地図を回すか回さぬか

私が普段乗る車は、実家にあり、主に運転しているのは父親だ。多分、父親の次に長い時間、その車を運転しているのは私だろう。
私はその車に乗る度に、シートの位置その他を補正する。安全のためである。
カーナビの設定も変える。父親は車の進行方向が画面の上になる設定を好むようだ。地図がぐるぐる回転するタイプ。「地動説」の画面表示だ。私は地図の北が常に画面の上に来る設定にする。「車動説」の画面表示。

地図の方角が常に固定されていないと、自分がどちらの方角に向かっているのか、それが分からなくなる気がする。
街中などで、印刷物の地図をくるくる回して見ているヒトを見たりする。あれは「私は方向音痴です」と周囲の人間に披瀝しているような気がする。だから私はやらない。地図を見る際、「男は黙って北を上」が美しい気がする。

しかし、よくよく考えてみると、地球の地軸というのは、絶対的な座標でも何でもない。宇宙全体から考えるならば。
だから、「地動説」も「車動説」も、どちらが優れていて、どちらが劣っているなんてコト、多分無いのだろう。


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ここにあるのは2008年11月 1日 18:03の日記です。

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