2006年3月アーカイブ

時代とティッシュ

カテゴリ:

昨日の日記の内容について、高校で公民のセンセイをしている友人からメールが来ました。私と彼が出会ったのは高校での部活動でした。
彼は入部してからしばらくした頃、箱入りの「エリエール」を持参してきました。そして、おもむろに鼻をかんでいました。私を含めた部員は、彼の姿を見て笑いました、箱入りのティッシュを学校に持参するようなヒトは、それまで見た事無かったから。学校へポケットティッシュってヤツを持ってくるヒトは居ても、箱ごとティッシュを持ってくるヒトを見たのは、それが初めてでした。
私も彼も、出会った当初の2倍を超える年齢となり、バッチリ三十路半ばです。今、私も彼も学校で働いているワケですが、私達が高校生の時には、ティッシュを箱ごと持ってくる輩は、彼くらいしか居なかった気がするのです。今は、結構な数の生徒が箱入りのティッシュを学校へ持ってきています。まあ、大体において箱には記名がしてありますけれどね。

彼は時代を先取りしていたのですねぇ。共産党による日本の夜明けも近いのでしょう。

今更日記

カテゴリ:

本当に今更なのだが、RSSリーダなるものの使用を開始した。
昨晩あたりから、RSSリーダ内蔵のタブブラウザを物色していた。そして、寝不足になった。結局のトコロ「ホスティング型リーダ」ってヤツにした。あんまり素性の知れないブラウザを入れるのは不安だったのですね。特に、仕事場と自宅の仕事用パソコンには、やたらにソフトをインストールしたくないですので。どれでも良さそう(笑)だったので、楽天のヤツを使用することにしました。
これは便利ですね。更新情報が得られるのがスバラシイです。友人の作っているブログとか『きっこの日記』とか『情報紙「ストレイ・ドッグ」(山岡俊介取材メモ)』なんかの更新情報が得られるのが良いですね。以前から私の「ブックマーク」は、プロバイダのWebサーバ上に置いてあるのではありますけれど。最近はネット上のスペースにブックマークを作ってくれるサービスもあるそうです。私は使っていませんが。なにしろ、私のパソコンの使い方は、だんだん「シンクライアント化」していっている気がします。

関係ありませんが、フリョーどもが吸い込むシンナーの「シン」と、薄っぺら端末シンクライアントの「シン」は同じ意味なワケです。英語の thin ですね。シンナーは「薄め液」って意味であります。このことに気付いたのは、スティーブン・キングの『痩せゆく男 (原題:Thinner) 』を文庫で読んだときでした。

知的財産権の侵害

カテゴリ:

報告します!オタクの聖地バークレイにて、シッタカブッタを発見しましたッ!! Logos and graphics

二日酔いの朝、ムラサキケマン。

カテゴリ:

何だか、気付いたら3月になっていた。自宅のカレンダーの1つが先月のままだったので、それを今朝直した。そのカレンダーは2ヶ月分が1ページ?になっているタイプだった。そしてそこには、ムラサキケマンが印刷してあったのだ。

ムラサキケマン(紫華鬘)という植物名を初めて知ったのは、私の教員生活1年目のことである。恐ろしいコトに、既に13年前ではないか!!
その年は「とある私立女子中・高校」で非常勤講師をしていたのだった。中学1~3年を担当し、中学1年理科2分野の一部として野外の植物の観察を行ったのである。その当時は確か校舎が改築中だった記憶がある。そんなわけで植物の観察ができないかと思いきや、なんと「校長先生のお宅の庭を授業で使って良いよ」ってコトになったのである。それには大変感動した。「非常勤講師1年目のヤツに、自宅の使用を許可してくれるなんて、太っ腹な学校だなぁ」って。お借りするからには、それなりに予習をしなければならない。で、庭に生えている植物を図鑑片手に一通りチェックしたのであった。フキが大量に生息し、シャガなども生えていたような記憶がある。その中に、名前を知らない植物があった。それが「紫毛マン」その人(?)である。
ムラサキケマンという植物の存在は、それまで全く知りませんでした。そんなわけで、教員1年目の思い出として「ムラサキケマン」と「ダンディな校長先生」はセットになっているのです。
話は戻り、そのカレンダーは2ヶ月が1ページになっているタイプでありました。カレンダー写真の撮影者は布施正直さんという方だそうです。母の同級生だというコトなのだが、私はその方を直接知っているワケでは無い。

そして話は飛ぶ。
休日の午後に都立旧古河庭園ってトコロにバラなどを見に行った、友人たちと。あいにくの雨だった。夜には「その筋」では有名な「ざくろ」という店の予約をしてあった。しかしそれは20時からであったため、一度家で待機するコトにしたのだった。
で、私達の住居のトイレに行った友人は驚いていた。別にトイレがくみ取り式だとか、強烈に臭いとか、バラ色の小便が出たとかではない。その中にあったカレンダーに驚いたのだった。「なんで、マサナオさんのカレンダー!?」って。友人の父親は職業カメラマンであり、その友人に布施さんがいるのだそうだ。そんなわけで、布施さん撮影の植物写真カレンダーが友人宅にもあったそうだ。世界は狭い。

なお、「ざくろ」って店はかなり強烈でした。Web上には大量の文書があります。それを読むと、行ってみたくなるハズです。3000円で大量の料理に飲み放題付きでした。水煙草も面白かったです。しかし、何よりも面白いのは店長さん?の喋りです。

と、いうコトでそんな出来事を一気に思い出しました。「友達の友達は皆友達だぁ」なんて、改めて思いました。二日酔いではありましたが、多少気分が良くなった、今朝の私でありました、とさ。

clothes is クローゼズ?

カテゴリ:

逃避でございまする。
ずーっと前から気になっていたので、書いておこう。 clothes って、どう読みます?クローズですよね。close もカタカナにしてしまえば、同じになっちまいます。厳密に言うと、若干発音が違うという説もあるらしい。しかし、「clothes をクローゼズとかクローズィズとか発音しちゃダメよ!」ってのは、中学校の段階で繰り返し教わるコトなのじゃないかと思うのですね。
で、本日私は試験問題を作成し始め、ここまで逃避をせずに頑張ってきたのだ。が、iTunes に取り込んであった Original Love なんかを聞いていたトコロ、この「どうでもいいが、しかし昔から気になっていた話題」を記さずにはいられなくなったのだ。
チナミに、取り込んであるのは『VERY BEST OF ORIGINAL LOVE』ってアルバムです。東芝EMIレーベル時代のベスト版ですね。最後の曲はボーナストラック的な扱いで、 Winter's Tale ~冬物語~ って曲が入ってます。この曲はサッポロの冬季限定ビール「冬物語」のCMソングに使われた、高野寛とのデュエット曲であります。『冬物語』ってのは、元々シェイクスピアの作品であるらしいが、一部の人物にとっては原秀則の漫画『冬物語』の方が馴染みが深いらしいですね。私はその漫画にも馴染みがないです、シェイクスピアと同様。私にとっての『冬物語』はやはりサッポロのビールであります。槇原敬之の『冬がはじまるよ』がCMソングに使われていたこともあった。丁度私が大学生になろうかという頃にこのビールは売り出され始めたのだった。そんなわけで、寒くなってきてこのビールの缶を見ると、何となく手にしてしまうことがあったりする。ビールの味の違いははっきり言って、あんまり分からないのですけれどね。また、テレビCMは安い発泡酒全盛であり、冬物語ってビールのCMは最近あんまり見ていない気がします。ま、ビールその他の酒のCMなんて、基本的に流すべきものじゃないでしょうけれどもね、未成年を誘惑してしまうから。ま、大学生も未成年だし、苫小牧高校3年生も未成年だよなぁ。高校生やそいつらに毛が生えたような方々は、少なくとも飲み屋では飲まない方が良いと思うなぁ…
槇原敬之で更に思い出した。『どんなときも。』は私が生きていく上でのテーマソングのひとつなのだ。そして『北風』は超名曲だと思うのですね。国分寺のボーリング場で、『どんなときも。』を歌う彼の姿(ってか、顔そのもの)を見たとき、かなりビックリした私である。そして、彼が基本的には同性のヒトを好むらしいことを知った私は、更なるショックを覚えた記憶がある。あの『北風』って曲などは、誰を思って作成されたのだろうか?って思いました。やっぱり、クラス内の男子の後ろ姿を眺めながら、彼は曲を作ったのかしら…とか。ま、近年は同性愛も一般に認知されてきた気がしますから、これからもそういった方々には啓蒙活動をお願いしたい。私は特に同性愛者を応援するわけでも、毛嫌いするワケでも無いけれども。

で、話は戻ってやっと Original Love である田島貴男サン。Original Love 最初のメジャーアルバム『Love! Love! & Love!』は2枚組であります。その1枚目の1曲目、すなわちピチカート・ファイヴと訣別し、新たに活動を始めた最初の最初。彼はそのアルバム1曲目の『BODY FRESHER』に於いて! clothes を クローゼズ って発音してしまっている気がするような、しないような… ってか、発音しちゃってます。『VERY BEST OF ORIGINAL LOVE』にも収録されてます。

以上。
あ、チナミに、私のこの文章群にも様々な事実誤認があることでしょう。自分でも気付いたときに直してはいるのですけれどね。

whois 株式会社今週の日本

カテゴリ:

内閣府及び内閣官房が行う随意契約の落札者等の公示にある、5 内閣府 内閣府LANの保守 他によると、“「にっぽんNOW」に広告 一式”として“株式会社今週の日本(東京都千代田区平河町2-9-2)”に“182,120,919円”が“17.3.11”に支払われたらしい。この2億円弱の“随意契約”がなされた理由は“排他的権利の保護”というコトらしい。私は馬鹿なのか、その言葉の意味が全然分からない。誰が誰の権利を保護しているのだろうか?

この『にっぽんNOW』ってパンフレット、以前は『今週の日本』という題名だったそうだ。私は高校か大学の時、そいつを西武池袋線の地下改札手前に見たことある気がする。そいつが本日、日本経済新聞に折り込まれてきていた。ある記事によると、朝日新聞には折り込まれないとか。だから、阿佐ヶ谷での一人暮らしの時、このパンフレットを目にすることが無かったのだろう。
今回の第1583号をもって、『にっぽんNOW』はめでたく休刊となるそうだ。
「株式会社今週の日本」に巣くっている輩は、新たな金づるを見つけたということなのだろう。このパンフレットは何度か勝手に日本経済新聞に挟まっていた。今回の第1583号には「ご愛読ありがとうございました」とか書いてあった。別に読みたくて読んでいるワケではない。このパンフレットを手にするために、税金を払っているのではない。なにしろ、どんどん無駄に税金が使われていくのである。頭に来る。

そういえば、竹中直人がクニに使われているなぁ。モビットのCMで、既に嫌な感じを覚えていた。今回、更に彼を嫌いになった。

「オキシクリーン」という漂白剤?がある。私はあの商品を実際に使ったことはない。何故なら、あのテレビショッピングの映像は信用できず、買いたいと思わないから。
「オキシクリーン」も数年前に見たチューブ入り洗剤(商品名忘れた)の場合と同じだった。汚れたシャツやレンジフードやボールの水に洗剤を使用し、「ほーら、こんなに汚れが落ちました」って映像を流す。あの映像をよく見ていると、汚れは「落ちる」というよりも「消えて」しまうように見えるのではないだろうか?そうだとしたら、あなたの目は正しい。

私が今までテレビショッピングで見たことがある汚れのほとんどが「黄色~茶褐色」あるいは「青紫~黒色」のいずれかであった。そして、その汚れはどちらも綺麗サッパリ無色透明になってしまう場合が多い。油で汚れたレンジを洗剤入りの布で拭いた場合、油汚れが布に移動するならまだしも、「汚れそのものの色が消える」というのは、どういうコトだろうか?

高校時代、化学を選択したヒトは「フェノールフタレイン」という指示薬の名前に聞き覚えがあるのではないだろうか?あの指示薬は「酸性~中性」では「無色」なのだが、「アルカリ性」では「赤紫色」になる。(参考文献:ページ中盤に画像があります)

こういうテレビショッピング、想像できる?(阿久津真矢で)

1:ボールにアルカリ性の液体(水酸化ナトリウム水溶液など)を入れておき、そこにフェノールフタレインを入れる。色は当然の事ながら「赤紫色」である。ただし、この準備段階は放映しない。
2:出演者はボールの赤紫色の水を指して言う「ここに汚れた水があります」
3:「○○○クリーン」という名のチューブから歯磨き粉みたいな洗剤をちょっと出し、それをボールの水に溶かす。(なお「○○○クリーン」には、硫酸が入っている。)
4:出演者は言う「ほーら、汚れが消えてしまいました」(当然、ボールの水は中性や酸性になるから、フェノールフタレインの赤紫色は消え、無色透明の水が出現?する。)

「オキシクリーン」テレビショッピングでの汚れの色は、「黄色~茶褐色」あるいは「青紫~黒色」が多い。油汚れにしろ、シャツのシミにしろ、ボールの水の汚れにしろ、ほとんどが上記の色に当てはまるのでは無かろうか?私の想像だが、「黄色~茶褐色」の汚れは「ヨウ素(あるいは臭素?)」であり、「青紫~黒色」の汚れは「ヨウ素デンプン反応:ヨウ素とデンプンを混ぜたもの」では無いかと思われる。

「ヨウ素」という物質は、「還元剤」に触れた場合、無色の「ヨウ化物イオン」に変化するのだ。また、「ヨウ素デンプン反応」の起こっているデンプンに「還元剤」が触れると、「ヨウ素」は「ヨウ化物イオン」になり、ヨウ素デンプン反応の紫色は消えてしまう。そして「オキシクリーン」には「還元剤」としても作用する「過酸化水素(厳密には過炭酸ナトリウム)」が入っているのだ。

何を言いたいのかというと、「オキシクリーンのテレビショッピングの映像では、最初から消えるような汚れを使っている」というコト。あの映像は単なる「酸化還元反応」つまり「色が変わる化学実験」でしか無いのだ。
私があの映像を監修しているなら、念のために還元剤を多めに入れておくであろう。ヨウ素の色が良く消えるように。

「そんなの分かって買っているのよ!フンッ!!」ってコトでしたら、スイマセンでした。


2009/12/15追記
参考画像アップしました。
日独合作ペテンショー「イージークリーン ウォッシュパワー」

感謝のココロ

カテゴリ:

昨日、3年間担当した学年の卒業式が行われた。送り出す側の私に「慣れ」が生じているのは事実である。しかし、送り出される彼女たちは1回きりの卒業式である。
もちろん、第32回の卒業式は昨日の1回しか行われないし、私がそれに出席できるのも1回きりである。突き詰めれば、昨日という日は1回しか無いし、今日も明日も1回しかない。今この瞬間も「今」しかない。
そういうことを改めて思い、日々の授業なり生活なりを真面目に過ごしていこうと思い直したのでした。
昨日は卒業式後に校内で謝恩会も行われた。卒業式での校歌斉唱もとても良かったが、謝恩会での歌が良かった。Kiroroの「Best Friend」をソロで歌った生徒がいて、私は何故だかちょっと泣きそうになった。彼女とピアニストが本気で演奏しているからこそ、私の冷え切ったココロ?にも伝わるものがあるのだろうなぁ、と思ったスよ。

ギャル文字って「変態かな」?

カテゴリ:

ずーっと前から気になっていたことがあった。「うふぎ」って看板見ますよね。ま、あれは「う奈ぎ」つまり「うなぎ」屋の看板なワケですが。鰻屋は相当な頻度で「うふぎ屋」になっている。で、あの看板たちの「ふ」は変体仮名って呼ばれているのですね。
この調べものをしていて、最初にこのページに辿り着いた。変体仮名
そして、彼らを「変体仮名」と呼ぶことが分かった。で、以下のページを発見した。変体仮名を覚えよう
結構面白い世界ですね。もう廃れかけている気がする「ギャル文字」ってヤツは「変態かな?」じゃなくて「変体仮名」の焼き直しなのかも知れません。

って、ここまで書いて「んー、結構良いことに気付いた」って自己満足してた。しかし、ググってみたら、やはり?同じコトは別のヒトがさっさと指摘していたみたいです。残念。

リアル日記

カテゴリ:

今朝、普段とは違う通勤経路を歩いていた。春先であるためか、アスファルト上でネコが牽制しあっている場面に遭遇した。それに見とれていた私は、足の裏に違和感を感じたのだった。靴底とアスファルトの間で「何か」を転がした感覚があったのだ。直径は2~3cm程度だったのだろうか? 一般的な犬の糞を踏んだ際の「ネチョッ」では無かった。ビビッた私はその場で足の裏を確認してみた。その靴底は元々生ゴムの色をしていたが、長年の使用で汚れて黄土色~黒色になっていた。靴底が汚れていたため、特別に糞で汚れているのか、普段通りなのかが判明しなかった。以前の私なら、路上で靴底に鼻を近づけて臭いを確認するのだろう。しかし、四捨五入で40歳になってしまうらしいし、そんなジンブツが路上で自分の靴に顔をすり寄せているのは異様に見えるだろうと思ったのだ。私もオトナになったものだ。
と、云うことで靴底の問題はとりあえず放置し、数分の後に職場に到着した。靴を履き替える際に臭いを確認するという手もあった。しかし、踏んだ(阿佐ヶ谷路上フットサルのボールに使った)ものが、「糞系統」であることが確認できた場合、確実にヘコむだろう。そして、「糞系統」の香りが無かった場合、とりあえずは安心できるわけである。しかし、誰が見ているか知れない職場の下駄箱(別に下駄を履いて出勤したコト無いケド)で、出勤と同時に自分の靴の臭いをかぐジンブツなんて、ちょっとナニである。で、とりあえず暫く働き、下駄箱周辺も静まったとき、おもむろに靴を確認してみた。特異臭は感じられなかった。多分、私が靴の底で弄んだ物体は、犬の糞以外の何かだっ たノダ。

そんな本日は高校が学年末試験であった。試験監督も無かった午前中、卒業生を送り出した後の教室の片づけをした。大体きれいになったので、残されたシゴトは床掃除と荷物の移動くらいだろうか。毎回のことなのだが、卒業生を送り出した後の教室整理というのは、どうも気が進まないシゴトである。歌に例えるならば、チェッカーズの「Room」や、槇原敬之の「もう恋なんてしない」みたいな状況だろうか。どちらも10年以上前の曲だが。失恋や別離と生徒の卒業は違うものだろうが、「長くて地味な祭りが終わった後の静けさ」って感じが似ているのでは無いだろうか?

ごまめの歯ぎしり

カテゴリ:

昨今は「性犯罪者の情報公開」を求めるような動きが存在しています。
そんな中、「社会を明るくする運動」は有効に機能しているのでしょうか。決まった時期になると「社会を明るくする運動」という語句が印刷されたポスターや垂れ幕が貼られたり、ティッシュが街頭で配られたりしています。しかし、これらのポスターや垂れ幕には、この運動の目的が明確に記されていないのでは無いでしょうか。
また、「社会を明るくする運動」の精神に従うならば、「性犯罪者の情報公開」は許されないことなのではないでしょうか。私自身は「性犯罪者の情報公開」を行うべきか、行わないべきかについて、判断を保留しています。しかし「社会を明るくする運動」に関わっていらっしゃる方は多いはずなのに、「性犯罪者の情報公開に反対する」という主張を聞いたことはありません。不思議なことです。
恐らく、惰性で続けているお役所仕事は「社会を明るくする運動」だけでは無いはずです。全面的な業務の見直しをお願いします。

って、「国の行政機関の定員の純減に向けて」http://www.gyoukaku.go.jp/soujinkenhi/に書き込んでみた、一応。
ごまめの歯ぎしり?

Einstein@home

カテゴリ:

既に約2週間前のこと、私の使っているパソコンのスクリーンセーバー BOINC に Einstein@home をアタッチしてみたッス。
einstein.gif
スクリーンセーバーとしては、こんな感じに見えます。天球を外から見ている感じですね。この画像ではオリオン座を手前に持ってきてあります。

私にとっては、SETI@home は地球外からの電波を受信するってコトで、何となく想像しやすい。空に光る星や、可視化された電波望遠鏡画像などを見ることは多いし、フーリエ変換というモノを理解していない私だが、ってここまで書いて「ちょっと勉強しよう」って思い直し、ちょこっと勉強してみた。いろんなヒトの文章や図表をザザザーと眺めることにより、フーリエ変換を様々な方法で教えて貰った。そして、私の頭の中には「フーリエ変換」というモノについて、すかすかのホログラムのようなモノ?が形成された気がする。でも、だんだん思い出してきたのだけれど、この作業は SETI@home を始める際にもやったような気もするなぁ...やはり、自分の手と紙を使って計算とか式の変形をしないと、数学は身に付かないモノなのでしょうね。ってか、数学に限らず、理科の勉強でも、パソコンの操作でも同じですわねぇ。

で、重力波ってのは電波に比べると難解な感じです。そんな私ですが、とりあえずEinstein@home によって、重力波とお近づきになりたいと思う昨今なのです。

官房長官が「Winny使うなかれ」って言ってるらしいことをhttp://news.google.co.jp/で知った。

Winnyは小さい頃から好きであった。大人になり、いろんな物を食べられるようになってからは、Winnyからだんだん遠ざかっていった私だが、それなりに愛着のある食べ物である。ウィンナーでありながら、皮がないところがオコチャマ好みであるのでしょう。子どもは「飲み込みづらい物」を飲み込むことを嫌がりますからね。ってか、全ての生物は基本的にそういう傾向を持っているのでしょう。「噛み切れない」ってコトは、「食道に詰まる可能性が大」ってコトですから、その生物の命を奪ってしまう可能性がある。そんな食べ物は、本能的に飲み込めないはずですからねぇ。大量の餅を繋がったまま一気飲みするなんて、百獣の王「ライオン」でも、最大の動物「鯨」でもやりませんよね。そんなコトやるのはアホな生物「日本人」くらいである。
って、「Winny違い」ですね。

本題に戻り、パソコンソフトのWinnyについて。結局、図らず?も初めて「政府インターネットテレビ」ってヤツを見てしまった。
ハッキリ言って、良くできているシステムだと思う。あれだけのシステムを作るには、結構な能力と時間が必要になるだろう。つまりは税金でありますね。そこには例の竹中直人も居やがった。

例によって思うのだけれど、こういった「インターネット上のシステム」ってのは、デジタルディバイドを増長させるだけだと思うのですよ。そして、有権者の大半は老人であり、この「政府インターネットテレビ」なんて、知らないんじゃないかい?ま、小泉ファンとか、安倍ファンの間をクチコミで伝わっている可能性もありますけれどね。
ところで、「デジタルディバイド」は「ディジタルディバイド」って書くべきなのかなぁ? あるいは「デジタルデバイド」って書く? 「ディジタルデバイド」はあり得なさそうですね、とりあえず。
私の中では「digital」は昔から「デジタル」です、「デジタル時計」って単語を知ってから。「divide」は英語で習ったので「ディバイド」ですねぇ。だから、私が「digital divide」をカタカナ化すると「デジタルディバイド」になっちまうのです。

「ちょっと、トメさん。あの政府インターネットテレビの安倍さん、何時にも増してかっこよかったわねぇ。やっぱり安倍さんにはゆっくり喋って欲しいわよね。」
「そうねぇ。スギムラくんは最近声の出し方が純さまを真似しているんじゃないの?イヤよねぇ。純さまは自然にしわがれ声だけど、スギムラ君は声を作っているじゃない?」
「そうよ、やっぱり安倍さんに嘘はないのよ。」
「あらそう?スギムラ君もいい男ではあるのよねぇ。奥さんを見てみたいわぁ」

とか、老人特有の噛み合わない会話で伝わっている… ワケも無さそうですわなぁ。

結局、こんなシステム作るくらいだったら、もっときちんとクニを運営して欲しいわけですよ。繰り返すが、今日もこのクニでは数十人が自殺しているハズですぜ。この「政府インターネットテレビ」は、作る必要あったのかい?

で、本日、以下のような文書が届いた。
s&t.jpg
先日の「にっぽんNOW」に続き、2006年3月、政府系パンフレットは人知れず続々と廃刊になっているのだろうか?

「にっぽんNOW」に比べれば、これらの冊子はそれなりに愛読していたのかも知れません。ま、無くても全然困らない冊子だったけれど。

私はここ最近、長年のメガネユーザーとして苦々しく思っていることがある。

メガネの貴公子「ヨン様」。正確には「ペさん」だろう。ってか、韓国なら釜山(プサン)の方が歴史あるじゃん!とっととペさんは釜山港へ帰れ! ではない。
「時東あみ」って女子、笑い顔が10代に見えねぇぞ! 大体、メガネかけただけで、何で名前まで変わるんじゃいっ! ってコトでもない。

私が何となくイヤなのが、「アンダーリム」というフレームの流行である。「逆ナイロール」とも云うらしい。

昨今はそのアンダーリム(逆ナイロール)メガネがファッションとして定着しつつあるようです。私は今のところあのデザインのメガネは欲しいとは思わない。奇をテラい過ぎの気がするのですね。そして何よりも違和感を覚えるのは、あのデザインは基本的に「老眼用読書メガネ」だからだ。

老眼のヒトは手元にピントが合いづらくなります。遠くの棚や景色を見るときには、特に視力を補正しなくても、眼が使えることが多いわけです。しかし、老眼(遠視)のヒトの場合は、手元の本を見るためには、凸レンズで視力を補正する必要が出てくるわけです。老人の「鼻眼鏡」ってヤツはそのために存在しているワケですよね。その際、レンズの上側にリム(縁)が来なければ、視界を遮る横棒が無くなります。
under_r.gif
というコトで、アンダーリムのメガネは読書用としては都合が良いわけですね。何しろ、意味があっての「アンダーリム」なのです。

まあ、メガネのデザインには流行スタリがあるとは思います。やたら大きなレンズが流行ったり、縁なしメガネが流行ったかと思いつつ、徐々にレンズは縮小の傾向を見せてきました。そして色つき縁ありメガネ。銀縁メガネも一時流行。最近はプラスチック等で出来ている、「フレーム自体が自己主張するメガネ」が流行っている感じですね。私は職場などで常用するメガネを4つほど所持しています。また、運動用メガネが1つありますし、自宅用の度が弱いモノも1つ持っています。私がメガネを選ぶ際には、「フレームが目立たないメガネ」を選ぶようにしてます。 1つのメガネを買うまでに、かなりの期間と店舗巡りが必要になります。まあ、頭がでっかいので、小さいフレームだと合わないってコトもありますけれど。
最近流行だから「プラスチックの目立つフレーム」にも若干興味があるのです。しかし、今更流行に乗るのは気恥ずかしいってコトがあります、いい歳をして。また、メガネばかりが目立つと、そのメガネの下にある自分のキャラクターが消されてしまいそうな危惧を覚えるってコトもありますね。

ブンブン駄文

カテゴリ:

約4年前に「私は学生時代に野球をやっていなかった。そのため、自分の野球の技術低下に落胆することはない。元々、自分は野球が上手いと思っていないから」というコトを書いた。逆に私はいつまでも「これはできる」と思っていたいことに、「受験化学の解答能力」がある。生物もやはり満点を目指すには目指すが、もともと生物を真面目に勉強したのは大学を卒業し、就職してからなのである。だから、それほどには拘らない。また、大学では地学を専攻したが、生徒で地学受験をするような生徒もほとんど居ないから、私の地学の能力?を披露する機会もあんまり無い。基本的には地学の解答でも満点を目指しますけれど。私は大学では化学を勉強したかったのだ。しかし、何の因果か地学を勉強する羽目に陥った。まあ、最終的には地学科で良かったと思っていますが、大学入学当初はだいぶヘコんでいましたっけ。
で、英語も数学もあまり得意でない私なので、「せめて化学は満点を」という思いが常に存在した。そしてそれは今でも存在する。
ここ数日、新高校3年生対象の春期講習を行っている。基本的に問題演習になるので、講習前に自分も問題を解いてみるわけだ。そして、緊張しながら自分の解答チェックをする。やはり全問正解だと嬉しい。この解答作業をしている最中は錆び付きかけた脳みそに火を入れているような感覚がある。あるいは「脳の再構築」とでも言おうか。この作業(化学の問題を解くこと)を時々やっていないと、自分の頭が自分の頭で無くなっていってしまうような、自分が自分でなくなってしまうような、そんな気がするのだ。
で、化学の問題が解けたから何になるかって云えば、何になるのでしょうかねぇ?

それはそうと、昨日今日と『女王の教室』の続編をやっている。今もやっている。あんまりドラマには没入することが無い私なのだが、このドラマは見入ってしまう。見ていて辛くなるような筋であるが、それでも見入ってしまうのだった。
阿久津真矢の臭いセリフは許せる私だ。坂本金八は生理的に受け付けないが。
今回の『女王の教室』の難点を挙げるとすれば、CMがミョーに多いコトだ。レギュラー放映当初には、その強烈な展開から悪評が相当に立ったらしい。それでも放映を続けるうちに理解者?が増え、特番にスポンサーが付きまくるほどに市民権を得たということだろうか。
何よりも脚本が良いのでしょうね。役者も良いけれども。ってか、私が気に入ったドラマだから、何もかも良く見えてしまうのかも知れないが。

平日、変な時刻の書き込み

カテゴリ:

平日の早い?時刻に日記なぞを更新すると、なんだか人非人であるような気がする昨今です。そんな今日、私は堂々と更新してしまうノダ。
何故なら、本日、私の職場は休業日だったりするからだ。一応職務規定的には週休1.5日が基本であり、週の労働時間は約40時間である。現実には41.25時間になるのです、クミアイ活動をしている私の計算によると。これって、明らかな労働基準法違反である気がするのですね。まあ、鳥肌実様みたいに「パン工場勤務」ではありませんから、「巨大なジャムパンが」1日中、8時間連続で「攻めてくる」わけではありません。しかし、そうだとしても、学校の勤務ってのは恐らく公立も私立も、休憩時間なんて無いに等しいのでしょうね、普通に働ける(働かされている)ヒトであれば。
私は公立学校勤務ではないので詳しくは知らないが、そこでは1日の実労7.5時間を基本としているらしい。それに休憩時間がプラスされる様子です。でも、1日にセンセイが7.5時間だか8時間だけ職場にいて、その後は速攻で帰れるという学校って、ほとんど無いんじゃないかしら?

世の中では基本的に「残業80時間」がひとつの目安になるらしい。何の目安かといえば「過労死」である。と、いうコトは、手に職を持っているヒトが趣味でブログなどを営業している場合、1日に大体2時間40分以上費やしてしまうと「ブログ過労死」と認定して差し支えないのだろう。

じゃなくて、どう考えても私の職場ではこの「死んだら過労死」と認定されてもおかしくない人々が「コロコロ」いる。「ゴロゴロ」とまでは言わないくらいってコト。私自身は、月~金曜日はおよそ3時間「職務規定外の労働」をしている。また、大体2週間に1回存在する土曜日の出勤では、およそ5時間「職務規定外の労働」をやっている。ってコトは、1週間あたりで平均すると18時間程度の「残業」を行っていることになり、月80時間に丁度引っかかってくるくらいの「残業っぷり」を披露?していることになるのだ。最近は部活動の試合の引率が減っているから良いが、約3年前は、休みが極端に少ない1年間を過ごした。夏休みは情報科の免許取得のための研修も「職務命令」として突っ込まれてた。

大体、職場では私よりも常に帰りが遅い方がいるので、働き過ぎ(働かされすぎ)を懸念している。また、ほとんど年中無休&微給で部活に精を出している方もいらっしゃる。部活の指導が何よりも好きならば、休日の部活動指導はそれほど問題ではないかも知れませんが、どうなんだろう?

昨今はタイムカードを置いてある学校もあるとか無いとか聞いているが、学校という職場に限らず、家に持ち帰ってシゴトをしている職業人も多いだろう。だから、タイムカードを置いたからといって、残業および過労死の抑止力になるかといえば、その効果には疑問を感じる私だ。裁判沙汰になった事例に、「タイムカードをとりあえず押してから、深夜に勤務を続けて死んだヒト」ってのもありますしねえ。また、仕事の速さには個人差があるだろうから、長時間働いたからといって、「仕事をたくさんこなした」とは言えない面があるのも難しい。さらに、その人が気合いを入れて行っているシゴトでも、職場全体から見て必要なシゴトであるかどうかを見極めるのは難しい場合もあろう。その辺のシゴトの割り振りは「管理職」と呼ばれる方がきちんと行うべきなのだろうが、さっさと帰っちゃう管理職だったりすると、更にその辺の判断は難しいのでしょうねぇ。逆に、その部下も「管理職!何やってんだぁ!おい!」って突っ込めるほど、管理職のシゴトっぷりを把握できているワケでも無かろう。
そして、学校という場に限らず、「シゴトはできるヒトに回ってくる」という面もあるのだろう。だから、更に問題は複雑だ。
なお、基本的に私は、試験問題の作成とか、その採点を除いて、自宅にシゴトを持ち帰ることはしない。

基本的に上の話は「勤め人」全般について記したつもりだが、第一次産業みたいな世界になってくると、シゴトとそれ以外の時間を区分することも難しいのかも知れない。

オチが何だったか忘れた。というか、元々オチは存在しないのだ。
何しろ、今日、私の職場が休みなのは、3月になってからこれまで、土曜日の休業が1回も無かったコトの埋め合わせであるらしい。まあ、年間予定に於いて、この3月の休日の配置は、最初から決まっていたことでありますけれどね。

立て、立つんだ、携帯ぃぃぃ

カテゴリ:

彼岸だからか何なのか、私の使用している携帯電話がこの世とあの世の境目あたりを漂っている。
メールは普通に使える。着信や発信は可能であり、相手の声は聞こえるのだ。しかし、こちらの声が相手に届かないのである。相手がケータイだろうと一般回線だろうと、こちらの声は届かずに「バリバリ」という風切り音みたいな音だけが伝わるのである。自分の家の電話でも試したので、これはほぼ確かである。
この現象は約2週間ほど前にも現れたのだ。その時は継続使用を諦めてボーダフォンショップに持ち込んだのだった。そして、ショップのネエちゃんに事情を説明し、確認してもらった。…つもりだったが、その時は普通に使えていた。で、私は「機械に弱いオッサン」みたいな情けない状態でショップを後にしたのだった。ここ数日、またもや同じ状況となっている。相手の声は聞こえるが、自分の声は届かない。
明日、改めてショップへ持ち込むとしましょう。電話機内のデータのバックアップも取ったことだし。
私が使っているケータイは 702nk って機種に該当するのである。グローバル的?には Nokia6630 って機種名だ。このケータイを使い始めてから、他のケータイはあんまり使いたいと思わなくなった。それは、Bluetooth を用いて、Outlook との同期を行えるからである。マイクロソフト嫌いのヒトなら、LotusNotes というソフトなどとも同期が取れるらしい。一度使ってしまうと、その便利さは代え難いものである気がする。約束事やシゴトの予定を、片っ端から Bluetooth(スティック)の接続されたパソコンの Outlook に放り込んでおくのだ。パソコンにはケータイ付属のソフト(Nokia PC Suite)がインストールしてある。そいつでスケジュールや仕事リストが転送できるのだ。飲み屋でも家でも、約束事やシゴトが発生する度にケータイに予定をプチプチ打ち込んでおけば、その情報はパソコンと同期が取れる。寝床で突然重要なことを思いついたときにも、ケータイに打ち込んでおけば消えない。特に便利なのが、飲み会でのメモである。会計時に小銭を切らしていて、誰かに立て替えてもらっても、「誰々に云千円」ってメモっておけば、翌日きちんと支払える。自分がどうやって電車を乗り換えて帰宅したのか、今ひとつ分からないような飲み会だったとしても。
恐らく私のケータイは、マイク付近が物理的に故障しているのだろう。使い始めて約9か月経過したトコロである。何故壊れたのかは不明である。水没などで無いことは確かだ。一応「ボーダフォンアフターサービス」ってヤツに加入してる(毎月300円上納)から、修理代は9割引きのハズなのだ。どうせなら新機種の 702nkII に交換してくれないかなぁ?って考えてる。

そうして、「クサイブロガー」である私のケータイは、今日は普通に使えたのだった。
職場の公衆電話で試し、自宅の一般回線で試した。どちらの場合も、私のケータイのマイクが拾った音が、受話器のスピーカーから聞こえてきた。1人で2つの受話器を扱うことにもだいぶ慣れてきた今日この頃である。

で、「クサイブロガー」とは何というと、世の中にいらっしゃる「アルファブロガー」に対抗しているのだ、しかも「香り付き」。
最初は「オメガブロガー」を名乗ろうとしたのだ。しかし、ググって見たらごっそり、本当にごっそり引っかかってきたのである。で、α (アルファ)から Ω (オメガ)の間で空席になっていて面白そうなギリシャ文字を探したのだ。「臭いブロガー」って怪しくて楽しい感じですよね。しかし、自らを「臭い」というのも何なので、「カッパブロガー」って名乗ることにしようかとも思う私である。
κ (カッパ)はギリシャ文字の前半終わり頃?に出てくる文字である。この駄文群の「面白さ偏差値」は日本全国の受験生?中で50は超えているつもりなのだ。だから、カッパあたりが丁度良いかと。

って、書いたけど、念のため Yahoo! でも調べてみたら、しっかり同じコト考えている方がいらっしゃった。2日差で負けた様子。残念。

Google よりは Yahoo! の方が、市井のヒトビトの日記中の語句が引っかかってくるらしい。以前、自分がネット上に記した文章を、自分で検索して知ったッス。私ってヒマなのですねぇ…

なんだかんだ言っても、日本で一番使われているサーチエンジンは Yahoo! である様子だ。そして、私の駄文群を訪れてくれる方の多くは Yahoo! 経由である。と、いうことは、およそ2年前、世の中では「Googleダンスが云々…」と、Google のランクに一喜一憂していたヒト達が大勢だったように勘違いしていた私だが、世の中の大半のヒトにとっては、Google の順位なんて、多分どうでも良かったのだ。
でも、ネット上で商売をしているヒトの場合は、Yahoo! でも Google でも、最初の10件に引っかかってくることは重要でしょうねぇ。

って、 莫迦な、嫉妬深い、猥褻な、ずうずうしい、うぬぼれきった、残酷な、虫のいい、悪党の「河童ブロガー」は考えた、 とさ。

一時運休に思う

カテゴリ:

今朝、私が職場最寄りの阿佐ヶ谷駅ホームに降り立った直後、中央線快速はしばらく運転を停止した。御茶ノ水駅近くで線路内にヒトが入ったらしい。線路内に猫や犬が入り込むなら分かりやすい。少し譲って、鹿とか猿とかでも許そう。しかし、線路内にヒトが入るって、どういう状況なのだろうか? そういった車内アナウンス等を聞く度、「線路内に入り込んだヒト」を見てみたいものだと思う。そして、その願いは未だ叶っていない。
線路内に入り込むってのは、もしかすると「レールの金属内」って意味だったりするのかしら? 実はカミオカンデみたいなシステムが線路のレールには備え付けてあり、「ニュートリノみたいな素粒子並みに小さいヒト」がレールの金属内に発見されるのかも知れない。だったら、電車を止める価値もあるでしょうね。多分相当な発見だろうから。

で、行列ができている駅の改札を横目に、私は職場へ向かって歩き出した。そのトキ「良かった、電車の中で足止めを食わなくて。ラッキー」って思ったのだ。

でも、さらによく考えてみた。この「嬉しさ」というのは、本当に本当に相対的なものであるコトに気付いたノダ。

普段の通勤ならば、何事もなく電車に乗り、何事もなく電車を降りる。そして、特に何事もなく職場へ向けて歩き出し、特に喜びを感じるコトも無く、職場に到着する。今日はたまたま電車が止まってしまった。私の乗った電車に乗り続けて先の駅まで行くヒトは、阿佐ヶ谷で足止めを食らった。阿佐ヶ谷まで来たかったのに、高円寺で足止めを食らったヒトもいた。そのヒトビトに比較すれば、確かに「ラッキー」である。でも、この喜びは本当に自己中心的で、つまらない喜びらしいコトに気付いてしまったのだ。自分のココロの小ささにアホらしさを感じるとともに、やはり嬉しさもあったりして。

「喜びというのも哀しみというのも、結局は他人との比較によって生じるものなのかもなぁ」って、今朝改めて思っちゃったわけである。
自分より悲惨なヒトを見て、指さして笑うってのはあんまり良いオコナイでは無いのだろう。しかし、私の今日の喜びも、本質的には「哀れなヒトを見て、自分の優位さを確認する」という、程度の低い喜びであると気付いた。そんな自分が、なんだかとても酷いヒトのように思えた。

なので、そんな心の動きを告白してみた。ケータイが繋がったり、繋がらなかったり、また繋がったりする今日である。明日こそ修理に出そうと思う。

3日前の朝、例によって「めざましテレビ」を見ていた。そのさらに前日は「ワールド・ベースボール・クラシック」ってヤツで日本チームが優勝したそうだ。
で、「めざましテレビ」ではその功績を讃え、「日本のサムライ達が云々…」ってコメントを流していた。

ここで、私の一部が反応した。「ニホンダンジ」ってヤツを「サムライ」とか称することがあるが、冷静に考えると江戸時代に於いて、侍は少数派だったんじゃなかったっけ? って。

改めて、職場の日本史の資料や、ネット上の資料を見てみたが、「江戸時代の士農工商の士は7%内外」ってコトに落ち着くらしい。白土三平の『カムイ伝』なんかを読んじゃったりすると、江戸時代は忍者や非人も多そうな気がしてしまうが、実際のトコロはどうだったのだろう?最近の研究では「士農工商の区分は結構曖昧だった」という説もあるらしいですし、真相はよく分からない。私は昭和になって生まれたわけだし。

まあ、今回のワールド・ベースボール・クラシック日本代表チームの大半の人の先祖を遡って調べていけば、いつかは「帯刀していたヒト」に行き着く可能性は高いのだろう。父母は2人、祖父母は4人、曾祖父母なら8人。約100年前に生きていた曾曾祖父母なら16人。約300年前の先祖ならば2の12乗で最大4096人にもなるから。ただし、親戚同士で結婚することは現在以上に多かっただろうから、実際の祖先の数はだいぶ減るでしょう。なんだか話がずれていったが、例え祖先に「お侍」が居たとしても、「サムライニッポン」みたいな、シブガキ隊チックな妄想(日本男児=侍)に浸ってしまうのはいかがなものだろうか。王監督だって「サムライの親玉」と思われたくないかも知れない。まあ、現代における「サムライ」ってヤツのの定義もよく分からないけど。

というコトで、トリノオリンピックの女子カーリングチーム。「ゲイシャチームが世界を相手に大活躍」とかいう表現があっても良かったと思うのですね。しかし、「ヤマト」と言えば「ナデシコ」なのだなぁ。何でだろう。

今回、この文書を作成するにあたり、「ヒニン」を変換するとデフォルトの ATOK では「非人」が出てこないコトを知りました。さすがに放送禁止用語?ですね。また、「トリノオリンピック」の変換第一候補は「鳥のオリンピック」でした。この単語?は日本のネット上で氾濫していることを知りつつ、私も記してしまいましたとさ。

図らずも花見

カテゴリ:

702NK は修理に出ており、代理携帯電話の 802SH があてがわれているワタシである。今年は沈丁花が遅く、桜(ソメイヨシノ)が早い気がする。今日、出かけるトキに自転車で出かけたのに、帰りは徒歩で帰宅してしまった私は、最寄り駅までの散歩がてら、ケータイにてこの文章を作成していたりする。
高速道路のバイク二人乗りは許可になったのだから、チャリンコの町中二人乗りも許可してくれないかしら?

小学校での英語教育に思う

カテゴリ:

日経新聞(電子版)http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20060327AT1G2600727032006.htmlを読み、「ふーん」と思った。

英語、小学校で必修に・中教審専門部会が提言
国際的なコミュニケーション能力の育成が課題となっているなか、中央教育審議会の外国語専門部会(主査・中嶋嶺雄国際教養大学長)は27日、小学校から英語を必修にすべきだとする報告をまとめた。これを受け文部科学省は2006年度中にも行う学習指導要領改訂で、小学校のカリキュラムに英語を導入する方針。全国一律に小学校から英語教育が行われることになり、戦後日本の学校英語教育は大きな転換点を迎える。
英語教育の開始学年と授業時間数について、報告は「中学との円滑な接続を図る観点から高学年において必要性が高い」などとして、5年生または6年生から平均週1回程度、必修化する方向性を示唆した。 (16:01)

恐らく、日本のそこら中で繰り返し述べられていることであるが、私も一応思うところを記しておこう。それは「外国語の前に、まずは日本語じゃないの?」ってコトである。一般的な話をしても面白くないので、個人的な体験を話そう。

これは毎年のことなのだ。業者に頼む高校生向け学力テストの結果データが帰ってきて、かなりビビる。それは「マークシート用紙に、自分の名前をローマ字でマークできない生徒の率が増えている」というコトである。
私の勤め先は偏差値的には「中堅」といえる場所に位置していると思う。受験産業に関わる業者の設定する「ランク表」を見る限り、入ってくる生徒の学力レベルは、毎年同レベルを死守?しているか、若干上昇傾向にあると言って差し支えないハズだ。
しかしながら、年々、「マークミス」あるいは「ローマ字ができない生徒」が増えているようで、業者から帰ってくる生データには、日本人としてあり得ない名前の生徒の混入率が上昇している。

具体的に言うと、学校側で把握している生徒の情報(漢字の氏名やふりがななど)に、業者から届いた生のデータを結合させる際、学校側のデータと業者からのデータに不整合が生じる割合が年々増加している気がするのだ。
例えば「山田太郎」という名前をローマ字にすると「yamada taro」となるハズだが、業者から届くデータには「yamada taro」が存在せず、「yanaga taro」さんが居たりするワケだ。子音のアルファベットを間違えているくらいならまだ可愛いのである。マークミスや勘違いの可能性もあろうから。しかし、本当にビビってしまうのは、母音のアルファベットを間違えたり、子音も母音も間違えている場合である。

そのような生徒は、中学で「わざわざ3年間も勉強したはずの英語」以前に、ローマ字が身に付いていないのでは無いかと考える。ローマ字というのは小学校4年生で学習するべきものだそうだ。これは現行の学習指導要領にも記してある。

で、私は「小学校4年生の段階で徹底的にローマ字を学習させるべきだ!」って主張をするのかと言うと、そういうわけでもない。劇的にローマ字が書けない生徒ってのは、ローマ字の前段階となるはずの「五十音表」すら書けずに小学校を卒業してしまっている可能性が高いと思われる。

「幼稚園や保育園で文字の読み書きを修行すべきか否か」という問題は難しい。しかし、義務教育である小学校1年生の段階では、「五十音表がソラで全部書けなければ、家へ帰してもらえない」くらいのスパルタ的な厳しさが必要なのではないかと思うのである。
小学校の時点で「五十音表」と「ローマ字」を完璧に覚え込ませ、その上で英語教育を展開する意志があるならば、「小学校の英語教育」を許すよ、私は。それができないなら、小学校ではひたすら「読み書き算盤」ですね。私はソロバン使えないケド。

なお、高校生に理科、特に化学を教えていて思うのは「四則演算ができない生徒が居て困る」ということである。
まあ、実際の化学実験をやれば知るのだが、「有効数字3桁」というような厳密な実験は、そうそう実際に行えるものではない。しかし、それだとしても、「受験へ向けての修行」として化学の計算問題などに取り組む際には、きちんと間違いなくかけ算や割り算をやって欲しいと思う私である。また、問題文に書かれている日本語にも慣れて欲しいとも思う。問題演習を繰り返せば、理科の試験問題における文法?も、だんだんに身に付くものなのですから。

ドメイン引っ越しの季節?

カテゴリ:

やはり、パソコンをある程度使えるヒトってのは、オリジナルのドメインを取得したくなるものなのだろうか?
かくいう私も、 ˜ の無いページへの駄文群の引っ越しが完了しつつあるのだ。 ˜ は「にょろ」って言ったりするが、本当は「チルダ」って言うらしい。この、ニョロ、最初なかなか出せませんよね。大体、キーボードを見ても、ニョロって書いてないのだもの。これは本当に不思議ですよ。で、「チルダ」っていう呼び名を知った頃には、その記号をどうやれば出せるか会得している場合が多かろう。最近のキーボードはちゃんと見た目から“~”になっているものもあるらしいが、私が自宅で使っているキーボード2丁では単なる横線だ。よく見れば、若干上付き気味であるが。

まあ、昔の PC-98 で日本語入力を始めるコトに比べれば、大した手間ではないのでしょう。それを言い出せば、昔々のコンピューターにはキーボードすら無かったらしいし。例によって何が言いたいのか分からないまま、この文章は終わる。

私の知り合いのページは以下の通りであります。
  さすけの

易きほうへ…

カテゴリ:

ヒトは、どんどん楽な方へ流れていくものだ、改めて思った。
何かといえば、「RSSリーダー」のコトである。
以前は、知り合いのページをチェックする場合、ネット上に作成した「お気に入り集」から、いちいちリンクを辿った。「全然更新してないなぁ」とか「週末もあったのに、更新してないのね」とか、「あらら、知らぬ間にたくさん書いちゃって…」とか、ブツブツ「独り言」言ってた。いや、それは嘘。別に呟いたりはしない。

で、昨今はブログの隆盛もあり(このフレーズ、過去に何度か記した気がするなぁ)、更新情報が RSS で得られるのはありがたい。私は「インフォシーク(楽天)」のヤツを使わせてもらっている。
Google なんかにもリーダーはある。動きも面白いのだが、あんまり Google のお世話になると、要らないことまで彼ら(誰?)に教えているような気がしてくる。検索履歴なんかもバッチリ送ってしまっている私であるし。まあ、インフォシークへも、いろんな情報を送ってしまっているだろうから、どんなヤツを使おうと、大した違いは無いのかも知れませんが。なにしろ、私は最初に使ったリーダーで刷り込みは完了してしまったらしく、別のリーダーを使おうとは思わない、思えないのだった。

で、本題なのだが、あんまりにも「RSSリーダー」に慣れてしまい、ネット上に作成した「お気に入り集」からの人力チェックがおろそかになりつつある昨今なのだ。勝手に「彼のサイトも RSS を発してくれないかしら」とか願っている私が居る。誠に勝手なものである。

昭和は遠くなりにけり

カテゴリ:

最近、自分が年老いたと思う理由の1つに、「テレビゲームに対する情熱がほとんど無くなった」というコトがある。
この間愕然としたのは、プレイステーション2の『エースコンバット』最新作が出たということである。別に、新作が出ることは至極当然のことなのだ。問題(?)なのは、「最も好きなシリーズのテレビゲームなのに、全作を1度しか起動していないまま、新作が発表になってしまった」というコトだ。
エースコンバットのシリーズは、第1作からずーっと買い続けている。これは私のゲーム人生に於いて、かなり貴重な存在である。

オリジナルの『ゼルダの伝説』はマイベストである。任天堂の新しいゲーム機、コードネーム?「レボリューション」が出たら、ちょっと買ってしまいそうで怖い。『ファミコン探偵団』シリーズなんかもやってみたい気がする。個人的には『スペランカー』を再発して欲しいのだが、マニアックすぎるだろうね。

なつかしネタはさておき、シリーズものについて。
多分日本で最も売れているゲームである『ドラゴンクエスト』。こいつは初代からVまではクリアした記憶があるのだが、どうもVIはすっ飛ばしてVIIをプレイした記憶がある。高校生の時は学校をサボってドラクエIIIを買いに行き、大学生の時は大学をサボってドラクエIVを買いに行った私である。ドラクエVIIは途中まで「攻略サイト」などを見ながらプレイしたのだが、途中で放置してあるはずだ。大体、攻略サイトなどに頼るようでは、ゲーマーとして失格であろう。私自身の感想としては、ドラクエIIあたりが地図もトリッキーであり、難易度が高くて楽しかった気がする。私も若く、やる気に満ちていた時代のハナシである。と、そんなわけで、ドラクエのプレイも、数年前に挫折している私である。ファイナルファンタジーはどうも相性が悪いので、昔に1作か2作ほどやった気がするが、それっきりだ。

そういえば、シリーズを結構きちんと買っているのがもう一つあった。『みんなのGOLF』シリーズである。あのゲームも面白い。でも4は途中で放置してある気がする。たしか「みんゴル名人」あたりまでは上り詰めている気がするのですけれど。

で、その『エースコンバット』なのだ。先ほど改めて公式サイトなどを見てみたら、ゲーマー魂の残り火が少し大きくなった気がする。とりあえず、『ACE COMBAT 5』を起動してみないとなぁ。一回起動して、対戦モードで配偶者と遊んだだけの気がするのだなぁ。改めて『みんゴル』も修行を始めようかとも思う。ウェブサイト構築が一段落したら、ゲーマーの心を取り戻そうかと思う。別に取り戻さなくても全然問題ないのだけれど、買ったゲームを放置しておくというのは、「ゲーマー精神」的に良くないノダ。

なお、プレイステーションで「やり込んだソフト」というと、『MicroMachines』である。洋ゲー(舶来ゲーム)なのだが、私の感性にぴったりフィットした、数少ないゲームである。大きくなったら(お金が自由に使えるようになったら)ラジコンで遊びたいと思っていたハズなのだが、あのころの小川少年はどこへ行ってしまったのだろうか?
で、調べてみたら、『MicroMachines』PS2 版は海外で発売されていた様子。日本語化はされていないみたいで残念である。

ケータイ退院す

カテゴリ:

ケータイ Nokia6630 が返却されてきた。メーカー修理コメントは以下の通り。

内部点検・本体動作試験・電池検査・充電試験を行いましたが、異常ありませんでした。システムソフトウェアの再インストール。内部メモリは電話帳のみ保存出来ました。
とのコトだった。
果たして、このケータイはどうなるのでしょうか?一応、通話は可能でありました。また発作が起こる可能性もあるのでしょうけれど。

まあ、システムソフトウェアの再インストールってのは、良かったかも知れない。一時期「超勝手アプリ」ってヤツを入れたり消したりしていたから。これで、多少すっきりしたことでしょう、外側から目で見ても全然分からないコトですけれどね。で、今回「ガワ」を交換してみた。いつ死ぬか知れないケータイであるから。以前に海外の通販で購入した「緑色の純正品」なのである。でも、ほとんどグレーですね。加えて、私は緑色を認識するのが苦手だったりする。

ここにあるのは2006年3月に書かれた日記です。

前のアーカイブは2006年2月です。

次のアーカイブは2006年4月です。

最近の日記はこちらで見られます。過去に書かれたものはアーカイブで見られます。