『「学力」の経済学』を読んだ

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期待していたよりも、浅い内容だった。
しかし、こういった知見を持たれている方は、日本の教育行政にもっとガンガン関わっていくべきであろうとも感じた。日本の教育行政は、「行き当たりばったり」に過ぎると感じているから。

著者の中室牧子氏は、「アメリカ合衆国の教育学研究」が素晴らしいと感じているらしい。私はこの本を読み、彼の地に於いてはかなり過激な「ランダム化比較試験」が行われてきていることを知った。実際、日本ではアメリカのような研究をすることは難しいだろう。徐々にその方向も変わりつつあるようでもあるが。

しかし、その「研究先進国」のアメリカについて、私は「初等・中等教育が素晴らしい」というニュースは、見聞きしたことがない。「アメリカの初等・中等教育は酷い」という話は、昔から良く耳にする。例えばこれ

何事についても振れ幅が豪快であるという点が「アメリカらしいなぁ」と思うわけである。

そう言えば『ヤバい経済学』の話題が複数回書いてあった。あっちの方が読んでて楽しい。

ちょっと前のニュースだ。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180622-00010000-doshin-hok
より、記事を引用させていただく。

色覚障害の生徒に教諭が差別発言 北海道に30万円賠償命令 札幌地裁
6/22(金) 6:07配信
北海道新聞

 色覚障害がある道央の道立高校の男子生徒に対して、教諭が差別する発言をし、精神的苦痛を負わせたとして、元生徒の男性が道に100万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が21日、札幌地裁であった。高木勝己裁判長は「名誉を侵害する違法な発言」として、道に30万円の賠償を命じた。

表計算ソフトを使った「情報」の授業中
 判決によると、教諭は2016年3月、パソコンの表計算ソフトを使った「情報」の授業中、色覚障害の影響で課題の作製に手間取っていた当時2年の男子生徒に対し、クラスメートの面前で「字が読めないのか。おまえは色盲か」などと発言した。生徒は色覚障害者であることを、教諭やクラスメートには伝えていなかった。

最終更新:6/22(金) 6:07


「記事だけ」を元に、私の見解を記す。

面倒くさい話だ。
「教諭やクラスメートには伝えていなかった」時点で、自らの落ち度であろうて。

まぁ、北海道は「様々な差別が未だに根付いている」ため、色覚異常(私は「異常」と、意図的に記している)が「恥ずべき特性」となっているのかも知れない。その辺はよく分からない。住んだこともないので。
隠したところで、「事実は事実」なのだから、「いつか」はその事実と向き合わなければならないはずだ。職業選択かも知れないし、婚姻かも知れないし、子の出生かも知れないし、孫の出生かも知れない。

「おまえは色盲か」と言われたら、私だったら「そうなんすよねぇ、残念ながら」って答えると思うな。
ま、今(50歳目前)のメンタルと定職その他を持つからこそ、そう言えるのかも知れないけれど。

そして、教員も教員である。
色覚障害(色覚異常)の存在は知っておいて欲しい。色を扱うのなら、なおさらである。
そもそもこの教員は、色に依存した教材を作った(であろう)時点で終わっている。また「色盲」という単語を知っているのなら、その生徒が「色盲」である可能性を考慮すべきであろう。思慮に欠けているのは間違いない。
「もしかして、見えづらかった?」とか、尋ねれば良いではないか。

記事からは判別できないのは、「他の『色覚異常』の生徒」は、その「事実」を学校側などに伝えていたのだろうか、という点である。なんたって、男子の5%内外である。20人に1人だ。ただし、ヒトによってその「異常」にはかなり軽重の差があるのは確からしいが。また、この高校が普通科なのか、工業科(など)なのか、という点も疑問ではある。


似たようなニュースが、北海道から更に続いた。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018071300912
から引用。

HIV感染不告知で内定取り消し=社会福祉法人を提訴-札幌地裁

 エイズウイルス(HIV)感染を申告しなかったことを理由に、病院が就職内定を取り消したのは違法だとして、北海道の30代の男性社会福祉士が13日、病院を運営する社会福祉法人「北海道社会事業協会」(札幌市)に慰謝料など330万円の損害賠償を求め札幌地裁に提訴した。

 訴状によると、男性は昨年12月、道内の病院のソーシャルワーカーの求人に応募し、HIVに感染していると告げないまま内定を得た。しかし、以前に患者として受診したカルテを病院が発見し、電話で「話が違う」などと指摘。男性はとっさに感染していないと否定した。病院は、虚偽の事実を伝えたなどとして内定を取り消した。
 提訴後に記者会見した男性は「勝手に人のカルテを見ることが一番の問題点。医療水準は格段に進歩しているが、社会的には差別、偏見が残っている」と話した。
 北海道社会事業協会は「訴状が届き次第、検討したい」とコメントした。
(2018/07/13-18:05)


ま、こっちは「とっさに感染していないと否定」って段階で、ダメでしょ。(という意見はネット上にも多かった。)


これら2名、たまたまなのだろうが、北海道在住らしい。
(北海道の人間は)利己的すぎないか?

あるいは、北海道に棲む記者には「んな、アホな話があるか!」という思いを持ちつつ報道にたずさわる、正義感の強い方々が多いのだろうか?

あるいは、その両方?

とのことらしい。
妥当だろう。

根津一派は自らの来し方を省み、必要な費用を支払うように。
法の下に生きる「一市民」として。


過去の関連する日記群
学校と「君が代」
https://ariori.com/diary/cat15/

自称「綺麗」と自称「デブ」

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この2つは「自認」し、「公言」してはいけないのではないか。その理由は異なるが。

「私は綺麗だ」と自称するヒトは、一定の割合で存在する。
本当に綺麗な方だとしたら、その事実を告げられるのはせいぜい家族とか、本当に気心の知れた相手くらいだろう。「本当に綺麗な人」が、大勢の前で「私は綺麗だ」とか喋ったら、それこそ「総スカン」を食らうだけだ。多分、良いことは起こらない。
で、私の知る「自称綺麗」の大半は、本人がそう思っていない(ように、私には見える)。
「自分が綺麗なこと」にしておくことにより、「受け狙い」で場を和ませることを目論んでいるように見える(ヒト達しか、私は知らない)。
そのような精神状態で「私は綺麗だ」と言い続けていると、その方のルックスは良い方向には向かわないだろう。病は気から。ルックスも気から。
本当に綺麗になってしまうと、「私は綺麗だ」なんて、言えなくなってしまうわけだから。

「私はデブだ」と自称するヒトは、一定の割合で存在する。
そう言うヒトは、本当にデブな場合がある。しかし、標準体重前後なのに「太っている」と自称するヒトも多い。多分、加齢により体重が増えたってコトなのだろう。また、十代女子あたりだと、自分がデブなのだと「本気で勘違い」している子も多いようでもある。
で、今問題にしているのは、オッサン・オバサンによる「本物のデブ」。
彼らが「私はデブだ」というのは、自己肯定・自己憐憫のためなのだろう。他人や自分に対して「分かってはいるのだ、どうにかしたいのだ」という主張なのだろう。そして、そのような心持ちで生き続けていても、デブは改善しないだろうとも思うのである。

そんなわけで「私は綺麗だ」と「私はデブだ」は、口にしない方が良いと思うのである。

星に願いを

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本日は七夕であるが、一応、東京では雨は降らずに済むのだろうか?
太陽暦だと、なかなか綺麗に晴れることは少ないのかも知れない。旧暦ならば、東京はもう少し晴れているだろう。
が、そもそも七夕は中国の行事らしい。東京の旧暦7月7日のコトなんて、昔の中国のヒトが考慮に入れているわけは無い。

天文学について学習を進める際に、「恒星までの遠さ」について話すことがある。
稀に質問されるのだが、中学生や高校生になっても「七夕の晩に、織姫と彦星が移動している」と勘違いしている輩が居たりする。
「そもそも、(恒星は)動かないんだって」「実際はめっちゃ離れてるし」などと、諭す(?)のである。

以下の話は「光年」についての学習の際に、伝えることがある。

君たちは、星に向かって「誰々君と仲良くなれますように」とか「芸能人の誰々に会えますように」なんて、お願いしたりします?
例えば、織姫と彦星に願いを託すとしましょう。
あれらの星と我々の居る地球の間は、光の速度で十数年とか、二十数年離れているのですよ。
例えば今晩、皆さんが星に祈ったとします。仮に、君たちの願いが光速で伝わるとしても、それは十年以上先です。それを聞き届け、返事が返ってくるとしたら、その倍。二十年先とか、四十年先だね。何歳になってます?
しかしそもそも、10光年とか20光年の恒星なんて、メッチャ近いんですけどね。夏の大三角のデネブなんか、何千光年も離れています。そして、異常に明るい。

ま、もしかすると、皆さんの願いは時空を越え、一瞬で織姫や彦星に伝わるのかも知れません。分かりません。だから、祈ってみても良いかもしれませんけれどね。


過去の関連する日記
『キセキ』PV の流星群について(2010年2月)

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