"Apple Lossless"に手を染める

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ま、「今さら」というハナシではありますけれど。

すんげー久しぶりにCDを買いました。家からCDプレイヤーを撤去して久しい。
今回買ったのは山下達郎氏の"SOFTLY"で、その前に買ったのは同じく"RAY OF HOPE"のようでした。11年ぶりのCD購入。
この生涯、予約して音楽メディアを購入したのは初めてだったりする。初回特典のプレゼント付きだった。

で、再生方法について。
今となっては、音楽(ライブラリ)を再生できる機器はiPhoneくらいしかないので、"AAC"ではなくて"Apple Lossless"にて圧縮してみたのでした。
元データの50~70%に圧縮されるらしいっす。確かに、AACと比較して概ね3~4倍になってしまうみたい。

下が比較画像。
左がAACで、右がApple Lossless。
20220625.png

USBメモリ遍歴

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2004年5月 32MB(USB1.1) 4000円弱
→休眠中

2006年1月 512MB(USB2.0) 5000円弱
→ファイル交換用

2008年2月 2GB(USB2.0) 1580円
→最重要ファイルバックアップ用

この間、4GBのものを(職場の記念品で)貰う
→ファイル交換用

この間、16GBのものを確かヨドバシカメラで買う 価格忘れた
→ファイルバックアップ用

2018年11月 32GB(USB3.0) 900円
→ファイル交換用

2019年4月 16GB(USB2.0) 772円
→端末リカバリー用

2021年4月 64GB(USB3.1) 1280円
→ファイル交換用

2022年2月 32GB(USB3.1 type-c兼用) 2507円
→情報授業用

で購入してきたようだ。

32MBは家で眠っているはず。自作機BIOSのアップデートに使ったりした。

512MBのものは、紙の書類を複合機でスキャンする際、その「受け皿」として現役で使ってる。ま、その用途にしか使っていない、使えない。何だかんだで16年も使っていることになる。
2008年の段階で「USBポートに挿しても、認識されない」という不具合があった。そして、それは継続してたりする。きちんと認識する確率は、体感で7割くらい。

2GBのモノ以降、合計8本は普通に使ってる。
端末のバックアップ用だったり、情報科の授業用だったり。
備忘録として記しました。

なんてなコトを思ったのです、最近。

(職場のある)杉並区の通勤路、20年以上も同じ道を歩いていれば、ポツポツポツと、戸建ての建築物が建て替わるのです。
で、通勤途上に「建築計画のお知らせ」を眺めていた。

「今回見た2枚」が「たまたま」だった可能性は高い。のであるが、気になったのだ、「建築物の高さ」について。
その2枚には○○.○○○mと記してあった。

そんなに「ミリメートル」単位まで「正確」に設計でき、「正確」に施工できるのだろうか。メチャ謎だ。土の上に建てるのに。

ネット上で「建築計画のお知らせ」の画像を漁ってみると、○○.○mまでしか記していないもあったりする。
謎は深まる。

"TeX"とやらから、徒然なるままに。

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隣の席の理科の先生(物理)は、基本的にMacが好きだとのこと。
で、Keynoteを使って授業を進めようかと思ったそうだ。が、数式を記す際の「TeX的な記述」が面倒くさいので、結局PowerPointを使った、とのこと。

大学や大学院での論文では、彼はTeXを使ったのだそうだ。
でも、近年は使っていないので、PowerPointを使うことにしたのだそうで。

TeX、存在は知っている。使ったことは全然無い。
Wikipedia(日本語版)を見て、その歴史や読み方(テフというのも、ある意味中途半端らしい)についての無駄知識を得た。

私自身は、卒論は一太郎4.3で作ったなぁ。大学生協で売っていた横書きの原稿用紙に、20文字×20行で印刷したっけ。
今でも、そのファイルを「jtd形式」で保存したものを持っている。というか、それを改めて開いてみた。「20文字×20行」という記憶を確認するために。

私自身は、作文という作業はあまり好きでは無かった。基本的には小学校以来ずっと。
しかし、「どうでも良い文章」を書くのに目覚めたのは、中学時代だったはず。「班ノート」には「如何にして、朝にキチンと起きるか」というコトを書いたのだった。
今でも覚えている。結論めいたこととして、「朝方に尿意を催すような量の水を飲んでおけば、起きられるのでは無いか。ただし、寝小便には注意」って。


「結構私も無駄に真面目に『マス目』を埋められるだけの技術を身に付けたのだなぁ...」って自覚したのは、情報科の免許を取らされたトキのことである。


あれ以降、文章の作成を苦に思うことは無くなった気がする。

そのあたりを思い出していたら、高校時代の国語の授業を(改めて)思い出した。
私が高3で現代文を教わったのは、大田雅一(おおたまさかず)先生である。東大卒業で、教員になりたてだったと聞いた気がする。(Facebookを見てみたが、職歴などの詳細は不明。)

毎週毎週、大田先生は作文を書かせてきた。
今思えば、よくそれだけの作文に目を通せるものだと感心するわけですが。まぁ、当時の自分は「作文を毎週書くのは大変だなぁ...」と思うだけだった。

基本的に「優秀な作品」1,2点が翌週あたりに印刷され、クラス内で共有されていたように記憶している。

一度だけ、私の作文が印刷されたことがあった。人口問題か何かについて、自然科学的・社会科学的に考察させるような課題だった記憶がある。その課題については、特に苦労することも無く、文章を完成させた記憶がある。
で、恐らくは「よく書けていた」のだろう。でも、大田先生が「たまには、masakiにも花を持たせてやろう。もっとよく書けている生徒も居るけれど」って考えられたのかも知れない。


大田先生が還暦前後、若くして亡くなられたのを知ったのは、何故だったか、忘れた。
飄々とした、不思議な先生だった。

自分の職場にて、生徒が使ってた「国語表現」の教材、大田先生の名前を見たことがあった。「着実に偉くなってるんだなぁ...」「同じこと続けてるんだろうなぁ」と思ったのは、既に20年くらい前だろうか。

この文章を記してて気づいたのだが、大田先生の授業では、共通一次の演習もしていたのかも知れない。
数ヶ月のうちに、徐々に「共通一次の現代文」に慣れていき、「まあまあ点は取れそうだ」という意識を持ったことは記憶している。
私が理科以外の教科について、自主的に共通一次の過去問に取り組んだ可能性は低い。大田先生の現代文の授業で演習を重ねた気がしてきた。忘れてたけど。
念のため書いとくと、1989(平成元)年の「最後の共通一次」の国語は、現代文100点・古文50点・漢文50点という配点だった。みんな必ず200点満点。「現代文のみ」という逃げは打てない。

(最後の)共通一次の国語、現古漢で9割越えの得点だった。

大田先生は、学力・能力的に、私の「礎」を築いてくださったように思えてきた、改めて。
ありがとうございましたm(_ _)m

EPSON ELPCB02 の延命

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"ELPCB02"は、プロジェクターの「インターフェースボックス」の型番である。
私の職場では、このインターフェースボックスを使っている。他の学校でも、EPSONのプロジェクターやインターフェースボックスを使っているところは多いようだ。2014年から売られている製品のようだ。8年ほど経過している。

で、どうしても接続端子部分がヘタッてくるのだ。特にHDMI端子。

私の職場(=私)は、以下のように対応している。

1.本体下部にある(はずの)木ねじを緩め、インターフェースボックスを上に押し上げて外す。
2.HDMIケーブル(HDMI1,2どちらでも良いが、HDMI1の方がダメになっている場合が多いはず)を抜く。
3.本体を元通りに設置する。
4.本体から外し、プロジェクターから伸びているHDMIケーブルに、30cm程度の「HDMIメス-メス延長ケーブル」を接続する。

インターフェースボックスは、「ソースセレクター」として使い、HDMIの映像と音声は「30cm延長した部分」経由でプロジェクターに送るのだ。
参考となる画像を以下に。
20220517.jpg
この画像では「30cmのオスメス」と「メスメスコネクタ」を使っています、念のため。「HDMIのメスメス延長ケーブル」というものは、ほぼ存在しないようです。ま、需要も少ないとは思います。

最近の日記はこちらで見られます。過去に書かれたものはアーカイブで見られます。