今日まで、ウグイスとメジロを混同していた。メジロのルックスとウグイスのボイス、私のアタマの中では同じ生物と見なされていた。
2003年3月アーカイブ
ヒトってのはデジタルを志向する、あるいは回帰したくなる存在なのかしら。線引いて戦うのは楽だよね。とりあえず思考を停止できるから。
犬や猫ならば、あるいは大腸菌ならば、「自分はなぜ存在するのか?」なんて考えないだろうしね。何で生まれたのか解らないことを保留したまま、僕も生きていますよ。
でもさ、ブッシュ(ガキ)ももうちょっと考えて欲しいよね。兵器を使いたいのなら、日本の自殺サイトマニアにでも高額で売っぱらえば良いのだ。キルギス他どこでも構わないけど、ウラン鉱山にまとめて送り込んだら良いんじゃない?死にたい人たちに殺し合いをさせ、兵器も消費される。どうせ死んじゃう人たちだから、多少被爆したって問題Nothing. Very^2 Ecological! Isn't it?
4日ほど前に勤め先の高校卒業式があったのだった。自身としては持ち上がりで3年間担任した生徒を送り出すのは2度目なのだった。
ビビりますね、来年度は勤め始めて10年目に相当するのですね。大学卒1年目は別の学校で非常勤講師、2年目は今の勤め先で非常勤講師。3年目から今の勤め先に専任教諭として勤務している。
今回生徒たちが卒業し、大変に嬉しく思うのは確かだ。
で、次に心に浮かんでくるのが退学者たちなのだった。幸い?なことに前回の卒業生たちのときは、自分が担任した生徒で退学しちゃった生徒はいなかったのだ。今回は自分がクラス担任したことがある生徒は4人退学したんですよね。何らかの運命によって出会った以上、3年間お付き合いしたかったのだけど叶わないこともあるわけだ。
で、突然話は変わるが、「財団法人」とか「社団法人」とかって胡散臭い。「学校法人」より数段胡散臭い。
基本的に彼らの給料は税金な訳でしょ、あるいは寄付。よく知らないけどさ。
ま、私の給与の一部分も税金だけど。
私は真面目に仕事しないと生徒が来なくなって仕事を失う可能性があるケド、「補助金」が舞い降りてくる彼ら(見たこと無いけど)は大してそんな心配しないんじゃないかな?
私が在籍する「学校法人」にはそういった団体からの「講演会のお知らせ」みたいなメールが結構やってくるのですね。職務として学校宛のメールをチェックする係になっているので。そういったメールを目にすることが多いのですよ。
じゃ、採点に戻りましょう。そう、逃避していたのですね。
前回嘘ついた。
社団法人ってヤツに一時就職した友人がいて、非常勤講師時代の暇なときにボランティアとして何度か仕事を手伝ったのだった。ま、ボランティアと言っても「交通費」ってことで2・3千円貰っていた気がしますね、一日がかりの仕事だったけれど。別にその団体名隠すこと無いか。私がちょっとお手伝いしたことあるのは「社団法人青少年交友協会」ってヤツですね。結構変わったことやっていて面白いと言えば面白い団体です。宣伝でもしておきましょうかね、数年ぶりのボランティアとして。
青梅街道近辺にすんでいるヒトや、春や秋に青梅街道を車で走ったことある人は見たことあるかもしれません。青梅街道沿いの怪しい黄色の幟「かち歩き」。
「かち歩き」そいつは「飲まず食わずで20~43kmを歩き通す」というイベントなのです。スポーツするヒトは分かると思うんですけど、「食わず」は良いとしても「飲まず」ってのはかなり「問題アリ」ですよね。43kmって言ったら時速6kmで歩いたとしても7時間ですよ。水飲まずに7時間、危ないっすよね。ま、43kmは3月とか11月といった体力の消耗が少ない季節に行われますけれど、一応。
私が歩きに参加したことあるのは川崎~登戸20kmってヤツでした。新宿~青梅43kmは私もやりたいと思わないッス、20kmくらいが適当でしょうね。43kmを手伝ったときは車に乗って巡回や荷物運び、幟回収などを手伝ったのでした。
あとね、「グリーンアドベンチャー」っていうヤツも関わっているらしいですよ。都内では新宿御苑・代々木公園・日比谷公園・中野区役所周辺・北の丸公園・神代植物園・井の頭公園・しながわ区民公園・上野公園・昭和記念公園にあるんだってさ、今知りました。「グリーンアドベンチャー」ってのは「あなたのお名前何てーの?」ってコトを樹木に対して行うヤツ?なのです。上記の公園に行くと看板が立ってますよ。
その看板「グリーンアドベンチャー」を見るたびに、約10年前にその法人で働いていて現在塾講師をしている腐れ縁の友人Mと、その協会の理事長「モリタユウゾウ氏」を思い出してしまう私なのでした。
今、アメリカ合衆国国民は何を考えているのだろう。「ブッシュに投票しなきゃ良かった」とか思ってんのかなぁ?彼を大統領にしようと思い、世界貿易センタービルに勤めてて死んじゃったヒトはたくさん居たのだろうなぁ。
僕は身近な人と仲良くしたいと思う。家族とか職場の同僚とか生徒の皆さんとかご近所さんとか愛しい女性とか。今の僕にはそれくらいしかできないけど、それがとても重要なことだと思う。
職場で成績などのバックアップを取っている最中ふと思い出したんだけど、Windows95が無い頃はネットワークの構築がめんどくさかったのでありますね。私の職場には幸いにしてコンピュータに詳しいTセンセがいらっしゃるから、MS-DOSの頃からコンピュータのネットワークも形成されていたのだけど、確かもっとも初期の頃はDOSプロンプトからコマンドを入力する必要があったのだ。その上でウィンドウマネージャのソフト「EOSystem」ってソフトが動いていた。懐かしや。
で、コンピューターネットワークね。便利っていえば便利なのだけど、管理がまた大変になってくるのですね。スタンドアロンならばウイルスだってそんなに蔓延らないだろうけど、職場のメインアドレスなんてウイルス付きメールが届かない日の方が珍しい。果たしてネットワークは我々(共産党っぽい響きですね)を幸福にしたのだろうか?
それはそうと、LANケーブルのストレートとクロスを自分の目で確認できる私って確実にスキルアップしてるわ。ま、コネクタが透明なやつに限りますけどね。
で、そこから私の思いは「グローバル化」に及ぶのですね、もちろん経済の。
市場の国際化(アメリカドルの流通)は富むものと富まざるものを明確化したに過ぎず、幸福なヒトが増えた反面、虐げられるヒトもまた増えた訳ですよね。これはビンラディンやフセインが常に言っていることだし、私もそう思う。私は「フセインってヒトが素晴らしい」と言っているわけではありませんよ、念のため。
もちろん、間接的には私も誰かを間接的に虐げているコトを知っています。食糧にしろ、衣料にしろ、輸入品だらけですものね。安い賃金で働く、日本以外のクニの人々が存在するわけです。有名なところでは、手縫いのサッカーボールってヤツがありますよね。あれは誰か(一説によるとパキスタンやインドの子供たちなど)が非常に安い賃金(もちろん、為替というシステムが存在するためだ)で働いた結果、生産されてくるわけだし。
で、私の思いはさらに飛躍するのであるが、「宇宙は無から生まれた」って言うのが現在の定説らしいじゃないですか。
ってことは、「幸福と不幸の総和は0となる」ってコトなのかなぁ?なんて。
でもそれは非常にむなしい考え方ですよね。地球上の幸福と不幸の総和が幸福にシフトしていくように、教育や国家というものが存在すると思いたいのだが、実際はどうなのだろう?
結局、世の中ってすべて競争ですものねぇ(ええ、否定しません、全然)。
むんずかすぃーノダ。
はい、例によって下らない話ね。キーワードは「中央線・嘔吐・制覇」。
私、現在は阿佐ヶ谷に住んでいるのですね。職場も同じ町内なので職住隣接ナリ。たとえ飲み過ぎて下痢気味の朝を迎えても、おのこどもが居並ぶ、駅の男子トイレ(個室)に世話になること無し。この上なき幸せ哉。
で、実家は豊島区長崎、大学は小金井市内にあったのでした。東大よりも学があり、芸大よりも芸があるって大学。そんな学校あるわけ無いスカ?
連載モードに突入します。
平成14年度も終了! と。
本年度前半は今まで生きてきたうちで一番多忙だった。後半はそれに比較すれば楽だった気がするのであります。チナミに残業とかいった概念は無いッス。教員は楽なのか?私はハードながらも楽しいと思う。おもしろい仕事だけど、休みが多いとは思えましぇん。