2002年12月アーカイブ

最低最悪の日 第1回

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武蔵小金井は「養老の瀧」、歩いて旅するサークル「伸歩会」の宴会が終わった。飲み足りない酔っぱらい数名は大学敷地内の部室へ戻ることを決めた。夜通しで飲む覚悟を決めたのだった。12月の寒い晩のことだった。
およそ30分後、部室に着いた。
部室には陶器の湯飲みがあった。酒も買ってあった。小川はバイクの運転を友人から教わっていた。湯飲みは埃を被っていた。部室近くには水道がなかった。
小川は湯飲みを水道で濯ぐために、バイクを借りて外出するのだった。無免許・酒酔いでの大学構内ツーリングなのだった。

以下次号。

最低最悪の日 第2回

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「やべ。」ガラスの割れる音、二灯式のヘッドライトも消える。「ゴメン、伊藤。」彼の新車はホンダAX-1だった。

酒酔い・無免許、加えて視力不全の私は転けていた。記憶では3速全開からフルブレーキ。シケイン(クランクカーブ?)を回避する為にハンドルを切りながら。そりゃ、転けますわな。

こんな文章記す暇あったら、試験問題作成しろという内なる声。

最低最悪の日 -休憩-

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中学2年生用の理科試験問題、残り30点分ほど作成する必要があるのだけれど、家に帰ってしまうと飲酒の道を突き進んでしまい、恐らくろくに試験問題が作成されないだろうから、職場に残って試験問題の作成を続けているのだった。緑茶をがぶ飲みしながら。
とか言いながら、こんな風に「日記作成」という逃避に走っている私なのだった。

およそ12年前のバイク破損。親に修理代を立て替えてもらったのでした。十数万かかったっけなぁ。伊藤(本名)がそのバイクに乗っている間、私は気が気では無かった、「あのバイクで彼が事故ったら、私に相当責任があるなぁ」って。幸いなことに、彼は事故る前にそのバイクを売っぱらった。ヤマハのserowに乗り換えたような記憶があります。

事故車って、圧倒的に扱いづらくなりますよね。私の実家には以前180SXなる日産の車があったのです。シルビアのクーペ版ね、知らないヒトはとことん知らないでしょうし、知ってるヒトは「ワンエイティ」については解説要りませんな、恐らく。ちなみに排気量1800cc版の古いタイプでした。古いタイプの方がフロントがかっこいいと思いますね、私的には。で、その180SXはもう既に実家には無いのですが、アクセルを床まで踏み込めば平気で180km/hに達しましたね。そしてリミッターがかかるのでした、ただし妹がその車で事故るまでは。

ある時(妹の事故後)に乗ってビビリましたね、140km/hくらいのスピードを出すのが怖いのです。ハンドル近辺が変な振動を起こすのでした。事故以前は高速道路上なら普通に140km/hで巡航できたはずだったのに。ってこれも法律違反ネタですね。ま、現在の私はあまりにも車に乗らないから「ゴールド免許」になってますし、時効ですね、時効。

目を逸らされた話はいつ頃出てくるのでしょうか?
試験問題の作成を再開しましょうかね。そんな19時17分。

最低最悪の日 第3回

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「PIXUS」ステキー、速くて綺麗。はっきり言って過去最高の賀状ですね、私が作成した中では。coming soon. 刮目し、待たれい!

で、目ぇ逸らされた話ですか。

私の記憶に次に現れるのは、右目の前にある地面ですね。ま、バイクでコケりゃ、地面に顔面を

最低最悪の日 第4回

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ぶっつけることもありましょう、転けたわけだし。
立とう!と思って両手を地面に当てた瞬間!

ここにあるのは2002年12月に書かれた日記です。

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