作られていく「ベストセラー」

そういえば、1週間くらい前にリリー・フランキー作『東京タワー』を読んだ。その読者レビュー等は腐るほどWeb上に存在するだろうから、特に記さない。とりあえず、リリー・フランキーってヒトの、別の作品を読もうと思った。

今朝の「めざましテレビ」を見ていたら、Bookランキングをやっていた。上記書籍は2位だそうで。そのデータは「ブックファースト渋谷店」とやらが出所らしいが、そのデータをもって日本全体で同じ本が売れていると思ってはいけないのだろう。前述の星占いと同様に。
で、今朝改めて不思議に思ったことがある。それは「流行の本」なんて気にするのは、基本的に「ヒマな大人」なのだろうなぁ、ってコト。

日本国憲法や教育基本法を見る限り、学校というのは個性を伸ばす為に存在しているはずなのだが、教育を受ければ受けるほど、画一化されていくような気がしなくもない。これは面白い現象であろう。畑仕事に精を出しているおじいさん・おばあさんは『東京タワー』なんか知らなくても生きていけるのだろうが、変に情報過多な(自称)現代都会人は、流行の本を読まないと、何かに取り残されるような気がしてしまうのだろう。私もその傾向があるわけだが。

最近は中学生なんかの間にも「流行の本」なんかがあったりするみたい。超有名どころでは『ハリーポッター』シリーズだろうか。
思えば、恐ろしい世の中であるコトよのぉ。

ここにあるのは2005年11月 8日 21:00の日記です。

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