「日本経済の、自身へのカニバリズム」という感覚を覚えた。めざましテレビを見て思い、新聞を見て更にその感覚が強くなった。日本経済は、それ(新紙幣発行)によって生きていけるのか?必要なことなのだろうか?緩やかな自殺ではないのか?
たまには朝っぱらに日記を作成してみた。今日も講習である。短パン・半袖・サンダルでゴー。
2002年8月アーカイブ
その1:蟻
9時に始まり、16時半に終わる講習、昼食場所の確保が多少面倒くさかった。
うちの学校から今回の研修に来ているのは私1人である。同僚のセンセがいれば、その人と食事に行ったでしょう。研修に参加している他の学校の先生には、多少顔見知りもいたことはいた。自分が高校時代に教わった先生とか、他校のソフトボール部顧問の先生とか。食事時間の微妙な駆け引きって結構面倒くさい。数名でつるんでいったとき、誘われないと悲しむヒトがいたり。
基本的に1人でいることを全然厭わない私である。水道橋駅近辺の食べ物屋を巡った、数日間。
その日、講義の開始が10時45分開始だった事もあり、朝食が多少遅めだった。JR阿佐ヶ谷駅に付随しているJR系のコンビニでおにぎりを2つ買っておいた。水道橋駅近辺を散策した際、発見した公園でそのおにぎりを食べようと思っていた。
そして、その日の午後の講義も終わったとき。「蟻さん、どこへ行ったのでしょうねぇ?」「そうだねぇ」私の席の後ろからその会話が聞こえてきた。
私の脛、アリンコが引っ付いていた。気づいたのは午後の講義の1コマめだった。公園での昼食の際、同僚の食事を調達すべく、探索活動に勤しむ蟻たちがいた。私の毛脛をガンガン登坂してくる。「なにもないっつーの!」と、足を振り回したり、アリンコを潰さぬよう、軽く手で叩き落としたりしつつおにぎりを食べたっけ。間違って?おにぎりの具「うなぎ」を落としてしまった。そこにやってきたクロヤマアリの行動を観察するも、私はファーブルほどの暇も無く、観察も適度に切り上げ講習会場の地下ホールに戻ったのだった。
そうか、彼はこの地、餌もなく我が家からも遠く離れたこのカーペットの上で殉死するのだなぁ。
その2:スニーカー
スラックスに運動靴はどうかねぇ?先生。
その3:サイクル
四・五十代のオッサンは、周波数の単位を「ヘルツ Hz」と云わず、「サイクル cycle」と云うことを確認。
『蟻』で文学的才能を使い果たしたので、『スニーカー』『サイクル』は手を抜きました。スミマセン。講習全16日中の9日が終了した。お疲れ様、私も他のセンセイ方(401名)も、講師のセンセイも、会場管理の公務員さん達も。
ここ数年のぎもぉん。「ヒロシマ・ナガサキ」が語られる時って、それ以前の悪行が無視されてませんか?私の住む日本というクニのさ。
ま、世の中は複雑に過ぎるから、話を単純にしたくなるのは分かります。私自身も自然科学(事象の単純化・理論化を目指した学問)が好きだし。
でもさー、原爆。日本だって開発しようとしてたわけじゃないスか、ただ間に合わなかっただけ。そして先に落とされた、広島と長崎に。
現在もアメリカ軍の基地があるから日本というクニが存在しているのは確実であると思います。
原爆・水爆、あるいは地雷とか銃とかの武器、無くなって欲しいですね。軍隊いなくなって欲しい、全ての国から。人殺しを撲滅したい。
教師というシゴト、相当素晴らしい職業と思うのです。
広島、長崎に限らず、人に殺された人の冥福を祈ります。世界貿易センタービルにしても、アフガンにしても、パレスチナにしても、その他紛争地域にしても。
パチンコって、ハマる気持ちは分かります。近年、私はほっとんどやらないけど。
私が結構パチンコに傾倒したのは、大学を卒業して1年目か2年目あたりの頃、何しろ非常勤講師時代のコトである。
大学時代に同じクラスだった、3浪して大学に入ったという、料理人バイターでバイク野郎で、確かその当時も産休補助教員の「こにP」というヒト(現一児の父親)から誘われ、調布のパチンコ屋に行ったのでした。「オガワちゃーん、調布のパチンコ屋、出るんだよー。来なぃー」と。その時、私は始めて真面目にパチンコ台に向かったのでした。
結論から言うと、その日は8000円くらい突っ込んだ時点で当たり始め、最後は2箱くらい飲み込まれたものの、差し引き9万円くらい儲けさせていただきました。10箱以上出たわけですよね、結構大きな「ドル箱」の店だった。その当時における私の月給の半分以上を数時間で得たのでした。結局、その後数ヶ月パチンコ台に向かうものの、転落の一途。「多分9万円以上つぎ込んだな」と思った時(実際はもっとつぎ込んでいたと思います)、パチンコ・パチスロからは撤退しました。ま、勝ち続けるわけは無いですね。パチスロもビギナーズラックで当たったのでした、池袋での単独行動で。その時は大当たりしているのが分からなかったので、当たった分全部飲まれちゃったのでした。
で、何でそんなハナシかというと、spitzの新曲が『ハネモノ』って題名だからだったりする。パチンコ中毒後期、ハネモノに凝りましたね、江古田とか池袋とか、東長崎とかで。見ていて当たりが分かるから面白いのでした。今でも有るのでしょうかねぇ「ハネモノ」?
で、何でそんなハナシかというと、HMVってレコード屋(表現古すぎ?)有るじゃないスか、新宿南口に。その店に行ったんですよね、本日の講習の帰りに。欲しいCDは結構昔のものだったので、それくらいデカい店じゃないと置いてないと思ったから。
で、spitzの新曲『ハネモノ』のハズなんだけど、その店の曲紹介の印刷物、ぜーんぶ『ハネモネ』って書いてあったんですよね、そこかしこに。んー恥ずかしいでしょう、HMVの関係者のアナタ(そんなヒト、このページに来るんかい!)。アネモネって花は有るらしいけどね。
草野マサムネってヒトは「パチンコまにあ」なのかなぁ?以上、徒然なるままに記させて頂きました。
暇なので、日記作成中。都立芝商業高校にて。
SQLなるものにちょこっと触れているのである。情報の研修4コマめ(15:00~16:30)である。30分残しているのであるが、課題を自力でこなしちゃったので暇なのである。現在16:03。
Accessってヤツに久々に触れているのであるが、少し理解が深まった気がする。でもSQL、今後は金輪際触れない自信がある。何のための研修なのだ。ま、いいか。高等学校新教科「情報」ってやつ、前にも記したが、パソコンだけではないはずなのですよね、肝の部分は。しかしながら、講師の先生はパソコンマニアっぽい人が多く(私もパソコンマニアであるが)、教科としての存在意義・存在価値ってちゃんとあるのかしら?と思うノダ。講師の先生は「新教科『上方』はこれからの教科です。金勘定・お笑い、どちらもこれからの社会に重要な要素であります。私たち自身が『かみがた』を理解し、より良いものにしていきましょう!」とよく言っている。理科を教える方が圧倒的に楽しいと思う、今のところ。ま、命令だから仕方ありませんね、コーチョーせんせからのサ。もう少しで講習も終わりそうであるので、日記作成も終了しましょう。16:09記す。
16日の日記の下線部分は後から改変・捏造した部分です。
今日はオツトメサキの「学校見学会」だった。「予想を上回る参加者数で、嬉しいねぇ」って日でした。まさか10万人も来てくれるとはねぇ。
現在、14時22分。お勤め先でノートパソコンに向かって「情報」研修のレポートを作成している。めちゃくちゃ煮詰まり中、辛い。さっきはこの間退職された先生から譲り受けた重たいバットを素振りしたけど、気は晴れない。
逃避として日記を記し始めた。つまんないレポート(内容は結構しっかりしているはず、少なくとも結構おもしろいと思う、自分では)書いているので、反動として日記が書きたくなった。
情報科の研修、21日に終了したのである。のべ90時間の授業だった。激烈に辛かったので、その場合は睡眠した。話がおもしろい先生は引き込まれるんですけど、そうじゃないときはバリバリ寝てやった。一番講義がおもしろかったのは画像処理についての講義をしてくれた鉄道マニアの先生。二番目は著作権について講義をした、どこか田中康夫風の先生だった、私的には。
何が有意義だったかって言うと、免許が取れそうなこと、ではない。まだ取れるかどうかは分からないのだ。4つの作品と4通のレポート、学習指導案を提出しなければいけない、怠い。大学時代に比べると、相当真面目にレポート作成してる。ってか、文章作成能力が増強されている気がするのと、キーボードをすさまじい勢いで打てるようになったことがありますけど。大学の時のレポートは手書きだったからなぁ、基本的に。キーボードに本気で触れたのは大学4年からだったりするのである。私のパソスキルを知るヒトには驚かれますけど、ホントなのです。ま、中学時代なんかも親にパソコン(FM-NEW7)を買ってもらったのもデカいことはデカいですけど。タッチタイプの習得は「気合い」以外のナニモノでもありませんね、私に言わせれば。手元を見ない「気合い」だけだ。
で、その「情報科」の免許、別にそれほど欲しくないんですけど。とか言ったら講習洩れたヒト(居るのか?)に殺される? ま、何らかのキャリア?にはなるでしょうけど。
一番有意義だったのは、知り合いの先生がドカッと増えたことでしょう。
外部の先生というと、理科絡みかソフトボール絡みが多かったけど、ここへきて全然違う人々とも接する機会を得られた。知り合いの知り合いとか、昔教わった先生とか。
結局、私は酔っぱらいなので、酔っぱらいの先生と仲良くなってしまうのでした。ってか、気になった先生が打ち上げ宴会にいらっしゃっている場合が多かった。類は友を呼ぶのだと実感した。
この夏は東京都で400名強の先生が受講し、そのうちの35名と共に1つの教室で最後の7日間を過ごしたのでした。そのうちの16名の先生で飲みに行ったのでした。飲み会を仕切ってくれた先生に会えたのが一番の収穫であった。ここまで記すと、そのヒトが特定されてしまうかしら。まあ良いでしょう、悪口書くわけじゃないからね。
とんでもなくすさまじい繋がりがあるその先生、たまたま宴会では隣に座らさせていただいたのでした。具体的に書いても相当おもしろい繋がりなのですが、あの場に居たセンセ達と共に「心の共有フォルダ」にしまっておきましょう。
学習指導案、作成再開できそうな気がしてきた。
現在14時47分。約25分間の逃避でした。
約1300文字だった、数えてみたら。1分間に50文字以上打ち込んだのですね、文章を考えながら。すげぇ。
今日行った逃避として、ポータブルCDプレーヤーの購入ってのがあった。職場で時々使うんですよね、パソコンに向かっているときとか、要録・調査書の類を作成しているときとか。さすがにヒト(生徒やセンセイ)がたくさんいる平日とかには使いません。長期の休みとか日曜なんかは音楽聞きつつシゴトする。私は結構音楽聞きながら作業する事って苦にならないヒトらしいス。ま、聞き慣れている音楽に限りますけど、歌詞が入っていても問題なく聞き流せる。
で、今まで持ってたプレーヤー、右のヘッドホンの音が割れ気味になっちゃったので、新たなのを買うことにしたのでした。性能が全然違った。前のも今のもパナソニック製を買ったのであるけど、雲泥の差。音質が違うし、イヤホン自体も耳への収まり具合がよろしい。ま、古いヤツは壊れかけてたのでしょうけどね。プレーヤーはめちゃくちゃ軽く、小さくなってる。
ケンイシイなるヒトのアルバム等を聴いたりしつつオシゴトしたのでした。渋い音楽知ってますね、私って。何で「ケンイシイ」知ったかというと、ラジオで聴いて気に入ったからだったりする。何年前だろ。「メタルブルーアメリカ」って曲だった。
もうひとつ行った逃避はバドミントンの公式戦の観戦。んー大変暑うござんした。うちの学校の大体育館に面が6つ出来てた。ハードな世界だ。勝ち上がってくと1日最大6試合行うらしい。タイヘンだ。
なんか、ケンイシイとか聞きつつパソコン打ってると、サイバー?な感じがしてきますね。今暇つぶしに読みつつある本、かの有名な「1984年」ってヤツなのです。以前から書名は知ったんですけど、読んだこと無かったんですよね。
サイバーパンク。私の頭もパンク。それは「情報科」レポート作成のため。今までも相当文章作成したのだけど、更に6400文字紡ぎ出さなきゃならない。この脳味噌から。つれぇ。
そのCDプレイヤー、私の愛するノートパソコンLet's note は CF-L1EA と色がお揃いなのだ。紫がかった青色がカッチョイー。で、私の顔色ともお揃い!
「ぇ、マジすか?」(Kセンセ風)
またビミョーに内輪受け?