2010年7月アーカイブ

最近読んだ本で読み応えがあったのは『獄窓記』です。山本譲司(アマリンク)という方が著者です。内容は書名の通り、山本氏が体験した「獄の中の記録」です。


「秘書給与流用」というと、2002年3月に話題となった辻元清美氏や田中真紀子氏を思い出す方が多いと思います。
山本譲司氏は自身2期目の衆議院議員在職時の2001年、「公設秘書給与を詐取した」という罪で1年6ヶ月の実刑判決を受けた方です。上の本にもありますが、クニから詐取したお金は私設秘書の給与などに流用したとのことです。

この本を手に取ったのは、同氏の著した『累犯障害者』が興味深い内容の本だったからです。そのデビュー作?に当たるのが『獄窓記』です。
特に『累犯障害者』を読むと、「犯罪を犯すヒトは、犯すべくして犯す」という気がします。じゃあ何で『累犯障害者』なんて本を手に取ったのかというと、Birth of Blues に「読め読め」って書いてあったからです。


本気で社会を明るくするんだったら、「犯罪を犯した者が、犯罪を犯さないようなハード的なしくみ」をきちんと構築すべきだと思います。ワケ分かんないポスター掲示するような、現在の「ソフト的な『社会を明るくする運動』」には、あまり意味を感じません。
あるいは、景気を良くする、かな?(参照)
私にできることは山本譲司の著作を紹介するくらいですが、そのほうが多少なりとも「駅の垂れ幕や街角のポスター」よりも有意義だと思います。
私のリアルの知人だったら、文庫本をお貸しします。とりあえず今は「学級文庫」に置いてあるので。


以下は『獄窓記』についてのおまけ。
山本譲司氏は、今をときめく菅直人氏の公設秘書をやっていたそうです。『獄窓記』にも管氏が時々出てきます。「とてもいい人」として描かれています。ま、世話になった人を悪くは書けないでしょうけれど。
それに対して辻元清美。ひでぇ輩です。


過去の関連する日記
「社会を明るくする運動」不要論(2005年7月)
ごまめの歯ぎしり(2006年3月)
原理主義者として(2006年11月)

昔話

カテゴリ:

1990年代、私が専任として就職して1年目か2年目のハナシ。

ある朝、前校長が職員室に「変な機器(「電気分解 水質 検査」の画像ググリンク 電極があるヤツに似てる)とコップに入った汚い水および綺麗(?)な水」を展示してた。加えて「この学校の水道水はこんなに汚いのです」って書いた紙を置いてた。かなりの達筆で。

その機器、電極は鉄とアルミで、流れるのは交流の 100V だった。やたら単純な製品だ。
水道水には少なからず電気伝導性がある。カルシウムイオンやナトリウムイオンが溶けているから。電導性のある水に電流が流れれば、電極が溶け出す。鉄やアルミの酸化物で、赤茶色い浮遊物が生じる。
前校長の筆からすると、「怪しい機械からアルミや鉄が溶け出している」っていう認識は無い様子だった。

私はその非科学っぷりに驚愕し、怒りを憶えた。そこで、校長が置いた紙の横に、私の見解(水道水に電流が流れない方がおかしい・水道水の「ゴミ」は電極由来だ・「ゴミ」が出ない綺麗な水は単なる蒸留水だ)を記した紙を貼った。翌日かその翌日あたりに、機器と校長の手書きのメッセージは職員室から消えた。
彼と私の年齢は確実に四捨五入で50歳は離れていたのだが、嘘を見逃すわけにはいかない。私は理科教員だし。

もちろん、水道水の電気伝導性が高すぎるならば問題である。金属か何かが溶け込み過ぎってコトになる。その場合は飲み水に適さないだろう。


前校長は、何であんな行動に出たのだろう。

何故、私はそんな出来事を思い出したのだっけ?
数日前のニュースか何かを見て、この出来事を思い出したような気が。元のニュースは忘れた。

仮定法

カテゴリ:

私の知り合いに、4歳の娘さんと1歳の息子さんを持つヒトが居る。
娘さん曰く

弟なんて、いなければ良かった。
私は、お姉さんが欲しかった。
私のお姉さんだったら、きっと私に優しくしてくれるはず。

凄い。
4歳にして仮定法を操るコドモ。


もろに蛇足になっちゃうけど、私は2歳になる前に、遊びに出た先(動物園?)で以下のような発言をしたと聞いた。周囲の他人がビビッたらしい。

何だか僕、気持ちが悪くなっちゃったみたい。

自分を客観視できた(?)1歳児は、ありふれた四十前のオッサンになりました。
めでたしめでたし。

『日本語と外国語』と私

カテゴリ:

この新書(アマリンク)は、20年前に発行されたものだ。大学1年のときの一般教養「言語学」で先生から「買え」って言われて買ったような気がする。講義はかなり記憶に残っている。おもしろかった。試験のできが悪く、その単位は落とした。
生涯に「買わされた本」の中では、かなり良い作品だと思う。

今回改めて読み直してみて、私は結構きちんと「本の内容」を吸収していたように感じた。
「読み直し」は多分2回目かな。実家に置きっぱなしにしても意味がないので、学級文庫に置こうと思ったのだ。置く前に、改めて読んでみた次第。

私は

「エスペラント語」なんて、普及するはずがない。日本語と他の言語に於いて、「単語」や「概念」は「1対1」で対応するわけではない。だったら「1(エスペラント) 対 多(すべての言語)」なんて、成立するはずがない
って思っている。
この認識のタネが、20年前の読書だったらしいことに、改めて気付いた。

忘れていた内容も多々あった。「虹を7色に数えるのはニュートンが始祖らしい」とか。


この本の他に、鈴木孝夫氏の他の著作を読んだかというと、読んでいない。
学級文庫に置いてきた。

サンダルについて2件

カテゴリ:

およそ2ヶ月間ほど、BIRKENSTOCK のサンダルを探していた。俗に言う「ビルケンサン」ですね。ビルケンシュトックはドイツの会社だから、ビルケンストックではなく、ビルケンシュトックが正しい読み方なのである。
昨年夏に、2代目のビルケンサンを買ったはずなのだが、いつの間にか見あたらなくなっていたのである。

私はアディダスなどの運動靴だと 28cm を買う。リーガルなどの革靴ならば 27cm じゃなきゃ、足が入らない。「馬鹿の大足」ってヤツなのであろう。なお、身長は 177cm 弱で、加齢により絶賛漸減中である。

暑さが増す日々、地道にサンダルを探し続けた。現在の住居を、実家の靴箱を。
しかし、サンダルは見あたらなかった。

そして、思い出した。親戚のおじさんにあげてしまったことを(-_-;)

おじさんも体が結構デカいので、ちょうど良いサンダルが無かったようだ。昨年の秋、サンダルを貸したら気に入ったみたいだったので、そのままプレゼントしてしまったのだった。
すっかり忘れていたが、数日前にすっかり思い出した。さっぱりした。

で、新しいサンダルを買ってきた。

ビーチサンダル型のヤツ。下にあるのは右足「鼻緒」の裏側の画像。
sandal2010.jpg

非常に残念な感じのするシールだ。
「防水型」サンダルなんてあるのだろうか...。

普通の革靴と共通だって云うことは分かってはおります。「貼らない」って選択や、「別のシールを作る」あるいは、「シールの下半分を切り落として貼る」って選択は無かったのだろうか...。

阿佐ヶ谷の空をふたつ

カテゴリ:

20100708.jpg

地球の半径は約6400km、雲が出る高さ(対流圏)は最高で約10km。
大気の層なんて、地球全体の大きさから見れば、非常に薄っぺらなハズなのです。しかし、ずいぶんと空は高く見えます。
地球のデカさをしみじみ思います。

20100712.jpg

昨年度はホームルームも担当している授業の教室も、校舎の1階でした。職員室も1階。
本年度は、ホームルームは5階の教室だし、授業も半分以上は4階の教室。空がよく見えます。
加えて、昨年度は「情報科」の授業だけだったけど、今年は「理科」だけ。1学期は高2「理科総合B」で、天文学や惑星科学を中心に授業をしたので、地球の外層やその外に意識が行くと云うこともあるのでしょう。


そういえば、この1週間くらいの間に、阿佐ヶ谷駅の北西に「派手な電飾の看板」が出現してました。不動産屋のヤツだったかな。
早い時間に学校を出られた場合、阿佐ヶ谷駅から夕焼けの空を見て和むのが好きだったのです。品のない風景になってしまい、だいぶ残念。

私が全然理解できない行動。

  1. Web ページを紙に印刷
  2. それを見ながら、Excel の表に「手打ち」で入力
職場のある方には、今年度になってから「形式を選択して貼り付け(ググリンク)」のやり方を伝えたはずなのだが、バッチリコツコツ上記作業を行っていた。つっこむのは止めた。

さすがに60歳前後の方には、パソコンの使い方について、同じ事を二度三度伝えることもある。しかし、その方はそういう年齢レベルではない。多分「好きでやっている」のでしょう。
今後は彼が「忙しい」と言っていても、基本的に手助けするのは止めることにしました。

私が少しは理解できる言動は以下の通り。

  • 「これをスキャンして Excel の表にできないか?」と「紙に印刷された Excel の表」を提示
その方は英語科担当で、私が以前「英文の OCR」をお手伝いしたのです。味を占められたようで、上記言動に出ました。私は「元のファイルを作者から貰うか、手で打ち込んでください」と伝えました。

「OCR ソフトでの画像取り込み・テキストデータ化」と「スキャナーでの画像ファイル作成」の区別が付かないのでしょうね、一応何度か説明させていただいたのですが。

ま、私も同じ道を辿ってきました(そしてその区間は一気に駆け抜けた)から、同僚には可能な範囲で優しく接しているつもりではあります。生産性向上のために。


今でも職場では「俺は Excel を使えないんだよね」って公言される方がいます。分かります。「Excel を使いたいんだ」ってコトは。
今年の春、職場での最後の「書院ユーザー」2名が定年退職なさいました。
彼らは「パソコンはどうも使えない」っておっしゃってました。絶対的に必要な場面では、使われていましたが。

私より年齢がちょっと上の「Excel を使いたいけど使えない方々」、一念奮起して使い始めれば良いのに、って思います。


過去の関連する日記
人の振り見て...(2003年4月)

ここにあるのは2010年7月に書かれた日記です。

前のアーカイブは2010年6月です。

次のアーカイブは2010年8月です。

最近の日記はこちらで見られます。過去に書かれたものはアーカイブで見られます。