2004年12月アーカイブ

無料でpdf作成

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PrimoPDF、超ステキ!
試験問題作成から例によって逃避していて発見しました、上記ソフトを。

過去2年間くらい、ずーっと悩んでいたのですね、私は。何を悩んでいたのかというと、「AdobeのAcrobat、買おうかなぁ、でも、高いなぁ...」って。ま、購入した場合の使い道といっても、大したことはないのですね。
その1:画像として置いておくだけでは勿体ない気がする情報の披露
その2:理科関係の教材(他のヒトにも使ってもらえそうな、そこそこまともなプリント類)の披露
くらいですからねぇ。だからこそ、タイ米は炊いてピラフ作る...、じゃなくて大枚はたいてAcrobatを買うことは無かったのです。年賀状「亜座羅新報」で披露した文章は、私の中で最優秀フィクションなのだけれど、これでサーチエンジンにも引っかかってくれることでしょう、多分ね。

ジャストシステムあたりからはpdf作成ソフトのDMがやたら入ってくることもあり、頭の隅に引っかかり続けていたのでありますが、先日上記ソフトを発見したのです。そう、生徒の「情報」の作品をチェックしたり、理科の試験問題を作成しなきゃならないことを知りつつ。

で、その後ニュース見ていて知ったのですが、つい先日AdobeからAdobe Acrobat 7.0 のリリース発表があったことを知りました。Reader 6.0 、何が気に入らないかって言いますと、勝手に自分自身を更新しようとするところですね。別に自己改革をしてくれるのは構わないのだけど、一言言って欲しいと思いませんか?具体的には「タスクバー上で自分の存在を知らせろ」ってコトであります。ハングアップしたのかと思っちゃうわけですよ。「タスクマネージャ」を起動しても「利用可能なアップデート」っていうウィンドウが開いていることが分からない場合がありますからね。って私だけ?

牡蠣にアタる

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今年もまた牡蠣にあたった。
牡蠣は小さいヤツを3個体くらいしか食しておらず、酒だって飲まなかったのにも関わらず、である。なおかつ凄いのは、食べ終えてから9時間後くらいに吐き気を催したことであろうか。胆液(胆汁)と腸液と水の混合物らしきモノだけ、結構大量にモドしたのである。と、言っても200mlは超えないとは思います。が、黄色で透明な液体だけなのだったら、200mlも吐けば十分だろう。何に対して十分なのかは自分でもよく分からないけれども。

恐らく私の推測によると、牡蠣のヤツらは普通に消化され、小腸で吸収されたハズだ。その分解産物が血液内に入り込み、肝臓その他にたどり着いたのが夜半過ぎだったのだろう。そして、血中の「とある物質群」に対して小川正樹の中枢部分(脳幹?)は「此奴らは危険すぎる!」と判断を下したのだろう。「とある物質群」は胆汁として外分泌されるコトが決定し、ある程度溜まったところで経口排泄されたのだ。
チナミに現在、牡蠣摂取から24時間以上経過しているが、未だに体調が悪いのでした。

過去には酒飲みすぎた場合にも、胆汁みたいな液体だけゲロゲロ吐き続けたことは何度かあった。しかし、酒を飲んでいないのにこんな症状(胆汁ゲロゲロ)になったのは初めてである。なお、今回の胆汁ゲロゲロは夜中の1回きりで収束した。
「とある物質群」の残党は肝臓で解毒し、尿として排出することに決めたのでしょうね、私の脳は。

そして、こんな文章作成する暇あったら、試験問題作成した方が良いのですよねぇ…。

消える記事

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最近ちょっと気になっていることがある。
12月9日に小田急線で踏切事故があった。例によって?三菱自動車はdionって車らしい。
で、其奴に関しての疑問がある。前からじわじわ私の脳みそに浮かんで来ていたコトではある。
GDIの構造とかdionがリコール対象か否かなんてなコト、この際は問題ではない。私が疑問に思っているのはアサヒコムの報道姿勢である。

一度はアサヒコムにも記事内にとして出ていたはずなのだ、「三菱」ってフレーズが。
現在、「河北新報」や「共同通信」その他のニュースサイトでは「三菱自のワゴン…」って文字列を見ることができるが、アサヒコムでは踏切事故にあった車種やメーカーが表示されないようになっている。
私の記憶でしかないが、一時的には http://www.asahi.com/national/update/1209/012.html 内にも「三菱」って文字列があったのだ。しかし、その後同じページを見たところ、その文字列「三菱」は削除されてしまったようで、二度と見ることはできなかった。何らかの圧力がかかったのであろう、記事は差し替えとなった様子である。

だいたい不思議に思うのは、三菱自動車事故の報道がパッタリ消えたことだ。数ヶ月前だろうか?三菱自動車の事故報道が乱発された時期があった。1週間くらいだったかしら、三菱の車が火を噴かない日はなかったような気がするのだ。しかし12月現在、三菱製の自動車はすべて死火山となってしまったのかの如く、自動車故障のニュースを聞かなくなった。
ま、完全に公正な報道なんてものはあり得ないとは思うが、三菱を庇う必要性は私には見あたらない。三菱製の自動車がエンストで事故を起こしたことを隠すことによって、結果的に死者が増えたらどうなるのだろうか。死人を増やすために新聞記者(や、その校正担当者)は存在しているのか?

だいたい、私が貸してやってる金を使って「東京三菱キャッシュワン」なんて高利貸しのTVをバンバン(ババンと?)宣伝をしていることが解せない。それならば各種手数料を安くし、預金の金利を上昇させてもらいたいものだ。

なお、この私の記事?で難点となるのは「年間の踏切人身事故が何件くらいあるのか」ということを調査しきれていない点にあろう。

PrimoPDF使ってみて

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と、いうことでPrimoPDFを用いて暫定的に私の持っている一太郎のファイルをpdf化してみた。縦書きであり、かつ罫線が変な風に入った年賀状はキチンとpdf化されなかった。ちょっと残念。しかし、それ以外のファイルは「いかにもpdfですっ!」って感じに印刷?されました。
pdfはファイルが重い場合もありますけれども(もっと軽くできるのかしら?)、見やすさは紙に近いものがありますね。

当たり屋情報

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「ゆとり教育」の揺らぎとは何の関係もない話題を。
2日前、こんな文書が勤務先にFAXで届いたそうだ。差出人は都内の中学校の先生だそうで。

私がこれと似た文書を最初に見たのは大学在籍時だったから、約15年前ですな。東京学芸大学小金井祭実行委員会もセットで記憶に収まっている。其奴を見たのは委員会室で作業をしているトキだったのか、委員会室とか大学の自治会(民青という名の日本共産党下部組織)とかが入っている部室棟(元日本軍兵舎と聞いている)と「美術棟」との間のアスファルト上で寒がりながら作業をしているときだったのか、あるいは委員会室でダラダラしているトキだったのかは定かではありませんが、何しろあの麻雀部屋?の近くで目にしたハズです。で、「“山口”や“なにわ”ナンバーは怖いのか、へぇー」って思ったのさ、ハイティーンの私は。
その数年後、やはり同じような情報に遭遇しましたね。そのときに知りました、この「当たり屋情報」はデマであると。
現在はインターネットも普及し、私のパソスキルも向上した結果、山口県警の当たり屋情報に惑わされないで!等の啓蒙?活動を探し出すことも可能となりました。

最初にあの文書に触れたときはビビりましたね、私自身が運転免許取りたてでしたし。この「当たり屋情報」って何だか本当っぽいじゃないですか。この「本当っぽい」ってトコロがミソなのでしょうね。数年前、鉄腕ダッシュメールとかを貰ったことがあったっけなぁ。献血お願いメールもあるらしいですよね、私は貰わなかったけれど。チェーンメールの流通って最近は下火なのか、あるいは単に私に知り合いが少ないだけなのか、どちらなのでしょうか?ま、どちらもあるのしょうね。「不幸の手紙」は恐らく小中学生の間を地味に生息し続けて居るんじゃないかしら。私自身は不幸の手紙を貰ったことはありませんでしたけれど。

ま、何はともあれ、ホントに上尾警察署が文書打ち直してFAXを送信しているのだとしたら恥ずかしいですわな。かといって、私も上尾警察署に確認の電話入れるのも馬鹿みたい、ってかそんなコトして警察署員の手を煩わせるのも申し訳ないし。そんなわけで、ここにとりあえずそのFAXを公開した次第である。
上尾に住んでる従兄弟に聞けば何か分かるかなぁ… それよりも定年過ぎて暇だろう伯父さんの方が何か知ってるかしら…

ベスト

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作家にしろ、歌手・音楽家にしろ、その作品やアルバムには当たりはずれがありますよね。それぞれのヒトにはそれぞれ好みの作家やバンドとかが居るものでしょう。
そして、それぞれのヒトが「あの作家のベストの作品はこれだろ」とか「あのバンドのアルバムは2枚目が良いよなー」とかいった思いを抱いているのでは無いでしょうか?

来年度の年賀状作成も終わり、既に投函が済んだ私であります。別に年賀状にメッセージ性は不要なのかも知れませんが、私自身は何処にでもあるような年賀状だったら存在させる意義がないのではないかと思い、それなりにメッセージ性を持たせた賀状を作成しています、ここ数年。

で、そういったクリエイティブ?な作業を繰り返していて気付きましたね。鑑賞者の側から「ある芸術家」が作った作品を見比べていくと、その中には「傑作」や「駄作」といった「区分け」が生じてくることが多い。しかし作品を創造(模造?)した側からすると、どの作品もそれなりに愛着があり、その時点での持てる力を発揮した結果として「それぞれの作品」が存在しているのであろうと。

ここにあるのは2004年12月に書かれた日記です。

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