2003年2月アーカイブ

スペースシャトルに思う

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また命が散ったのですね、宇宙開発に絡んで。
冷静に思えば、超高空絡みの数知れぬ死、これまでも相当数存在したコトは想像に難くない。
機器開発・実験中の不慮の事故死もあったろう。それはカメラの前に現れる事も無い。
宇宙飛行士として死ぬ。兵器製造者として生きる。悪徳政治家として生きる。首が回らなくなった社長として死ぬ。そして、挙動不審な国家元首達は生きてる。そんな現実(ただしブラウン管越し)を見ながら僕も生きてく。

燃え上がれ

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私って、もろに『機動戦士ガンダム』世代なのですね。しかしながら、その続編であるらしい『Zガンダム』とかには興味はないのだ。あくまでも単なる『機動戦士ガンダム』なのですな。ま、機会があったらその続編やサイドストーリーなぞをレンタルで借りて来ようとも思ってはいるが、そんな暇は今のところ無いのだな。今、改めてWeb上で探索してみたら、私が本気で見てたのは、東京での再々放送だったことが分かった。小学校5年の時だったのですねぇ。最終話は3学期だったように記憶していたけど、それで正しかったみたい。
その最終回、「カツ・レツ・キッカ(子供3人組)」が「ア・バオア・クー(宇宙要塞)」を脱出しようとする「アムロ」に対して、テレパシー(ニュータイプの特権?)で指示を出すじゃないですか。「右だよ右」とか「そこで曲がって」とか。最終的には子供3人組が「3・2・1、やったー!」って言うと同時に、ブッ壊れかけた「コアファイター」に乗ってアムロが脱出するのですな。結構泣けそうになりますね、思い出すと。そして、メチャメチャ思い出し笑いをしそうになる。ってか、今も笑いを堪えながらこの文章を記してる。

今は製薬会社で研究職をしている彼、前日の放映の真似をしてたのですな。そう、小学校5年生の3学期、給食の時間のコトであります。
「3・2・1、やったー!」って万歳したら、指を盆に引っかけてみたいで、その日の給食をアルミ製のお盆ごとぶちまけてしまったのです。ムチャクチャ悲しく、そして笑える。

給食を食っているときに、牛乳飲んでるヤツを笑わせるって遊び?は必ずありますよね。あれは牛乳が白いから面白いってのもありますね、鼻から白い筋が流れるってのは視覚的に面白い。鼻血の赤も間抜けで笑えますよね。で、更に悲しくも笑えるコト、それは牛乳を吸収させた「布きれ」の臭さ。
今でこそ雑巾を濯いだり絞ったりってコトは簡単にできるけど、小学生は掃除も嫌いなら握力・腕力も足りないだろうしねぇ。

で、『機動戦士ガンダム』、画期的でしたよね。その当時は私も夢多き小学生だったから、自分が爺さんになる頃には「スペースコロニー」とかが空(ってか宇宙)にボコボコ浮かんでいるもんだと思ってた。ホントはこれから本題に入る予定だったんだけど、文章作成するのに疲れたからこの辺で止めておく。

正義の怒りを

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でさ、スペースコロニーって完成しないでしょうね。
小学校・中学校時代の私は信じていた、スペースコロニーの完成・宇宙時代?の到来を。自然(科学)についての認識が甘かったからねぇ。万単位の大勢のヒトが住める建造物、どう考えても割に合わないでしょう。数名が居住する国際宇宙ステーションでヒイコラ言っている2003年現在だし。

ヒトが宇宙空間に定住するってのは非常に難しいですよね。その理由を少しばかり挙げよう。

宇宙空間に住むことによる宇宙線の被曝→癌やその他の病気の発症
隕石等によるコロニー破壊→酸素を含んだコロニー内のガスが洩れればその中のヒトは簡単に死亡
生殖の可能性の低さ→メダカの卵が稚魚になるには重力が必要らしい(ヒトもダメでしょね、恐らく)
有機・無機化合物の完全循環システム作成の難しさ→地球上ですらゴミがあふれて大変だっつーのに

夢物語っていうと、「核燃料サイクル」ってヤツもありますね。そっちの方が切実である気がする。こっちの方も私自身、中学生の頃は信じてましたね。「そうか、エネルギーが無尽蔵に得られるのか、凄いもんだ」って。行政と企業が結託してコマーシャルをしてるんだものな、今でも。特に夢見がちな若い世代はイチコロだよね。あるいは単純に信じちゃう「そうかー、原子力発電は地球に優しいんだ」とかさ。片腹痛きコトこの上なし。盲腸で核融合しちゃうよん(出典:臍で茶を沸かす)。
例えば太陽光発電や風力発電ってヤツっすよ。まあ、原子力発電よりは危険性は低かろうけど、原発と同様、生産されるエネルギーより、その施設を維持するためのコストの方が大きくなるでしょうね、恐らく。

年金や国債もそうだし、放射性廃棄物も同じ。このクニ日本の舵を取っている老人達、彼らはそのうち死んじゃうから良いだろうけど、残される私達やそれ以降の世代に丸投げしているダケじゃないですか。ま、それくらいの「図々しさ」と「向こう見ずさ」を持っているからこそ、ヒトっていう生物や日本ってクニが繁栄できてきたとも言えるのでしょうけどね。
この先は暗いねぇ、このままだと。「デフレスパイラル」よりも「丸投げ政策」に問題があるんじゃない?どこかの役所が言っているけど、そんなクニに「誇りを持て」ってのは難しいだろうね。とか言いながら、私は仕方ないから埃だらけのこのクニで生きていくつもりでもあるわけだけど。

もしも月がなかったら

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『 もしも月がなかったら ( WHAT IF THE MOON DIDN'T EXIST --- Voyages to Earths That Might Have Been. ) 』って本があったのですね。その元ネタはアメリカの学者 Neil F. Comins ってヒトが1990~93年くらいに書いた文章だそうな。なかなか面白かったですね。杉並中央図書館で借りてきた。その本は単行本として1999年の7月に東京書籍から出版された本らしいです。東京書籍って教科書だけ作っているわけじゃないのですね、初めて知りましたわ。何でそんなこと言い出すかっつーと、2002年6月12日の日記みたいなことを漠然と考えたコトが多々あった私だからであります。

その本、かなり面白かったから、ちょこっと紹介しておきましょう。以下にその10コの「もし…」を転記。

1:もしも月がなかったら?
2:もしも月が地球にもっと近かったら?
3:もしも地球の質量がもっと小さかったら?
4:もしも地軸が天王星のように傾いていたら?
5:もしも太陽の質量がもっと大きかったら?
6:もしも地球の近くで恒星が爆発したら?
7:もしも恒星が太陽系のそばを通過したら?
8:もしもブラックホールが地球を通り抜けたら?
9:もしも可視光線以外の電磁波が見えたら?
10:もしもオゾン層が破壊されたら?

1・4・5・9は私もチョロッと考えたことあったけど、やっぱり数学・物理学もきちんとやっておけば良かったかなぁ、なんて思ってしまいましたね。数学の授業時間は高校1年次後半から睡眠に充ててしまった私(理科教師としてアリなのか?)であり、物理も2年間高校で習い、大学でも少々囓ったけど、いまいち身になっていないですしね。私的<ワタシテキ>には6(地球から50光年離れたところでの超新星爆発)なんかが面白かったですね。想像したことはあったけど、具体的には考えたことなかったので。

「月はどうやってできたのか」。これは現在のところ「ほぼ確実」とされている理論らしいんで紹介しましょう。
今を去ること46億年前、「月の素(火星程度の大きさの微惑星:質量は地球の約1/10)」が「地球の素(ドロドロに融けた岩石球)」に激突した。その結果、地球の素の表層にあった岩石成分が飛び散り、ドロドロの原始月?が生まれた。しかし今ではそいつも冷え切り、月(質量は地球の約1/100)が生じた。ってなこった。

で、月が存在しない場合の地球「もしもその1:ソロン(月がないバージョンの地球:既にearthとは言えないでしょうけど)」ってどんな星かっつーと、こんな感じだそうだ。
まずビビるのが1日の長さ、ってか短さ。現在の地球の自転周期24時間ってのは、地球(の海)と月の共同作業の結果だそうで、地球が分離しなかったら、1日(1太陽日)の長さは「8時間」となるだろうってコトであります。
そうすると、

・地上の風が現在程度では済まない。(自転の速い土星や木星と同じく)
・潮汐作用(潮の満ち引き)がほとんど無い→生命(勿論、ヒトじゃないですよ)の発生が遅れる。

等々が予想されるのだそうですよ。

私も自分じゃ買おうとは思わない(本当に面白いかどうか分からない本に2200円払うのは嫌だ)けど、図書館で借りて読むには良い本だと思いまーす。

複数形の場合

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ごく私的な話題なのですが、ってか以前から私的な話題しか無いことも承知だけど、記します。

本年度(2002年度)から、私と同じ名字の方が職場に専任教諭としてお勤めなさっているのだな。私の名字は「小川」であり、結構有り触れ気味?なのだ。チナミに私の隣の先生も旧姓小川だそうで。
この数年間は「オガワセンセイ」というと私のことを指していたのですね。稀に隣の旧姓小川センセイを「小川さん」と十年以上前の名字で呼んじゃったりする方も居ました。が、その方は(さすがに?)この前の春に退職なされた。で、本年度からまた混乱が始まったわけです、2人の「オガワセンセイ」が居るから。

高校時代の合唱部(小石川高校音楽研究会)でも「オガワクン」が居たんだよね。私と彼、どちらも「小川」なので、私は「おがま」彼は「おがひ」と呼ばれてた。私の名前は「マサキ」なので。「おがま氏」と私のことを呼ぶ後輩も居たりした。昨年9月に久しぶりに遭遇したときにもそう呼ばれたような気がする。

で、話は現在に戻ります。私は他のセンセへの連絡メモなどで自分の名前を記す場合、以前は「小川」だけで良かったのだな。縦線6本。今年度から「小川ま」って記すようにしている。「小川正」って書かれると、「タダシ」って名前みたいじゃないスカ。そんなこともあり、高校時代を懐かしむ意味もあり、自分の署名?は「小川ま」って記すようにしているわけです。
そんなわけで、自分は必ず「ま」あるいはフルネームで自分の名前を記すように心がけているわけですけど、職場内の公式?なプリントなんかだと、「小川」と「小川ゆ」と書かれている場合がある。その場合は「小川」=私であり、名前が平仮名の"ゆ"から始まるカノジョが「小川ゆ」であるのだ。そんな時、自分は心を新たにするね、「小川オリジナル」としてその名に恥じないような仕事をしようってサ。

ってか、ヒトの名前はシビアに記すべきだと思いますけどねぇ。しかしながら、「外字」ってヤツには反対。ま、自分の名前がありふれた漢字で成り立っているってコトもありますけれども。

“雑記”オブ“雑記”

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ウルメイワシの丸干しにマヨネーズを添えようとしている自分の存在にビビッタ。ウルメイワシの丸干し(若干しではない)はただ炙っただけで美味いのに、自分の味覚が(チープな)居酒屋ナイズされつつあってビビッタわけですな。

本日、微妙にパソコンを増強した。メモリを倍に増やしたのですな。暗号的には“DIMM 256MB (133) CL3”ってブツになります。ノンブランドだったけどバッチリ作動。税抜きで¥3580(税込み¥3759)ナリ。3年前に比べて約3分の1の価格になっているんですけど、底値は2年チョイ前だったようです。ま、net上で調べた限り、秋葉原を歩き回った価値はあったようだ。電車賃(往復¥580)とか、途中で飲んだ“缶茶”の値段とかを考えたりするのは虚しいので止めましょう。チナミに「まいぱそこん」の動作はそこかしこが微妙に速くなった気がします。でも、すぐ慣れちゃうんだよね、経験上。何で、「幸せ」って「気づき難くできている」のでしょうねぇ?

で、埃まみれのミドルタワーのスペックでも記しましょうかね、検索によってパソマニアがこのページに訪れて、ページカウンターの水増しが見込まれよう。ヘタするとリピーターになってくれるかも知れない。とりあえず、10000カウント行ってみたいですしね。
 品番:飲んだくれ壱号
 中央演算装置:PentiumIIIプロセッサ 800EB MHz
 小片集合:Intel 815E Chipset (ってか、母板:CUSL2)
 出鱈目利用記憶媒体:512MB SDRAM PC133
 映像用出鱈目利用記憶媒体:32MB
 映像専用加速装置:GeForce2 MX (ってか、映像加速板:AGP-V7100 Deluxe Combo)
むー。疲れたので、後はいい加減に。
サウンドブラスターのバルク・56kFAXモデム・LANボード・2モードFDD・650メガMOドライブ・CD-R/DVDコンボドライブ、他タブレット・プリンタ・モニタ・スピーカ等々

で、パソコン回りの書籍の整理を行ったのだけど、UNIX(Linux・FreeBSD)絡みの本が未だチョコッと存在しているのだな、「オガワマサキ第58次書籍粛清」を乗り越えて。
結局、自分のパソコン(自作機・PC-9821とも)にUNIXを入れようと試みた時期もあったけど、挫折しましたね。突き詰めるとLANボードやモデムのドライバがうまく入らなかったので飽きちゃったのですな。そして、オシゴトは完全にWindows上で行っているしねぇ。

そうですね、メモリ買った店のナマエ記しておきましょう。その店は“Computer Plaza ZOA”っつー店です。適度にマニア向けだけど店内は明るく、価格は安めだと思いますね。ま、階段は例によって狭いけど、その狭さがココロをくすぐるハズ、何じゃそりゃ?
ま、私の主観ですけどね。「アキバ」ってトコに行くコト自体がマニアの証でしょうね。
その店を知ったのは職場のTセンセ(キーボードやモニタが無い時代のコンピュータを知っているらしい:本人曰く)からの推薦ですから、まぁ間違いないでしょう。

で、私は「酒マニア」ね。(一応日記として完結させるために記した)

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ソラマメを食べると「春だっ!」って気がしますね。鞘から出した状態で皮ごと喰らうのが美味いと思うのだ、私は。
梅は品種改良が進んでいるのでしょうね、散発的に香るがために、「春!」って感じはあんまり無い。春の香りは「沈丁花」でしょう、未だ嗅いでいない。ある日、突如としてあの香りに気づきます。
「春的映像」は散る桜ですね、言わずもがな?

船戸与一

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船戸与一ってヒトの本は面白いですよ。基本的に文庫本(になっちゃったヤツ)を見かけると買ってきますね。超お勧め。
この作家を知ったのは、マンガ『猛き箱舟』(原作:船戸与一 画:柳沢一明)を読んだからだったりします。「ベアーズクラブ」っていうヤングジャンプ系の月刊マンガ雑誌に連載されていたのですな。調べてみたら、私が高校3年の頃くらいに連載されていた様子。今から3億年前とは気づかなかった。で、かなり面白い物語だったので「原作読んでみてぇー」ってコトで読んだのでした。そこからハマりましたね、船戸与一ってヒトの小説。
船戸作品に触れることによって、私の中ではマスコミに踊らされずにモノゴトを多面的に見る傾向が出てきた気がします。私の人格形成に影響を与えていると言えましょう。マンガも重要だと思うんだよね。そのマンガに出会わなければ、今の私は存在しないのだ。特に『猛き箱舟』は船戸作品の中でも相当に面白い物語だと思いますね。
例えば、『ホワイトアウト』って作品も相当に面白いのは確かです、あれは面白い。あるいは『パラサイト・イブ』とかね。そいつらを書いたヒトの作品、他にも出ているみたいなのだけど、それほど読みたいとは思わないのですなぁ。「♪なんでだろーぉ?(ジャージ上下着ながら手足動かしつつ)」。『リング』は相当面白いけれど、続編を引っ張りすぎでしょうね。作家って職業も大変そうだ。

今回読み終えたのは『午後の行商人』って物語。例によって、読後はかなり脱力しますね。分厚い文庫本なのだけど、一気に読める感じです。
チナミに、私、『ポリー・ハッター』ってのは読んだこと無いス。そりゃそうさ、『ハリー・ポッター』シリーズだって読んだこと無けりゃ、映画も見たこと無いんだから。ファンタジー系ってあんまり興味を覚えないんですよねぇ。

そう、私はマンガを読まなくなった、大学4年になるくらいだったかな?「スーツ着ながら電車内で週刊マンガ雑誌読んでるヒト」になりたくなかったんだよね。いつか「ビッグコミックスピリッツ依存症」を断ち切らねば!って思ってたのだ。また、私はスポーツ新聞を基本的に読まない。「スポーツ新聞を読むオッサン」、あれもカッコわるいと思うのだ。銘柄不問、一括り。
また、「日本経済新聞を読むニイさんネエさん」には船戸与一をお薦めする、マジで。経済(お金)は二次・三次的なモノだよね。生物に絶対的に必要なのは「食べ物」だな。そしてヒトにはココロ。


2006年8月追記
『ホワイトアウト』を書かれた真保裕一氏の作品、その後何冊か読みました。
ドラマ化された『奇跡の人』と、デビュー作『連鎖』です。どちらも面白かったです。
その他の作品も読むことになると思います。

『連鎖』文庫版の解説を読んでいて、ディック・フランシスという作家の名前を再確認しました。そのヒトの作品は読んだこと無いのです。気が向いたら読んでみます。
大学時代、1年先輩の小学校国語科のヒトのお勧めが「ディック・フランシス」だったコト、連鎖を読破した中国上海で思い出した私でした。

ここにあるのは2003年2月に書かれた日記です。

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次のアーカイブは2003年3月です。

最近の日記はこちらで見られます。過去に書かれたものはアーカイブで見られます。