうな。
2%上がったのは、平成9年(1997年)のコトらしい。私がネット上に駄文を披露し始めた頃だ。
そのときに生まれたヒトビトは、もう中学2年生になっているのですなぁ...。ま、そりゃ私も老いるわなぁ。

日記を書くに当たり、面白いページを発見した。
『世界に一つだけの花』は有害だと思う: それはつまり思いつき

上記ページは、私がうっすらと疑問に思った件について、侃侃諤諤の議論が行われた様子が残っている。
読んでいて面白かった。私が問題にするのは別の点だけれど。


私がこの歌を聞き、歌詞を確認して以来、ずっと気になっていることがある。
それは、「槇原敬之氏は、遺伝子とか『種』について、どう考えているのよ?」ってコトである。


歌詞の冒頭、「花屋の店先に並んだいろんな花」ってのは、「ユリ」や「チューリップ」という『別々の品種』を指しているように思われる。それは「ひとそれぞれ好みはあるけど」という歌詞から推察される。「ひと」というのは「品定めをしている花の買い手」だろう。

その後、二番の歌詞には「誰も気づかないような場所で咲いてた花」というのが出てくる。その辺の歌詞から考えると、基本的に槇原氏は「いろいろな『種類』の花のように、ヒト一人ひとりも、それぞれの個性を大事に伸ばそう」とおっしゃりたいようだ。

しかし、待ってくれ。
SMAPの歌を理解するような「ヒト」は、皆「ホモ・サピエンス・サピエンス」なのである。単一の生物種だ。言うなれば、花屋に於いて、ヒト一人ひとりは「バケツの中の同じ種類の、同じ色をしたチューリップ達」なのだ。ほとんど個性は見つからない。見つかったらおかしいのだ。
歌詞と現実が明らかに矛盾してまっせ。

しかし、一番の歌詞には「バケツの中誇らしげにしゃんと胸を張っている」というフレーズもあったりする。
私はまた悩んでしまうのだ。この文の主語は「ユリ」や「チューリップ」という『品種』を指しているのか、それとも「バケツの中のチューリップ」の『一本一本』を指しているのかと。

ま、多分槇原氏は、そこまで考えていないだろう。この歌は名曲だと思うので、どっちでもいいんだけどね。


余談であるが、花屋の花はクローンである場合も多いようだ。バケツの中の花全部が、遺伝的に同一である場合も多々あるらしい。特にユリなどは。「花屋のいくつかのバケツの中には、全く個性は存在しない」ってコトです。
flowers.png

だから「『いろんな花』イコール『いろんな品種』」あるいは「『いろんな花』イコール『一本一本の花』」、どちらに解釈したとしても、槇原氏の歌詞は現実世界の花屋とは合致しないのですよ。


関連する過去の日記
clothes is クローゼズ?(2006年3月)
きっと運命 ...かも知れない(2009年8月)
『キセキ』PV の流星群について(2010年2月)

20110925.jpg
少なくとも14年間は使用していたようだ。
こういう破損の仕方もあるのだなぁ...と。
最初は「毛」が付着していたのだと思いました。でも、現れたり、消えたり。しばらくして「ヒビ」だと気づきました。

夏、たこ焼きと覆面パトカー

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この夏、初めて長距離ドライブをしました。東京から大阪まで。

以前に私が車で行ったことがある場所で、最も遠かったのは福島県の喜多方です。老舗だという「源来軒」のラーメンを食べました。見た目はフツーなのですが、食べたことのない「まとまり方」のラーメンでした。おいしかった。
そんな私は長年杉並区に勤めていながら、未だに春木屋には行ったことないし、中野の青葉を訪れたことも無いのですけどね。
「二郎という食品」は、荻窪でしか食べたことがない。ま、要するにラーメン界では素人ということです。でも、素人なりに喜多方のラーメンには衝撃を受けたのです。

大阪で宿泊したのは、大阪ガーデンパレスというところでした。私学共済の系列だから、若干安く利用できるのです。
ちょうど、甲子園に出ていた横浜高校が宿泊してました。彼らはとても礼儀正しかった。ので、突如応援を開始しました。途中で負けちゃったのが残念でしたが、そもそも県で一番強いという段階で凄すぎると思いました。

ということで、表題の「たこ焼き」です。
朝食は俗に言う「バイキング」でした。そして、そこには常にたこ焼きがあったのです。「さすが大阪だなぁ」と思い、5日間毎朝食べていました。そして、太りました。8月には77kg前後まで行きました。やはり、食べ放題の朝食×5は危険です。
今は、75kgを割るあたりまで回復(?)しました。本来は71~72kgぐらいがちょうど良いと思っています。私の身長は公称(?)177cmです。標準体重は68kg台だったかな? 経験上、そのくらいまで減ると、かなり速く走れるようになりますね。
ここ数年は、73kgあたりを行き来しています。

weight2011.png

このグラフは私の体重でして、QUPiO なるサイトに記録しているのです。

このサイト、私が希望し、使用し始めたわけではありません。花王(の子会社)が私学共済に「うまいこと取り入った」結果のようです。それとも、私学共済が花王に取り入ったのかな? ま、どっちでもいいや。
QUPiO は私の検診結果を保有しています。拒否する術もなかった。だから、積極的に使うことにしました。

使っているのは体重記録表のみです。一日の歩数とかも記録できるようですが、私はそこまで「健康マニア」ではない。職場では可能な限りエレベーターは使用しないよう心がけるくらいです。たとえ、ホームルームが5階の教室であっても。

なお、正月に体重が増えたのは、上海に行っていたからです。
旅行すると、テキメンに食べているってワケですね。


大阪旅行では、奈良・鳴門・神戸・京都などへも行きました。
アグレッシブだけど、せんべい売りのおばちゃんには従順な鹿たち。やはりデカい大仏。暑かった法隆寺。
巨大な橋と走りやすい高速道路。川よりも速く流れる海と渦潮。妙に美味な中華(上海)料理店天竺園
初めて大文字焼きを肉眼で見ました。ジモティーと観光客の喧嘩に遭遇。人波に溺れました。


で、表題のもう1件です。思いっきり、覆面パトカーに捕まりました。速度オーバーで。
後から調べたら、その「第二阪奈」は「覆面パトカーの名産地」だったみたいです。ま、速度オーバーは確かなので、反省しています。さっさと罰金も払いました。
その際、パトカーに連行される私を見て、子供がとてもビビり、泣いてしまったのでした。「パパが捕まった」って。子供には怖い思いをさせ、可哀相でもありましたが、心配してくれたことについて嬉しくも思ったのでした。

法隆寺 in Summer
horyuji.jpg

堂島ロール(軽くておいしかった)
dojima.jpg

ここにあるのは2011年9月に書かれた日記です。

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最近の日記はこちらで見られます。過去に書かれたものはアーカイブで見られます。