2001年6月アーカイブ

『プロジェクトX』の罪

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「プロジェクトX」ってNHKの番組のなかでは質(たち)が悪い番組であると思う。お涙頂戴的なところがまずいやだし、時には取り上げられている企業がバレバレのコトもあるし。

黒部ダム建設を扱ったハナシあたりから、「それは違うんじゃないの?」と、私は思い始めた。一種の歴史の美化であろう。なんで、お上から命ぜられたシゴトでヒトが死ななきゃならないのだ?電力会社なんて、限りなく「クニ」に近いカイシャであろうて。今日放映された「ロケット開発」や「黒部ダム」と、イニシヘの「神風特攻隊(など)」には共通点が多い気がした。

1:税金を使っている 2:ヒトが死んでいる 3:その死が美化されている?

NHKを放っておいたら、かのJCOで死んだオオウチさんすら美化されかねない、上司やクニの責任はさておき。

なんて思った。

雨の動物園に思う

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最近思ったコトがある。世の中で一番虚しい職業は「佐渡トキ保護センター職員」かも知れない、と。

本日は高校2年の校外学習の引率で上野動物園などの上野公園周辺を散策してきた。上野動物園には様々な籠があったが、大型の鳥類の籠ではしみじみとした悲しさを感じた。特に雨に打たれる「モモイロペリカン」なんかは。
そんな籠・壁、幼かりし頃は気づきもしなかった。ランラン・カンカンを見るために並んだ記憶くらいしかない。コドモには子供の、オトナには大人の動物園鑑賞法(動物園の存在意義)があると思った。少なくとも私自身については。

創造

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病気は医者が創り、世論は報道が創り、明日はヒトが創る。

超伝導

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「超伝導」の最も胡散臭いトコロは、「(超)低温」を生成するコストが無視されている点だ。だから科学は生きていけるのかも知れない。
「教師」という職業も胡散臭いッスね。社会科学(政治学・経済学・社会学その他)の教授よりは「まし」かも知れないが。

本当の「逃避」を探して

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最近ワタシはテレビゲームをしない。プレステ2の「機動戦士ガンダム」とかも春先に買ったのだが、数時間しか遊んでない。ヒトが一生のうちにコントローラーを持っていい時間を使い果たしたのかも知れないが、「コントロールパッド操作許容量の上限」があるってのは聞いたことがない。
ゲームは現実からの逃避ですよね。広い意味ではトランプ・麻雀・パチンコなども現実からの逃避だ。まあ、読書も逃避だし、ビデオ鑑賞も逃避だけど。
ってことは、そんな最近のワタシは結構健康に人生を送っているのかもなぁなんて、思った。まあ、日記を全世界に発信するコト(このページの更新という作業)や日を跨いで飲酒したりすることの不健全さはさておき。

小泉甚八

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メールマガジンに100万人ってのも面白いハナシです。国民の1%に直接訴えかけられるってのはスゴイ、そして恐ろしいことだ。「俺ャ購読なんてしねー」と思った私である、今のところ(弱気)。新聞なんて、どんどん廃れていくでしょうね。ワタシが死ぬ頃、新聞は無くなりはしないものの、凄まじく衰退していることでしょう。
で、話題は変わるのだが、本日帰宅したところ25歳であると宣う知り合いが胃の内容物を吐瀉したトコロ(土壌)に、いきなり植物が存在していた。そうかー「じ○○○」センセの2年前の肥料が効いたのだなぁ、と思った。嘘。本日植えられた植物のようだ。滅茶苦茶「内輪ネタの暴露ネタ(時効)」ッスね。

画家になる方法

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「『現在の私』が嫌いなNHK」の3チャンネルを見ている。題名からクサい。『にんげん広場21いのち「働く喜びって何ですか」世代を越えた対話3時間生放送』だってさ。まあ、新聞のテレビ欄にあった「そのクサい題名」に興味を覚えてチャンネルを合わせたので、けなしていること自体が自己矛盾なのですけどね。
よく小学校時代に見たNHK教育(15分番組)の記憶「3チャンネルは何となく偉い」ってのが効いているのかも知れない。道徳とか理科ではよく見たッス。多分、担任の先生がその科目が苦手だったのだろうと気がついたのは大学の頃だ。
総合的な学習についても、NHK教育で「対応番組」をつくるらしい。そんな状況だったら止めましょうよ、「総合学習」。

テレビ東京の「美の巨人たち」とかいう番組で聞いたフレーズは、異様に私のココロに突き刺さった。確か1・2年前だ。
インタビューで「どうしたら、(有名な)画家になれるのですか?」と聞かれた画家(誰だか忘れた)は「画家になる方法はない。ただ『描き続けた』ものが画家になるのだ」というヤツだ。カッコ良すぎるけど、真実であると思う。多分どんな職業においても。

何故プリクラは無くならないのか

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一日86.4k秒(十進法)も生きていると、結構楽しいこともあったりする。今日も、結構愉快な出来事があった気がする、「今日の(この)ページの更新のネタに使えるな」というコトが。そして、悉く忘れ去っている。「ことごとく」は「悉く」と表記されるのですね。

で、結局普遍的な話題を。

今の高校生徒って、やたらとプリクラを撮りますよね。このブームは既に5年以上経過しているのです、恐らく。もう「ブーム」ではなく、女子高校生活の一部のようです。気がつけば、教室の床や廊下にプリクラ殻(がら)が落ちている。チナミに「プリクラ殻」とは私が命名した(そして私の心の中でだけしか用いていない)、プリクラの台紙(台プラスチック)のことです。
なんで、あんなに自分たちの姿を記録に残したがるのだろう?と疑問に思いました、1996年当初。しかし、私自身も中学頃に始まるのです、プリント癖。高校・大学時代の7年間に私が撮影した写真の量は、他の23年間の撮影した、撮影された写真の量を遙かに超えています。
これは私の仮説なのですが、「自分の存在があやふやに思えるとき、つまり人生に悩んでいるとき、ヒトは自分や友人の姿をカタチに残したがる」のではないかと。

これは「私的(わたしてき)に」かなり深い話題ですので、気が向いたら関連ネタを書くこととし、本日はこれにて終了。

プリクラ論 続き

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写真を意図的に撮らなくなったのは、大学4年頃からです。記憶は写真などによって意図的に残すものではなく、無意識的に形成されるものであると気づいたからです。
本当に重要なことは本人が望まずとも、勝手に心に凍みていくものである気がします。ま、昔の写真を見るってのも、面白いことは確かですが。

「学級通信」否定派

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で、私は「学級通信」ってのを作らないことを信条にしているのです。

茨城から東京へ転校した、小学4年生の時に担任をしてくれたK先生(男:多分20代だったハズ)は若くて熱心なセンセイでした。やたらと学級通信を発行し、休みの日には生徒や親を連れて郊外の公園へ行ったり、クラスのお楽しみ会などではアコースティックギターを弾いて、みんなで歌を歌ったり。
小学校を卒業した後に知ったのですが、結局その先生は家業(教会だというウワサを聞きました)を継ぐために教師を辞めたということでした。私たちが小学校を卒業して数年後のことらしいです。
今にして思えば、カタチに残るものを作らざるを得ない心的状況だったのカナ?と。

ヒトは設計図であるDNAがあれば、生物としてこの世に生まれられるのでしょうが、ヒトが「ヒトらしいヒト」であるためには愛(教育)というものが必要なのだと思います。最も重要なものは親の愛でしょう。その補助として学校という存在、教師という職業がある。愛の一部であるはずの教育は、モノを残す必要は無く記憶にさえ残れば良いのだ。
なんて思うので、「学級通信」は書かないのです。

ノリスケさんの声が変わっていたコトに気づいた。

神は何処

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じゃ、何で私はこんな作業(homepage作成)を続けているのか?私自身も謎に思っています。極論すれば「神の要請」かしら。

イチロー対理科教師

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海の向こう(古風な表現だ)ではイチローが凄まじく活躍している。彼は1塁にたどりつくまでに4秒かからないと聞いた。
で、日本の阿佐ヶ谷。生徒の計測によると、私はソフトボールの塁間(60feets=18.29m)を3.01秒で走ったそうな。正確にはバッターボックスでバットにボールを当てた(バントした)瞬間から、1塁を踏むまで。とりあえず少なくともソフトボール部員である女子高校生徒達には勝った(当たり前?)。
で、比較してみた。私とイチローの足の速さを。野球の塁間は90feets(=27.43m)だそうな、今日知ったッス。ということは、私がバントをしてダッシュし、そのトップスピードを持続すれば、メジャーリーガーの平均(4秒台半ば)には達するのであろう。
しかし、メジャーリーグで毎度毎度バントだけをするわけにもいかないでしょうから、右のバッターボックスでフルスイングするならば余計に時間がかかりますな。てコトで、足の速さについてもまだまだ精進が必要であることを認識した、って当たり前?

21世紀最初の夏

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暑いッスね。現在私のいる部屋は摂氏30度を超えており、私は私自身を強制空冷しながらこの文章を書いているのであります。部屋の中の空気自体を冷却しているわけではありません。わかりやすく言うと、クーラーは使っていません。扇風機の風を浴びながら、ビールを浴びつつあり、打鍵しながら、ソフトボール大会の要項をパソコンFAX経由で送信しているのでありました。
この暑さは完全に梅雨明けの暑さですね。梅雨前線も東京の北に移動しているし。東京付近は「モンスーン気候区」から「亜熱帯気候区」に移行しつつあるのかしら?でも、とりあえずは「23区?」なんてね(寒む!)。梅雨前線は今後南下するのでしょうか?
こんなに梅雨の中休み(そしてこのクソ暑い日々)が続いた年は記憶にありません。それは以前の梅雨時に「飲んだくれ」すぎていたためなのかも知れませんし、今現在「飲んだくれ」ているからそう感じているだけなのかも知れませんケドね。
そんな感じで、21世紀最初の夏は始まるようでありました。

私の好きな歌手

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山下達郎ってヒト、割と好きです。
自分で発見して好きになった歌手・演奏家って言うと、L⇔Rとゴンチチくらいしか思いつかない。後は「巷でウワサ」のCDを買ってみたというパターンだ。ヤマタツってのは、昔から耳にしていたが、私の心に刺さったのは「さよなら夏の日(by最初の教育実習でお世話になった中村享史(たかし)センセのカラオケat渋谷のカラオケボックス、その日は最初の教育実習の最終日)」であった。で、その後愛聴。
山下達郎ってヒトのクサいラブソングはそれなりに良いですが、私の人生とはあんまり関係ないッス、ホントに。私が好きなのは「オヤジというほどには歳をとっていないヒトの心象」を描いた胡散臭い歌たちです。新しめでは「セールスマンズ・ロンリネス」など。
私が一番好きなのは「蒼氓」って歌です。東ミキヒトが出てたジャックスカードのCMのBGMで流れていたヤツ。本当に悲しいヒトは涙など流さず、「悲しい」という感情も持たないのかも知れません。そんな意味ではヌルい楽曲ですけど。
大体、音楽ってもの自体が人生の余興的な存在であると思います。山下達郎というヒトは、そんなコトは承知の上で「こうなったら歌を通して自己主張してやろう(生き続ける意味を探そう)」と、彼流のサッパリとしたメロディーと特徴的な歌声を発しているのでありましょう。

ここにあるのは2001年6月に書かれた日記です。

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