祝「チバニアン」

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決まったんですね。
めでてぇ。


私とチバニアン 履歴
模式地がパワースポットぉ?(2017年7月)
にっき(2018年8月)
チバニアンと地質学(2018年12月)

メクソハナクソ

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NHKが簡保の「不適正契約」扱ってる。
ウケる。

正に「お前が言うか」だろう。
不適正な契約の権化が、何を偉そうに。

イタリア旅行記 6

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4泊6日の5日目以降についてです。
あとは日本に戻るだけです。

前日の晩に受け取っていた「軽食ボックス」の内容物は、十分に大量でした。胃腸の具合が徐々に改善しつつありましたが、サンドイッチなどを食べられず、ホテルの部屋に置いてきました。
フィウミチーノ空港から、再度3つの航空会社に分乗し、ヨーロッパ各地で乗り継ぎを行い、日本へ戻りました。
アムステルダムからの機内では、映画『真夏の方程式』を見たことは覚えています。面白かった。福山雅治はかっこいい。他にも何か見たような気もするのですが、忘れました。1ヶ月半前のことなので。

で、私自身は無事に日本に戻りました。また、徐々に胃腸の具合は回復していきました。が、帰りの便で、スーツケースをぶっ壊されました。

スーツケースの「キャスター」であれば、破損の責任は「自分」であることを知っています。
今回の破損は「ケース本体」に見えました。航空会社の責任だと思いました。しかし、成田空港のお兄ちゃんには「書類は出しますが、キャスターの破損のため、ご加入いただいている保険会社での対応となります」みたいなことを言われました。
航空会社の末端で働いているお兄さんと戦っても、あまり得るところは無さそうなので、というか、戦う気力も無かったので、引き下がりました。が、この破損の「させかた」は酷いでしょ。相当に酷い扱いをしなければ、こんなに割れないと思う。10cm以上、本体が割れてました。
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航空会社が選べるなら、今後「某KLM」は使わないでしょう。

スーツケースはカード会社の付帯保険に委ねました。ほぼ元通りになって、戻ってきました。広島の「第一ボデー」さん(と「りそなカード」)、ありがとう。輸送料等も不要で、3,000円ポッキリでした。(なお、厳密に言いますと「費用はカードから引き落としで3,000円だけ」と聞いています。請求はまだ来ていません。)

つーコトで、これにてイタリア旅行記を終わります。

イタリア旅行記 5

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4泊6日の4日目です。
最終日みたいなもんですね。
一応、朝食にヨーグルトくらいは食べておきました。不調は続いていました。

その日はフィレンツェからローマに戻ります。途中、ピサに寄りました。
この日の見学ルートは選択制になっており、チヴィタ(チヴィタ・ディ・バーニョレージョ)とピサの二択になっていました。生徒たちは行動班(6名前後)毎に行き先を選択し、教員は適宜割り振られました。

私は心の中ではピサを希望していました。
が、特にその願いは披露するでもなく、「責任者の先生に一任」というカタチになってました。
成り行き上、その願いは叶いました。

チヴィタは『天空の城ラピュタ』のモデルでもあるとか、ないとか?
生徒は圧倒的にチヴィタ行き希望者が多かったです。
私は昔から、その存在を知っている「ピサの斜塔」を見たかった。で、見てきました。

まずは大聖堂に入りました。
ガリレオが『振り子の等時性』を見出すきっかけとなった(という説もある)ランプ。
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その後、洗礼堂も拝観しました。
斜塔前で集合写真。
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斜塔と大聖堂。
微かに雨は降りましたが、どうにかやり過ごした感じです。
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昼食はトマト味のニョッキなどでした。
朝よりは胃腸は回復してきましたが、やはり完食はできず。
全然大した量じゃ無かったのに。

その後は、時に右手に地中海を眺めながら、ローマへ戻りました。
夜はカンツォーネの演奏を生で聴きつつの夕食でした。
その後はホテルに戻り、帰国の準備をしました。


なお、チヴィタ見学グループは、下に示したような光景を見たそうです。この画像を撮影したのは、前述の同僚理科教諭(のはず)。
絵画でも、こんなに綺麗には描けないような...。
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イタリア旅行記 4

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4泊6日の旅行の3日目。
ローマからフィレンツェへ移動しました。ローマ出発は8時少し前でした。270kmの道のりを、3時間半ほどかけて移動しました。

私は、バスの中で寒さを覚えていました。後から分かったのですが、何かのウイルスにやられていたのでしょう。その時は「やたらに寒いなぁ...」とだけ、思っていました。バスの中にいるのに、ジャケットに加え、薄めのダウンを羽織っても、まだ寒かった。

そんななか、フィレンツェはミケランジェロ広場に到達しました。
雨の中でした。本当に寒かった。
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でも、元気な生徒は雨の中、薄着で弾けて(?)いました。若いって、素敵だなぁ...。


若いと言えば、同じ職場の同じ教科担当、かなり若い同僚(♂)が居ます。
で、元カノ(この表現は、あまり好きでは無いが、彼がそう言っているから使う)とは、学生時代にイタリアに旅行したことがあったそうで。写真も見せて貰ったことがあります。卒業旅行だったとか何とか?
そしてどうも、今でも未練たらたらの様子なのです。スマホに、元カノの画像を持っています。

その中の1枚には、ミケランジェロ広場で撮影したものがあるそうです。見せて貰った。
その「仲むつまじき頃」と同じ構図で、写真を撮りたがっていました。別の女性教員(既婚者)を隣に据え、撮影してましたね。
私は思うのです。
何で、同じ構図で、写真を撮りたいのかなぁ... って。

私は、こっそりとこの場所で、彼の更生を祈るのでした。
復縁でも、「新カノ」でも、どっちでも良いけどね。


バスで移動して昼食でした。
イタリアを旅したわけですが、スパゲッティ的な乾麺は、結局一度も出てきませんでしたね。
この日はボロネーゼってコトでした。ニョッキが細長くなったみたいな感じのパスタでした。太さが5mm程度、長さが5cm程度、だったような気がする。が、具合が悪くなりかけていたので、記憶が定かではありません。何しろ、そのパスタを「全然食べられなかった」記憶が残っています。食べても美味しいと感じられなかったし。
この生涯、シラフなのに「食べ物を残した」なんて、ほとんどありません。それほどまでに体調が悪かったのでしょう。何しろ、食べられなかった。今更ながら、ビビるわ。

で、体調が悪かろうが何だろうが、生徒を連れて、徒歩移動を続けなければならない。
この昼食時、折りたたみの黒い傘も無くなってしまいました。ま、西友にて1000円で買った傘なので、とても「ありがちなデザイン」ではあるのです。それにしても、持ち物が無くなるのは悲しい。傘立てなんかに預けなければ良かった。

午後はウフィツィ美術館、ドゥオーモなどを見学しました。14時から17時過ぎまで、雨のフィレンツェを巡りました。
レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ボッティチェッリ などなどの、超有名な作品を見ました。ということは覚えています。自分で撮影するよりも、「ネット上で見る」方が綺麗だろうから、一切美術作品の撮影はしませんでした。ま、体調も悪く、そんな余裕も無かったのですけどね。


街中は「クリスマス仕様」になってました。
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このヴェッキオ宮殿は、映画『ハンニバル』の撮影に使われたとか。映画を見た記憶はあるけど、よく覚えていない。
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『冷静と情熱のあいだ』は映画も見たし、小説も読んだ。
ドゥオーモですね。
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18時にホテルに到着。
あまりに体調が悪かったため、夕食も摂らず(摂れず)、ひたすら寝てました。生徒の管理等は、他の先生方にお願いして。
25年前後教員やってますが、宿泊行事でこれほどまでに働けなかったのは、初めてでした。

現地の医師(めっちゃ具合が悪くなった生徒が看てもらった)の見立てによると、「行きの飛行機で『何か』を貰っていたのだろう」と。最終的には同じ飛行機を使った人々から、10名前後の体調不良者が出たのです。で、その1名が私だった。

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