現代に生きる教員としての葛藤

昨今、というか昔から「教育論」というのはいろいろ出てきます。一応今は「主体的・対話的で深い学び」を進めることになっているのかな? 文科省的には。
ま、そりゃ、学びは深い方が良いに決まっています。それもなるべく主体的に行う方が、様々な知識や技能が身につきやすいでしょう。また、「主体的に学ぶ姿勢」というものは、どのような仕事でお金を稼ぐようになっても必要となるはずです。それは大昔からこの先まで、ずっと変わらないはず。主体的に学ぶ気持ちを強く持てる仕事に就く、あるいは、仕事に就いた後に(必要に迫られて)主体的に学ぶようになる、そのどちらでも良いと思うけど。

この2026年現在、自分の勤務校に限らず、日本あるいは世界全体で「アクティブラーニング」とか「PBL」といった「学習手法」のほうが、旧来の「一斉授業」よりも『善きもの』と見なされつつあると観察しています。
なお、PBLは「問題解決学習」と訳される場合がありますが、私の勤務先の場合は"Project-Based Learning"をやろうぜ、って言ってる。PBLは"Problem-Based Learning"と前述の"Project-Based Learning"両方あるってコトらしいです、Wikipediaによると。

で、特に高校(あるいは予備校・塾)の先生方は同意してくれると思うんだけど、大学入試って、基本的に「知識の量」が無いと太刀打ちできないですよね。
自分が高校で主に担当する科目は地学基礎なんだけど、大学入学共通テストは「一通りのそれなりの知識」を持っていないと、高得点は得られない。なお、地学基礎は計算問題も出るけど、共通テストレベルであればそんなに難しくない。地学(基礎じゃないほう)も、共通テストであれば計算力は(物理や化学と比較すれば)あんまり要らない(と思う)。私は地学じゃなければ化学を担当することが多いのだけど、化学(化学基礎・化学の両方)もかなり暗記量がものをいう、というか「暗記すべきことを暗記」した上で、各種の概念を理解して計算の速度と精度を上げないと、高得点を取れない科目になっている。それは(多分)昔から変わってないんだけど。
で、その知識を『効率的』に生徒に植え付けるためには、「何らかの教材を用いての、板書とトークでの一斉授業」が最も効率的なのは間違いないだろう、って思ってしまうのでありますよ。なお化学については、受験生はその知識を得た上で(得る前に?)、授業(や実験とレポート作成)の時間外にひたすら問題演習を『自分で』繰り返さないと、その偏差値は上がらない。
あ、ちなみに「授業時間内に生徒が自主的に(ペーバーテストの)問題に取り組む」っていうタイプの「アクティブラーニング」という授業手法はありますね。理科で言えば、特に物理や化学ならば可能だろうと思う。それは否定しません、というか肯定します。

授業を受けてくれている生徒が、誰も大学入学共通テストを受けないのであれば、基本的には授業は何をやっても良いでしょう、プロジェクトの探究でも何でもさ。でも、大学入学共通テストという「明確なゴール、それも数値化されるもの」がどうしても控えている以上、中等教育、特に高校ってのは「教え込むこと」を優先させざるを得ないと思っちゃうんですよね。
なるべく生徒が楽しいと思えるよう、興味を持って貰えるように、常に何かしら工夫・試行錯誤しながら。


過去の関連する日記(「自薦エントリ(スマホの場合は下の方)」にあるものが多いけど)
「総合的な学習の時間」は廃止だ(その2) (2007年11月)
迷走文科省(2017年5月)
『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』を読んで(2019年7月)
初等中等教育段階での「探究的な学び」を否定する(2025年7月)

ここにあるのは2026年8月27日 14:04の日記です。

ひとつ前の日記は「『PC遠隔操作事件』と夏の図書館」です。

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